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後編

男はナイフを手に、セリアを脅す。

先程の騒ぎは、この男が乱入してきたためか。

明確な敵意を前に、咄嗟に動く事も出来ない。

しかし、そういった事態を前にした際の対応も、彼女は熟知していた。

比較的冷静な態度で、乱入者の相手を試みる。


「正しき力を与える聖女、お前が来るのを待っていたのさぁ」

「屋敷の人間に変装し、忍び込んだのですね……? 一体、何が目的なのですか……?」

「簡単な話だ。オレに力を与えろ」


男は一歩前に進む。


「聞いた事があるんだ。聖女の力は人を若返らせ、人智を超えた力を与えるとなぁ」

「!」

「オレはもう足が付いちまってなぁ。追手を追い返すだけの力が欲しいんだよぉ。聖女なら、それも可能だろう?」

「そ、そんな事、出来る訳が……!」

「おいおい、お前に拒否権があると思ってんのか? 出来ねぇなら、オレと心中でもするかぁ?」


更に一歩、進んでくる。

首を横に振れば、この男は容赦なくナイフを振りかざすだろう。

セリアは手中に宿る聖女の力を感じた。

こういった経験が今までない訳ではない。

汚れなき力を我こそはと求め、暴走する民を彼女は何度か目にしている。


(力を使えば倒せる……。でもここで使い切れば、あの二人は……)


