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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

魔王村娘Aのはなし

作者: みかか

残酷な描写、ならびに性的な事を匂わせる描写があります。暗い復讐譚。勇者村人Bのはなしの対になります。

「何もかも壊せる力があればよかったのに」

 そういって村を見渡せる高台で、悲しく笑った幼馴染の青年を、少女は同じような顔をしてなだめた。

じき、冬が終わる。

花の季節がきたら、二人は結婚するはずだった。

しかし領主の息子が、その申請に対して初夜権を行使するといいだしたのが三日前。

本来なら初夜権は領主のものであり、しかもこの三十年ほど使われてもいない。

いわば有名無実化したものだった。

その初夜権に換えて収めよという金銭も、本来のものから五倍にも増やしてきた。

たった二年前に結婚をした夫婦にはなにもなかったというのに、だ。

肝心の領主はと言えば、用向きがあって王都に出向いており、つまり領主の息子の暴走だ。

少女は美しくはあったが、いわゆる傾国とは程遠い素朴な容貌をしている。

要は……領主の息子は、この二人とその家族を「そういう扱いをしてもいい」「食い物にしてもいい」と見なしたのだ。


 谷間にへばりつくように有る小さな村。

そこでもさほど豊かとはいえない二つの家にとって法外としかいえない金額は、青年と少女の家のみならず村中の人間を怒らせた。

一旦は結婚を取りやめる形で金銭を払う猶予を作った。

加えて、領主が戻ってくるのを待つ。

そして……払った上で、「このようなことが」と戻ってきた領主に訴えるという計画だった。

今反抗しても、上手くいくまい。ならばと……。


 それゆえの、無力を噛みしめた呟きに少女は同意するほかなかった。


「でも壊してしまったら、私たちの家がなくなってしまうし、畑もなくなってしまうわ。もうじきの辛抱よ。がんばりましょう」


 貧しさゆえのあきらめの良さと、貧しさゆえの我慢強さは少女の中にしっかりと根を張っていた。

前述の計画のため、村総出の内職にも励む。

小さな村だ、まだ他の子どもが結婚するまでにはまた数年有る。

それゆえの計画ともいえるだろう。


「……そうだな」


 その諦めの良さと我慢強さは青年のなかにもあり、彼はその背に薪を背負い、また手に細工物用の木片を入れた小さな籠をとった。


「帰ろうか」


 もう片方の手を差し出す彼に、少女も自分の手を預けた。

朝畑を耕し、山で作業を行い、夜なべで内職をする。

その合間に、ふと触れ合う。

そんな日々を、お金が貯まるまで、結婚の前日まで続けるはず、だった。



 翌日、朝から村は多人数の男たちに包囲された。

野盗ではない。

完全武装の鎧に揃いのサーコート、そして旗をかかげたれっきとした神殿騎士の一部隊。

なにごとかと集まる村人に、騎士たちは宣言した。

『この村に魔王の因子をもつものが出たと報告があった。魔王の因子は滅さねばならないゆえ、全員を検査する』

順に出頭せよというそれに、村人たちは顔を見合わせた。

その中には村の小神殿に奉職する神官もおり、彼にすら魔王の因子なるものが初耳であることは傍目に明らかであった。


 その中で……少女はふと遠い目をした。

とうとう、自分が暴かれる日がきてしまったのだと。

少女は、この村にこの身として生まれる前には、まさにその魔王であった。

生まれたときからあったその記憶は、しかし少女にとっては村の夜祭の幻燈のようで、現実感がなかった。

どこぞで見た、それこそ幻燈を記憶と混同しているといったほうが、まだ少女自身で納得できてしまうほど。

けれどそんな内容の幻燈などありえるはずもない。

それにその記憶の中で己が認識している名前と、伝説として親や祖父母に聞かされた魔王の名前が一致していたし、伝説中の物事も『見てきたような』光景そのもので覚えていた。

