小さな疑念_優しいまぐわい。
早絵「ケーキ買ってきてくれたんですか!」
東堂「ああ。飯が終わったら食べよう。」
早絵は甘いものが昔から好きだ。学生時代も良くクッキーやら何やらを食べていた。多分それをやめれば少しは痩せて肌も綺麗になると思うのだが、幸せそうにケーキを食べている姿を見るとそんなことも言う気がなくなってしまう。
俺は仕事の話を切り出した。これから仕事の内容が大きく変わること。原子力発電所の廃炉のために、出張に良く出かけなければならないこと。四方や清水とグループを組んで仕事に当たること。早絵はシュークリームを食べながら俺の話にうんうんと頷いてくれた。
東堂「で、来週は出張で東北に行くんだ。仙台。三日くらいで帰ってくる。」
早絵「そうなんですねー、やっぱり大変なんですか?お仕事。」
東堂「まあ、なんとかなるさ。それより、悪いな。」
早絵「?」
東堂「いや、出張でさ。一人ぼっちにさせるからさ。」
早絵「なーん。気にしないでください。東堂さんらしくないですよ!」
東堂「なーん?」
早絵「あ...田舎の方言です。なんでもないってことです。恥ずかしい...」
早絵は北陸の片田舎の出身だった。中学まではずっと田舎に住んでいたようで、高校の女子寮ではずいぶんその方言をからかわれたようだ。そういうこともあって最近ではほとんど方言を聞かなかったが、気が抜けるとたまに出てしまうらしい。俺はそういう抜けたところもいじらしいと思うのだが、本人は気にしているようだ。
東堂「そういえば、早絵の親御さんにもずいぶんご無沙汰してるなあ。また会いに行こうか。」
早絵「いや、いいです!」
早絵はなぜか嫌がった。
東堂「え?どうして...」
早絵「いや、その...今は実家の農業も忙しいらしいし、また年明けくらいに行きませんか?」
東堂「年明けか。わかったよ。じゃあその時に一緒に行こう。」
早絵「はい...あ!お風呂沸いてますよ、東堂さん、先に入ってきちゃってください。」
東堂「あ、ああ。」
何か腑に落ちないが、まああいつの家もあいつなりの事情があるのだろう。そう考えて、風呂に入ることにした。もう11月になったこともあって、風呂の温度も41度と熱めの設定になっていた。俺は熱い風呂が苦手なので、せっかくの熱い風呂にシャワーで冷水を加えて冷ましてから風呂につかった。
早絵「東堂さん、お風呂ぬるくなってるじゃないですか。」
東堂「熱いのは苦手なんだって...」
早絵「もう、私冷え性なんですよ。」
東堂「悪いな。ま...それよりさ、こっちこいよ。」
早絵「えー?今日もですか...?」
東堂「いいだろ?」
早絵「ん...」
早絵の唇に軽く口づけした後、目をつぶったので俺の睫毛を早絵の睫毛に触れさせる。此の下らないバタフライ・キスが早絵のお気に入りだった。学生時代外国の映画を見て、こんなシーンがあったらしい。激情をぶつけた昨夜と違い、今夜は長く深く、ゆっくりと早絵を悦ばせた。3日間会えなくなると考えただけで、少しでもこの女と一緒にいたいという気持ちが、俺を支配した。向こうもそう思ってくれているのだろうか。そんな不安をかき消すように、やさしく身体を重ねた。月が照らす二つの影はいずれ動かなくなり、抱き合いながら眠りについた。