14.リブロード家の真実
予想通り、メアリーとトーマスが部屋に入ってきた。
「いやー、今日は助かったよ。ローズが機転をきかせて貴女を呼んでくれなかったら、どうなっていたのかと思うと。ローズには何か褒美を渡したいな。でも難しいか。」
「難しいとは?」
トーマスが珍しく敬語なしで聞いてくる。
「いや、結果的にジュニアがジョージだということをセーラに秘密にしたいってことに役立ったわけで、これに褒美とは言えないし。ローズはメアリーとの約束を守らせるために呼びに向かったのは普通のことだからね。」
メアリーがあきれた顔をしながら、
「ローズは貴方のことを旦那様と、いえ、中身は大人だと確信していますよ。」
「私があなたを旦那様ではと疑った理由をお話しましたわよね。その情報源はローズなのですよ。」
トーマスが続ける。
「旦那様が本を読んでいると私に教えてくれたのもローズです。私があらためて確認致しました。」
メアリーはうんうんと頷きながら、
「あなたの世話をしていたのはローズです。誰より近く、長くいるのだから。幼児が自分より大人っぽいのに疑問を持たないはずが無いでしょう。」
「貴方が生まれてきてから雇った使用人たちはジョージという人を知りません。でも、ジュニアは間違いなく大人の感性、知識を持っていると考えているはずです。」
「ちょっと待て、ローズはそうかも知れないというのは理解できるが、他も?」
俺が問いかけると、トーマスが
「ケイトはローズの姉で、ルビオは二人の父親ですから。」
(えっ、全然似てないんですけど。)
トーマスは俺の疑念を悟ったように語りだした。
「ルビオは義理の父親です。ケイトとローズは父親が違います。
母親のポーリーは私が執事見習いをしていた公爵家のメイドでした。
ある夜、公爵家の誰かに襲われ、倒れていたのを私が見つけ、保護致しました。確信はありませんが、公爵子息に強姦され、捨てられたと見受けられました。このままでは命が危ういと考えた私は、私の実家に匿いましたが、それで生まれたのがケイトです。」
「えっ、父親不明だけど、ケイトは公爵家令嬢なの?」
「ええ、ポーリーは知っているとは思いますが。
私はそれからしばらくして公爵家を辞し、実家の家業手伝いとなりました。その頃ですね、旦那様と知り合ったのは。」
「うん、俺が15の時だったね。公爵家をやめた後だったんだね。医者のまねごとをしている俺の能力に賭けたいって、面倒な交渉事をやってくれたよね。それよりも、ローズは?父親は誰なの?」
「ゴードン伯爵です。」
「えっ、ローズは伯爵家令嬢なの?」
「いえ、ポーリーは言いません。ローズが生まれた時にはもうルビオと結婚していましたから、ルビオの子として登記されています。ですが、二人がゴードン伯爵邸で働いていた時、またもポーリーは襲われています。」
「襲われたとしても、ルビオの本当の娘じゃないとどうして言えるの?」
「襲われたとき、ルビオは王城に駆り出されていて、3か月不在だったのです。隣国の王太子夫妻が来訪するため、各家の料理人が集められたのですが、ルビオはその時の一人でした。」
「ポーリーは不憫すぎるね。ルビオとポーリーは大丈夫だったの?」
「相手が伯爵では何ともなりません。王城から戻ってすぐに伯爵家を辞し、私の実家に戻っています。」
「で、ポーリーは今どうしてるの?ルビオとの子供はいないの?」
「ポーリーは当家におりますよ。家族4人で当家の使用人部屋で暮らしています。ルビオとの子はいません。ローズが難産で、そのため子供を産めない身体になってしまいました。」
(えっ、ポーリーと会ったことないんだけど。ルビオも不憫だ)
「新しい使用人一家は皆、旦那様は幼児の皮を被った大人と認識しています。リオはお嬢様と一緒にいてジュニア様とはこの前が初対面なのでわかりませんが、元々貴族の令嬢でしたから、裏を読むのは当家随一かと。これからは屋敷にいるのです。時間の問題です。」
「この家で、俺を幼児だと思っているのはフィリップだけと言うことか。隠し通すのは無理な気がしてきた。」
