モテない令嬢は変身しました、可愛い悪魔の言う通りです
「ふう、疲れてしまったわ」
今日はホープウッド侯爵主催の夜会です。
踊り疲れてしまったというのではないですけれど、壁の花に徹するのも足がむくんでしまうものなのです。
「お父様お母様は簡単に相手を見つけてきなさいなどと言うけれど……」
ダンスのお誘いなんて一つもありませんでした。
わたくしって地味ですものね。
モテない現実を知るのは、想像以上に心にダメージが来るものです。
少し気分を変えようと、庭に出てみました。
「わあ……」
さすがは洒落者の名の高い侯爵の庭です。
キンモクセイの香りが漂う中の一面のコスモスが魔道の明かりに照らされている様に圧倒されます。
……そこかしこに逢瀬を楽しんでいらっしゃる方がおりますね。
一人で庭をうろつくのはおかしいかしら?
わたくしくらいの年齢になると婚約者がいても当たり前です。
貴族学校の同じクラスの令嬢方も、半分ほどはお相手が決まっていらっしゃいます。
焦るのもはしたない気がしますし、少々困っています。
うちの両親は、当時貴族にはまだまだ少ない恋愛結婚でした。
今でもラブラブです。
わたくしも学校や社交の場で運命の人を見つけろ、その方が絶対に幸せになれるからと言われていますが、どうすればよいものやら。
そもそも家同士の繋がりが重視され、恋愛は学生時代のお遊びという風潮がある中、学校で運命の人を見つけるのはかなりの運も必要なのでは?
「あら?」
植木の中に光るものが。
香水の小瓶かしら?
拾い上げてみると、何と中には……。
「……何かいますね」
動物ではない、人の形をした何かです。
ははあ、おとぎ話で読んだことがあります。
悪魔が閉じ込められている瓶ですね?
自由にしてあげると、わたくしの願いを叶えてくれると誘惑してくるのでしょう。
そして欲張ると不幸が訪れるという。
わたくしは誘惑されたりしませんよ。
そっとその場に瓶を置いて立ち去ろうとしましたが、中の悪魔があまりにも必死なので、不憫に思えました。
「開けてあげましょう」
くいっと捻って瓶を開けると、中からそれはボウンと出てきました。
「助かったである! 感謝するである!」
「静かにしてくださいね。恋人同士の語らいを楽しんでいる方もいらっしゃいますから」
「わかったである」
瓶の中から現れたのは、見かけ五、六歳児くらいの可愛い子でした。
肌の色が濃くて尻尾があります。
「あなたは悪魔なのですか?」
「霊体であるぞ。精霊とでも悪魔とでも好きに呼べばいいである」
ふうん、そういうものなのですね。
尻尾がフリフリしていますので、機嫌がいいのでしょう。
お外に出られてよかったですね。
「どうして閉じ込められていたのですか?」
「人間は母親の腹で育まれ、生まれるのであろう?」
「そうですね」
「吾輩のような存在は瓶に封じられた状態で誕生するのである」
何と、そんなカラクリだったのですね。
道理で世間には封じられた悪魔の話が多いわけです。
「吾輩が自由になれたのは貴女のおかげである。貴女の願いを一つ叶えよう」
「では、わたくしの話し相手になっていただけますか?」
「……わかったである」
おそらく封じられた悪魔が解放される時、願いを叶えるというのは決まりごとなのでしょう。
意外な願いでしたか?
わたくしは欲張りではありませんし、願いを叶える悪魔のお話の結末も知っていますので、ほどほどですよ。
……こんなところで婚約者が欲しいなどと言うと、とんでもない蛮族なんかに嫁ぐ羽目になるのでしょうし。
「では主の話を聞くである」
「主? わたくしが?」
「吾輩を瓶の封印から解放し、かつ話し相手の役に任じたである。すなわち主である」
「そうなのね?」
悪魔の判断基準はよくわからないですけれども。
「わたくしは貴族の娘として、どこかに嫁がねばならない身の上でありますの」
「ふむ、主はエイデン子爵家の長女シェリル。子爵家は弟が継ぐので、主は家のこととは考えなくていいという理解でいいであるか」
「えっ? はい、よろしいです」
でもどうして知ってるのでしょう?
生まれたばかりですのに。
いえ、生まれたばかりで話せるのですから、当たり前なのでしょうか?
