後輩の妹_その本音。
奈々ちゃんの運転は思った以上に上手だった。上下動が少なく、助手席に座った俺も酒が回ってきたのか、だんだんと眠くなってきて、ついには眠りこけてしまった。
いつの間にか、俺の住むマンションの下の駐車場に到着していた。
奈々「東堂さん、東堂さん!」
東堂「ん...。ああ、寝てたのか、俺...」
奈々「着きましたよ。東堂さんのおうち。」
東堂「おお、悪いな、折角だから、早絵に会っていくか?」
奈々「いえ、大丈夫です。お兄ちゃんも心配するので。」
東堂「そっか。じゃあ、またな。」
奈々ちゃんはこれから四方の手から離れて、一人の女性としての幸せを結婚という形で叶えるのだろう。四方から聞いた話では、奈々ちゃんは、保育士をしているらしい。優しいお母さんになれるだろう。俺は、励ましの意味もこめて、二人で車を降りた後、奈々ちゃんにこう言った。
東堂「じゃあ、幸せにな。」
奈々「はい...。」
東堂「どうした?なんか、奈々ちゃんにしては元気ないな。」
奈々「ねえ、東堂さん。」
東堂「ん?」
奈々「お兄ちゃんが会社を辞めちゃったら、もう会えないんですよね。」
東堂「誰と誰が?」
奈々「私と、東堂さんです。」
言っている意味がよくわからなかった。「別に会えない訳じゃない、家は割と近所だし」とでも言えば良いのだろうか。もしかして、奈々ちゃんは俺のことをかけがえのない友人と思ってくれているのだろうか。そうだとすれば、嬉しい。
東堂「いやいや、四方とは会社が離れるだけさ。たまには、遊びに行くよ。」
奈々「でも、私が結婚しちゃったら、お兄ちゃんの家に、私はいません。耕輔くんと一緒に住んでるんですから。」
東堂「じゃあ、その耕輔って奴も連れて俺たち4人で飲めばいいな。あ、そうだ、早絵も連れてくよ。賑やかで楽しそうだ。」
奈々「そういうことじゃ、ないんです...。」
本格的にわからなくなってきた。もしかしたら、結婚前にいろんなことが不安になってくるマリッジ・ブルーとやらだろうか?そうだったら、ここで俺がこの子のためにできることは一つもない。
東堂「ま、まあ。俺に会いたくなったら何時でも連絡しろよ。あ、出張が増えていつでもいけるってわけじゃないけどな。じゃあ、達者でやれよ。あ、帰り道、事故に気をつけろよ!」
そう言って、俺は奈々ちゃんに背を向けてマンションの入り口に向かおうとした。すると、誰かが俺の上着の袖を指で小さくつまんだ。
東堂「え」
振り返ると、奈々が、目に軽く涙を浮かべ、上目遣いでこちらを見ていた。俺はその顔から、目を話すことができなくなった。それは、美しく、綺麗だと思ったから。初めて、一人の女性としての奈々を見た。
奈々「東堂...さん。もし、あの時、私が...。」
東堂「な、なあ...。奈々ちゃん...?」
奈々は、最後にこう言った。
奈々「助けて...。」
奈々「助けて...ください...。」
俺が何も言えないでいると、奈々は、俺からパッと手を離して、ニコっと笑った。
奈々「ふふ、冗談です。いつも東堂さんにはからかわれてばかりだったから、仕返しです。」
東堂「お、おい」
奈々「じゃあ、さよなら。これからもお兄ちゃんと仲良くしてあげてくださいね。」
東堂「奈々ちゃん、待って...」
奈々ちゃんは、そのまま車に乗ると、四方の待つ家に帰って行った。
俺は、早絵の待つマンションに入って、彼女の「おかえりなさい!」の声を聞いても生返事しかできず、頭の中に奈々の泣き顔がこびりついたままだった。
その情景は、風呂に入り、早絵を軽く抱きしめながら寝ても、消えなかった。