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ネオンで仕立てたアクアリウム


「うぅん……」


私は少しの息苦しさを感じて目を開ける。ぐちゃぐちゃになってしまっているシーツと掛布団をはねのけながら体を起こす。薄暗い部屋のなか手探りでスマーフォンを見つけ電源を入れる。急な光とともに画面に表示されたのは時間を示す4:02という数字と色んなSNSからのダイレクトメール。


「……まだ、こんな時間かあ」


エアコンの嫌になるような暖かさと体に触れる違和感に目を覚まされたことを悟った。触れ合っている部分がぺとりと張り付いているみたい。


「あれ、起こしちゃった?」


と、そんな時。くぐもった声とともに絡めとる腕が強く締め付ける。それに合わせて私の肢体はふにゃりと形を変えるけれど、そんなことも何でもないように甘い声を出す。


「ん、まーね」

「ごめん。触れたくなっちゃって、つい」


もぞもぞと体を回して彼の方を向くと何かを期待しているような顔があった。つけている香水の匂いだろうかウッディな香りが鼻を突く。そうして私は彼の目をじっと見つめて期待しているだろう言葉を吐いた。


「ね。もっかいしよ?」


そんな言葉を最後まで聞き終わらないくらいのうちに彼は私を覆って重さを預けてくる。


ああ、求められている。私はそのことを自覚しながらじんわりと広がる麻薬のような温かさに身を委ねた。


―――――――――――――――


「おーい、ミズキ! 話きいてた?」

「あ、ごめん。ぼーっとしてたかも」

「ちょっと! 真面目な相談してるんだけど!」


正面に座る彼女の突っ込みに、あははと声をあげて笑うのに合わせて私も口角をあげる。考え事してたらいつの間にか無視しちゃってたみたい。今集まっているのは大学の授業でグループ学習やらなんやらで作られただけなんだけど、取る授業も同じなせいか一緒にいることが多い3人だ。助け舟のつもりかそうでないのかは分からないが、隣からからかうように声がかかった。


「えー、そんな真剣な話だったかなあ。しょーじき惚気話にしか聞こえなかったけどー」

「そんなことないし。今日はもう何も食べないんだから!」

「そこまでしなくてもさー。彼氏に抱き心地いいっていわれたんならいーことじゃん」


あー、そういえばそんな話してたかも。6つに切り分けておいたドーナツを口に運びつつ隣の彼女に同意する。


「私もそう思うなあ。はじめてでそんな事言われたなら女冥利につきるってもんじゃない?」

「いや、ぜったいにちょっと太ってるって遠回しに言ってたって! もー、ほんとにやんなっちゃう」


彼女は悩みを飲み込むかのようにカフェオレを口に入れる。宣言通り彼女の前にはからころと氷が音を立てるグラスだけでシロップすら入れていない。ちなみに隣に座っている彼女はアイスクリームが溶けかけているパンケーキを頼んでいる。


私と同じことを考えたのか彼女の矛先がこちらに向かってきた。


「二人はいいよね。ドーナツにパンケーキに甘いもの食べても太んないんだから。ミズキに関しては出るとこは出てるしさあ」

「なにそれ。私が出るべきとこが出てないって言いたいわけー?」

「どうどう。落ち着きなってば。まあ私に見惚れる気持ちもわかるけど」


なにおーうと、二人がヒートアップしてしまう。まあ、面倒だしもういいか。


冗談めかしたけれど私に魅力があるってことは自覚している。モデルとも見紛う小さい顔をと大きく切れ長の目。肩ほどまで伸びた焦げ茶色の髪はふんわりとゆるくカールしている。煽情的ともいっていい肢体に蠱惑的に見せるように選んだ体のラインが見えるような服。


振り返って考えなくても昔からそうだった。高校生になったあたりだろうか。大人っぽくなってきた私に向けられるじっとりとした目。同年代だけでなく担任の教師、街ですれ違うお兄さん、どんな男性もそういう風な目を向けてきた。


いつからのことだろう。その視線にどくどくと血が巡っていることを感じるようになったのは。


「もう! また話聞いてなかったでしょ!」

「あー、うん。痴話げんかみたいだしいいかなーって」

「「そんなんじゃないってば!」」


友だちといってもいいような彼女たちの会話に心を割くこともなく手癖で馴染む。そんな甘い空気に浸りつつぽっかりと穴の開いているドーナツをナイフで切り分けた。


―――――――――――――――


ふわあと小さなあくびを手で隠しつつインスタの適当なポストにいいねをつける。少しあたたかくなってきたけどちょっとこの格好はまだ早かったかな。今日はオフショルダーのニットに白いブルゾンを軽く羽織っている。


