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白い顔の女

作者: 角生

実話を元にしています。

それは決して望んでいない深夜のドライブだった。


日帰り旅行が予定よりずっと遅れてしまい、真夜中になってもまだ車を走らせていたのだ。


僕は朝からの運転ですっかり疲れてしまい、彼女に運転を代わって貰っていた。

その彼女も随分眠そうで、居眠りしないか心配していた。


「ねえ、何か話して」

彼女が突然そう言った。

僕はウトウトしていたのかもしれない。

寂しかったのか自分が眠かったせいか分からないが、話をしたかったのだろう。


「そうだね。……そうだ怖い話をしようか」

「怖い話?」

「うん。学生の頃なんだけど」

「学生時代の話? 怖いの?」

「そうね。そんなに怖くないかもしれないけど。本当の事だよ」


そうそれは本当の話だった。

すっかり忘れていたのだが、ふと思い出したのは車がその場所の近くを走っていたせいだ。



卒業が近付き、最後のサークルの合宿の時だった。

僕は追試のせいで他のメンバーより遅れて出発した。

そしてもう一人、卒論の再提出をして遅れた奴と偶然駅で一緒になった。


その古ぼけたホテルに着いたのは、すっかり夜で辺りは真っ暗だった。

「やっと着いたか。お前らの部屋はここだ」

旅行の幹事が部屋まで案内してくれた。

ホテルの3階は貸切りで僕らの部屋はそのほぼ中央にあった。


窓から海辺が見える二人部屋だったが、外は暗くて海も真っ黒だった。

すでに宴会が始まっていて、僕らが顔を出すと一瞬の間をおき歓声が上がった。

その一瞬の間が何を意味していたのか、その時は全く気付かなかった。


宴会が終わり部屋に戻ると、僕は窓際のベッドで寝る事になった。

窓際は寒いからという理由で同部屋の奴が嫌った為だった。

僕は前日試験勉強で徹夜をしたので、すぐにぐっすり眠ってしまった。


翌朝目が覚めるとすでに同部屋の奴は起きていた。

というよりすっかり身支度を整え終わっていた。

「ずいぶん早いな」

「うん。急用で帰る事にしたから」

「急用?何かあったのか?」

「いや。卒論が心配で」

「昨日提出したのだろう」

「そうだけど、何か心配で」

そう言うと荷物を持ち、そそくさと部屋を出て行った。


朝食の時、幹事にその話をすると

「そうらしいな。仕方ない。……今日は一人で寝る事になるけど」

「全く構わないよ」

僕はそんな事に気を使う幹事を不思議に思った。


その日も昼間に運動したせいか、夕食というより飲み会の半ばで僕は眠くなった。

「もう部屋に戻るのか」

仲の良いサークルのメンバーが声をかけてきた。

「ああ。もう寝るよ」

「じゃあ、今日は俺もお前の部屋で寝るよ」

「大丈夫なのか」

「平気だよ。3階は貸切りだから、誰がどの部屋で寝ようが勝手なの」

酒に弱いそいつは宴会を抜け出し、静かに眠りたいのだろうと思った。


「あれっ、昨日もお前そっちのベッドで寝たのか?」

「そうだけど、奴が窓際は寒いって。それがどうかしたか」

「そうか。いやてっきり奴が窓際に寝たのかと思って」

眠かった僕はその会話にも特に気を留めず、すぐに眠ってしまった。


次の日の朝、目が覚めると隣で寝ていた筈の友人がいなかった。

本来の割り当ての部屋に戻ったのだろうと特に気にしなかったのだが、

「急用が出来たらしい」

と幹事が僕に言ってきた時は少し驚いた。

それも、ひそひそ話のように帰宅した事を告げてきたのだ。

「昨日はお前の部屋で一緒に寝たらしいな」

「そうだけど。しかし前々からの予定を切り上げるほどの急用が出来たのか」

「そうらしい。それで申し訳ないんだけど、今日は一人で寝てくれるか」

「それは一向に構わないけど」

「もし、もし……寂しかったら俺の部屋に来いよ」

「いや、大丈夫だよ。一人の方が気を使わなくていいから」

3泊の予定の最終日、僕はその部屋で一人で寝る事になった



「ねえ。それから」

彼女はこの話に興味津々の様子だった。

でもこの後の話は僕にとって少しも愉快なものでなかった。

そう、だからずっと忘れていたのだろう。



あの時の僕は何故かとても眠かった。

そして鈍感だった。