これは受け入れるしかないと思ったのは、十歳のころ。

黙っていなければならないと思ったのは、それよりも早い五歳のころ。

人間に魔王だったことなんて話せるはずもないという常識を身に着けたためだった。

無力な人間の女として生きろというのが、神の罰ということかと理解もした。

その生活を続け……いつしか家族というものに愛され、愛することも覚え、なるほどこのようなものの相手を奪われればと、かつての己の所業を考えることもできた。

そして今は、黙り、隠していたすえに、暴かれて殺されるのか、と理解した。

それがおそらく、神の罰の終着点なのだろう、とも。


 騎士たちが村のはずれに設営した陣幕に、老神官は真っ先に入って行った。

正直な老神官は、おそらく抗議をしにいったのだろうと少女の父がいい、不安そうな妻を慰めていたが、神官は戻らないまま村長の一家、次に長老の一家が呼ばれていくのを、少女は父母や妹、そして青年の一家とともに見ていた。

彼らが戻らないことで、検査なるものは結局彼らの口実……村のものを逮捕するか、悪くすれば虐殺の口実に過ぎない事を彼女は理解した。

その時点で勘づいたものが、そっと村人の輪から離れて行ったのに少女は気付いていた。

若い男が幼い子と妻を逃がそうとしているのだとわかったが、それが遅すぎるであろうことにも。

陣幕の方からはかすかにではあったが、血の臭いがただよってきている。

……村の包囲をする騎士たちは、戦闘の訓練を積んでいる。

単なる村人の、それも子連れの女が逃げられるはずもない。


 そんな中、青年によって強く握られていた少女の手が、彼の家族の名が呼ばれて静かにほどける。


「あ……」


 その手の温度が失われたことに心細い寒さを感じて思わずあげた小さな声に、青年が唇を噛みしめて頷いた。

『自分たちは無力で、この運命には逆らえない』

それを理解してしまった顔。

少女は彼の名を呼ぼうとして、しかしそれよりも先に幼馴染は両親祖父母とともに、弟の手を引いて陣幕の方へと行き、戻っては来なかった……。

次は隣の家族。川向こうの家。村の入り口の一家、小さな雑貨店を営む老夫婦。

なかなか少女の一家は呼ばれず、とうとう呼ばれたと思った時には、他の家族はもういない最後の順番。


 重い足を引きずって一家が天幕の入り口をくぐったそのとき、後ろから口をふさがれて、少女は悲鳴を止められた。

先に入った村人たちが、麦わらの束よりも無造作に重ねられている。

一番下は村長と神官で、もはや服の裾しか見えない。

幼馴染の弟はさかさまの顔で、どうしてと少女に問いかける。

幼馴染その人の体はおそらく同じく死体の山の中にあるのだろう。

……見えなくてよかったと思う心に、少女は戸惑った。


「因子有り」「有罪」


 淡々とした声とともに、同じように口をふさがれていた父は顎をあげられ、喉を切られた。


「因子有り」「有罪」


 母も、同じように。

何かをかざして計っているのだと、母の時点で少女は理解した。

返り血が届かない位置で真っ白な衣装の―――村の神官のそれは古びた洗いざらしで、それが目立たないようにと生成り色をしていた―――神官が杖をかざしている。


「因子有り」「有罪」


 少女のスカートから引きはがされた妹が人形のように力を失う。


「因子無し」「無罪」


 少女の前に言い渡された「それ」。

塞がれた口は解放されたが、手は後ろに拘束されたままで、動けない……。


「さぁもういいか? 引き渡してくれ!」


 甲高い声で叫ぶ領主の息子がそこにいたが、その体はがくがくと震え、声が甲高くひっくり返った様子からは、いつもの偉そうな姿は欠片も見えない。

怯えている。

当然だろう。

少女が魔王であったころであるならばまだしも、この領全体が魔物はおろか、動物や野盗に襲われるような場所ではなかった。

領主の息子は死体を見るのさえ初めてだったのではないか、そんなことを少女はぼんやりと思った。

押さえつけられることこそなくなったが、いつのまにか手でつかまれていただけの少女の手首には、鎖のついた手かせがつけられている。


「魔王の因子を有するものがいた村のものは、いずれ因子が顕現しないとも限らない。ゆえに神殿が引き取るのが決まりとなっていると、知っているだろう」


 神官が冷たい声で告げ、領主の息子が顔を引きつらせているのを見て、少女はこの男が惨劇の元凶であることを知った。

そしてまた、この検査だか判別だかこそが茶番であることも。

魔王であったころの力などとうに少女からは失われているが、それでもその神官が仰々しく掲げていた杖は飾りばかりのシロモノで、また神官がなんらかの魔法を使った気配も無いのは感じ取れた。

何より、魔王の因子というならば、魔王の魂を宿している自分にそれが「無い」ということこそがありえない。

神殿……神の権威を後ろ盾や目隠しにしてのイカサマ。単純なペテン。

少女は両親と妹がやはり麦束のように放りだされるのを見ながら、騎士団の馬車に押し込められた。



 馬車は少女を王都へと運んだ。

神殿につくなり、頭からつま先までくまなく神殿に仕える女性神官に洗われ、白い布を巻きつけるように纏わせられた少女はどこまでも無抵抗で、周囲の人間には彼女が狂を発したか、己のうちに籠ったかのようにも見えただろう。