私は父親の顔を知らない。生まれて少ししたころに離婚したらしく幼いころから母が女手一つで育ててくれた。それでも何一つ不自由はなかった。都内の高層マンションの一室で、食事は適当に買いに行くなり出前を頼むなりしていた。感謝はしているけれど、それだけ。


今もそこに住んではいるけれど帰らないことも多かったり生活リズムも合わないしでそこまで顔を合わせることもない。親子としては寂しいって言われるけど、まあ文句すら言われないしそれでいいかなって。


陰がかかるのを感じてふと顔をあげると背の高い男性が立っていた。


「初めまして。ミリハちゃんであってるかな?」

「レンさんですよね。会いたかったです」


そう、今日待ち合わせたのは動画やSNSでそこそこ有名なインフルエンサーのレンだ。今の登録者は70万にはぎり行ってないくらいだったはずだ。


「ミリハちゃん、写真で知ってはいたけど可愛いね」

「え~、お世辞でもそう言ってくれると嬉しいです」


今どきのふんわりとパーマをかけた髪に目鼻立ちの整った顔。まあ一言でいうならそこそこかっこいい男って感じ。


「いやいや。加工してないんじゃってくらいインスタのまんまだよ」

「えへへ、自信がないわけじゃないですけど」


聞き飽きた言葉ではあるけどちゃんと言葉として聞くのは嬉しくないわけがない。それに露出している足と首元に隠そうとしているもののちらちらと視線を感じる。


「ちょっとあれなんですけど、ミズキって呼んでくれないですか?」

「あー、もしかしなくてもそれ本名?」

「そうです。特別に教えてあげたんですよ。代わりといってはなんですけど君付けしちゃってもいいですか?」


こつりと少し厚底の靴で一歩近づいて彼に触れるか触れないかの距離になる。あざとさが目立つように上目遣いも欠かさない。


「うん、いいよ。俺からお願いしたかったくらい」

「えへへ、レンくんありがとうございます」


彼も私の匂いを感じるくらいの近さだろう。これだけで私という存在が本能にこびりつく。そんな少しの間をおいて空気を変えるような口調で言う。


「それじゃあ、行きましょっか」

「そうだね」


彼が歩き出すのに合わせて肩が触れ合うように連れ立つ。彼も気にした風もなくそのまま歩き出す。けれども少しの動揺がちらりと垣間見える。期待しちゃってるんだと誰にも聞こえない音量で飴玉のようにつぶやいた。



たわいもない会話を重ねつつ着いたのは水族館だった。うーん、デートで水族館かあ。良くも悪くもって感じ。自分の入場料は払いますよ、と一応のアピールをしつつも奢ってもらって幻想的とも感じられる暗がりに足を進める。


「へえ~、けっこう雰囲気いいですね」

「だろ」


意外かもしれないが水族館はかなり好きだ。魚なり生き物なりがどんな種類でどんな生き方をしているとかは全くと言って興味はないけれど。


「あの魚、人の顔みたいじゃね?」

「え~、うそ? たしかに! そう見えるかも!」


どれを指してるかは正直わかんなかったけれどかわいく頷いといた。彼も別に魚に詳しくはない。だからこういった中身のない会話になりがち。


向こうも私も水族館自体に興味はない。なんて言えばいいんだろう。これは儀式みたいなものってかんじかな。お互いがなにを求めているのか確認する時間。まあ、私はこの中途半端な雰囲気が好きだから水族館を気に入っている。


「ねえねえ、クラゲ特集だって~」

「お、いいね」


いーや、ちょっとだけ訂正。クラゲだけは興味あるかも。


「クラゲって本当はふわふわ動いたりしないんだ~」

「そうなんだ?」

「無理くり機械で水の流れを作ってあげてるから動いてるように見えるの。それに寿命も短いんだ」

「へえ~、ミズキちゃん。詳しいね」


神秘的で似合うなあ、そう思っているのか分からない言葉を吐く彼。クラゲには知能と呼べるものもない。水族館ではただエサを与えられてきれいだからと刹那のために飾り立てられる。私はクラゲのそういうところが好き。



―――――――――――――――


「は~、ごちそうさまでした」

「うん、お粗末さまです」


火照った体にひんやりと空気が刺すように感じる。夜はまだまだ冷えこむようで道行く人も白い息を吐いている。私たちは水族館のあと個室の居酒屋に向かってもつ鍋に舌鼓を打った。


