女神に愛された女の子と、女の子を愛した男の子
長編の息抜きで書きました。
かつて世界は凶悪な魔物により壊滅的な破滅を迎えることとなった。
だが、神と崇め祀られた女神によって、世界は守られ救われた。
女神は人々に告げた。
「お前たちに力を与えよう」
言葉通り、人々には力が与えられた。
地鳴りを起こす力、荒波を起こす力、噴火のような炎を沸き起こす力。
人々は女神に感謝を示し、その力を大切にした。
◇
この世界は女神に愛され、そして守られてきた。
そんな女神を崇め、また女神に愛された子を大切にする国があった。
女性なら銀髪と、紅色の瞳。
男性なら金髪と金色の瞳。
この外観的特徴を一つでももつ人間は、大事に扱われてきた。
大事に。大事に。
そしていつしか女神に愛された子は政治的な繋がりを大きく左右する存在としても、意味を持つようになった。
それが例え、血の繋がりがない子でも。
疎ましいと感じさせる身分の子でも。
「アメミヤ、来てくれてありがとう」
スラリとした体に、女性が好む顔立ち、さらさらと柔らかい髪質の金髪は太陽の光に当たるとキラキラと輝いていた。
男性の名前はジェラルド・シュタイン。この国の第二王子で今年成人を迎える年となった。
「お会いできて光栄です」
そんなジェラルドに微笑みを返すのは、アメミヤ・シルンダ。
シルンダ侯爵家の長女であり、世界に唯一といっても過言じゃない銀髪と紅色の瞳を持つ娘だった。
週に1度の茶会を幾度となく行ってきたためか、当初緊張で震えていたアメミヤは今では落ち着き、音を立てることなく茶を啜る。
「君もあともう少しで成人だね」
ジェラルドの言葉にアメミヤは一瞬体を強張らせた。
徐々に赤くなるアメミヤの頬と耳を見て、ジェラルドは微笑む。
「君も嬉しく思ってくれて、私も嬉しいよ」
女神が愛した人間の特徴を二つも揃えているアメミヤは、第二王子の婚約者としてこの度認められたばかりだ。
そしてアメミヤが成人を迎えた暁には、婚姻が結ばれることが決定していた。
「そうだ。庭園に行かないか?
アメミヤは花が好きだろう?今薔薇が綺麗に咲いていると母上に聞いてね、君にみせたいと思ったんだ」
「ホントですか?見たいです」
パァとまるで花の様に喜ぶアメミヤに、手を差し出すジェラルドは確かに心が和む感覚を感じていた。
◇
アメミヤが宮廷から帰宅すると、侯爵家はまるで祭りごとの様に賑わっていた。
「何かあったの?」
近くを通りかかるメイドに尋ねると「アイリスお嬢様が癒しの力を使ったのです!」と目をキラキラとさせながら教えられる。
「まぁそうなの!」
三つ下の妹、アイリス・シリンダは決して紅色と呼べるほど色濃くはなかったが、赤に近いピンクの瞳を宿していた。
もしかしたら女神の愛し子とされる力を使えることが出来るのかもと言われていたが、それが今日遂に現実となったのだ。
アメミヤは妹がいる食堂に心躍るまま走り、食堂の扉に立つ。
ハァハァと上がる息を整え、重い食堂の扉を開けると、食堂内はアメミヤの登場に気付かないほどに盛り上がっていた。
アメミヤは喜ぶ妹に声をかけようと、輪の中心に向かう。
その時だった。
「きゃぁ!!」
アイリスが悲鳴を上げた。
アメミヤだけではなく、アイリスの周りにいる両親やメイド達も静まり返る。
「どうしたんだ?」
父がアイリスに尋ねた。
「あ、アメミヤお姉さまが…私を睨んだのです…」
ぶるぶると震えながらアイリスは答えた。
「え…?」
アメミヤは衝撃的だった。
いつも笑顔を絶やさない可愛い妹に、有りもしない事を言われたことよりも、怯えられたことがショックだった。
「アメミヤ!お前は妹が力に目覚めたことに嫉妬しているのか!」
父はアメミヤに怒鳴る。
アメミヤは首を振って否定した。
「アイリス、母が守ってあげるわ」
震えるアイリスを抱きしめながら、母はアメミヤを訝しむ目で睨んだ。
そして母がいった。
「アメミヤ、部屋に戻りなさい」
戸惑うアメミヤに、母と父はメイドにアメミヤを部屋に連れて行くようにと指示を出す。
メイドに背中を押されるまま、アメミヤはアイリスに声をかけることも出来ずに、部屋へと戻ったのだった。
それから生活はがらりと変わった。
アイリスに危害を加えると思われているのか、距離をとるようにとアメミヤは食堂に行くことを禁じられ、一人自室で食べるようになった。
いつもは美味しく感じられる料理が次第につまらなくなった。
「おめでとうって、言いたかっただけなのに…」
何がいけなかったのか、何が悪かったのかと、アメミヤは鏡を見つめる。
おっとりとしていて見ていると和むと婚約者のジェラルド第二王子に言われたこともあるアメミヤは、自分の顔つきがキツイものだとは思えなかった。
鏡を見ても、目が吊り上がっているわけでもない。
寧ろ少し下がっている。
はぁとため息をつき、肩を落とした時だった。
トントン、トントンと軽いノック音がアメミヤの耳に入る。
メイドや執事がするノック音とは全く違うそれは、すぐに妹のものだとアメミヤは気付いた。
「アイリス?」
「はい、私です。お姉さま。お部屋に入ってもいいですか?」
カチャと隙間から顔だけをのぞかせて、こてりと傾げる可愛い仕草にアメミヤは微笑んだ。
「ええ、大丈夫よ。どうぞ入って」
アメミヤがアイリスを部屋に招き入れると、アイリスは笑顔で部屋に入った。
アイリスの笑顔に、(怯えられてない。嫌われてないんだわ)とアメミヤは安心した。
「アイリス、この間はごめんなさい。
でも私あなたを怖がらせるつもりはなかったの。どうか許して」
「………。ええ、私こそごめんなさい。
”見間違え”でお姉さまを不安にさせてしまって」
「誤解だったのね。よかったわ。…そうだ、伝えるのが遅くなったけれど、おめでとうアイリス。
優秀な妹を持つことが出来て、私は嬉しいわ」
「…私もお姉さまにそう思ってもらえると嬉しいわ!」
ニコニコと笑いあう姉妹の間には、和やかな雰囲気が出来上がっていた。
「そうだわ、お姉さま。これからはジェラルド殿下とのお茶会をうちでやらない?」
「ここで?」
「ええ。お姉さまが殿下と結婚したら、滅多に侯爵家に帰ってこないでしょ?
