表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

おまけ 甘い毒 クラーナ視点

おクスリ、ダメ、ゼッタイ。

昏く、永い眠りであった。


何も見えず、何も聞こえず。


ただ、ただ、時間ばかりが過ぎていくのを感じていた。


しかし、その日は珍しく何かの存在を感じた。


何かが……近くに居る気配を。


「こっちじゃ……」


妾は呼び掛けた。


血の気配がする。これは、目覚めるチャンスかもしれぬ。


「その血を……寄越せ」


「その魂を……寄越せ」


「貴様から流るるその魂を……妾に寄越せ!」


その瞬間、その何かが、妾に触れた。


その者の血が、妾に触れた。


「そうだ、それでいい」


──ようやく、目覚める。


昏い世界が、拓かれていく。


光を取り戻し、音を取り戻し、


妾は世界を、取り戻した。


………………


…………拓かれた世界で最初に見たのは、一人の男であった。


とても長い黒髪と、丸い眼鏡、そして、どこか妖しい雰囲気を放つ目。


右腕からは芳しい血の匂い香る、どこか危険な魅力を持つ人間であった。


「……素晴らしい」


つい、そう呟いてしまう程に。


不思議だった。


あれ程憎く、忌まわしく思っておった筈の人間に、これ程心奪われるとは。


見れば見る程に心が高鳴る。


……決めた。この男は眷属にする。


妾だけのものにする。もう何処へも行かせるものか。


そうして、妾は目の前で跪く男の顎をもたげ──


──チュッ……。


契約の、口づけを交わした。


「これで、貴様は妾の眷属じゃ」


「そなた、名をなんと言う」


妾は彼の者の名前を聞いた。


……そういえば、名を聞く前に口づけするとは、妾もずいぶんとまぁ血走ったものよ。


男が口を開く。


「……私の名は"ドゥーメイ"と申します」


「ただのしがない、薬師でございます」


「ほう。ドゥーメイ、か。ふむ」


ドゥーメイ……聞き馴染みの無い名だ。


どこか異国の生まれなのだろうか。


妾も、ドゥーメイへ自らの名を告げる。


「妾の名は"クラーナ・ヴェルクリム"」


「貴様ら人間が"魂を喰らう魔物"と呼ぶものじゃ」


"魂を喰らう魔物"。


そう、かつての人間共は妾をそう呼び、ちょくちょく軍を差し向けてきおった。


何度か軽くあしらってやったが、まさか封印までされるとは思わなかった。


今思い出すと腹が立ってくる。


「全く、永いこと眠らされたものよ。人間共め」


「やはり、本気で滅ぼした方が良かったかとも思ったが……」


「まぁ、善いだろう」


……しかしまぁその結果、今、ここで、ドゥーメイという素晴らしい男に出逢えたのだ。


それに免じ、今までの事は水に流してしまう事にした。


「これから、宜しく頼むぞ。ドゥーメイ」


ああ、今から楽しみじゃ。この男と過ごす永遠が。


さぁ。妾の名を呼ぶが良い。それにより、真に契約は果たされる。


「はい。クラ────」


────バァン!


「こんなトコに居やがったか……ドゥーメイ……」


…………なんじゃと……?


妾は一瞬、何が起こったのか理解出来なかった。


「……ここまでは来ねぇとでも思ったか?」


「俺達は裏切り者を許さない。何処までも追い詰めて──」


まさか……まさか……


ドゥーメイと妾の、この神聖な儀式に……水を入れられたじゃと……?


