第二章 〈其の壱〉
「あーん、待ってよ、弥四郎」
「何やっとんねん、早よせんかい」
東海道はどこまでも続く。弥四郎と綾音の道中も始まったばかり。
「もう、弥四郎ったらあ。少しくらい待ってくれてもいいじゃない!」
「アホ」
手甲脚絆に杖をついた、如何にも旅支度に身を固めた武家の子女という格好の綾音を、これまた編み笠に羽織の道中姿の弥四郎が冷ややかに見降ろしていた。
「お前、食い過ぎなんじゃ」
「だってえ__」
つっけんどんに言い捨てる弥四郎を、綾音が恨みがましく睨み返す。
「仕方ないでしょ、お腹すいてるんだもん」
途中、茶店で一服した二人は団子を頼んで腹ごしらえをした。それは良いのだが、また綾音が食べる食べる、その豪快な食いっぷりに弥四郎の方が食欲も失せてしまうほどの勢いだった。
「人のおごりやと思て無遠慮に食いくさって」
「いーじゃない、男なんだから。ケチケチしてるともてないわよ」
「ふん__」
「それに、あたし朝ごはん食べてないんだから。少しくらい奮発してくれてもいいでしょ?」
「はあはあ__」
ワザとらしく目を細めながら弥四郎が頷いた。
「欠食児童に食いモン施すのも功徳やからのう。まあ仕方あらへんわ」
「なによ!」
腹にもたれた団子も大分消化してきたのか、勢いよく弥四郎に食い下がる綾音だった。
「弥四郎のケチンボ!」
「上方モンはシブチンでのう」
二人が同時にべーっとばかりに舌を出して、互いに相手を牽制し合う。
「アホなことしとる暇あらへん」
弥四郎が綾音を無視するように、再び東海道の幹線を歩き出した。
「早よ保土ヶ谷宿に着かにゃ、日イ暮れてまうがな」
「あーん、待ってよ__」
太陽はまだ高いとは言え時刻は昼過ぎ午の刻、いや、未に近い。日が西に傾きつつあった。
「そんなに急がなくても大丈夫でしょ?」
確かにその通りだが、そんな綾音を無視して弥四郎はズカズカ足を進める。
「もー、弥四郎のバカあ、人でなしィ!」
言いながらも置いていかれては堪らないとばかりに弥四郎の後を追う健気な綾音だった。
そんな二人の行く先に現れたのは、黒山の人だかり。
「なんじゃい?」
「なあに?」
弥四郎も綾音も足を留めた。
野次馬に囲まれて対峙しているのは二人の男だった。