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神の火が消えるとき  作者: アガシオン
3/12

俺の女__女は月。

 どうやら清水と飲んだ酒が身体に回ってきたみたいだ。ふらつきながら、やや千鳥足ちどりあしで俺の家に帰ってこれた。

 

 俺の家は家賃のやや高い、マンションの一室だ。部屋は狭いが会社から近いので満足しているが、本当は家賃のほとんどを会社が負担してくれる独身寮に住みたいというのが俺の正直な気持ちだ。まあ、28歳にもなってパートしかしていない早絵さえを一人暮らしでほっとくわけにもいかず、一緒に住むために5年前、独身寮を出たのだが。


東堂「ただいま...」

早絵「あ、東堂さん、おかえりなさい。今日は飲んできたんですか?」

東堂「あぁ...」

早絵「じゃあ、お風呂はいってきてください!もう沸かしてますから。一番風呂です。」

東堂「お、マジか。気がきくな。」


 重たい身体をなんとか浴室に持って行った。風呂に入りながら、早絵のことを考える。

 

 早絵は、俺を苗字みょうじで呼ぶ。しかも「さん」付けで。挙げ句の果てには敬語で会話をする。付き合ったばかりの頃、もう先輩後輩の間柄じゃないんだから、下の名前を呼んでほしいといったのだが、うやむやにされて結局今のままになってしまった。昔は心の距離が縮まっていないのかと、少し心配になったこともあったが、何年も経ってくると気にもならなくなってしまうものだ。

 

 鏡に映った自分の身体を見る。20歳の時よりも膨らんだ腹、薄くなりつつあるような気もしないこともない、俺の髪。目の下のクマも、大した徹夜もしていないのによくできるようになった。それなのに顔つきは割と童顔で、全体としてバランスの取れていない生き物のように感じて、自分が少し不気味に、情けなく感じて、鏡から目をそらして風呂を出た。


早絵「あ、上がったんですね。私も入ろっと。」

東堂「なあ、早絵」

早絵「何ですか?」

東堂「俺の会社のことなんだけど...」

早絵「気にしないでください。」

東堂「え?」

早絵「なんとかなりますよ、大丈夫です。それよりも私のお父さんも心配してましたよ、東堂さんのこと」

東堂「あぁ...悪いな。ありがとう...」

早絵「どうかしましたか?」

東堂「いや、いいから早く風呂に入れよ。」


 早絵を無理やり風呂に向かわせた後、少し涙が出た。あまりにも優しく、それでいて俺を包み込んでくれるような包容力、それはお父さん譲りのモノだろうか。早絵はその小さな身体には似つかわしくないほどの優しさと、暖かさを持った女性だった。どこかで聞いた、「男は女が側にいるだけで生きていける」というのもまんざら嘘ではないのかもしれない。


早絵「あがりました〜。今日は寒いのでお風呂が気持ちよかったです。」

東堂「...」

早絵「どうしましたか?東堂さん、今日なんか変ですよ?」

東堂「早絵...」


 その日は異常なほど興奮していた。早絵をやや強引に抱いた。何度も抱いた。早絵が俺の腕の中で「東堂さん」 と俺の苗字をさん付けで呼ぶたびに、異様な興奮が押しよせた。日が昇るまで、早絵を抱いた。



「ジリリリリリリリリ!!! ジリリリリリリリリ!!」

東堂「うわっ!」

 

 目覚ましの音に驚き飛び起きる。もう8時だ。朝飯を食っている時間はない。「ガキじゃあるまいし、少しヤりすぎたか?」と自分をいさめる。横を見ると、髪と服を乱し、疲れ切って寝ている早絵が朝日に照らされていた。その光が彼女のお世辞にも綺麗とは言えない肌を照らし出す。昔の俺なら化粧をしていない早絵を見るたびに結婚は先延ばしにしようと考えたものだ。その頃の俺はまさか自分がこんな佳境かきょうに立つことになるとも知らず、他にもっといい女がいる筈だ、そんな女と結婚したいと、あまりに身勝手で臆病で、汚い考えをしていたものだ。


 今は違う。俺が幸せにするのはこの早絵だけだ、そうすることが早絵の優しさに恩返しする唯一の方法であり、彼女の家族に対しても誠意を見せることにつながると確信していた。今の状況さえ乗り切れば、きちんとプロポーズしよう。彼女の家にいって、父親に頭を下げ、二人で幸せな結婚式をあげよう。子供は早絵が欲しがるだけ、俺たち二人で作ろう。結婚しても愛を忘れない、1年ごとに何度もお祝いをする、照れ臭い夫婦でいよう。思春期の息子に白い目で見られるような、そんな夫婦になろう、そんな温かい家庭を早絵となら作れる。そう思った。



早絵「あ、東堂さん、起きたんですね。私、もう少し寝てもいいですか...」

東堂「早絵、昨日はなんか、悪かったな。寝とけ。会社に行ってくる。」

早絵「ふふ、気にしないでください。あんな東堂さん、久々でびっくりしちゃいました。いってらっしゃい。」





俺は、何一つわかっていなかった。彼女の考えていること、本当のこと。

それが解るのは、もう少し先のことだった。

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