──いや、理解したくなかったのやもしれん。


なんせ、誰しも処女は大事にしたいものである。


それを捧げる瞬間を台無しにされたというのは、かなりのショックであった。


「……貴様ら……」


この猿、いや、猿以下の愚物共が。


決して生かしておくものか。


「……せっかくの神聖な時間に……割り込みおって……」


「あ?なんだあのガキ」


「……まぁ良い、嬢ちゃん。ケガしたくなきゃあ──」


もう1秒たりとも、妾はその汚い声を聞きたくなかった。


妾は大剣を生み出すと、あの愚物共の首目掛けて全力で投げつけた。


妾の剣が、奴等の首を刎ね飛ばしていく。


その光景に、最早何の感想も湧かなかった。


とっとと死ね。ただそれだけであった。


「…………はっ?」


余りを排除するため、妾は奴等の集団の中心へと移動する。


そしてただ一心を込めて剣を振っていった。


──死ね。死ね。死ね。死ね。


とっとと死ね。妾の時間大切な時間を返せ。


……気付いた時には、首の無いゴミと、胴体が真っ二つに別れたゴミが転がるばかりであった。


「……全く、この下郎共が」


ふつふつと、人間への怒りが再燃する。


「やはり人間は嫌いじゃ。忌まわしい」


「ドゥーメイが人間でなければ、今すぐにでも皆殺しに行く所じゃったわ」


しかし今はドゥーメイの方が先じゃ。


「こんな者共の血など、啜る価値も無い」


妾はゴミ共の血等目にもくれず、彼の元へ戻っていく。


せめて少しでも、この怒りを取り繕うようにしながら。


「さて、気を取り直して──」


最悪の邪魔が入ったが、真なる契約はしっかり行わなければな。


妾は契約を仕切り直した。


「これから、宜しく頼むぞ。ドゥーメイ」


彼も、優しい顔で言葉を返す。


「はい。こちらこそ、宜しくお願いいたします」


「クラーナお嬢様」


満月が辺りを照らす、とても静かな夜。


妾は、最愛の眷属を手に入れた。


◆◆◆


……さて、もう良い頃合いじゃろうか……?


「それで……それでじゃな……?」


先程から、その芳しい血の匂いが妾を誘惑してならない。


無理やり襲ってもよいのじゃが、どうにもこやつにそうはしたくない。


なので妾は彼の許可が出るのを期待し、こう言った。


「妾は生き物の体液を啜って生きておるのじゃが……」


「永いこと封印されておったから……腹が減って仕方無いのじゃ」


すると彼はただ優しく笑い──


「私は貴女の眷属なのです」


「どうぞ、遠慮なさらずに、お召し上がり下さい」


そう言って、右腕を妾へ差し出した。


くひひ。やった。


妾はつい嬉しそうに彼へと駆け寄る。


そして、主としての立場も忘れ、膝をついて彼と目線を合わせると、そのまま、彼の右手、その人差し指を咥えこんだ。


──ちゅぱ、ちゅぱ。


……!なんじゃ、この血は……


───れろ、れろ。


こんな旨い血は啜った事がない。


それに……なんじゃ、この……幸せな気持ちは……?