「とってもおいしかったです。個室ってのもポイント高めでした。」

「そう言ってもらえると嬉しいな。俺もまあまあ顔知られてるから流石にね。」


あははと二人で見つめあい湿ったように笑う。なんとなく人の流れに乗って駅の方に足を向ける。


歩みを進めていると後ろの方で、今すれ違ったのレンに似てなかった?と話題に出すのがうっすらと聞こえた。彼もそれが聞こえていたのか少し早歩きになる。


「おっと、危ない危ない」

「ですね」


心情とは反対な言葉で同意する私。別に私はバレてもいいっていうかバレてほしいとすら思ってしまう。こんなに大きな人の隣にいるのは私だよって教えてあげたくなる。


「ていうかさミズキちゃん、酒弱くない? 顔赤いのとても目立つよ」

「んー、二十歳になったばかりだもん。成長に期待!かな」


駅へと向かう道は夜を感じさせないくらい明るくて寒さを感じさせまいとしているみたい。がやがやという繁華街の賑わいを切り裂いて声がかかる。


「なあ、また会えたりしない?」


その言葉に応えず私は静かに彼の手の甲にふわりと自分の手を重ねる。肌と肌が触れたところからじんわりと毒のように熱が広がっていく。


「……また、でいいんですか?」

「手熱いよ。酔いすぎなんじゃない?」


努めて冷静であろうとしている彼へさわさわと重ねた手を染み込むように擦りつける。彼がごくりとのどを鳴らす音だけが聞こえた。


「えへへ、顔は赤いですけど。ほんとはそんなに酔ってないんですよ?」


蠱惑的な笑みを浮かべてふわふわともう一歩。心の内側に入り込むように吐息混じりに耳もとで囁きかける。


「ね?」


彼は言葉で答えることはなかったけれど、少し筋肉質な腕を私の腰に回してきた。んっ、と甘い声が口から漏れる。この瞬間がどろどろと脳を溶かすようで、お酒でふわふわとした心がさらに高揚していくのを感じた。


触手を絡みつかせるような気分で、私は彼の体にこてんともたれかかった。


―――――――――――――――


もう朝とも昼とも取れないようなころ。互いの汗で汚れた体をシャワーで流した後、そろそろ出ようかという雰囲気になった。そこでもったいぶったような前置きをつけて彼が言う。


「あのさ、ミズキちゃん」

「ん、なあに?」


わざとらしく首をかしげて続きを促す。なんだかこの先の言葉が予想できてしまった。


「次会うのいつにする?」

「んー。どうしよっかなあ」


相手にも伝わるくらいにはぐらかしてみる。振り返って彼の目を見るとエサを待ちぼうけている魚のようでお腹の下あたりがぞくぞくとしてしまう。


「あはは、意地悪だなあ」

「……まあ、またDMで連絡してくださいよ。その時の流れで決めましょ」


でも答えはお預け。まあ夜も悪くなかったし気が向けば会ってあげてもいいかなって感じ。


「そうだね。また美味しい店連れていってあげるよ」

「はい、その時はよろしくお願いします」


ぺこりと頭を下げると彼のじっとりとした目をそらすようにブルゾンを羽織る。すんすんと自分を嗅ぐと、体は大丈夫だけれど髪は流さなかったからか少しごわつくし未だに汗ばんだ匂いがした。




その後少し会話して彼とは別れた。この後予定があるらしくタクシーで向かうとのことだった。もしタクシーで帰るならと私にもお札を数枚握らせてくれた。まあ、電車で帰るんだけどね。


駅へと向かうも久しぶりの日の光は私には少しまぶしくて気がずんと重くなる。歩き様に何気なくSNSで彼の名前を検索する。すると繁華街で見かけただとか、女が一緒に歩いてたとかいうポストを見かける。ああ。こういうのが私がここにいていいんだって気持ちにさせてくれる。


「まあ私は義理堅いから言いふらしたりはしないけどね~」


そんな独り言をつぶやいてスマホの画面を消すと、暗い画面に反射する自分の顔が目に入った。


んー、なんて可愛い顔だろう、自他共に認めるくらい。いや、自分はどーでも良くて他人に認めてもらえばそれでいい。


自分が自分であることの評価基準が他者に必要とされること。そんな生き方良くないっていう人も結構多いと思う。けど求められていることがこんなにも私に快感を与えてくれる。小さな罪悪感すら味付けに変わるくらいに。


ふと昨日の水族館を思い浮かべてなんとなく言葉が口から飛び出る。


「あー、なんか私ってクラゲみたい」


酔いはとっくのとうに冷めているけれど、自分に酔ってふわふわとした足取りで改札を通過した。





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