聖女の力は一度きり。

此処で使ってしまえば、本来の使命を果たせなくなる。

セリアは力を使うことに躊躇いを抱いた。


しかし矛盾していないか。

そんな思考が、彼女の脳裏に広がった。

グレンとクリス、どちらか一方を浄化する事に抵抗がある自分と、聖女としての役割を果たそうとする自分。

果たして、本当の自分はどちらなのか。

そう思った瞬間。


「「失せろ」」

「!?」


二人の声が聞こえ、セリアを庇うように彼の姿が現れた。

直後、男の持っていたナイフが誰も触れていないのに弾き飛ばされる。

セリアは彼を見上げたが、いつもと様子は違う。

聖女の力に似て非なる、黒い気を纏っていた。


「「セリア様(彼女)に近づくな」」

「グッ!? 何故だ!? 夜中なら、お前達は動けない筈だろ!?」


破れかぶれになった問いには答えない。

彼はゆっくりと手を持ち上げる。

表情は背を向けているため、セリアからは見えない。

だが代わりに、男の顔が怯えに変わった。


「ヒッ! ば、バケモ……!?」


直後、一瞬だけ辺りが暗闇に包まれる。

そして元の光景に戻った時には、男は気を失い倒れていた。

これは聖女とは異なる、悪しき力の片鱗。

まさか、こんな力を持っていたとは。

しかし声を掛ける前に、彼はその場から逃げるように立ち去る。

一切、セリアの方を振り向くことはなかった。

代わりに傷付いた神官たちが現れ、彼女の無事を確かめる。


「セリア様! お怪我はございませんか!?」

「え……えぇ、大丈夫です」

「申し訳ありません! あまりの勢いに止める事が出来ず……! 何とお詫びしてよいか……!」

「いえ、それは構わないのですが……あの方は……?」

「あの方……? 当主様でしたら、警戒を強めるといって外へ……」


神官達もその様を目撃したらしい。

彼から放たれる異様な闘気。

気を失った男が連行される中、やって来た屋敷の従者たちも深刻そうな顔で囁き合う。


「出ましたね……当主様の同化が……」

「な、何なんですか、あれは……?」

「貴方は最近来たばかりでしたね。あれは、当主様二人の意識が合わさった状態……。詳しくは私達も存じ上げませんが、奇妙な力すら扱うとか……」


確かに不思議な力を扱う事もあると、当初クリスから仄めかされていた。

あれが、その一端なのだろう。

彼を身近にする従者であっても、警戒心を露わにする。

だがその力はセリアを守り、賊を倒した。

決して、恐怖を抱くような力ではない筈だ。


所詮は、そこに名目があるか否か。

正しいと呼べるだけの名誉があるか否か、なのだ。

聖女と、同じように。

セリアは自然と屋敷の外に向かい、彼の跡を追った。

冷たい夜風が、身体を吹き抜ける。

すると真夜中の庭園で一人、彼は背を向けて立ち尽くしていた。


「クリス様……それとも、グレン様……?」

「「……申し訳ありません(悪かったな)」」


二人の声が合わさって聞こえる。

どちらであっても、寂しさ以外の感情は見えない。

彼らは今まで、こうして他の人々からも恐れられていたのか。

二つの魂を持ち、不思議な力を持つという、それだけのために。

何を言うべきか、セリアは迷った。

自分を守ってくれた感謝の気持ちを伝えたかったのか。

自分でも分からない、この胸の高揚を言葉にしたかったのか。

だがしばらくして彼女は首を振る。


(違う……私が言いたいのは、同情でも憐れみでもない……。それは……)