妾はつい卑しくも、指と指の間の血まで丹念に舐めてしまった。


その頃には、もう脳が快楽に包まれるような感覚がしていた。


「ああ……旨いのぅ……♡」


そう呟いた妾の声は、どこか艶を帯びていたように思う。


「むぅ、邪魔じゃ」


腕に流れる血も余さず啜る為、妾は彼の服に手を掛ける。


そして果実の果肉を露にするように、彼の服を1つ1つ剥いていった。


──れぇぁ………。


服を剥いて右腕を露にすると、舌を伸ばして血を拭い取っていく。


腕を伝う1本の線を逆行するように。


だんだんと彼の顔も近くなってくる。


妾の顔をじっと見て、鼻息を荒くしておるようであった。可愛い奴め。


そうしてとうとう、妾の舌が流るる血の源へと到着した。


くひひ。ここか♡


妾は興奮に突き動かされるように、夢中でその傷口を舐めていく。まるで犬のようじゃ。


しばらく舐めていたら、いつの間にか血は止まっていた。


ふぅ……もうよいじゃろう。


妾は今まで味わった事の無い、最高の食事を終えた。


「はぁ……♡ふぁ……♡」


蕩けてしまうような、頭がふわふわしてくるような……


「……どうでした?私の血は」


ドゥーメイが口を開く。


妾は素直な感想を述べる事にした。


「うむ……とても濃厚で……蠱惑的で……」


「心奪われるような……そんな甘い味じゃった……♡」


しばらくこの余韻に浸っていると、彼が質問を投げて来た。


「そういえばお嬢様、日光は大丈夫ですか?」


……ふと気付くと、どうやら夜が明けてきていたらしい。


妾は答える。


「……ふん。妾を吸血鬼なんぞと一緒にするでない」


「しかし……朝がくると眠たくなる。少し、休むとするかの……」


「そうですか、では……」


彼は適当に服を着直し、立ち上がろうとしていた。


しかし妾はもう少し甘えたい気分じゃ。主らしい態度を取るとしよう。


「ん」


妾はドゥーメイへ向け両手を広げる。


「運べ」


少しの間をおいて、彼はそれに応えた。


「ええ。なんなりと」


彼が妾を抱える。


暖かい。とても安心する。


小さい妾は、彼の男らしい腕に抱かれて、寝室へと運ばれていった。


◆◆◆


………ん?誰かおるのじゃろうか……


あの後から色々あり、今妾はベッドにて休んでいる最中であった。


封印で無理やり眠らされるのとは違う。とても心地の良い眠りだ。


しかし、何かの存在を感じて目を覚ましてしまった。


……これは多分、先程眷属にしたあの男……ドゥーメイであろう。


何をしに来た……?まさか……


妾の心が高鳴る。夜這いでもしに来たのだと思ったのだ。


寝たフリをしてそのまま待つ。さて、どう来るか……


そうこうしていると、ドゥーメイは妾の腕に触れる。


「……んっ……ふぅ……」


そして、何か腕にチクッとする痛みを感じた。


ドゥーメイ?何を……


私はつい寝たふりを忘れて目を開いてしまう。


しかし──


あ……ぇ……?


