6.進級祝い
競争して走っていると、あっという間に家に着いた。
「はぁはぁ、俺の勝ち!」
「はぁはぁ、あーあ。やっぱりアッツーには勝てないわね。短距離なら勝負できるけど、長距離になると体力の差が出るわね。ふぅ」
千夏は息を整えながら言った。
「まあな。これでも中距離選手だから、体力はそれなりにあるぜ」
俺も息を整えてから言った。
「んじゃあ、ちぃ、また明日な」
「アッツー、明日は早く起きてよね。風紀委員の仕事がこれから始まるんだから」
「えー、まだ風紀委員の仕事は始まらないだろ」
「いいの。今から早起きに慣れておかないと、どうせ起きられないでしょ」
「えー」
「えー、っじゃないわよ~。まったく」
「はいはい」
「返事は一回!」
「はい。じゃあな」
そう言って別れて、玄関のドアを開けた。
ガラガラガラ。引き戸を開けて玄関に入る。
「ただいま。腹減ったぁ。母さん、今日の晩御飯何?」
「お帰り、篤志。今日は進級祝いの御馳走よ。何か当ててみて」
母さんはいたずらっぽく笑った。
「やっりぃ! んーと、この匂いはカレーだな!」
「正解よ。手洗いうがいしてから席についてね」
「はーい」
洗面所で手洗いうがいを済ませて席につく。目の前にはカレーとサラダ、それになんと豚カツまであった。
「うわぁ。カツカレーじゃん! めっちゃ嬉しい! 母さんありがとう!」
俺がそう言うと母さんは嬉しそうに微笑んだ。
「さあ、冷めないうちに食べましょう」
「はーい。いただきます」
顔の前で手を合わせる。いただきますが終ると同時にスプーンを掴み、カツを大きく切ってカレーと一緒に口の中へと運んだ。口いっぱいに旨味が広がる。
はぁ~、幸せだ。
篤志の顔は好物を口にしたことにより、だらしなく緩んでいた。
「うめぇ! やっぱカツカレーは最高だな。あれ、そう言えば父さんは? 今日は早く帰れるんじゃなかったっけ?」
「そうだったんだけど、急に抜けられない仕事が入って、残業になっちゃったみたい。残念だわ。お父さんが進級おめでとうって」
「そっか。じゃあ仕方ないな。ん、ありがと」
そう言いながら、俺はカレーとサラダを平らげた。
「カレーのおかわりある?」
「あるわよ。お父さんの分を残しておいてね」
「わかった」
席を立ち、炊飯器から父さんの分を残して、カレー皿にご飯を山盛りのせ、鍋のカレーを注ぐ。そしてまた食べ始めた。
「学校はどうだった?」
母さんがこちらを見ながら聞いてきた。
「普通かな」
「そう。クラスは一クラスしかないものね。お母さんの時は一学年に5クラスとかあったのよ。クラス替えがあって友達と別のクラスになって心細かったりしたわ」
「へぇー。そうだったんだ」
俺は何度も聞いた話だったので、適当に相槌を打ちつつカレーに集中する。
「そうそう、委員会を決めたりしたわね。懐かしいわ。篤志はどの委員会に入ったの?」
「俺は風紀委員。ちぃと一緒」
「あら、いいじゃない。でも千夏ちゃんに迷惑かけないようにしなさいよ。あんたはほんと昔から朝が弱くて、起こしてもらってばっかりなんだから。私が何度呼んでも起きないんだから、まったく……」
ヤバい。母さんが説教モードに入ろうとしている。俺はそれを遮るように話題を振った。
「そうそう、友也が学級委員長で涼が図書委員になったんだ」
「あら、そうなの。友也君はしっかりしているものね。涼君はいつも本を読んでいるし図書委員になったら図書館から出てこないんじゃないかしら」
母さんはそう言いながら笑っていた。俺もつられて笑う。確かに涼は下校時刻まで図書館に籠り、ずっと本を読んでいることがよくあった。その為、文芸部で部活が終わるのが早いはずなのに俺らと帰りが一緒になることがよくあった。しかも文化系の部活は毎日あるわけではないのにだ。
「ごちそうさまでした」
そう言って席を立とうとしたら、母さんが
「あら、デザートがあるわよ。冷蔵庫にケーキがあるから持ってきてちょうだい。3つの内から好きなのを一つ選んでいいからね」
と言った。そうそう、うちではお祝い事があるとケーキを買うのだが、ホールケーキは3人家族には大きすぎて食べきれないので、好きな種類のショートケーキを人数分買うことにしている。今日のケーキは何だろう。楽しみだ。俺は食べたお皿をシンクに運び、冷蔵庫からケーキを取り出した。
「チョコレートケーキとチーズケーキとフルーツタルトか。悩むなぁ。どれも好きなんだよな」
うーん。ほんとにどれにしようか。
俺は腕を組んで悩み始めた。母さんはそんな俺の様子を微笑ましく眺めている。
「よし、今日の気分はチョコレートケーキ! いただきまーす」
「どうぞ」
母さんはフォークを渡してくれた。そして、自分はフルーツタルトを選んでいた。必然的に父さんはチーズケーキだ。まあ、父さんはチーズケーキが好きだから大丈夫だろう。俺はチョコレートケーキを食べ始めた。頑張った体に糖分が染みる。
はぁ~、チョコレートが幸せを運んでくるわ。
篤志の顔は再び緩んでいた。俺は食後のデザートも食べ終えて、自分部屋へと荷物を持って移動した。
俺の部屋は階段を上がってすぐの左側の部屋だ。荷物を勉強机の隣に置いて、寝間着を持ってお風呂場へ向かう。部活の体操服と制服と下着を洗濯機に放り込み、お風呂に入った。
俺は結構お風呂好きで男子にしては長風呂だ。ゆっくりと湯船につかり、一日の出来事を振り返ったり考え事をしていたり、部活の反省をしていたりするのが日課だ。それに比べて涼は烏の行水である。必要最低限のお湯でよく、シャワー派であった。ちなみに千夏は女子にしては短めのお風呂である。せいぜい30分くらいである。千夏に聞いたが、女子のお風呂は長風呂の人が多いらしく、一時間とかざらとのこと。俺もお風呂好きだが、一時間はさすがに入らない。千夏と一緒で大体30分くらいだ。子どもの頃はよく三人でお風呂に入っていたが、小学校の低学年を過ぎると千夏は一緒に入らなくなった。なんか恥ずかしいらしい。俺は日課の振り返りを終えて、お風呂から出た。
ふう、サッパリした。やはり、湯船につかるのはいいなぁ。部活の疲れが取れる。
そうしみじみ思いながら、自分の部屋へと戻った。
ふぁーあ。あくびが出た。眠い。このまま眠れたらよかったんだが、学校の宿題がある。俺は眠気と戦いながら、何とか宿題を終わらせた。目覚まし時計とスマホのアラームをかけて布団に潜り込む。俺はすぐに眠りについたのだった。