お姉さまの成人までもう少しだし、その間だけでも一緒に居たいの」
可愛い妹の、かわいらしい願いにアメミヤは微笑んだ。
「じゃあ殿下に手紙を書いてみるわ」
「お願いよ!」
「ええ。任せて」
笑顔で手を振り部屋から出て行く妹を見送り、アメミヤは引き出しから便箋を取り出す。
妹のかわいい願い事を叶える為に、早速婚約者の第二王子に手紙を書いた。
◇
「お招きいただきありがとう」
手紙を送り、数回のお茶会を終えた今日、馬車から降りたジェラルドは、にこやかな笑顔のまま侯爵家の中を歩いて行った。
「たまにはこういうのもいいね」
いつもはアメミヤをリードする立場のジェラルドは、逆にジェラルドを案内するアメミヤの姿を笑顔を見つめていた。
「今日はアイリス…妹が殿下がいらしてくれたことへの感謝の意を込めて、お茶をいれてくれるらしいのです」
「へえ、それは光栄だ」
ジェラルドに休んでもらっている間、アメミヤはアイリスの様子を伺う為に席を立とうとする。
立ちふさがるメイドに、アメミヤは怖気づいてしまうが、アメミヤは勇気を振り絞った。
「アイリスの様子を見に行くだけです」
「私も一緒に行きます」
間髪入れずに言い放つメイドに、呆気にとられるアメミヤだったが、メイドの提案を受け入れた。
あの日からアメミヤは要注意人物のような扱いを受けていたのだ。
アイリスとのことは誤解だと、本人にも確認できたはずなのに、両親もメイド達もアメミヤに対する態度は一向に変わることがなかった。
肩身が狭い。居心地が悪い。
そんな思いを抱きながら過ごしてきた。
「殿下、すぐに戻ります」
アメミヤは頭を下げた後、メイドを連れてアイリスの様子を見に行った。
アイリスは台車に熱いお湯が入ったポットと、ティーカップを乗せ、運んでいた。
だが、その台車にはお茶菓子がなかった。
アメミヤはメイドにお茶菓子の用意をと指示を出し、訝しむ視線を感じながらアイリスと共に殿下が待つ部屋へと向かう。
「お姉さま!私がノックをするわ!」
台車から手を放し、アメミヤを追いやりながらアイリスが扉の前に立とうとした。
「…きゃああ!!!」
偶然の事故に思えた。
意気揚々としたアイリスの行動が、ポットが倒れ、アイリスが熱いお湯を被ることとなった。
「あ、アイリス!!」
すぐにアイリスの体からポットを取り上げ、アメミヤは熱湯に痛がるアイリスを戸惑いながら見る事しかできなかった。
そんな時だった。
「なにがあった…」
部屋から出てきた殿下が、熱湯を体に浴び泣き叫ぶアイリスと、ポットを手にしたアメミヤの姿をとらえる。
「あ、アイリスが…」
震える声でアメミヤが呟いた瞬間、アイリスがアメミヤの声を打ち消す程に泣き叫んだ。
「お姉さまがぁああ!!!」
その瞬間、アメミヤは恐怖を覚えた。
そしてあの日の事を思い出す。
怒鳴り散らす父に、まるで犯罪者を見るかのような母とメイド達の目を。
「すぐに氷と医者を!」
駆け付ける侯爵家のメイド達に的確な指示を出す殿下に、アメミヤは震える声で縋った。
「殿下…わ、私は…」
「触れるな」
ギロリと睨む瞳に、アメミヤは体を強張らせた。
そして、その場に座り込む。
「どうした!何の騒ぎだ!」
声がした。
久しぶりに聞く父の声。
だけど、もう優しさの欠片も感じられない父の声に、私は震えるだけだった。
「またお前か!!!!」
来い!と腕を持ち上げられ、私は手にしていたポットを落としながら歩幅の違う父の後を懸命についていった。
「お、お父様…っ」
痛いと伝えようとした時だった。
「その汚い口で父と呼ぶな!」
汚い…? 父と呼ぶな…?