3日目の夜も僕は布団にもぐるとすぐに眠ってしまい、気付くと朝だった。

そして何故だか枕元に幹事が立っていた。

「どうかした? 寝過ごしちゃったか?」

僕はびっくりしてそう尋ねた。

「いや。ちょっと心配で」

驚く事に部屋には他に数人のサークルのメンバーがいた。

「いや、みんなお前を心配して来てくれたんだよ」と幹事。

「心配って?」

「お前があまりにもぐっすり眠っているからさ」

そうメンバーの一人が言った。

「そうだよ。夜中におおイビキかいていたぞ」

「夜中にも来たのか」

「お前のいびきがうるさくて、見に来たのさ」

「それは悪かったな」

そう僕は言ったが、何か違和感を覚えた。


朝食を終えると1階のホテルのロビーに降りていった。

何故だかそこにはホテルに不似合いな黒い服を着た集団がいた。

その中の一人は大きな花束を持っていた。


「何だろうねこの人達?」

僕は近くのメンバーに囁いた。

ホテルのスタッフは慇懃だが、どこか迷惑そうなそぶりだった。

幹事がロビーに来ると、その黒い服の一人が近付き頭を下げた。

「どうしたんだろう、一体?」

僕が囁くと、そいつは生返事をしてホテルから出て行ってしまった。


合宿の後、僕は学校に全く顔を出さなかった。

卒業が決まり何かと忙しく、卒業式までサークルのメンバーとも会わなかった。

卒業式の日、就職活動ですっかり慣れてきたスーツで学校に行った。

卒業生は誰もがいつもと違うフォーマルな服装で、変な感慨を覚えた。


「よう。やっと会えたな。その後どうしていた?」

サークルの仲間が声をかけてきた。

「別に。まあバタバタしていたな」

「そうか。あの二人とはあれから会ったか?」

「あの二人って?」

「いや、その合宿で一緒の部屋だった、あの二人だよ」

「会ってないけど……どうして?」

「うん。あれから三人ともサークルに来なかったから」

「三人?」

「そう。お前を含めて三人さ。あいつら今日も来ないつもりかな」

「どうだろう」

「そうか、式の後打ち上げだからな。必ず出席しろよ。みんな心配しているから」

「わかった」


打ち上げの飲み会はすごい盛り上がりだった。

下級生も加わり大人数で、いつもより酒が進んでいた。

卒業生は誰もが普段より酔っているように思えた。

そしてその中の一人が突然

「しつもーん」と声を張り上げ立ち上がった。

「公開質問です。あなたにどうしても訊きたい事があります」

と僕を指差したのだ。

「あの時、何があったのですか?」

百人近いメンバーが全て僕を注視していた。

その視線は痛いほどで、吊るし上げをくっているかのようだった。

「あの時って?」

僕は何の事かさっぱりわからなかった。

「とぼけるな。合宿の時だ。お前と同じ部屋に泊まった奴は次々に帰ったじゃないか」

「……まあそうだけど、急用が出来たって……」


それからの話は僕にとって酷く不快なものだった。


あのホテルで僕たちが宿泊する前日、首吊り自殺があった事。

その部屋をホテル側が恐縮するにも拘らず、予約を盾に強引に借りた事。

そしてその部屋を、遅れて着いた僕達二人に割り当てた事。

遺族の方が、僕達のチェックアウト後その部屋に花を供えに来た事。


自殺は窓際のベッドで上半身のみ起こし、カーテンレールで首をくくっていた。

その後遺体がそのベッドにしばらく寝かされていた。

そう僕が眠ったベッドに。

でもその話は遅れて着いた二人には内緒だった。

翌日その部屋に泊まった一人が事情を知らないのに、急用で帰ると言い出した。

僕と仲が良かったメンバーが気を使って二日目にその部屋に泊りに来た。

しかしそのメンバーも、次の日急用で帰ると言い出した。

三日目、僕一人で寝ているのが心配で、みんなが夜中に何回も部屋に来た。


その後その部屋に泊まり、急用で帰った二人と連絡が取れなくなった。

その為、サークルではその話でもちきりだった。

でも誰も僕にはその話をしなかった。

サークルの全員が、その部屋で何かあったのではと僕に訊きたがっていた。

その二人は卒業式にも来なかったからだ。



「それで本当に何も無かったの?」

彼女はすっかり眠気が冷めたらしくそう訊いた。


そう僕は何も見なかったし、何も感じなかった。

二人が何故帰ってしまったのか未だに知らなかった。