そんな状態であるにも関わらず、逃げられないように二人の騎士に挟まれて、高位の司祭の前にと引き据えられた。


「お前は魔王の因子を持たない無垢の身ではあるが、周囲は汚染されていた。よって、お前は一生をここで奉仕に行きよ」


 重々しい声で告げられたその言葉に、少女は胸の奥がぐわりと熱くなったのを感じた。

まるで煮えたぎった湯を流し込まれたようなそれが、怒りであると思いだすまでしばし。

わずか十数年の、人間としての生。

怒りを感じたことはある。

だが地を焼き尽くしてもまだ足りぬと思える怒りなど、忘れ去ってしまうほどに穏やかな日々だった。

その日々を断ち切られた上に、自分をこんな風に変えてしまえるほどの善き人々を無造作に殺されたことへの怒り。

その怒りを押し隠したまま、少女は連れられるままに神殿の奥へ奥へと進んでいった。


 ここにいろと入れられた部屋で、少女は二度目の怒りを覚えることになった。

広いが飾り気も無い部屋には、いくつものベッド。

そのベッドの数よりは少ない、自分と同じような姿の娘たち。

そのことで、その数とおなじだけの村が、少女の村と同じ目に遭わされてきたことはわかる。

……ありもしない、魔王の因子とやらによって。


 娘たちはいずれも沈んだ顔をしており、少女を見てもさらに顔を曇らせる。

それが彼女の予想が当たっていることをうかがわせた。

そしてさらに、娘たちが囲んでいたベッドの中には、年長の女性が横たわって虚ろな目を天井に向けている。


「……あの」


 少女が話しかけると、ベッドの女性の次に年長と思われる女性が立ちあがった。

女性は少女の目から見ても美しかった。

元より目鼻立ちが整っているが、それを磨き上げるように洗われ、化粧させられている。

だがそれが妙に浮き上がって見えるのは、女性も少女や他の娘たちと同じように布を巻いて留めてといった簡素な服装で、華美なのは彼女自身だけというアンバランスさからか。


「こちらへ。……あなたも、たぶん何もわからないのでしょう?」


 赤く染められた指先で、女性は部屋の奥の大テーブルの片隅を示した。

つまりこの部屋は、入ってすぐがベッド、奥にテーブルという落ち着かないつくりになっている。


「ごめんなさいね。水くらいしかないの」

「……いいえ」


 上手く対応できない少女に、女性は木の椀に入った水を出して腰掛けるようにすすめた。


「おそらく、あなたと同じ経緯で私たちはここにいるのだけれど、あなたはここで奉仕をしろといわれた?」

「はい」

「……その奉仕は、つまりね……」


 続く女性の言葉に、少女は目を見開いた。

つまり、その奉仕とは性的なもの……魔王の因子と接したものたちの負った穢れを無垢な彼女たちであれば清められるという題目で、そのような相手をさせられるということ。

彼女たちはここで浄化の娘と呼ばれ、囲われている、と。

親兄弟姉妹、友人知人をあのような形で奪われた上、意に染まない行為を強制されているとなれば、娘たちの暗く沈んだ様子も当然であろう……。


「ベッドにいるものは、悪いものをうつされてしまったの。その状態になってようやく、私たちは「勤めを終えた」として解放される。皮肉ね。魔王の因子を持っていないから穢れを受け入れることができる。受け入れきれなくなって、穢れがこういう形で表出して初めて私たちは……」


