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第一章 〈其の四〉


「へえー__」

既に相手の言わんとする所を察していた弥四郎は、乾いた眼差しで綾音を見返した。

「そういや、そんなんも居ったなあ__」

何とも冷めた口調の弥四郎に、綾音が熱い想いをぶつけながら問い詰めた。

「まあ、名前くらいやったら聞いたこと有るけどな」

「ねえ、会った事無いの?」

如何にも底意地の悪い弥四郎の態度に臆する事無く、重ねて問いかける綾音だった。

「さあねえ__」

そっぽを向きながら、白々しく答える弥四郎の冷たい波動を、綾音も感じてはいる。だが、そのくらいの事で引き下がるような綾音ではなかった。相手がどんなにこちらを軽んじようと蔑もうと断固として好きなモノは好き、絶対に節を曲げない腐女子のオーラを全身から迸らせ、弥四郎の冷たい視線に対抗する綾音の態度は追っかけの鑑と言うべき天晴れな姿だった。

「会うた事はないなあ」

益々わざとらしい口調で、弥四郎が呟いた。

少なくとも嘘は言っていない。彼が柳生十兵衛と会う事など出来る筈が無いのだから。

「何よお__」

綾音が口をへの字に曲げて言った。

「アンタも柳生で生まれたんでしょう?」

「まあ、名前くらいやったら聞いた事有るけどな」

「ンもう!」

綾音が面白くなさそうにふくれっ面を見せた。

「何よ、おんなじ柳生に住んでたのにい!領主様の御嫡男と会った事すら無いの?」

「残念ながら__」

ここまで来て尚、抜け抜けと白を切り通す弥四郎の猿芝居に、綾音は全く気付いていない模様である。それもどうやら素の態度らしく、意地の悪い弥四郎に対し、こちらも更に底意地悪く騙されたふりをしてやりかえそうなどと言う、もって回った意図は残念ながら無さそうだ。惜しむらくはそれも致し方ない。何せ、彼女にはその為の(?)特別な理由が存在したのだから。

「それでなあ」

弥四郎が言った。

「アンタ、さっきから十兵衛様十兵衛様て、その十兵衛様の顔、知っとるんかい?」

「トーゼンよ!」

弥四郎に向って、綾音は確信を持って言い切った。当の弥四郎はと言えば、事の成り行きにただ茫然となるばかりだった。

「誰でも知ってるわよォ!刀の鍔で片目を隠した、隻眼の剣士十兵衛様。有名じゃない!」

弥四郎は最早返す言葉すら失って立ち尽くすのみであった。

「幕府大目付の御父上、柳生但馬守宗矩様の命を受け、公儀隠密として諸国を流離う柳生十兵衛三厳様!ああ、わたしの十兵衛様あ」

盛り上がりに盛り上がり、既にいっちゃってる目つきの綾音をよそに、弥四郎はいよいよ白けた眼差し。

「__それで」

何とか、と言う風情で弥四郎が口を開いた。

「その隠密剣士の十兵衛様は、なんでわざわざ片目を隠してはんねん?」

「知らないのお?」

弥四郎のすすけた視線を跳ね返さんとするかのように、バッカねえ、と言いたげな表情で綾音が声を励ました。

「子供の頃、修業に明け暮れる十兵衛様を鍛えようと、御父上の但馬様が稽古の最中の十兵衛様に、飛礫を投げつけたのよ。流石の十兵衛様もその小石を避け切れず、片目を失ったの!」

弥四郎は更に白けの度合いを深めると、呆れた様な表情で一言も発する事は無かった。

「……それはな」

漸く、何とか持ち直したというように弥四郎が口を開いた。

「その__柳生十兵衛が子供の時、刀の鍔で片目を隠して稽古してた事があった」

弥四郎が、何を言い出すのかが分からずに、綾音がきょとんとした表情でこちらを見た。

「なんで?」

綾音が自然に聞き返した。

「兵法では、一眼二足三胆四力て言われるからな。それで片目を隠しながら木刀を振って、平衡感覚を研いてた訳や。そこに__」

不意に、妙に凄んだ様に弥四郎が声を潜めた。

「あのクソ親父が__柳生宗矩が小石投げくさった。目え隠した方からな」

忌々しそうに語る弥四郎を、綾音が不思議そうに見守っていた。

「当然、目エ隠してるから簡単に当たったわ」

息を詰めた様に、力を込めて弥四郎は言った。

「あの時の、あの親父の後姿__」

生々しい実感を漲らせて語る弥四郎に、流石の綾音も戸惑いを隠せない。

「__まあ、多分この時の話が妙な噂になったんとちゃうやろか」

「……あんた」

綾音が当惑しながら言った。

「……妙に実感籠ってない?」

「ほうか?」

またしても白々しくとぼけながら、弥四郎が綾音に答えた。

「__なんか、見てきたように言うじゃない」

「いやあ」

綾音から目線を外し、堂々と開き直る弥四郎であった。

「別にい、見た訳や無いけどな」

これまた嘘は言っていない。少なくとも、彼がその時の柳生十兵衛の姿を見ている訳はないのだから。

何やら不思議と淀んだ空気が二人の間に蟠っていた。



まあ、今回で完全に弥四郎の正体も御察しいただけたかと思います。


歴史、武芸譚に詳しい方なら、冒頭のシーンでピンと来られたかと思います(正直、二つの逸話を混ぜちゃったんですよね。ただでさえこういう記録が少ないのに)が。

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