「吾輩は人の感情を摂取して活力とするである。主の感情を得た際に、少し考えもわかったである」
「そうなのね?」
悪魔ってすごいのね。
おとぎ話のように人を陥れるのも本当なのかも。
「ではあなたのお名前を聞かせてくださる?」
「吾輩はバフザルである」
「バフザル。何だか強そうな響きね」
あっ、嬉しそうです。
可愛い子ね。
「主の話の続きを聞きたいである」
「お父様とお母様は学校で素敵な出会いを見つけなさいと言うのです」
「見つければいいである」
「でも貴族の婚姻とは家同士の関係で決まるものでしょう?」
「とは限らないである。種の保存のために恋愛するのは創造主の摂理であるからして」
「そうなのね?」
「うむ。むしろ貴族同士なら簡単であるぞ。好き合ってしまえば、家同士の結びつきなど後から考えればいいである」
衝撃でした。
わたくしの考えていたこととまるで逆です。
でも常識を取り払えばバフザルの言うことももっともです。
お父様お母様の家同士も結婚後に関係を深めたと聞きますし。
「……学校での恋愛は続かないとも言われているのです」
「主は恋愛が続くものばかりと考えているであるか?」
「えっ?」
「生涯の伴侶が簡単に見つかるわけはないである。巷には出会いと別れが溢れているである」
「そうなのね?」
言われて見ればラブロマンスの流行本にも出会いと別れが満載でした。
いつ仕入れた知識なのか知りませんが、バフザルにはビックリです。
「しかし貴族はある程度紳士淑女教育を受けていることが前提である。誰を選んでもさほど間違いはないと思われるである。だからして家で選ぶという考えが主流になるのではあるまいか」
「バフザルは大変賢いですね。もっと聞かせてください」
「一方で好き嫌いで選ぶのだって間違っているとは思えぬである。ただし貴族には家格があるである。身分違いはやはり難しいである」
そうです。
貴族学校の恋愛は身分に拘らない自由恋愛であるから、卒業するまでと割り切っていると。
逆に家格さえ注意していれば恋愛結婚は難しくない?
「……恋愛結婚への道筋が見えてきた気がします」
「よきことである」
「でも恋愛結婚というのは、殿方にモテなくてはいけないんですよね?」
「もちろんである」
「わたくし、例えば今日の夜会でも殿方に声をかけていただけないんですよ」
「当然である」
「ええっ?」
断定されてしまうとショックです。
「薄々思ってはいましたけど、わたくしは魅力がないのでしょうか?」
「魅力などなければ作ればいいである」
「は?」
魅力を作る?
「とはどういうことでしょう?」
「主は顔立ちは悪くないである。頭も性格もいいであるが、いかんせん地味である。これでは男など寄って来ぬのである」
「……地味、ですか。もう少し具体的には?」
「ドレスが致命的に古臭いである。メイクも昔風過ぎるである」
わ、わかってはいました。
わたくし付きの侍女は信頼できますが、お婆さんといっても差し支えないくらいの年齢でありますから。
「ものはいいドレスなんですけれども」
「布地や縫製の良し悪しなど遠目でわかるのは達人だけである。男を寄せようとしているのにものの良し悪しで勝負するのはナンセンスである。ついでに言うなら、いくらもののいいドレスでも流行遅れの型では台無しである」
「……」
ぐうの音も出ません。
「……常に流行のドレスを手に入れろ、ということでしょうか?」
「一つの手段ではあるが、そんなものは王族や金持ちの高位貴族にのみ許される贅沢である。もし可能であっても、子爵家の小娘がいつも流行のドレスをまとっていたら反感を買うである」
「わかります。ではどうすれば?」
「流行を追わずにセンスで勝負するである」
途方に暮れます。
最も難しいことではありませんか。
「……わたくしにはムリです」
「主に外見のセンスを磨けと言っているのではないである。主は教養などで内面を磨くべきであり、主の身なりを恥ずかしくなく整えるのは侍女どもの仕事である」
「とは言っても……」
「主は吾輩と契約するであるか?」
「えっ?」
契約?
バフザルは何を言っているのでしょう?
「主は吾輩を話し相手役に任じたである。それ以上は吾輩の職責になく、もし主がそれ以上を求めるならば、吾輩は対価を要求するである」
「対価を支払えば、バフザルはわたくしを助けてくれるのですか?」
「もちろんである。契約は絶対である。主が相手を選べる立場になることまでは請け負うである」
バフザルは言いませんが、今ならばということなのでしょう。
どう考えてもお婆さんになってからお相手が見つかるとは思えませんもの。
バフザルは今ならば契約を請けてもいいと考えているのです。
つまりわたくしが勝負すべきなのは今この時。
バフザルとは会ったばかりです。
信用するのも愚かな気がします。
しかし今まで話してきて、バフザルは的確なアドバイスをくれました。
ここはバフザルを信じましょう。
でないと何も変わらないのです。
「わたくしは何を支払えばいいかしら?」
「吾輩が要求するのは、美味にして珍味なる感情である」
「……なるほど?」
でもよくわかりませんね。
「つまり惜しい代償を支払った、という感情が欲しいである」
「はい、ということは?」
「主の白く美しい肌の一部に傷をつけさせてもらうである」
「!」
確かに肌は滑らかだ綺麗だと、侍女にも学校の友人にも褒められます。
なるほど、わたくしの持っているもので代償に値するのは肌でしたか。
「どうするであるか?」
「お願いします」
幸せな未来のためには、肌くらいの代償が何でありましょうか?