 つまりは性病であろう……。

最初は高位のものの相手をさせられ、徐々に位が下がって人数が増える。

最後は娼婦の管理もできていない場に出入りするような者の相手をさせられるように落とされるのだと、少女は話からうかがい知る。

そして年長であるベッドの女性が『解放』され、少女がこの『囲い』のなかに入るなら、次にその危険なランクに落とされるのは、目の前の女性だ。

『解放』を死のかたちでも受け入れる……受け入れられるよう、長い年月が女性の心を殺していったのか、彼女は穏やかにも見える起伏の無い表情だった。


 ふっと、少女の中で再び切れる音、湧き上がる熱が発生する。

怒り。

怒りだ。

かつての生では感じたこともない。こんなに怒ったことはない。

そしてそれは、彼女の中で鍵が開けられた、いや破られた音であった。

もはや少女の世界は壊された。

その世界のためにかけた鍵も、外から世界ごと壊された。


「受け入れられないとは思うけれど、数日内に最初の命令があるはず。どうか、心を強く持って」


 黙り込んだ少女を、怯えのゆえであろうと気遣ったのだろう、女性は柔らかな声で慰めた。

慰めは、この女性やここの娘たちにこそ必要なものであろうに。

その声に、のろのろと少女は顔を上げる。


「大丈夫、です」


 そんな返事も、震えているように響いた。

実際は、怯えではなく怒りであったのだが。



 件の命令は三日後に下された。

少女は来た時と同じく頭からつま先までを洗われ、化粧を施され、白い布で包まれた。

まるきり花嫁衣裳のようだと自嘲しながらも、彼女はふと思う。

初夜であることには違いあるまい。

男の慰めのための、一夜花嫁。

それになってやる義理はない。


 長い廊下を歩かされひらけた庭に出ると、ここから先は一人で行けと、上級の神官にいわれる。

神殿の離れにあたる建物は、泣き叫ぶ声を封じるためであろうと容易く想像できるほどに傍目から見ても堅牢なもの。

少女の口元に、歪んだ笑みが浮かんだ。


 扉を開ければ、待ちかねたように壮年の男が立っていた。

権威の飾りつけであった純白の衣装は既にその身にはなく、簡易な夜着のみであるのが……。


「おお、早く入りなさい」


 かぶせられた白布の下で少女がどんな顔をしているかまったく気にすることもなく、男は彼女を部屋に入れた。

娘たちは刃物どころか、尖ったものも持つことはゆるされていない。

そして長年の経験が、男……この神殿の大神官長から警戒をも奪っていた。

だがこの新しい浄化の娘は、すでに今までの自分を棄てていた。

扉が閉じられる音は、彼女にとっては扉を開ける音……


「さぁ、」


 先に立ち、奥の寝室をあけて振り向いた男は絶句した。

そこに立っていた娘は、迎え入れたときと変わらぬ姿で、しかし完全に中身が違っている。

男の長い人生の中でも見たことが無いほど、恐ろしいものに。


「どうした」


 少女の口からこぼれたのは、この世のものとも思われぬ冷たい声。

悲鳴さえもその声が殺し、男からは足の力も抜けていく。

かつて男が、浄化の娘たちにとった立場が逆転したことさえ理解できぬまま、男は目の前の、これから彼が喰らい尽くすはずであった存在へと跪き、額を地につけて平伏した。


「あ、あ、あ」


 本来であれば彼の主である神に対してのみ取るはずの姿を無様にさらして、男は少女に許しをこう。

あるいは、命を。


 少女はゆるゆると息を吐き、しかし冷ややかな目のままで大神官長「であった」男を見やっていた。

彼女の中で、かつて故郷の村で子どもたちに文字や計算を教え、親たちには敬慕されていた老神官の姿がよみがえる。

