狙撃の名手1
ーー首都アイネスーー
「今日は野菜が安いよ!」
「昨日のディナーは楽しかったわ」
「今日は残業だから帰るのは遅くなるよ」
「お母さん、あれ買ってー。」
「ダメよ。さっきもお菓子買ったでしょ?」
様々な人の声が混ざり合う。
海に面して気候の変化も比較的穏やかなこの土地は
流通・観光を目的とした人が集まり栄えてきた。
パンッ!
何かがはじけるような小さな音が聞こえ
表通りで仕事へ向かうために歩いていた男が突然倒れる。
パンッ!
もう一度はじけるような音が聞こえ
今度は屋台の仕込みをしていた女性が倒れる。
仕込みに使うはずだったのであろう根菜のような食材たちが転がっていく
パンッ!
さらにもう一度同じ音が聞こえる。
次は通りを犬とともに走っていた青年が倒れる。
犬は何が起こったかわからないようで倒れた青年の周りを走り回る
まだ自分の飼い主が死んでしまったことに気づかないのだろう。
「おい!人が死んでるぞ!!」
周囲の異変に気付いた人々が騒ぎ始める。
被害者たちの傷口から半透明の矢のような物がうっすら消えていき
通りは喧騒に包まれていった。
-------------------
「失礼。入っていいかな?ハイネ魔法捜査局のものです」
「どうぞ。お待ちしていました。ケーン捜査官」
現場の整備をしている警備隊の隊員に声をかけ
中年の捜査官が立ち入り禁止ロープをくぐる。
見た目は40代に見えるが、体は引き締まっている。
腰には捜査官の証であるバッジが光っていた。
「チーフ、早かったですね。」
先に現場について聞き込みを行っていた部下である青年が
目撃者と思われる女性から離れ歩み寄る。
「あぁ、お前こそ早いな。」
「僕はちょうどお昼を買いに来ていたんです。あそこのマッドボアのサンドイッチがおいしいんですよ」
通りのはずれの屋台を指さしながら青年が答えた。
「それでダル、被害者は?」
ケーンの問いかけにダルと呼ばれた青年は手帳をめくる。
「被害者は3名、最初は通勤中の男性。ショーン、46歳。次は屋台の従業員。ロリー、31歳。最後は犬の散歩をしていた青年。ティム、19歳。いずれも頭に何かが刺さったような傷跡があります。目撃者はいますが、だれも犯人を見ていません。おそらく遠距離武器か攻撃魔法だと思われます。」
ケーンが遺体のそばに近寄り何か手掛かりがないか慎重に少しずつ探っていく。
「ダル、これを見ろ」
ケーンが頭部の傷跡を指さす。
「傷口にキラキラ光るものがある。魔力痕だ。」
「ということはアロー系の魔法ですね。魔法の矢が消えるときに一部が魔力結晶となって傷口付近にわずかに残る。」
ダルの分析を聞きケーンがうなづきながら答える。
「後で詳しく調べればわかるが、結晶の具合から見ておそらく光属性だ。光属性の使い手はそれなりに珍しい。魔法省の魔術師登録一覧を調べよう。」
ケーンが立ち上がり、周囲を見渡す。
屋台、服屋、肉や野菜の販売店、雑貨屋。
ここは首都アイネスでも指折りの商店街だ。
立ち入り禁止ロープの周りの野次馬も多い。
街の雑多な音に包まれながらケーンがつぶやく
「しかし、だれにも見られず、どこから攻撃された・・・?」
「チーフ、僕はこのまま魔法省へ行き、光属性の魔術師について調べます。」
「わかった。私は一度ラボに戻り情報を整理する。何かわかったらラボで落ち合おう。」
現場検証を終え、二人は別々の方向へ歩き出す。
ケーンたちの歩き去った表通りに昼を告げる鐘の音が響いた。