「よき覚悟、よき感情である。さすがは吾輩が主と定めた人間である」
「痛くしないでくれると嬉しいのだけれど」
「痛くはないである」
バフザルの顔がゆっくりと近付いてきました。
◇
「バフザル、ありがとうね」
「いやいや、なんのなんのである。当然なのである」
バフザルが侍女達を教育してくれたのです。
『そなた達の勉強不足は主の恥になるのである! 反省するがいいである!』
と言いつつ最新の流行や珍しいステッチ、ローカルであまり知られていないチェック柄などの資料を、絵にして大量に集めてきてくれました。
バフザルはとても絵が上手でビックリです!
その上で吸収の早い年若の侍女にコーディネートを組み立てさせ、技術のしっかりした年長の侍女がサポートに回ることで、わたくしの衣装は大進化を遂げました。
流行のドレスを買わなくても、センスでどうにでもなることなのですね。
同様にメイクの技術も向上していったため、わたくしは本当にモテるようになっちゃいました。
「選り取り見取りであろう?」
「はい。でも決め手はホクロだったですのよ」
バフザルがわたくしの肌につけた傷とは、口角のちょっと下あたりのホクロだったのです。
最初は友人くらいしか気付いていなかったのが段々広まって、セクシーだと評判になるまでになりました。
「魅力を作るとはこのことだったのですね」
「ホクロだけで主が魅力的になったわけではないである。侍女達の努力もあり、主の元々持つ魅力が前面に現れたのである」
「わたくしの元々持つ魅力……」
バフザルは嬉しいことを言ってくれますね。
「でもバフザルはわたくしの魅力を増やしてくれようとして、ホクロをつけてくれたのでしょう? 優しいですね」
「……吾輩は主が厳しいと思ったである」
「えっ?」
わたくしが厳しい?
何ゆえですかね?
「吾輩が願いを一つ叶えようと言った時、話し相手になってくれと答えたであろう?」
「そうですね」
「すなわち期限を定めず吾輩を拘束するということである」
「あっ?」
そんなつもりはなかったのですけれども。
「ご、ごめんなさいね」
「いや、いいのである。主の良き感情を吸えるのは、吾輩嬉しいのである」
やっぱりバフザルは優しいですね。
心がほっこりします。
「主は誰を婚約者と定めるのであるか?」
「バフザルをよく理解してくれる人がいいですねえ」
「えっ?」
「わたくしが結婚してもついてきてくれるのでしょう?」
「もちろんである」
うふふ、楽しみですねえ。
ぎゅっとバフザルを抱きしめます。
ゆらゆらと揺れる尻尾は満足の証です。
「では、わたくしに相応しい旦那様は誰か、調べてきていただけますか? もちろん対価は払いますので」
「いや、吾輩の待遇に関わることなので、対価は必要ないである」
「そうなの?」
「主にベストマッチングの令息を見つけてくるである!」
バフザルに任せておけば間違いないでしょう。
頼もしいわ。
――――――――――後日。
「ニューマーク伯爵家の嫡男チャドウィック様。もちろん存じていますわ。格好いい先輩ですから」
「主にピッタリである!」
「ちょっと怖い人というイメージがありますけれども」
「一般にそう思われているため、先方も令嬢に敬遠され気味なのである。実際は雨に濡れた捨て犬を我慢しきれず飼ってしまうほど情に脆いであるぞ」
「まあ、チャドウィック様って可愛らしい一面がありますのね。バフザルが選んだのならチャドウィック様との話を進めていただきましょう」
バフザルが言うのならきっといい方ね。
ああ、顔合わせが楽しみだわ。
「でもチャドウィック様やニューマーク伯爵家が、わたくしを受け入れてくださるかしら?」
「問題ないである。最近主は、悪魔を使役する小悪魔として名が知れてきているであるから」
「えっ?」
「絶対先方は主に興味あるであるぞ」
小悪魔って。
でもバフザルは頼りになるわ。
これからもよろしくね。
恋愛というより主従愛の話じゃないの?
作者は訝しんだ。
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