かの人であれば、自分にもまっこうから立ち向かえただろうにと。


「汚らわしい」

「……っ」


 たった一言に男は身をすくませる。まるで叱られた犬のよう。


「お前の処分はこれから決める」

「は、はい」


 そんな老神官の上に立っていたはずのもの、老神官を殺させたものが、こんなくだらない人間であったのかと、少女は落胆さえ覚えていた。

この大神官長以外にも、この世界と、神にも。


 かつて浄化の娘たちの悲鳴と逃亡を封じてきたこの建物こそが、皮肉にも男の行動をすべて封じ込めていた。

ひとつしかない出入り口、窓というより換気口でしかない窓。

奥の部屋はベッドというよりも、床一面にマットレスが敷かれている。

それも少女が生家で使っていたものよりもずいぶんと上等で柔い。

空気中には香が焚かれたゆえの匂いが漂う。

彼女の知る金銭感覚からすれば、阿呆のような使い方だ。


 少女はその奥に入ると、すとんと腰を下ろした。

ここから先には入るなと指示した上で、彼女は命じる。


「この神殿に置かれている、仕事に関する書類をすべて持ってこい。人手を募っても構わん。……浄化の娘たちには誰も近寄るな」

「は、はいいいいい」


 引きつった悲鳴をあげながら、大神官長の位の男は、離れの建物から退出した。

しばらくして、離れにはありとあらゆる書類が持ち込まれた。

それを片端から少女は目を通しはじめる。

その姿を前にすると、大神官長をはじめ、彼が人手として連れてきた男たちもまた同じように平伏した。

影響を受けていなかった別の男たちも、また別の男たちも。

中には武器を携えたものもいたのだが、彼らも恐怖にあっけなく膝を折り、床に置いた各々の得物を持ち上げることすらできなくなった。

男たちの戦慄をよそに、少女は次から次へと読み進める。


 あらかた読み終わるころには、この大神殿中の男たちは、少女自身も知らぬ間に彼女に平伏していた。

最後の一冊を閉じると、少女はようやく離れの外を見た。

そこには最初の男を頂点に、二人、三人と末広がりに男たちが平伏していた。

それを見る少女の冷たい目は、彼女の中の「山村の少女」の部分がもはや消えてしまったことを言外に伝えていた。


「どう、なってるの、これ……」


 平伏する男たちの向こうに、浄化の娘たちが女性神官に連れてこられたのに、少女はこちらへと手招きする。


「あなた……誰? あの子じゃない!」


 先頭に居たのはあの年長の女性だったが、少女を見るなり後ろに他の娘たちをかばう。

その様子に、少女は笑いかけた。


「案ずるな。私は恩人たるお前たちに害を与えるつもりはない」


 そして、考えていた口上を口にする。


「お前たちの絶望と、この娘の魂を食んで、魔王たる私はこの世に顕現した。礼を言うぞ」


 その台詞に、娘たちは愕然とする。


「わたし、たちの」

「……」

「そうだ」

「っ、だったら!」


 いち早く我に返った女性が叫ぶ。


「なんで、もっと早く……! 私の魂でもよかったじゃない!」

「この娘の絶望と、魂。それでようやく足りた」


 本当は、女性自身もわかっていたのだろう。

無理を言っていると。

それでもいわずにおれなかった。


「なんということを」


 そんなことを平伏したままの男たちの幾人かが口走ったが、それらを少女は睨み付けた。

発言を許していないと。


「賠償として、お前たちを苦しめたものたちを処分しよう。ちょうど、こんなにはいらないと思っていたところだ。一人につき、一人、示すがよい」


 その少女の言葉に、声にならない悲鳴が男たちからあがった。


「た、助けてくれ!」

「お前には乱暴にしなかっただろう?」