その瞬間、妾の意識は夢へと連れ去られてしまった。


あたまが、ふわふわする。


きもちいい。きもちいい。きもちいい。


それしか、考えられなくなるような……


……まぁ、妾は仮にも神に等しい存在じゃ。この程度の毒なぞいつでも解毒出来るし、毒でふわふわしたした思考とはまた別に、冷静に思考することも出来るが……


とりあえずは、愛する(しもべ)のくれたこの毒を楽しむ事にしよう。


「くひひ……♡どぅーめい……♡どぅーめい……♡」


彼の顔が見える。妾はつい彼の者の名を呼んでしまった。


まるで主に媚びる雌犬のような、主としてあるまじき無様な姿であった。


しかしそれを自覚したことで、妾はあろう事か更に発情してしまった。


ああ……これは……ダメだ……♡


ドゥーメイが妾へと覆い被さり、頬に触れてくる。幸せで幸せでたまらない。冷静な思考にも入り込む程の快楽だった。


もう我慢出来ぬ。早う来てくれ……♡


またも無様に媚びると、彼の唇が妾の唇へと重ねられる。


──ちゅ、んむ、ちゅぱ。


ああ……善い……とても善い……♡


妾に毒を盛っておいて、こんな優しい口づけをするとは、なんとまあ愛い奴じゃ。


もっと、もっと、ほしい。


しかしまぁ、これも善いが、妾はもっと激しいのが欲しかった。


なのでおもむろに彼の頭を両手で掴むと、今度は舌を入れた激しい口づけを交わし始める。


──んむ、ちゅる、ちゅぱ、れろ。


彼の舌と唾液、妾の舌と唾液が密接に絡み合う至福の感覚。


ああ、うまい。うまい唾液じゃあ……♡


……妾の栄養の源は、人間の体液じゃ。決して血でなくてはならない理由は無い。


しかし、体液は命に近いものほど意味がある。つまり血じゃ。


……一応精液も、血と同等以上の価値があるのじゃが……


……それはまた、今度でよいじゃろう。


一通り深いキスを楽しむと、ドゥーメイが妾の瞳をじっと見てくる。


なんと美しく、とても、とっても愛い奴じゃろう。


妾は少し挑発するように、彼を誘ってみた。


すると、彼は妾の胸へと触れてくる。


ふふ……♡そうじゃ……♡それでいい……♡


妾の胸を愛撫し、弄る手。


とてもここちのよい──あ"っ♡


時折、冷静な思考までもが揺らぐ快楽に襲われる。


しかし時折与えられただけの快楽は、じきに絶え間なく与えられつづ……あっ♡もう……むりじゃ……♡


「んんっ……!……ああ……♡おおぉ……♡」


……もう妾の脳にはこれでもかという位、自らの(しもべ)に無様を晒すという快楽を叩き込まれてしまった。


──あ"♡え"ぅ……♡お"ぉ……♡


もうひとつの思考は、毒の快楽と身体への快楽で既にグズグズだった。たまに意識を集中させるとそのまま帰ってこれなくなりそうじゃ。


そんな事を考えてつつ、しばらく余韻に耽っていたら……


……?何じゃ?何を……


ドゥーメイの両手が、妾の首を捉えた。


そして……


「ぐっ……!なっ……!」


その両手で、そのまま強く絞め付けてきた。


これには流石に驚いた。


妾は彼の顔を見る。


その瞳は、実に快楽を求むる瞳であった。


薄く笑う口から漏れる息はとても荒く、興奮しておるようだ。


なんと。


なんとなんとなんとなんとなんと。


貴様という奴は、何処まで愛い奴なのじゃ♡


か弱い人間の身でありながら、無謀にも妾を壊そうとしておるようじゃった。


それに殺意や怒りから等ではない。ただ己が快楽の為に。


───もう、よいじゃろう。


妾は決めた。今より意識をひとつにすることを。


彼の者が与える快楽と苦しみを、真っ向から味わう事にしたのだ。


これからどんな無様を彼に晒すのか……今から楽しみで仕方がない。


そうと決まればさっそく───あ"♡これ♡む"り"♡…………


お"お"おぉ♡ぐるじ……ぐううっ♡


こわれりゅ…………♡あ……たま……と………ぶ……ぅ……♡


あ"……♡い"っ……♡こ"わ……じて"……♡


わら……わ……♡こ"……わ……♡


…………お"…………ぉ…………♡


…………ぉ………………♡


………………♡


………………………


……………………………


…………………………………?


どうした…………?死ぬ瞬間の"あの"感覚がせぬ……。


代わりに感じたのは、脳が解放されてふわっとする感覚だった。


とりあえず妾は状況を確認するため、毒を解毒して意識を取り戻す。


すると目に入ったのは、とても美しいあやつの顔であった。


妾を絞めた時とはうってかわって、どこか覚めてしまったような顔じゃった。


「……ドゥー……メイ」


最後までやらなくて、良かったのだろうか。


妾は彼へ話しかける。


「止めてしまって、良かったのか……?」


「えっ……?」


……いや、もしかしたら、妾を殺すやもと恐れてしまったのかもしれん。全く、またしても愛い奴じゃ。


妾は彼を安心させるためこう言った。


「……妾は死なぬ。何をしても、決してな」


「殺す位でやってしまっても構わぬぞ……♡ドゥーメイ……♡」


ドゥーメイは呆気にとられた顔をしておった。


そしてそれはじきに笑みへと変わった。


妾は彼を更に誘ってみる。


「……して、どうする?ドゥーメイ?」


「妾はもう少し戯れてもよいのだぞ?」


「……あっ、でもやるつもりならもう一度あのふわふわする薬を…………」


「……いえ、今回の所は打ち止めにしておきましょうか」


「続きは、また、夜が更けてからにでも」


……全く、焦らしてくれるものよ。


とりあえず今は"次"を楽しみにすることにして、彼に食事を要求した。


「ふむ、まぁよかろう」


「それでは……食事をするとしようか?」


彼はただ頷いて笑う。


「ええ……承知いたしました」


そして、ゆっくりと服のボタンを外し、その首元を差し出した。


妾は、彼をしっかりと抱き締めると、そのままぐるっと身体を回し、彼の上へ乗った。


もう我慢出来ぬ。妾はすぐにそのうまそうな首筋へと噛み付いた。


──ちゅう、ちゅぱ、ちゅう、ちゅ。


血を吸う最中、ドゥーメイは妾の頭を撫でてくる。


なんと幸せな食事であろうか。


……それにしても、やはりこの男の血は旨い。


それは好いた男の血であるからという贔屓目もあるだろう。


しかし、確実に他の猿どもとは違う"質の良い血"であることは確かだった。


そして、そこに加わるこの脳を侵略するような甘い快楽の味。


今なら分かる。そうか、これは──


「……お味はいかがですか?クラーナお嬢様」


彼が味の感想を求めてくる。


妾は、この味の正体を答えた。


「……ふふっ昨日と変わらぬよ」


「甘くて、魅力的な、毒の味じゃ♡」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