私は意味がわからなかった。
引きづられるように連れてこられた場所は、地下にある一室。
まるで牢屋のようなその部屋は地下ということもあって窓がなかった。
私は震えた。
ジェラルド殿下の婚約者候補となって間もない私は、度々この部屋に閉じ込められていたのだ。
カーテシーが母の合格点に行かなかったとき。
話す時どもってしまったとき。
食器の音を立ててしまったとき。
作法が覚束なかった私は、よくこの部屋へと閉じ込められ、よく反省させられていた。
手をあげられたこともなければ、鞭を打たれたこともない。
ただ、暗闇の中に閉じ込められただけ。
でも子供の頃に植え付けられた恐怖が、蘇った。
「ご、ごめんなさい!お父様!謝りますから!どうか!私をここには入れないで!」
「うるさい!お前の汚い口で父と呼ぶなといっているだろう!!!」
「ああっ!」
まるで物を投げ捨てるかのように部屋へと放り投げた父に、私は床に体を強打した。
痛む体に慌てて立ち上がろうとしたアメミヤに向かって、父は一睨みしながら「この役立たずが」と告げた。
そして、バンッと勢い任せで扉が閉められる。
ガチャッと鍵をかけた音を最後に、コツコツと足音が遠ざかった。
「待って!待ってください!!!」
暗闇の中、私は扉と思わしき壁に縋る。
まだ父の足音が聞こえる。
まだ呼び掛けたら、歩いている父の耳に入る。
「お父様!!!お父様ぁああ!!!」
怖い。この部屋から出たい。
それだけだった。
遂に音が何一つ聞こえなくなった。
お父様を呼び止める為に必死で扉を叩いていた手は、きっと真っ赤に染まっているだろう。
光も何もない。
暗闇の中で確認することが出来ないが、ひりひりとした痛みに私は涙を流した。
◆◆◆
「アイリス…、大丈夫か?」
ジェラルドは赤く目を腫らしたアイリスを心配そうに見つめ問いかけた。
アイリスは、心配するジェラルドに対し微笑みかける。
「大丈夫ですわ…、ありがとうございます」
にこりと微笑みを浮かべるアイリスは、どこか悲しげだった。
そのアイリスの表情にジェラルドは心を打たれる。
(私は……、アメミヤに騙されていたのか…)
アイリスの様子を見に行くと言ったアメミヤに、妙な態度で着いていったメイド。
あの時はアメミヤに対するメイドの態度に不自然さを感じたが、今わかった。
アイリスを虐げるアメミヤに危惧したからだ。
「…アメミヤとの婚姻を見直すべきだな」
ぼそりと呟かれたジェラルドの言葉は予想に反して部屋に響いた。
「そ、そんな…」
しっかりと耳で拾ったシルンダ侯爵、アメミヤ…いや、アイリスの父は愕然とした。
「王座は兄上の物。私は第二王子として、いつかは他の貴族に籍を移すことになるだろう。
だが、王子たる私には国を豊かにする責務がある!その妻となる者にも同じ思いを抱いてほしい!
だがアメミヤは妹をアイリスを虐げた!同じ女でありながら熱湯を浴びせたのだぞ!
こんな事を仕出かす女を妻として迎え入れるわけにはいかない!」
「し、しかしアメミヤは女神の…」
「ならばアイリスを私の新たな婚約者として名をあげさせればいい。
アイリスも目の色は薄いが、力を…それも治癒の力を使えると報告で聞いている」
ジェラルドの言葉に父の目は一瞬にして輝き、そしてアイリスの口端が上がる。
「勿論、アイリスの気持ちも私は考慮したいが…どうだろうか?」
じっと見つめるジェラルドに、アイリスの頬は色付いた。
「嬉しいです。お姉さまの婚約者ではありましたが、私もジェラルド殿下を……密かに想っておりましたので…」
頬を赤らませ、俯く仕草は恋する乙女そのものだった。
父は喜び、ジェラルドは微笑んだ。
「では、この件は私から父上に話しておくが…シルンダ侯爵、そなたからも話を上げてもらいたい」
「畏まりました」
★★★
地下室に閉じ込められているアメミヤは泣き疲れ、床の上で深い眠りについていた。
『あれ…、ここは…?』
真っ白い空間。
白いワンピース姿の自分にアメミヤは首を傾げる。
『そう、っか…夢か。
だって本当の私はお父様にあの地下室に閉じ込められているんだもの』
でも暗くて怖いあの空間よりは、明るい夢の方がマシだわ。とアメミヤは苦笑した。
『それよりも、何故”こうなって”しまったのかしら…』
私とアイリスにあったことが誤解だと何度告げても信じてくれなかったお父様とお母様。
アイリスも「私からも話しておくわ」と言っていたのに。
(それどころか婚約者であるジェラルド様まで、私をあんな目で…)
確かに誤解されるような現場だったかもしれない。
でも私は本当になにもしていないのだ。
本当に”なにか”をするのなら、人目につかないところで…
【力が欲しい?】
声が響いた。
アメミヤはハッとし、すぐに辺りを見渡したが、アメミヤ以外の人を見つけることが出来なかった。
【力が欲しい?】
返事をするまで繰り返される声にアメミヤは驚きはしたが、不思議と恐ろしく感じなかった。
それどころか、何故か気持ちが落ち着くような、そんな感覚が沸き上がる。
『力…』
アメミヤは呟いた。
(私を閉じ込める間際、お父様は言っていた…。
”役立たず”それは私が女神様の愛し子の象徴である色を持ちながら、力を持たないことを意味していた…?)
力を使えていたら、あんなことにはなっていなかった…?
『…欲しいわ。力が欲しい!
役立たずなんかじゃないって、証明したい!!!!』
人生の中で一度も出したこともない大声に、アメミヤ自身驚いた。
だが、それよりもアメミヤの目の前に現れた扉に驚愕した。
綺麗な模様が施された銀色の扉。
所々赤い宝石のようなものが装飾された美しい扉。
アメミヤは戸惑いながらも、その扉に手を伸ばし、ゆっくりと開いた。
『…?』
扉の先には、先程までのいた白い空間と同じような空間が広がっていた。
ただ違うところは、遠くに同じような扉と、扉の上に20と大きく書かれた数字があることだけだ。
アメミヤは周りを見渡しながら歩き始めると、数字は20から19、19から18とカウントダウンのように減っていった。
アメミヤは不思議に思いながらも歩き続けた。
やがて数字は0となり、アメミヤの体は入り口に戻される。
『もしかして、あれが制限時間になってて、その間に扉に辿り着けというものなの?!』
アメミヤの考えは正しかった。
ワンピース姿のアメミヤは、靴を脱ぎ棄てて思いっきり走ってみた。
肌着が見えようとも、行儀が悪かろうとも、ここには礼儀にうるさい母はいない。
誰にも咎められることもない。
『ぎ、ギリギリッ…!!』
カウントは0になっていたが、入り口に戻されていないということは成功したということなのだろうとアメミヤは思い、扉を開けた。
『か、階段!?』
螺旋状に伸びる階段は果てしなく高く感じた。
アメミヤは見上げる。
きっとあの上に”次に繋がる”扉があるのだろう。
呼吸を整えようと大きく息を吸い込んだアメミヤは気付いた。
『…あれ?疲れて、ない?