僕は卒業式後の打ち上げがすごく不快で、サークルのOB会にも一切出なかったから。


学校を卒業し社会人になってから、僕は日増しに勘が鋭くなっていった。

学生時代までの僕を知る人は、「丸で別人」とまで言うほどだった。

今の僕だったらと、そう思った。

===あの部屋で何かを感じたかも知れない。===


「何も無かったよ。ただ……」

「ただ?」

「うん。去年の暮れに1日目に同部屋だった奴と偶然出会って……」

それは作り話だった。ちょっと彼女を怖がらせてやろうと思ったのだ。


「あの夜何かあったのかと尋ねるとね」

「うん」


『夜中に寒くて目が覚めると、窓際がぼうっと明るくて

ふと見るとお前の枕元に女が立っていて、

そう、真っ白な顔をした女が、お前をずっと覗き込んでいたんだよ。

まるで話しかけているみたいに』


「……」

彼女が息を飲むのを感じた。

僕は笑いを堪えるのに精一杯だった。


でも僕は何でそんな話を思い付いたのか分からなかった。

突然そんなイメージが思い浮かんだのだった。


「ねえ少し休んでいかない」

少し後、彼女がそう言った。

きっと疲れて運転を代わって欲しくなったのだろう。

「いいよ。どこかで停められる?」

ちょうどその時、走っていた海沿いの道にファミレスの看板が見えてきた。

「あそこでお茶でも飲もうか」

「うん。そうしましょう」

と彼女が応じた。


その真新しい感じのファミレスは、1階が高い天井の駐車場で2階が食堂だった。

時間は夜中というより明け方に近かったが、まだ外は真っ暗だった。

時間のせいかファミレスはガラガラだった。

海が見える窓際の席に案内されたが、海はただ真っ黒なだけだった。


「ねえ、さっきの話のホテルってこの近くなんでしょう?」

と彼女が注文したコーヒーが来るとすぐに言った。

「そうだけど」

確かにこの近くの筈だった。

僕は思い出す手がかりを探すかのように、窓の外を見た。

「海辺はこんな感じだったなあ。

 暗くて良く分からないけど、うーん……多分相当近いな。

 そうそう斜め下に交番があってね」

僕はそこで絶句してしまった。

僕が視線を下ろした先に、見覚えのある交番があったのだ。


「このファミレス……このファミレス。間違いないここにあのホテルがあった。

 あのホテルの跡にこのファミレスが建てられたんだ」

「ねえ、どうしちゃったの」と彼女。

「だからここにさっきの話のホテルがあったんだ」

僕ははっきり思い出してきた。

あの時ホテルからみた景色。

斜め下の交番。

海岸線の堤防。

―――合宿で泊ったあのホテルが潰れ、その跡にこのファミレスが建てられた。


「ここなんだよ」

「ここ?」

「そうここ。今座っているこの位置

 この位置が、まさにあの時泊ったあの部屋の、あのベッドの位置なんだ。

 そう、ここは2階だけど駐車場の天井が高いから、ちょうど

 ちょうどこの高さ、建物の中の位置もまさにぴったりだ」


僕は何かを感じ始めた。

すごい悪寒が襲ってきた。

その時テーブルに置いていた僕の手に彼女が手を重ねてきた。

ぞっとするほど冷たい手だった。

はっとして僕が彼女を見ると

いつも表情豊かな彼女が瞬きもせず、

口だけ動かしてこう言った。


「ずっと待っていたの。やっと来てくれたのね」












「ねえ。怖かったでしょう」

震えがおさまらない僕に彼女はそう言った。

「さっきの仕返しよ。私を怖がらせるんだもの。

 氷水が入ったコップで手も冷やしたの。

 びっくりしたでしょう」

彼女は楽しそうにそう続けた。


でも僕は言えなかった。

僕の震えが止まらない本当の理由を。


そう窓に映る彼女の顔が、見覚えの無い真っ白な女の顔だった事を。

ここで登場するファミレスは現在も存在します。近くにありませんか?海沿いで1

階が駐車場、そして斜め下に交番があるそんなファミレス。

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[一言] 三段構えのお話で、オチが読めませんでした。 本当に、本当の話ですか?
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