#01 Exposition
男は、一枚の絵を眺めていた。
その絵は、中央の一番良い場所に飾られていた。
色々なものが細かく書き込まれており、繊細でとても美しい。けれど、どこか哀愁の様な音まで聴こえてくる様だった。
そこに大きく描かれた窓から差し込む夕陽の光は、過去の過ちに寄り添ってくれる様に温かく、やはりとても美しかった。
*
ここは夕陽町と呼ばれる、絵に描いたような山々に囲まれた小さな町。
そんな田舎道を一台の郵便配達のバイクが通る。
バイクに乗るその男は、最近この町にやってきた配達員の渡瀬楷。
正しさに囚われ、正しく生きられない男。
ただ毎日、荷物を届けるだけの配達員だ。
夕陽町にあるたった一つの郵便局。
そこで長年、長を務める楷の唯一の上司、鏑木丈之助。
この郵便局は、楷と鏑木が二人だけで運営している。
新人の楷に、鏑木が二人三脚で仕事を教えているのだ。最近は、楷がやっと一人で配達に出られる様になった。——そんな夏の日のことだった。
「今日は、二件だけだ」
老眼鏡から覗かせた今にも眠りそうな瞳で、丈さんと呼ばれるその男は楷に声を掛けた。
「はい、すぐ戻ります」
楷の言葉を聞いて鏑木はヘナっと笑い、老眼鏡を頭の上に乗せた。
「すぐじゃなくていいんだよ。のんびりゆっくり行っといで。本当に楷くんは真面目だなぁ。模範生かって」
夕陽町の郵便局は、いつも静かで穏やかな時間が流れている。特に忙しい時期もなく、本当にのんびりしていても決して怒られることのない職場だ。
「あれ? 俺、眼鏡どこやったかな」
「丈さん、頭に乗ってます」
「ああ、悪いね」
自分の頭に視線を向けた鏑木は、照れくさそうに老眼鏡を鼻の上に乗せた。
鏑木は、とっくに定年を過ぎていた。
日中はいつもまったりお饅頭を食べたり、居眠りがてらに事務作業をしていて、サボりの丈さんと言う大変不名誉な肩書を持っている。
しかし常に、人の変化には敏感な男であった。
楷の僅かな変化を察知してそっと寄り添い、見守る。そして時に、並んで歩いてくれる素晴らしき上司。
そしてこの町を、人をよく知る情報通の丈さんとも呼ばれている。
楷は、鏑木から受け取った郵便物にざっと目を通し、呟いた。
「あ、また……」
「ん? あ、響ちゃんな。あそこは女性の一人暮らしだから、気にかけてやってくれ」
「はい。では、行って来ます」
「ゆっくり行ってこ〜い」
気の抜けた鏑木の声を背に、楷は赤いバイクに跨った。エンジンをかけ、鏑木の言いつけ通り楷はゆったりとバイクを走らせる。
山道を通り、道行く人達に挨拶をしながら、大きな畑や田んぼの側の家々に手紙を届ける。
時折、田舎道には似つかわしくない英語のロゴが入った、大きなバッグを背負った配達員とすれ違う。
楷は不思議そうに配達員を眺めつつ、目的地にまっすぐ向かっていた。
「あとは、青谷さんの所だな」
楷は少しだけスピードを出して、町から離れた山奥の邸宅に向かった。