前の部屋であんなにも全力で走ったのに…』
胸に手を当てても、激しく脈打っていた心臓が今では落ち着いていた。
不思議に思ったが、夢であることも思い出し、アメミヤは深く考えることもなく走り出す。
まっすぐ平らな道を走るよりも、駆け上がらなければいけない階段は、足を高く上げなければすぐに躓き転んでしまう。
先程の部屋よりもすぐに息が上がってしまったが、幸いにもスタート時点に戻された時には体力も回復していた。
何度も何度も繰り返すと、何故か格段に軽く感じ始める自分の体。
一段一段上っていた足は、今では二段三段と抜かし、駆け上がることが出来るようになった。
そして、アメミヤはゴールにたどり着く。
次は白い床と、そこが見えない穴と、交互に並んだ不思議な空間が広がっていた。
落ちたらどうなるんだろうかと恐怖を感じたが、不思議なことに落ちた瞬間入り口に戻され、死ぬことはなかった。
このような部屋が10を超える頃、遂に危険性が高い部屋が現れた。
1部屋目のように白い空間の先に扉とカウントダウンの数字。
同じように走り出すと何処からともなく矢が飛んでくる。
アメミヤの足に突き刺さった矢は、本当に途轍もない痛みを感じさせた。
これが本当に夢なのかと、疑うほどに。
しかし、カウントが0になる、または死ぬような事態になると部屋の入口に戻され体も回復していた。
負った傷も綺麗に塞がれ、傷跡もなくなっていた。
『もしかして、…私に力を”つけさせる”為に…?』
”見知らぬもの”からもらったわけではない。
急に目覚めた力でもない。
自分自身で得た力。
それはどれだけアメミヤに自信をつけさせてくれるのだろうかと、アメミヤは思った。
例え夢であっても、この経験はアメミヤをより強くするだろう。
アメミヤは恐怖心を抱かなくなった。
見えない矢が飛んできても、激痛が体を蝕もうとも、常に前を見据えて突き進んだ。
そしてどんなところから攻撃されても瞬時に察知し、かわせるようになった頃、本でしか見たことがなかったバケモノが現れた。
『これが、魔物…』
アメミヤは構えた。
もうアメミヤからは恐怖心など感じられなかった。
ただ突き進むために、魔物に立ち向かう。
10部屋までは基礎的な体作りを。
11部屋では反射神経を。
12部屋では体の使い方を。
様々な部屋で色々なことを学んだアメミヤは、魔物の手から武器を奪う。
その武器を使ってアメミヤは、魔物を撃退した。
血を拭うアメミヤの姿は、もう貴族令嬢というか弱い存在を連想させることはなかった。
まるで、世界を救った女神のようであったと、アメミヤの姿を見た人は思うことだろう。
重みを感じていた魔物の武器は、今では手に吸い付くように軽く感じ、体は思い通りの動きが出来るようになった。
そしてクリアしていく部屋数を積み重ねていくと、いつしかアメミヤの体に、魔力回路と言われるものが出来た。
炎をイメージすれば燃え、水をイメージすれば水が流れた。
その力はとても強力なものだった。
刃こぼれし始めた剣だけでは倒せない化け物にも通じることが出来たのだ。
アメミヤは与えられた部屋を次々に攻略していった。
そして
『ラスト、ステージ…?』
部屋に入った瞬間見えた文字と、大きな壺にアメミヤは首を傾げる。
『なんだろう、この壺…』
壺に手を伸ばし指先が触れると、文字が浮かび上がった。
【魔力を満杯にしてください】
浮かび上がる久しぶりに見えたカウントダウンの数字。
アメミヤは武器から手を放し、両手を壺にかざした。
部屋をクリアしていくことで、あれだけ使えなかった力が今では息を吸うよりも簡単に使えるようになった。
勢いよく魔力を流し込むアメミヤだったが、カウントダウンは0を示した瞬間、壺の中も空になる。
そして、なによりも衝撃的だったことは
『え、回復しない…?』
今までリセットがかかるたびに回復していた魔力と体力は、この最後の部屋だけには適用しなかった。
『どうして…!なんで…!!』
足から力が抜け、崩れ落ちるアメミヤに、再び文字が浮かび上がる。
【大気中に存在する魔力を感じてください】
【そして壺を魔力で満杯にしてください】
『大気中…?』
ぼそりと呟いたアメミヤの言葉に、もう文字は浮かび上がることはなかった。
だが、アメミヤの目にはもう一度光が宿る。
壺の前に座るアメミヤは、目を閉じて深く息を吸った。
自身の中にある魔力ではなく、この部屋の中の空間にある魔力を感じ取る為に。
神経を研ぎ澄まし、どんなに魔力が薄れていようが関係なく魔力を自身の体にかき集めた。
アメミヤの額から、一筋の汗が流れる。
でもアメミヤは気にしなかった。
いや、気にする余裕はなかった。
少しでも集中が途切れると、集めた魔力がすぐに散らばってしまうからだ。
自身の体を変換器のように、一度魔力を取り入れ、そのまま壺の中に放出した。
そして最後の部屋をクリアしたアメミヤは眩い光に包み込まれた。
【 】
文字がアメミヤの前に浮かんだ。
アメミヤは心から安堵の笑みを浮かべ、手を伸ばす。
◇
暗闇の中、アメミヤは目を覚ました。
そして、ここが地下室だったこと、自身が閉じ込められたことを思い出す。
アメミヤは冷静だった。
目を閉じて意識を集中させる。
「…くる」
