一時間の死神
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第1話 悠久の丘
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雲一つない草原が見える。
延々と続く丘が下に見える。
私は空を飛ぶバスに乗っていた。
乗客は何人か見えるが、不思議と背後が暗くなっていて、ぼんやりとしか見えない。
日差しは強そうだけど暑さも眩しさも感じない。
そうこうしてまどろんでいると、
バスは音もなくゆっくりと丘に降り立った。
前の乗客がバスを降りるのを見て、私も昇降口へと向かった。
私が草地の感触を確かめていると、車掌がゆっくとバスから降りてこう言った。
「お前たちは死んだ」
車掌の前に私たちは並んでいる。
「死んだ者は生き返らない。だか、このまま死なすには惜しいから一時間をやる」
私は意味も分からずに聞いている。
「特別に一時間の間で最も楽しんだ者だけを生き返らせてやろう」
「丘の下を見るが良い」
丘の下を覗くと、窪地の間に町並みが見えた。
「この町はお前たちが望むものを全て与えてくれる」
「またお前たちの後ろにいる者たち」
乗客達の背後の影が立ち上がり、次第に悪魔のような顔の面々が姿を表した。
「その者たちに必要な物や時間を訪ねよ」
「また時間は厳守だ。一時間を待ってバスは出発する。」
「遅れた者は生き返りは無いと思え」
「分かったな」
そう告げると車掌はバスへ戻っていった。
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第3話 私の望み
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「本当にそんな物で良いのか」
私はハンバーガーを食べていた。
「望めばどんな料理も出てくるんだぞ」
「良いの!これが良いの!本当に死神ちゃんは食べなくて良いの?」
「ああ。私は物を食べない」
表情は分からないが、おそらく呆れてそうな死神を横目に私は久しぶりのハンバーガーを堪能していた。
「次はあのお城のような所に行きたい!」
町の奥の方に遠くから見えるほど大きな城があった。
思った瞬間には建物の中に移動をしていて、宮殿のようなゴシック様式の見事な建築に感嘆をしていた。
それから町をただ歩いたり。
一緒にベンチで話したりもした。
たが、死神には不満なのだろう。
ずっと時間は有限なのだと言いたそうにしている。
特別な事はない。ささやかな願いこそが、誰かと一緒に同じ事をする事が、私にとって一番楽しかったのだ。
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第4話 時間切れ
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「もう時間はない。最後にしたい事はあるか」
私は考えた。最後にしたい事
「おかあさんに会いたい」
「私、死んだんでしょう?最後にお別れを言いたい」
ここが天国か地獄か知らないけれど、死人が生きている人と話せるのだろうか。
私は涙を浮かべながら、無理だと思いながらお願いをした。
「良いだろう」
その声で顔を上げると、私は懐かしい家の前にいた。
私は震える手でインターホンを押した。
懐かしい声が近付いてくる。私は意を決してドアを開けた。
「ただいまー!近くに寄ったから来ちゃった!」
とても他愛もない事を話した。悲しいこと、悩んでいる事、謝りたい事は話さなかった。
死神が腕の時計を横に切るジェスチャーをしている。
「おかあさん電車の時間があるから今日はもう帰るよ」
母は名残惜しそうにしてくれた。
「それじゃあまた来るから元気でね!」
私は精一杯の笑顔で、こちらに手を振る母が見えなくなるまで走った。
そして、一つ角を曲がり私は座りだした。
「どうした!早く戻らないと時間切れだぞ!」
「生き返る資格も無くなるんだぞ!」
死神は焦った声で言った。
「ううん。良いの」
「きっと一時間を一番楽しんだ人に私はなってないと思う」
死神は言葉を続けられない。
「だから、最後の一瞬までお母さんのそばに居たいの」
「本当に良いのか」
「うん」
…
「あなたは。私が行かないと迷惑が掛かるの?」
…
もはや死神は時計を見ていない
「いや、良いんだ。君がしたいことをすれば良い」
もう時間が過ぎたのだろう
「死神ちゃん。ありがとう」
下を向いて座る私の後ろに黒い影がただ立っていた。
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第5話 一時間後
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「時間だ。全員揃ったか」
来たときと同じ草原の上で、バスの前で車掌が全員の顔を見渡している。
何かに気づいたように眉がわずかに動いたが、何事も無かったかのように、時間に間に合った乗客をバスに迎え入れた。
「聞いてくれ!俺は世界中の財宝を粉々にしてやったぜ!」
「私は高級料理を一口ずつ腹一杯食べたわ!」
「俺なんて国の王様になったぜ!」
乗客は口々にどれほど楽しんで来たかを言い合っていたが、車掌と死神達の表情が変わることは無かった。
バスはゆっくりと上昇し、来るときには無かった雲間に向かって吸い込まれて行った。
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第6話 死神の決断
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何度人を欺いてバスに連れて行ったか分からない。
この世に未練がある者は雲の上にいく事が出来ない。
私の仕事は現世に未練がある者を、この幻想の町で満足させてやる事だった。
つまり生き返る事が出来ると言う嘘の餌で、自分から完全に死ぬように仕向けるのが死神の仕事だった。
しかしこの子は最後の時間を自分の事ではなく、人の事を思って終わった。
このような強い未練を断ち切らせる事は出来ないのだろう。
いや、未練があろうとあの子なら私の事を言えば連れて行く事は出来たはずだ。
…
なぜ、など。もはやどうでも良いことだ。
他にもバスに連れて行けなかった死神を何度か見たが、どれも砂となって消えていった。
私もまもなく砂になるだろうが、もう良いだろう。
…
いや、砂となった者たちも同じ気持ちになったに違いない。
砂にしかならない自分と比べて思ったのだろう。
この子は
「このまま死なすには惜しい」と
…
……
………
懐かしい空気を感じる。
暗く、静寂に包まれた部屋で、私は目を覚ました。
「死神ちゃん」
――――――
FIN