目が覚めたら、パンがうまくて勇者候補だった件
目が覚めたら、俺は知らない草原にいた。
いや、正確には「空から落ちてきて、地面に顔面から着地した」と言うべきだろう。
「いってぇ……って、ここどこだよ?」
鼻をすすりながら辺りを見回すと、見渡す限りのファンタジー風景が広がっていた。
青く透き通った空、緑鮮やかな草原、そしてどこからともなく飛んでいる鳥じゃない何か。翼を何枚も持つトカゲみたいな生き物が悠々と空を舞っている。
地平線の向こうには、巨大な城が見えた。まるで絵本の中のような光景だ。
「……あ、これ異世界転生ってやつか?」
テンプレすぎる展開に、逆に俺は妙に冷静だった。
ちなみに元の世界では、ブラック企業に勤める社畜だった。毎日残業地獄で、過労死寸前の生活。だから、もう死んでも構わないと思っていた。
帰る理由も、ない。
そのとき、どこからか声が聞こえた。
『そこの勇者候補の人間。契約を結びませんか?』
振り返ると、そこには――
銀色の長い髪、透き通るような青い瞳を持った少女(の姿をした何か)が宙に浮いていた。
透けるように輝く純白のドレスが風に揺れている。
「誰だお前!? ていうか勇者!? 候補!? え、俺チート持ち!?」
『落ち着いてください。私は風の上位精霊、シルフィエル。
本来は契約に数百年はかかる存在ですが……あなた、なかなか波長が合いそうなので即契約でいいですよ』
「即契約って軽っ!? しかも俺、特に魔力とかないぞ?」
『いえ、ありますよ? だって転生者ですもの。鑑定しますね』
シルフィエルが手をかざすと、目の前にステータスウィンドウが浮かび上がった。
⸻
【ユウト】
・種族:人間(転生者)
・特性:超魔力循環体質、精霊親和性S
・スキル:
・精霊契約(全属性)
・魔法無詠唱
・ステータス自動成長(戦闘でレベルUP)
・パンがうまい(???)
⸻
「なんだこの最後のスキル!?」
『パンがうまいスキルは、パンを食べた時にHPとMPが全回復します。パンさえあれば不死身です』
「チートかよ!」
その瞬間、シルフィエルが俺の右手に宿った。
精霊は人の魂とつながることで現界するらしい。
「これが契約ってやつか……なんか、すごいな」
「契約成立の証です。これで私の力はいつでも使えます」
そのとき、頭の中に重く神々しい声が響いた。
『この世界は滅びかけている。勇者よ、魔王を討伐せよ』
「え、ちょっと急展開すぎるんだけど!?」
『だいじょうぶです! あなたは私と契約したので、魔王とも互角に戦えます!』
「互角かよ! せめて有利って言ってくれよ!」
シルフィエルが笑いながら言った。
『この世界“エルデラン”は、かつては平和な大陸でした。
数百年前、魔王の侵攻が始まり、多くの国や村が滅び、人々は恐怖に震えています。
あなたが来るまで、勇者は現れず、希望は薄れていました』
「数百年前って、俺の世界とは時間軸が違うのか?」
『そうです。時空が歪んでいて、あなたの元の世界とは直接つながっていません。戻ることは難しいでしょう』
「つまり、俺はここで生きていくしかないのか」
『ええ。だからこそ、あなたに勇者としての役割を果たしてほしいのです。
あなたは特別な力を持ち、精霊たちと契約できる唯一の存在。
この世界を救えるのは、あなただけ』
俺は彼女の言葉を聞きながら、徐々に決意を固めていた。
「わかったよ、やってやる。ブラック企業で社畜やってた人生よりは100倍マシだ」
『あなたのような人が来てくれて、私は本当にうれしいです』
そう微笑むシルフィエルの瞳は、まるで風のように澄んでいた。
――そして、俺の冒険が始まった。
⸻
これから俺は、この世界の不思議な生き物や仲間たちと出会い、魔王を倒す旅をする。
パンのスキルを駆使して、飢えを満たし、傷を癒しながら。
そう、俺はただの転生者。
でも、パンを食うだけで世界を救った勇者だ。
次回、ユウトは精霊シルフィエルと共に、最初の街へ向かう。
そこで待ち受ける試練とは――?