そう呟いた瞬間、どたどたとうるさい足音を響かせて一人の男が地下室へと降りてきた。
「起きていたか」
まるで憎らし気に睨みつける父親。
「連れてこい」と父は後ろで控えていた傭兵たちに指示した。
剣を腰に括り付けた傭兵たちはアメミヤの腕を掴み、地下室から連れ出した。
だがどこに向かっているのかアメミヤはわからなかった。
ただ引きずられるように歩いている間、父は様々なことを教えてくれた。
アメミヤとジェラルドとの婚約が解消されたこと
代わりに妹のアイリスがジェラルドと婚約をしたこと
侯爵家は親戚から後継ぎを貰い受けること
そして
平民だったアメミヤの居場所はもうこの家にはなくなったこと
その時アメミヤは思った。
(私は最初からこの家の家族ではなかったんだ…)
おかしいと思っていたんだ。
当時は王家の者と婚姻をするからだと思っていたが、差別的な程に厳しくしつけられたことも。
”力が使えなくともお前は愛されているから”と告げられた言葉と裏腹に、調子はどうだと確認され続けたことも。
(もしかして、”女神”に愛されているから…という意味だったのでは…)
お母様じゃなく、お父様でもなく、ジェラルド王子でもなく、ただただこの銀髪と紅色の瞳をもっていただけで、”女神に愛されている”と言われていたのではなかったのか。
「立ち去れ。そしてお前がシルンダを名乗ることを今後禁ずる」
そしてアメミヤは捨てられた。
何も持たされることなく、身一つで放り投げられたアメミヤは、ゆっくりと起き上がった。
「………はは…」
両親だと思っていた親とは一滴たりとも血は繋がっておらず、可愛いと思っていた妹は何故か”嵌める”程に疎まれていた。
全てが嘘だった。
「…いや、嘘じゃない、か」
侯爵家の者たちが訝し気に私をみるあの目だけは。
アメミヤは立ち上がり、そして裸足のまま侯爵家に背を向けて歩き出す。
◆◆◆◆
”汚した”ドレスの代わりとして、ジェラルドはアイリスに代わりのドレスを贈った。
”第二王子”からプレゼントを受け取ったアイリスは華やかな笑顔を浮かべて喜びを表す。
「あのドレスは私が初めて仕立てたドレスだったのですが、まさか殿下にこんな素敵なドレスを贈っていただけるなんて、とても光栄ですわ」
ニコニコと”男好きする”笑顔を浮かべるアイリスに、ジェラルドは優しく微笑んだ。
「今まで助けられずに申し訳なかった。
これは私からの詫びの印なんだ。君が喜んでくれて嬉しいよ」
そう告げたジェラルドの言葉に嘘はなかった。
王子という立場と言えども、私財として気軽に使える金は多くはなかった。
それも婚姻していない”ただの婚約者候補”に使う金は。
王家の者と婚約するには様々な試練が待っている。
礼儀作法も教養も、高位貴族を納得させるほどの実力を持たなければならない。
アメミヤを厳しく育て上げた侯爵家とならば、妹のアイリスも同様の事ができるであろうとジェラルドは考えた。
だが、他の高位貴族が納得までは、まだアイリスは婚約者”候補”であった。
ジェラルドが使える私財もあるにはある。
だがそれは民からの税によるもので、使う際には報告が義務付けられているのだ。
だからこそ、元々婚約者であったアメミヤにもドレスやアクセサリーを贈ることはしていなかった。
それでも真面目に取り組んできたアメミヤとなら今後もよい関係をと思い、会うたびに花を送っていたが。
今回アイリスに贈った理由は、今まで元婚約者であったアメミヤから酷い扱いを受けていたことに対する詫びであった。
気付かなかった為というのもあるが、元婚約者として代わりに詫びなければとジェラルドは思った理由が強かった。
アイリスは「ジェラルド様からのプレゼント」とドレスを体に当ててくるりと回転させる。
ひらひらとドレスの裾がふわりと舞った。
ジェラルドはそんなアイリスの姿に、”詫びを受け入れてもらえた”と認識し、「これからよろしく」と手を差し出す。
アイリスもにこやかに笑顔を浮かべ、ジェラルドの手を取った。
そんな時だった。
急な地響きが侯爵家を、いや、国全体を襲った。
皆が皆、窓に駆け寄り状況を把握する。
肉眼では確認できなかった者が、フィールドスコープを覗き込んだ一人の傭兵が声を荒げた。
「た、大量の魔物がこの町にやってきています!!!」
自体は騒然となった。
女神が世界を救ったように、女神の愛し子として力が使える者はこの国を救うために集められ、戦場へと送られる。
それが”大事にされる”者たちの義務だった。
アイリスも例外ではなかった。
攻撃が出来なくとも、治癒の力は戦場では大いに役立つのだ。
「さぁ!アイリスも早く支度をするんだ!」
ジェラルドがドレスを握りしめているアイリスの肩を掴む。
アイリスは顔を青褪め、ぶるぶると首を振った。
「い、いやよ!なんで私がそんなところにいかなくちゃいけないの!?」
「貴族として、そして女神の愛し子としての責務だろう!それとも自領のこともどうでもいいというのか!」
魔物の大軍が押し寄せる先は、アイリスの父であるシルンダ侯爵が納める領地でもある。
「そうだわ!お姉さまに行かせればいいのよ!」
「…は?」
「ただでさえ使えないんですもの!こんな時に役に立ってもらわなくちゃ!」
特徴をもつ元婚約者は力を持たなかった。