「そうですね、フィリップ様は後2年で学園に向かいます。セーラ様と違って最初から貴族クラスになるので、この2年で準貴族クラスのマナー修得が必要ですし、ジュニア様に構う暇は無いでしょう。フィリップ様は学園卒業の12歳までは弟と思うはずです。それより家の外には秘密を洩らさないように、方針転換された方がよろしいかと存じます。」
我が家に公爵令嬢と伯爵令嬢がいることがわかり、これは危険では。と考えた。
「トーマス、公爵家って、どこの?」
「ソルファード公爵家です。」
「ソルファード公爵とゴードン伯爵か。令嬢が2人もいるのか。すごいね。」
トーマスがややあきれたように言う。
「お嬢様をお忘れなく。それに、2人を令嬢とおっしゃるのであれば、当家には5人です。」
「いや、メアリーは違うぞ。商家の娘だ。確かにリオは貴族崩れだと思ったから雇ったんで…」
「いえ、ケイトとローズの母親であるポーリーです。」
(マジか)
「どこの家かはわかる?」
「リオはフルトリン侯爵、ポーリーはキーパー子爵令嬢です。ポーリーは婚外子ですが、リオは正しくフルトリン侯爵令嬢です。フルトリン侯爵は汚職が露呈し爵位剥奪ですから、リオは令嬢だったが正しいです。平民落ち前の本当の名前はリオドールです。」
「リオもポーリーも不憫だな。二人は今大丈夫なの?」
「リオは苦労はしてきたと思いますが、平民落ちしてもう30年近くになりますので、今の生活は天国でしょう。ポーリーも外に出なくて済む今は、落ち着いていると思います。多分部屋で刺繍でもしているのでしょう。」
「そうか、リオとポーリーは今のままでも危険はなさそうだな。で、トーマス、ケイトとローズには危険があるんじゃないか?」
「危険とおっしゃいますと?」
「ソルファード公爵家とゴードン伯爵家が出てくる危険だよ。その家に娘はいるの?」
トーマスは少し考え、
「確かに危険ですね。確信はありませんが、共に令嬢はいないと存じます。確認いたしましょう。」
「2人には少し教養を付ける必要があるね。最低でも読み書きとマナー。ケイトには語学も要るかもしれないな。」
「公爵家ですからね。何語が必要かも調べましょう。恐らくルウィード語でしょう。」
「ルウィード語なら私が教えられます。」
メアリーがいきなり話に割り込んできた。
「わかった。必要となったら頼むよ。でも何でできるの?」
「私の出身はルウィードです。15歳までそこに居ました。」
「でも。初めて会ったとき、普通にこの国の言葉を話してたよね。」
「この国の学園に留学していましたから。セーラの先輩です。でも、今はセーラは貴族クラスですから、クラスで言えば1年だけですね。」
(へー、メアリーも苦労しているんだ。入学最初の2~3年は大変だろうな)
口に出さずに感心していると、
「見直しましたか?貴方にも教えてあげましょうか?」
「そうだね。フィリップが学園に行って、こそこそしないで良くなったら教えて。」
「それよりも、今はケイトとローズの教育計画だ。教育に時間を割くとなると、人手が足りなくなるな、新しいメイドを雇うしかないだろう。トーマス、当てはあるか?」
「ポーリーにしましょう。元々メイドです。過去の経緯で対人恐怖症ですが、ここにいる大人の男は私とルビオだけなので、家中だけなら大丈夫だと思います。ルビオから頼んでみましょう。」
「わかった、頼む。もしだめならすぐに次を探してくれよ、時間に余裕がない。」
「計画はポーリー次第だな。明日やろう。」
メアリーがにこりと微笑んで。
「先伸ばしはだめです。ジュニア、何度も同じことを言わせないでちょうだい。ポーリーか、他の人かは計画に関係ないでしょう。今やりなさい。」
「はい、お母さま。わかりました…」
新たな登場人物(年齢はジョージジュニアとの年齢差)・既出人物の追加情報
メアリー・リブロード(妻・母)(ルウィード国出身) 28年
リオ(メイド長)(フルトリン侯爵令嬢:リオドール) 43年
ポーリー(ルビオの妻、ケイトとローズの母)(キーパー子爵令嬢) 35年
ケイト(メイド)(ソルファード公爵令嬢) 15年
ローズ(メイド)(ゴードン伯爵令嬢) 12年