雨の日のラプソディー
改造マフラーから強烈な爆音が響いてきた。
「何よ、和明。朝っぱらから呼び出して。あたしは忙しい。まだまだ午前中は野菜の収穫をしないとさ。用はなんだい?」と白い半袖のシャツに紫色のモンペを穿いたお婆ちゃんが赤いCB400スーパー・フォアーに乗ってやってきた。イカすバイクだ。お婆ちゃんはアクセルをふかしまくっていた。
「おい、ガキ、コラ、俺の母ちゃんだよ。松浦よね子だ。96歳だぞ。めちゃめちゃ怖いんだぞ。母ちゃん、母ちゃん、このガキなんです。母ちゃん、母ちゃん、このガキが僕にクラクションを鳴らしてきたんです」と赤いタートルネックセーターのおっさんこと和明は嘘泣きをしながら自分の母親に告げ口をした。
俺は自分の人生で初めて面食らってしまったね。なんせ、良い歳こいたおっさんが幼稚園児みたいな事を言っているのだからね。96歳の母親に告げ口だよ、告げ口。朝っぱらから告げ口だよ。松浦和明氏は先ほどカバディを披露した時の野生的な獣感は消えていた。
「母ちゃん、母ちゃん、僕はクラクションを鳴らされたので、マジでコイツが、とっても、とっても、とっても、とっても、とっても、とっても、怖かったです。母ちゃん、何もしていないのにね、いきなりね、クラクションを鳴らされたので体が震えてきてね、凄く凄く怖かったです」と松浦和明氏は96歳の母親の背中に隠れて告げ口を続けた。もはやコイツを呼び捨てるが、和明の身長は143センチだが母親の松浦よね子は身長160センチくらいはあった。
「母ちゃん、母ちゃん、僕は震えながらも、このガキに説得をしたのですが全く反省していません。母ちゃん、母ちゃん、このガキに怒ってやってください」と和明は唇を噛みながら言った。
「そんなことより、和明、あんたはいつまでそんなカッコしてるのよ。今は夏だよ。赤いタートルネックセーターって夏に着る服じゃないよ。革のジーンズに革のサンダルってバカじゃないの? 汗臭くなるべよ」と松浦よね子は言って情けなさそうな顔をして首を横に振った。
「母ちゃん、赤いジャンパーの代わりに、仕方なく赤いタートルネックのセーターを着ているんだよ。なあ、母ちゃん、お願いだから赤いジャンパーを買ってくれよ」
「和明、あんたは今いくつだい?」
「63歳です」
「ナメんなや!! いつまで親のスネをかじってるんだよ!! ナメんなやーやーやーやー!!」松浦よね子96歳は叫んだ。魂の叫び声だった。
「私は男5人兄弟を産んで、末っ子として生まれた和明だけは確かに放任主義で無関心で育てた。今となっては愛情不足は否めないと自覚はしている。飼っていたメスのダルメシアンのモモエちゃんが私の代わりに母親になって和明を育てたようなものだったしね。まあ正直ね、犬に育てられた息子ではある。実の親の愛情不足は否めないけどもさ、これは、もうしょうがなし。時代がそうさせた。だからといってさ、いつまでも親のスネをかじってるのはダメだぁ」松浦よね子96歳は頬に一筋の涙を光らせていた。年老いた母親の涙は見るに切ない。松浦和明63歳はサングラスを掛けて地面を見て黙っていた。
「でも母ちゃん、欲しい。今すぐに赤いジャンパーが欲しいよう」と和明は言ってグズった。
「テメエは分かってねーな、ナメんなや!!」と松浦よね子は怒鳴りつけてバイクのエンジンを吹かすと和明の頭を叩いた。
「痛いよ母ちゃん! 頭が痛いよ」と和明は言って怯えきっていた。
「和明、お前が悪いからこのお兄さんにクラクションを鳴らされたに違いない。どうも」と松浦よね子96歳は言って俺に初めて会釈した。
「悪くないよ。僕は悪くないよ」と和明は言って俺に向かって中指を立てた。
「いや絶対に和明が悪い。悪いから、このお兄さんにクラクションを鳴らされたんです。和明、何かしたんだろう?」と松浦よね子96歳は言って腕時計を見た。
「してないよ。でもちょっとね、クラクションが鳴る前にね、車の中でね、うたた寝した。うたた寝していたらクラクションが鳴って無理矢理叩き起こされたんだ。人がさ、せっかく運転中に気持ち良く寝ていたのにね、あがーっ!!」と和明が言い終わるのと同時に母親の松浦よね子96歳は和明の左の頬をグーで殴りつけてブッ飛ばした。
和明は吹っ飛んでセダンのボンネットに背中から乗り上げてしまった。
「母ちゃん、痛いよ。頬が痛い、よ。ウッフン……、あ〜あん……、いやぁ〜ん……あん」と和明は言って気絶してしまった。
「和明が全部悪い。お兄さん、ごめんなさいね。お仕事、出勤の途中でしょう? 私の完璧なパンチで息子を沈めて仕留めましたから。これで堪忍してくださいな。これ、気持ちです」と松浦よね子96歳は言って背中に背負っていたリュックサックの中から、さつまいもを20本も出して俺にくれた。
「和明さんは、このままですか?」と俺は言った。
「ええ、このままです。コイツは、もう、ほっといて良いです。私の最後の放任主義です」と松浦よね子96歳は言ってバイクを吹かしながら去っていった。
俺は時計を見た。まだまだ間に合う。遅刻したくない。まだ小雨が降っていたが、俺は、さっさとフォルクスワーゲンを走らせた。
痔・エンドです
ありがとうございました✨
またお会いしましょう。