そして、”貴族令嬢を虐げた”という理由から貴族から除籍された彼女に、責任転嫁しようとするアイリスをジェラルドは信じられなかった。
「もういい!お前はここにいろ!!」
ジェラルドは今更ながらに考えた。
(もしかして私は思違いをしていたのではないだろうか)
月に数回のお茶会の時間が終わる度に、どこか悲しそうにしていた彼女は、私との別れを悲しんでいたわけではなく、この”家”に帰りたくないと、思っていたのではないか。
ある時から同じドレスを身に纏うようになったが、それは彼女が遠慮したのではなく、彼女の元家族が許さなかったのではないか。
…私は
(私は彼女が、アメミヤがアイリスに熱湯を浴びせる現場をみてはいない)
見たのはただ、ポットを手にしたアメミヤと、泣き叫ぶアイリスの姿だけだ。
ガタガタと青ざめた表情で、震えながら私を見上げるアメミヤの姿を思い出す。
なのに私は彼女ではなく、泣き叫ぶ妹の方を信じてしまった。
彼女に一度も贈ったことがないドレスを、彼女の妹に贈ったことが、私を罪悪感の海に突き落とす。
ずんずんと早歩きで歩きを進めるジェラルドを呼びかける声があった。
ジェラルドはその声の主を探し当て、そして縋る。
「あ、に上!私は、私は…!」
「落ち着け!何があった!?」
第一王子であるユリウス・シュタインは、ジェラルドの背中を撫でながら落ち着かせた。
だが、ジェラルドは言葉が詰まるだけで、何を言っていいのか、いや何も言えなかった。
「い、いえ…、それより状況は!?」
「スタンピードだ。今は王家の所有する騎士団を派遣し終えたところで、これから教会にも要請を行う。お前もくるか?」
教会には様々な人物が集まる。
その一部には力を使う者もいるのであろうとジェラルドは思った。
「はい!ついて行きます!」
◆
時は少し遡る。
アメミヤは侯爵家を去ったその足で教会へと向かった。
この国では子供一人では生きていけない。
なにをするにも保護者が必要だからだ。
だが例外として、受け入れられる場所がある。
教会と、はぐれ者が集まるスラム街だ。
勿論、スラム街という選択はアメミヤにはなかった。
アメミヤは迷いなく教会へと向かう。
教会に所属するには第一に悪行を行っていない事。そして女神を信じていることが求められる。
力がなくてもいい。髪や瞳に色を持っていなくてもいい。
ただ、女神にその命を捧げる。その気持ちが重要視されていた。
アメミヤはまず悪行を行っていないか確かめられた。
どんな小さなことでも、同じ人間に無体なことを行っていないのかを判断出来るとされる水晶に手を乗せる。
何も反応しない水晶に、司教はアメミヤを中に通した。
信仰心を確かめるためには、形だけだが行われていることがあった。
それは直接祀られた女神像に手を合わせ、祈りをささげること。
アメミヤは膝をつき、手を合わせる。
通常ならばここでなにも起こらない筈だったが、この時だけは違った。
アメミヤの体を光が包み込む。
まるでアメミヤを抱きしめているかのような優しい光が、アメミヤを包み込んでいた。
そんなアメミヤを両手を広げて司教は受け入れた。
いや、受け入れなければならなかった。
「私はなにをすればいいですか?」
アメミヤは一番近くにいた司教に尋ねる。
「まず自己紹介をしようか。
私はこの教会の司教を務めているドュワルス。
皆から司教と呼ばれているから君もそう呼んでいいよ。
君の名前は?」
「私はアメミ……、いいえ。私に名はありません」
「名前がないのか…」
明らかに言いかけたアメミヤを気にすることもせず、司教は顎に手を当てた。
「では、ココという名はどうだろうか?」
「ココ…。はい、ありがとうございます。司教様」
アメミヤは新しい名前を司教に頂けたことが嬉しく思った。
まるでアメミヤからココに生まれ変わったかのような、新しい人生への再出発ともいえる様な気分になった。
「ココ、君にはまずこの教会になれるところから始めてもらうよ。
…ウルス司祭。彼女を頼むよ」
「はい。じゃあココ、行こうか」
司教からココを任せられたウルス司祭と呼ばれた男性は、ココに笑みを向けながら教会の中を案内する。
女神像を祀り祈りを捧げるための礼拝堂を抜けると、教会に住んでいる者たちの住居スペースに進んだ。
多数の本を並べ書類仕事をする事務スペース、食事を作るキッチンスペース、身を清めるバスルーム等といったように次々と紹介していく中、顔を見合わせた司祭や助祭の紹介も怠らなかった。
教会に受け入れられた者は悪行を行っていないことが証明されている為、紹介されたどの人もココには好意的だった。
ココはどんなこともやった。
貴族令嬢時代にはやったこともなかった掃除に洗濯、調理の下作業も進んでやった。
早く教会での暮らしになれるために、ココを受け入れてくれた教会の人たちの役に立つために、進んで仕事を貰いこなしてきた。
「ネージュさんは凄いですね」
ココは隣で同じように芋の皮を剥いている女性の手元を見て感心したように呟いた。
「あ、こら、またさん付けして!
私のことは呼び捨てで構わないっていってるだろ?それに敬語も不要!
同じ助祭同士で気を使いたくないって何度言えばわかるんだい?」
「あ、…ふふ。ごめんね」
「わかればいいって…、あんたこれ皮分厚すぎるだろ!