「そ、そうだ、アイツの方が」


 口々に命乞いや罪の擦りつけをする男たちの中で、娘たちは虚を突かれたように立ち尽す。

殺したい、そう思っていても、いざとなれば思いとどまってしまうのが常人だ。

良心のストッパーとでもいおうか。


「……どんなふうに、とかもできるの?」

「できる。申してみよ」

「じゃあ、そいつ」


 年長の女性は、すっと……一番前で平伏する大神官長をさした。

そう、少女を最初に手籠めにしようとした……ここにいる、生き残っている浄化の娘たちを最初に手籠めにした男を。


「できるだけ苦しめて、殺して」

「よかろう」

「……私は、あいつ! 死ぬまで苦しめて」


 女性に続いて他の娘たちも声をあげた。

さんざん恨みを買うようなことがあったのか。

神殿の位には関係なく、指名がなされていく。

その頃には処刑そのものも始まっていた。

大神官長は痛みに身もだえ、神官も、神殿騎士も、兵士も、「できるだけ苦しめてほしい」と希望のあったものたちは皆床に這いつくばった。


「内側から内臓を締め付け、腐らせている。まだ死なない。三日もすれば体力が尽きて耐え切れずにか、痛みに狂ってかで死ぬ」


 娘たちへと男たちに何が起きているかを伝えると、「つまみ出せ」と生き残りの男に指示した少女を、娘たちは信じられないものを見る目で見た。

指一本触れずに人間を殺すなんて。

やはり、本人がいうように魔王というものなのだと、そのことで彼女たちは理解した。


「……この娘がお前たちを最期まで気にかけていた。ここの金庫なりを開けてやろう。好きに持って行くといい」


 その少女の言葉に、ひぃと悲鳴が上げたのは、会計を担うものであろうか。

娘たちは顔を見合わせる。

やはり年長の女性が、娘たちに向かってうなずいた。


「……ここに居続けることは、できる?」

「どうした?」

「私たちは、もう外には出られない。……この神殿のやつらに、そうされた」


 それは、少女自身もされたこと。

生まれ育った村を壊され、ともにあった村人を殺された。

そして滅んだことは神の名による罰であると広められさえしているだろう。

魔王の因子によるものという汚名はいかんともしがたい。

この国、そしてこの時代において、故郷の村の存在は、保証であり後ろ盾だ。

故郷をいえぬものは、男でも無法者の扱いをされる。ましてや女であれば。


「よかろう。ではお前たちにこの体の世話を任せる」

「世話?」

「人の体、特に若い娘の体は世話がいる。子ほどではないが脆く弱い。食を得ねばならぬ。手入れも必要だ。ゆえにその人手をお前たちに求めよう」

「……わかったわ。それでいいなら」


 娘たちを代表して、年長のものがうなずいた。


「それから、この体には村の外の知識が足りぬゆえ、話し相手もほしい。だが、お前たちに男どもが接するようなことはさせぬ。私の相手とこの体の世話だけでよい」

「………………ありがとう」

「私はこれより、この場そのものを掌握せねばならぬ。あまり良い場所ではないが、お前たちはひとまずここに居を移し、扉を閉めよ」


 少女が息を継ぐ。


「男ども、立て。そしてこの場より去れ。二度とここへは近寄るな。そして娘たちを害することは我が許さぬと心得よ」


 ひぃひぃとうめき声だか悲鳴だかわからない声をあげながら、身分の上下関係なく、皆同じ腰の曲がった海老のような姿で男たちは離れの中庭から逃げて行った。


「神よ。お前がもう少し勤勉であったなら、私は甦りなどしなかった」


 逃げていく男たちを見送りながらひとりごちたあとで、少女は思った。

ああ、私は、無力な人間として生きることが愛おしかった。

