地神様は笑う
事実は小説より奇なり、と言われる。
プロであれ、素人であれ、ものを書く時というのは事実を下敷きにした方がリアリティが出る。
大抵の場合は面白くするために”話を盛る”のが常だが、事実のほうが陰惨であるため、”話を削る”こともある。
先日、「黒地蔵怪奇夜話」というのを書いたのだが、どうにも収拾が付かなくなり尻切れトンボで終わってしまった。
現実に起きた話の方が生々しすぎるのだ。
関係者もほとんど鬼籍に入り、家ももう無い。
だから、こうやって書いても問題ないだろう。
これは話の、”元ネタ”。
削る前の、いわばそのままの話。
年齢を重ねたことにより多少記憶が曖昧なところはあるが、すべて事実だ。
祖父母の家は兵庫県の山間部の寂れた場所にあった。
とは言っても、代々そこに住んでいたわけではない。
祖父はもう少し北の、和田山というところの出身。
祖母の姉にあたる人がその村に嫁いでいた。。
伯父が工場を引っ越した際に、近くの空き家を大伯母の仲介で安くで購入したらしい。
伯父というのはふわふわと漂う、雲のような人だった。
高校卒業後、外に働きに出ることもなく祖父の作った工場にそのまま勤めた。
祖母が息子を溺愛していて、渋る祖父を説得したらしい。
また、当時としては珍しく大恋愛の末に双方の親の反対を押し切って結婚した人である。
よく言えば自由奔放、悪く言えば思慮のない坊ちゃんだった。
工場が立ち退きを求められて市街地から田舎に移転した時も、その家を購入する時もさほど考えたようには思えない。
もう少し思慮深い人であれば、その後の悲劇は避けられたのかもしれないが。
ともあれ、家族ごとその村に引越し、母屋には叔父夫婦が、離れに祖父母が住むこととなった。
最初の異変は祖父母に起こった。
引っ越してからしばらくして祖母がその家を飛び出し、大阪の長女のところに居候し戻らなくなった。
あれだけ息子を溺愛していた祖母が、である。
そのうち、祖母の娘である叔母達も大阪に出てきた。
祖母や叔母達に出て行かれた祖父は離れでひとり、晩年を孤独に過ごしたらしい。
時折、我が家にフラッと遊びにきていたが、唯一祖父の寛げる場所だったのだろう。
そうこうするうちに祖父が倒れてわずか67歳で老衰で亡くなった。
祖父がなくなると同時に祖母は戻ってきたのだが、今度は伯父がおかしくなった。
酒に溺れ、仕事もせずに一日中家で酒を飲んでいるようになった。
時折は正気に戻り働きにでるのだが、1ヶ月と持たない。
わずかでも酒が入るとそのままずぶずぶと飲み続ける。
経緯はどうあれ、伯父は腕の良い職人で注文は多かった。
職人も抱えていたため、なんとか回っていたのだが、どんぶり勘定だったため借金が膨らんでいく。
我が家もはじめ、親戚にも金を借りまくり、最後はどうにも行かなくなり夜逃げした。
話はその数年前に遡る。
祖父は亡くなり、祖母が家に戻っていた頃だ。
その頃、小学生の私はなにかというと伯父の家を訪ねることが多かった。
それは普通に遊びに行くこともあったし、叔父のことで親が祖母に呼び出されて行くこともあった。
それはたぶん前者の時ではなかったかと思う。
秋の天気の良い日、私は庭でなんとなくぶらぶらしていた。
近くの山で栗拾いでも行けば良いのだが、秋はマムシが怖くて一人では行けない。
庭石に足をかけて大きな柿の木を見上げていたところ、左足の裏に暖かみを感じた。
虫でも踏んだのかと思い足をどけて、身をかがめて石を見る。
小さな顔が土の中から私を見上げていた。
驚いた私は母と伯母を呼んだ。
伯母がその石を掘り起こすと、それは縦長の石で、仏様のようなものが彫られている。
地神様というらしい。
伯父が花壇を作る時に河原から拾ってきた石に混ざっていたのではないかということだった。
小さなお堂を建てて地神様をお祀りすることとなった。
それから伯父の一家が夜逃げするまで、地神様はそこにあった。
家が取り壊され更地となった今、どうなったかはわからない。
伯父が夜逃げをし、その後始末は私の父がした。
週末に債権者と会い、売掛を回収し、店じまいまで持ち込んだ。
そんな最中に父が聞いてきた噂話がある。
なんでもその家に昔住んでいた人は、主人が気が触れて切腹自殺をしたそうだ。
家は火事で全焼し建て直したらしいので、何かそういう因縁めいたものがあったのかはわからない。
ただ、この話を書いていて思い出したのだが、私がそこで因縁めいたものをみつけたのは二つ目であった。
最初に見つけたのは、錆びた、日本刀の鍔だったのだ。
そのあたりの話の経緯を知っていたかもしれない大伯母もとうの昔に亡くなっている。
大伯母は一人娘が若くして亡くなり、連れ合いを送ってから首を括って自死したのだ。
その娘が亡くなる前に私は奇妙な体験をしている。
夜、皆が寝静まった頃のことだ。
便所に行きたくなった私は目を覚ました。
伯父の家の便所は外にあり、行くためには土間から玄関を出て行かなければならない。
土間のほうに歩き出した私は奇妙なものを見つけた。
裸電球のそばに女の生首が浮かんでいるのだ。
それはまるで壁をよじ登るように徐々に上に這い上がり、柱に吸い込まれるように消えて行った。
その時は怖いという感情よりも、ただ動けなかった。
生首が消えると同時に金縛りが解けた。
私はそばに寝ていた叔母を起こして今起きた怪異を説明し、便所に付き添ってもらった。
大伯母の娘、叔母からすれば従姉妹が亡くなったのはそれから数日後であった。
「みーこの生き霊だったのかねえ。」
叔母は葬儀のあと、ぽつりとそう言った。
伯父は東京に出て、家族と一緒に晩年は平凡に暮らしたらしい。
酒も常識の範囲内に治ったようだ。
いろいろ考えると、やっぱりあの家は”呪われた家”だったんじゃないかなと思う。
これで話は全てなのだが、いまだにどうにも腑に落ちないことがある。
地神様のことだ。
伯父が河原で拾ってきたのだろうということだが、結構大きな石である。
また、はっきりと像が彫られている。
いくらなんでもそんな石を気づかずに拾って帰ってくるだろうか。
ひょっとしてそれは、元からそこにあったんじゃなかろうか。
何かの理由で埋められて、それがたまたま出てきた。
そんな気がしてならない。
幸いにして第一発見者の私には特に何事も起きなかった。
ただ、それから妙に勘というものは鋭くなった気がする。
そこまで信じているわけではないのだが。
それでも嫌な雰囲気のするところには近寄らないようにしている。
霊というものは信じたくないのだが、勘は否定できないのだ。
母方の女性は皆、勘の強い人であった。
祖母もそうであったし、母もそうであった。
母は見合い結婚なのだが、亡くなった父の父親、私からすると祖父になる人を夢で霊視したらしい。
足が悪く、立て膝で食事をしていたらしいのだが、見合いの席でそれを言って父を驚かせたそうだ。
そう考えると、祖母や叔母達がいったん家を飛び出した理由もわかる気がする。
まあ、その後戻ってはきているので、単なるわがままだったのかもしれないが。
また、なぜか不幸に見舞われるのが男だというのもなんとなく得心がいくのだが、どうだろうか。
真実は地神様にきかないとわからないだろうけど。