アハハハハハ!おかしいね!」
そうして一人が笑うと、他の者も様子を見に集まり、そして笑いの輪が広まる。
自分をネタにされているはずなのに、ココは不思議と暖かい気持ちになった。
そして
「もう!これでも上達したんだよ!?」
そう気軽に反論できる自分自身の変化にも嬉しく思った。
人に弱みを見せてはならない。
そんな貴族ならではの教えはここにはない。
それに、……ここでは弱みに付け入れられることも、嵌めて陥れられることもない。
「ふふふ…、ふふ、…あ」
いつの間にかココの目から涙が流れていた。
ゴシゴシと乱暴に袖で涙を拭うココに、一人の男の子がココの腕を止める。
柔らかいハンカチをココの目に当てながら「今日もおやつは皮つきポテトフライか?」と茶化す男の子。
揶揄っている言葉なのにも、行動はこんなにも優しい。
「ゴーユ、ありがとうね」
ココは当てられたハンカチを受け取りながら赤くなってしまった目で、ゴーユと呼んだ男の子にお礼を告げた。
教会で過ごすうちに、ココは教会の人たちが家族以上の存在に思えるようになった。
嬉しい時は皆で笑って。
誰かが困ると手を伸ばして支えてあげたり、助けてあげたり。
誰かが泣くと、励ましてくれたり、慰めてくれたり、時には共に泣いたりしてくれる。
そんな存在がこんなにも近くにいることが、ココにはとても幸せだった。
そんな時だった。
地鳴りのような音が鳴り響き、教会は激しく揺れた。
状況を把握できないからこそ、慌てふためく皆にココは一先ずネージュたちの手から包丁を抜き取る。
「落ち着いて、慌てても何も解決しないわ!」
ココの声に一度は落ち着きを見せたが、それでも不安な気持ちは徐々に大きくなる。
再び混乱し始める前に、ココは指示をだした。
「バラン!あなたは司教様に状況を聞いてきて!
私達は一か所に集まったほうがいい!ネージュとフランは他の人たちを呼んできて!」
ココは一部の者たちに指示を出した後、皆を連れて多目的ルームへと向かう。
そして、状況を把握する為に魔力を大きく広げて、周囲を確認した。
教会の外も似たような状態だった。
慌てふためく人たちでごった返す町は、町の中を警備していた騎士の手に負えない状況だった。
だが早くに状況を把握した者らしき人物が、徴集をかけているのか、一部に人が集まっていた。
ココは更に範囲を広げた。
◆◆
「王子殿下は教会の者たちをなんだとお思いですか」
司教が教会に尋ねてきた王子二人に問いかける。
「重々に承知している。
だが、事態は一刻を争うのだ。どうか協力していただきたい」
教会にもココのように力を扱えるものが一定数存在している。
だが、どの者たちも政略に使えない細やかな力しか持たない者たちだった。
ある者は火を生み出すことが出来るが、ろうそくに灯すのがやっと。
ある者は宙に浮かぶことが出来るが、それも子供一人分の高さまで。
治癒の力を持った者も、ただのかすり傷でさえも完全には治せない。
そんな細やかな力でなにが出来るのかと、実家を追いやれた者たちが教会に集まってくるようになったのだ。
そして今回やってきた王子殿下二人は、そんな者たちの力を貸してくれという。
魔物の大群行進のスタンピード。
天災のような状況に猫の手をも借りたい気持ちはわかる。
だが、彼らの後ろ盾は教会のみ。
彼らが死んだらどう責任をとるというのか。
それとも”名誉ある死”を強要されるのだろうか。
司教にとっても、教会の者たちは家族だ。
そんな彼らの死を、司教はなによりも恐れた。
「私が行きましょう」
そんな時だった。
ココが現れ、アメミヤが何故教会にいるのかと驚くユリウスとジェラルド、そして危険なことを承知で手を挙げるココに司教は驚愕していた。
「あれは…確かお前の婚約者ではなかったか?何故教会にいるんだ」
小声で尋ねるユリウスに、ジェラルドは何も言えなかった。
いや、正しくはアメミヤの姿を見て、なにも言葉が思いつかなかったのだ。
「発言をお許しください」
片手をあげ、ユリウスに許可をとるココにユリウスは頷いて答えた。
「ああ、許可しよう」
「私はジェラルド第二王子殿下の婚約者でも、シルンダ侯爵家の”養女”でもなくなりました。今は女神様に命を捧げるただの助祭としてここにいます」
”本当か?”と目で尋ねるユリウスに、ジェラルドは頷いた。
「…後で詳しく説明しなさい」
その言葉はジェラルドに向けられた。
「だが、…君は力を持たないと報告で聞いているが」
「それは過去の話です。こうして女神さまを想い、命を捧げることで私は力を得ました」
アメミヤ、いやココの言葉に、ユリウスはジェラルドに目を向ける。
ジェラルドはココが力を使えることは知らない。だから、ふるふると首を振った。
「…だめだ。君を危ない目に合わせるとわかっていて、許可など出せない」
司教はココの肩を掴んだ。
実の親のようにココを心配する司教に、ココは微笑みを浮かべた。
「この世界は女神さまの物です。
それに……、私の愛すべき者たちの為に、私は戦いたい」
そう告げるココに、司教と司祭は胸を打たれた。
「大好きです。司教様、司祭様。そして他の人たちのことも私は大好きなんです」
「ココ…」と名前を呟きながら涙を流す司教に、ココは笑顔で「すぐに戻ってきますよ」と告げる。
「魔物の大群はここから北西方向に集中して…「不要です」…え?」
教会の入口へと歩き出すココに、ユリウスが現場の位置を教えようと話しかけると一刀両断された。
スタスタとこれから戦場に向かうとは思えないココの態度に、ユリウスとジェラルドだけではなくこの場にいる誰しもが不思議に思った。