貴族として、聖女として、果たすべき役目。

どちらかを選ぶという、二者択一。

それらを踏まえ、セリアは自分の意志と考えを持って、彼らに問い掛けた。


「今の貴方がクリス様か、グレン様か。どちらかは分かりません」

「「!」」

「ですが一つだけ、私のお願いを聞いて下さいますか?」


暫しの会話の後、セリアは屋敷に戻る。

身体の熱は冷めていた。

彼女の居所を知った神官達が、慌てて駆け寄ってくる。


「聖女様! 危険です! 今の当主様に近づかれるのは……!」

「ごめんなさい。ただ一つ気になった事があったので」

「気になった事……?」

「いえ、もう大丈夫です。私も決心がつきました」


彼女は力強い様子で神官達に言う。

心構えは出来た。

自分にとってすべき事と、聖女としてすべき事。

そのどちらも捨てられないセリアが決めたのは、新しい事実を作り上げることだった。


「明日、グレン・シュトラール様を浄化します」


セリアは聖女として、そう宣言した。







「お勤めご苦労様でした。これにて、セリア様の聖女としての任は解かれました」

「……」

「悲観する必要はありません。当主様も、呪いが解けたとお喜びでしたよ」


翌日、浄化の儀は速やかに行われた。

セリアは聖女として光を生みだし、浄化の力を彼に与えた。

一瞬の事だ。

殆ど抵抗のなかった彼らは光に呑まれた後、クリスだけが残される。

彼は何も言わなかった。

当主として正しい者が、正しくあるべき所に座す。

それだけの事だった。

荷物をまとめたセリアは正門の前で僅かに悲しそうな表情を浮かべていたが、それに反して神官達は晴れやかだった。

聖女として最後まで役目を全うした彼女を、誇らしく思っているようだった。


「それでは早速教会に戻って、貴方の功績を……」

「いえ、私は此処に残ります」

「え?」

「解いたとはいえ、今回の呪いは非常に複雑なものでした。経過観察は必要でしょう。力は残されていませんが、それでも最後まで役目を果たします」

「セリア様……」

「貴方達は教会に今回の一件を伝えて下さい。私も頃合いを見て、今後の進退について書簡を送ります」

「……畏まりました」


セリアは教会に戻ることを拒否した。

前々から思っていた事だ。

今の自分は聖女ではない。

最早、教会に残る意味もないだろう。

神官達も尤もらしい理由を言われ、それ以上は追及できないようだった。

教会の馬車が去っていくのを見送っていると、後ろから浄化を終えたクリスが歩み寄ってくる。

セリアは彼の顔を見られないまま、小声で呟いた。


「私を恨んでいますか?」

「いいえ。セリア様がお決めになった事です。私は全てを受け入れます」

「……」

「ですが、一つお聞きします。何故、私を浄化して下さらなかったのですか?」

「……これは、私のワガママです」

「それは、どういう……?」


不思議そうに問う彼に、セリアは今までの出来事を思い浮かべる。


「私は今まで聖女らしくあれ、と自分を縛り付けていました。それこそが、私自身の価値だと、それ以外にはないと思って。ですが貴方達を見て、写し鏡を思い出したんです」

「鏡……」

「周囲から認められるための、聖女らしさ。そこにあるのは、仮面を被り続ける自分だけだと。たとえ貴方を浄化させたとしても、裏と表は変わらない。そう思ったのです」


本意でないものを与えられ、あるいは失ってしまう。

どちらにせよ、相応しくあるための仮面を被らなくてはならない。

本心を覆い隠し、仕来たりと形式で固めた仮初めの心を立てる。

それと今の彼らと何が違うのだろう。

彼らを縛っているのは互いの人格ではない。

同化により生み出される奇妙な力でもない。

周囲から恐れられる出生から始まり、増長した、謂れのない悪評だった。

だからこそ。


「ですから私は、貴方達の呪いを解くフリをしました」


セリアは昨晩、彼らに向けてこう提案したのだ。

浄化をするフリをするから、協力してほしいと。

彼女は選ばなかった。

互いを思いやる心を持っていたからこそ、二人の本心を理解していたからこそ、どちらかの存在を消すなど出来なかった。

浄化の場で発せられたのは、何の変哲もないただの光。

聖女の力も、全く使っていない。

そうして周囲には、浄化をしたという体を装った。


勿論、こんな事が許される訳もない。

セリアにとっては、今までの聖女として行いをふいにするモノだ。

それでも、自分に嘘をつきたくなかった。

ようやくセリアはクリスの方を振り返る。

彼の表情には、僅かな安堵が浮かんでいた。


「勿論、責任は負うつもりです。幸い聖女の力は一回分残っていますので、神官にお伝えした通り、万が一のためにも、貴方達を影で見守ります」

「セリア様……」

「お世話になるつもりもありません。聖女時代の頃に頂いたお布施が、使い切れない程にあります。近場で宿を確保するので、何かあればそこに文を……」


所詮は、独善的な判断だ。

この屋敷に留まれるような資格もない。

そう思い正門を出ようとする彼女だったが、クリスは引き止めた。


「私は全てを諦めていました。貴族として生きるには、不出来な私は消えなければならないと。間違っているのは私の存在で、消える事でしか兄は救われないと、そう思っていたのです。しかし……貴方は私達にチャンスを与えて下さった」

「いえ……これは私の独り善がりです。貴方達に消えてほしくなかった、ただの自分勝手な思い込み。恨まれる事はあっても、感謝される事では……」

「いいえ……。そのような事はありません。私は今もこうして生きています。セリア様は私にとって、命の恩人なのです」


聖女としての名目を失った一平民の手を、彼は静かに取る。

そこには確かな温かさがあった。


「そして恩人だけでなく、敬愛するお方でもあります」

「……!」

「今の私は、熱に浮かされているのかもしれませんね」


そう言いながら、セリアに笑みを見せる。

それは今までに見た達観したものでも、悲観したものでもない。

一人の女性を思う微笑み。

崇敬とは違う彼自身の思いに、セリアは胸の鼓動を高鳴らせた。


「勿論、遠方に宿泊させるつもりもありません。どうぞ、私達の御屋敷をお使い下さい」

「えっ!? し、しかし、当主様のお屋敷に女性を住まわせるというのは……その……! 婚約者同然の扱いになるのでは……!?」

「何か問題がございますか?」

「ええっ……!?」

「それに……」


動揺する彼女に向け、クリスは真っ直ぐな視線を向ける。


「責任を負うと仰ったのは、他ならぬセリア様です」

「う……」

「前言撤回など、しませんよね?」


サッパリとした爽やかさは残るものの、僅かな黒さが見える。

こんな言い方をされてしまえば、拒否できる訳もない。

やはりこれが、クリスの素なのだろうか。

考えが纏まらない内に、セリアは頷いてしまう。


「わ、分かりました……! クリス様が仰るのであれば、ありがたくお受けします……!」


結局、正門の外へ向いていた足は、再び屋敷の方へと向いてしまう。

何ともグダグダである。

聖女としての名から解放された矢先からコレである。

だが悪い気はしない。

彼は確かに自分を見てくれている。

その実感があるだけで、とても満たされた気分になる。

だからこそセリアは笑みを返した。

持っていた彼女の荷物を手に取り、先導するクリスの後をついていく。

そうして屋敷に戻る途中、不意に彼が立ち止まったかと思うと、別の声が聞こえてきた。


「……言っておくが、俺はまだ認めた訳じゃないからな」

「!」

「か、勘違いするなよ。あくまでこれは、超法規的措置。これから当主として動いていく中で、俺が残っているとバレたら大事だ。不都合な事態が起きた時、そのための保険なんだ」