自分の周囲の人々が愛おしかった。

それを奪って、かつて奪われた側の立場を思い知らせるというのは、罰としては相応であるというのは、確かに一理ある。

だがそれに巻き込まれたものたちに、そうされるほどの罪はなかった。

そして罪を重ね続けていた男たちに罰は無かった。

ならばこの私に与えられた罰はともかくとして、村人や娘たちに与えられたものは不当以外の何物でもない。


 少女の中でゆっくりと復讐のかたちができていく。

己のための、両親やかわいがってくれた村の大人のための、弟妹や村の子どものための、夫になるはずだった男のための、神の名のもとに殺された「魔王の因子」をもつとされたすべての人のための、そして、因子が無いとされたために心も体もずたずたにされた娘たちすべてのための。

だがそこで、少女は軽く首を振る。

いや、この復讐は誰かのためにするものではない。誰のものでもない。

我が我のために、するものだ。

かつて伝説の中に封じられていた魔王の復活はこうして成った。



 こののち、神殿を完全に掌握した少女は、あえて腐敗を排することで神殿の権力を弱めながらも、地方のまともな神官たちにこそそれを気づかれぬようにした。

不良の神殿騎士、あるいは神官の解雇を進め、人員整理した。

もちろんその際には、彼女自らが口止めをその男たちの心にまで刻んでの放逐であったことはいうまでもない。

腐敗の排除、それそのものは喜ばしいことではあるだろう。

だがそれによって権力と兵力を減じたすえに、神殿と同程度……いわゆる向こうを張る権力を有していたこの国の王家は、その分の権力を得、己の力を増す方向へと増長した。

互いが互いの抑止力であったのだ。

その結果、以前の神殿の如く、貴族の意に添わぬ村を……ということまではじめてしまった。

彼女が神殿を掌握してから、わずかに二カ月ほどのこと。


 ところで、神殿が人狩りにも等しい行いを許されていたのは、他でもない、魔王の因子を神の名のもとに断つためである。

その大義名分は「人の王」には無い。

要は、どうあがいても人の王には神の使徒と同じ役割は果たせない。


 たった数年の後、王の軍隊の犠牲になった村の生き残りたちによる蜂起により内側からもろもろと崩れることとなる。

徹底した虐殺を行っていたともいえる神殿騎士たちと比べて、王の軍隊は慣れぬ行いであったため、逃がしてしまったものが多かったのだ。

その頃には生き残りたちに加担した辺境伯とその一派が流した情報により、完全に人心は王から離れ、王を守るものはいなかった。

そう、人狩りに参加した騎士から倒されていったのだから。


 その滅びが起きようとも、少女であった魔王はただ無風の神殿に在るだけだった。

浄化の娘とされたものたちは、その数年で一人また一人と死んでいった。

怪我や病に倒れたわけではなく、魔王に食われたわけでもなく、まるで生きるという事から解き放たれたように、ただ死んだ。

眠りの底が抜けて、そのまま死に沈んだように、彼女たちの死に方は穏やかだった。

ある意味本当に、生というものからようやく解放されたのかもしれない。

それを見送りながら、彼女は待った。

いつか己に相対しても怯まぬものがくる日まで、と。

彼女はそれが、己の好いたあの男であればいいと思っていた。

魔王であった己ですらも、生まれ変わり人間になれたのだから……あの男もきっと、いつか、生まれ変わって己のもとにやってくると。

その時彼の得ている強さは、いつか彼の求めたのとは違う強さではあるだろうけれど。

読んでいただきありがとうございます。

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