そして扉が開かれる。
「行ってきますね」
ココは翼を広げた。
「!?」
「なんだあれは!?」
飛び立つココの姿にこの場にいる誰もが驚愕する。
そして、
「あ、あれは…!」
「………女神の、…寵愛の印…」
ジェラルドは腰から力が抜け、崩れ落ちた。
ジェラルドの父親でもある国王の許可を取っているとはいえ、女神に愛された印を持った人間との婚約を破棄したのだ。
そして北西方向から突如として巨大な炎が立ち上がる光景に、誰もが目を奪われ、言葉を失った。
◆◆
「スタンピートってこんなものか」
これならば試練の部屋の方がよっぽど大変だった。
大気中からいくらでも魔力を取り込めるようになったココは、魔力の限界がない。
無限に発動できる魔法を魔物の大群に向けて発動させた。
「…あれは…」
これから討伐に向かおうとする、”元”父の姿をとらえた。
そしてそれは相手も同じだった。
翼を広げて宙を飛んでいるココを見過ごすような者はいないだろう。
驚愕し、口を大きく開けるその姿は思わず笑ってしまう程だったが、生憎ココにはもうあの男には話しかける言葉も用事もなかった。
ココはすぐに教会へと引き返す。
ひらりと戻ってきたココを、”家族”の皆に出迎えられ、もみくちゃに頭を撫でまわされ、そして熱い抱擁を受けた。
ココは嬉しそうに満面の笑みを浮かべ、その笑顔をみたジェラルドはズキと心臓に痛みが走る感覚を覚えた。
魔物の脅威が去り、町は賑わった。
だが、その間にも教会へ駆け込む人たちは多かった。
力を持たない一般の人々がスタンピードの騒動で逃げまどい、軽傷を負った為だ。
教会では力のある者は治癒能力を使い、力のないものは薬草を摺り、薬を作った。
暫く忙しい日々を送っていたが、それでも皆と一緒だとココはなんでも楽しかった。
「不思議」
「なにが?」
「だって私、力が使えることを知られたら連れ戻されるのかと思ったもの」
口をとがらせながら告げるココに、話を聞いていたゴーユは笑った。
「ぷはははは!それは安心しろよ!」
「?」
不思議そうに首を傾げるココに、涙が出るほど笑ったのか目をこするゴーユは訳を話した。
「貴族になるのと、貴族の婚姻には王様と教会の二つの承認がいるってことは知ってるよな?」
ココは頷いた。
ジェラルドの婚約者として確定されたあの頃、婚姻の際には陛下と教会に申請する為に必要なことを教えられていたからだ。
「”教会では一度平民落ちした人間を再び貴族とすることは認めない”
例えその人が悪いことをしていなくても、だ。
基本的に教会には力がない。
金のない平民が、子供を貴族に売り飛ばすのも容認してるくらいだ。
だが、再び貴族の籍にするということの裏には、なにかよからぬことを企てることが大半だ。
だから、この件については例え王族からの要請であろうが教会は断固として拒否できるんだよ。
勿論、なにも企てもしていない、本人も戻りたいというなら話は別だが、その証明も難しい。
だから気にしなくていい。
お前は平民から貴族になって、それからまた平民になった。
また貴族に戻ることはありえないんだ」
「…ほんと?」
ココは信じられないといったように、ゴーユを見上げた。
そんなココを安心させるために、笑顔で答える。
「ホントホント」
ココはやっと、肩の力が抜けるのを感じた。
教会の皆と、”家族”と一緒に過ごしていても、また再び”地獄”に戻されることだけはどうしても避けたい、その為にはどう行動すればいいのだろうかという思いが常にあったのだ。
「…よかった」
ココの言葉にゴーユは微笑み、ココの頭を撫でた。
「私、ここが好き。ずっとずっとここにいたいと思ってる」
「そっか」
「信じてない?」
「信じてるさ。俺もここが好きだから」
「そっか」
ココの笑顔を見て、ゴーユは口籠り俯いた。
「………突拍子もない話をしてもいいか…?」
「なに?」
「お前が一人で魔物の群れに飛んでったあの日、俺夢を見たんだ」
「うん」
「力が欲しいか?って、俺欲しいって答えた。もうお前一人に任せたくねーから。
そしたらさ、変な部屋が立て続けに表れて、それでどんどん進んでいったら…」
「力が使えるようになった?」
「……ああ」
ゴーユは黒髪にルビーのような赤い目の持ち主だった。
力の使えない人間と、一般的には思われていた。
「ふふ、ふふふふ」
「信じてねーのか?そりゃあ女神のいとし子として何一つ色を持ってないけど、でも」
「信じてるよ。だって私と一緒だもん」
あっけらかんな態度で答えるココに、ゴーユは目を瞬かせる。
「……そうなのか、お前も?」
「うん。だから信じてるよ」
「なら、…なら今度は一人で行こうとするな!
俺も一緒に行くから!絶対に!!」
茹蛸のように顔を赤く染め上げるゴーユに、ココの頬も赤く染まる。
「…もしかして、私の事好き?」
「好きだ!」
躊躇なく答えるゴーユに、ココは笑った。
そしてゴーユの手に、そっと手を重ねるココ。
「…嬉しい」
女神はこの世界が好きだった。
弱い者でも、他を守ろうとする人間は特に好きだった。
色など関係ない。
心から望み、そして努力する人間こそ女神に愛されるのだと、人々はまだ知らない。
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※第二王子は後に責められ、シルンダ侯爵は後悔します。そして、アイリスが余計なことを言わなければ、アメミヤを追い出すことはしなかったと吐き捨てるように言われ、徐々に家族の雰囲気は悪くなる予定です。(書いてないけど)
その他設定はゆるふわ設定です。