入れ替わったグレンが、表向きの理由を伝える。

彼の立場からすれば、既に浄化された身。

死人同然となったことに、怒りを覚えても不思議ではない。


「でもお前は俺達を歪んだモノだと思わずに、俺たち自身を見てくれたんだ。それだけは、確かに伝わった」


振り返った彼の声色は、確かな優しさが込められていた。


「だから離れるな。俺達の傍にいろ」

「……」

「それと、まぁ……その……あ、ありがとう……」

「……」

「な、何だその顔は」

「いいえ、別に」


取り繕うようにセリアは答える。

ただ、知らず知らずに笑顔を向けていたのだろう。

彼女の顔を見たグレンは、恥ずかしそうに目を逸らした。


「チッ、全く聖女らしくない奴だ。どうせクリスにデレデレしていたんだろう?」

「でっ!? デレデレなんてしていません!」

「煩悩塗れの面をしていたじゃないか。説得力の欠片もない」

「ぼんっ……!?」

「良いか? 俺の目が黒い内は、弟に手を出すことは許さないからな?」


あくまで兄という立場で、弟に近づく者に忠告する。

相手を認めない態度は相変わらずだが、以前のような頑なな様子は感じられない。

彼も感謝しているのだ。

聖女に対してではなく、セリア自身に向けて。

再び歩き出すグレンの姿を見て、彼女は空を見上げる。

雲一つない青空に、白い鳥が何羽か飛び交っているのが見えた。


(これが正しかったのかは分からない……。でも……)


これから先の事は分からない。

聖女としての任を解かれた今、指示通りに動く必要も無くなった。

自分の考えで、自分の思いで動いていい。

それが正しいかどうかは、結局自分の考え次第だろう。

納得出来る理由があるなら、自分らしさがそこにあるなら構わない。

だからこそ。


「最後くらいは、良いよね?」


彼女は、小さく呟くのだった。




以降、クリスは呪いから解放された伯爵貴族として座すことになった。

他の貴族達も聖女の手で正当に治癒を受けた彼を、名指しで非難する者はいない。

そもそも呪いの有る無しについて、正確に判別できる者など誰もいなかったのだ。

呪いが消えたという証明さえあれば、誰も疑わない。

謂れなき恐怖を抱かれていた彼は、貧しくなりつつあったシュトラール家の領土を復興していった。


そんな中、グレンは自らの正体を隠すため、クリスのフリをしながらも彼を補佐した。

元からクリスのバックアップが、彼の役目だったらしい。

互いに知覚出来なくても、最も近くにいるのなら、考えている事は分かる。

既に呪いから解き放たれたという身であり、グレン自身の模倣も的確だったので、誰も気付く者はいなかった。

無論それも、彼の真似を指摘する者がいたからこその賜物ではあるのだが。


そしてシュトラール家に招かれたセリアは、当初こそ屋敷の従者に驚かれたものだった。

何せ力を失ったとはいえ、元聖女である。

来客として当然もてなし続けようとした。

だが彼女は、自身を皆と同じ従者、所謂メイドから改めさせてほしいと願い出たのだ。

所詮、今の自分は貴方達に返せるものがない。

だからこそ、貴方達の力になる事で住まわせてもらう恩を返したいと。

拒否する者はいなかった。

そしてセリア自身、聖女に目覚める以前から下働きで日銭を稼いでいた身だ。

近しい立場として彼女達の力になる事で、すぐに打ち解けるようになった。

勿論、白犬のラビともモフれる程度には、仲良くなった訳である。




そんな彼女がシュトラール家の婚約者として名を広めるのは、それから半年後のことだった。

実は歴代の聖女も、教会に従事する者が殆どではあったが、他の男性に見初められ結婚に至った例も稀にあった。

聖女としての功績は確かにある。

その婚約に、身分違いだと揶揄する者はいなかった。

そうしてセリア、そしてクリスとグレンは互いの秘密を守り通し、共有し、心を通わせる。

後に行われた披露宴は大々的で、復興を経た多くの地域から祝福され、彼女達の表情は幸せそうな笑みを見せていたという。




そして、一つ気になることもあるだろう。

この中で、はたしてセリアはどちらを選んだのか。




だが、それを書き記すのは野暮というもの、なのかもしれない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 二重人格のようなグレンとクリスがいつか融合するのかしらと思わせておいて最後まで二人別というのがよかったです。 誰も犠牲にならず、ちょっとした秘密だけで誰もが幸せになるのが読んでて気持ちよく…
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