友との酒_最後の晩餐
会社の門の前に清水が立っていた。どうやら少し待たせたらしい、スマホをいじって何かをしている。
東堂「悪い、待ったか?」
清水「いや、気にすんなや。今Dinderやってたところや。」
東堂「お前も飽きないな...マッチングアプリ」
清水「そりゃあ、お前と違って彼女の一人もおらんしな。ま、ええわ、行こか。」
清水と二人で飲むのは久々だった。清水と俺は高校が同じで大学も同じ。関東の高校・大学なのに生まれが大阪だからか、かなりコテコテの関西弁を話す清水は学内でもかなり目立った。学科こそ違うが入った企業、そして部署も同じで腐れ縁の同期といった感じだったが、最近はなんだかんだて飲まずじまいだった。
【オフホワイト】に到着した。ここは、会社に入ったばかりで給料が安いころ、同期の連中とよく飲みに来た場所だ。たくさんいた同期も次々に目ざとく転職してしまい、この部署に残ったのが俺と清水、そしてあと数人といった現状だ。
俺と清水は不味いハイボールを頼んだ。頼んでから数10秒でグラスが来るこの店は、俺たちのお気に入りだった。
「「乾杯!」」
清水「あー、相変わらず不味いなぁこのハイボール」
東堂「デカイ声で言うなよ!店員もいるんだから」
清水「やけど、こんな小便みたいなハイボール、どやったら作れるんや?」
東堂「おいおい」
清水「ま、ところでな...」
最初は二人で近況報告を行っていたが、何本もビールを開けて、酔いが回ってくると自然と話のネタは「そっち」に向かっていった。
清水「で、ところで早絵ちゃんはどないや?」
東堂「どうって...なんだよ」
清水「いつ結婚するんや、って話に決まっとるやろ。」
東堂「そんなの...わかんねえよ。会社もこんな状態だしな。」
清水「はよせな他の男に取られてまうで、
早絵ちゃん、可愛いかどうかは別として、胸デカイしな」
東堂「別ってどういうことだよ」
清水「ま、お前と早絵ちゃんはもうずーっと付き合ってるもんな、興奮もせんか。」
東堂「確かに、ムラっとすることは減ったけど、一緒にいて安心するというか...」
清水「お!あの堅物の東堂がやらしーこと考えとるとはな!酒の力やの〜」
東堂「うるせえな!」
俺と早絵は8年前から付き合っている。高校の2年下の後輩だから、清水も知っているのだ。
早絵は、顔ははっきり言って特別美人というわけではない。肌荒れがあってニキビが多く、割と太っている。胸こそ大きいが、背は低くスタイルはよくない。モテるタイプではないと思うが、物静かで、文学を愛する彼女を俺は愛していた。身体を初めて重ねたあの日、目に涙を浮かべ歯を食いしばる彼女をどれほど愛おしく思ったか。俺を追いかけて同じ大学に入ったと早絵から聞いた時、この女を一生守っていこうと思った。まあ最近は、そんな熱い気持ちもだんだん薄れているのは仕方ないのだが。
もう30歳になった俺と28歳の早絵は、言葉にこそ出さないが結婚を意識していたはずだ。少なくとも俺はそうだった。今の仕事の情勢が安定すればプロポーズしようと思っていたのだが、こんな状況だとまた先になりそうだ。
清水「う〜酔ったわ。明日会社なんて考えられんの〜」
東堂「あ〜頭イタイ...ほら、家着いたぞ。早くカギ開けろよ。」
清水「送り狼や!怖いわ〜助けてくれや〜」
東堂「バカやってんじゃねえよ...早く家に入って、寝ろ!」
清水「東堂、おおきにな〜。お前もはよ家帰れや。早絵ちゃん待ってるやろ。」
東堂「わかってるよ。じゃあな。」
清水と飲むとなんだか気分が軽くなる。人の心にズカズカ入ってくるくせに、根が優しいから悪い気がしない。こいつがモテないのを見ると世の中の女は見る目がない奴ばかりだと思ってしまう。優しい言葉ばかりかけて、その実モノのように女を扱う男が優しいと思ってしまうのは女の性なのだろうか。本当に優しい男は不器用で、ひょうきんなようで一番相手のことをよく見ているこんな男なのに。
「あ〜っ、清水のこと褒めすぎたな、俺はホモかよ!」
頭の中で清水を褒めすぎた俺は家への帰り道、空に向かって声を上げた。なんだか無性に早絵に会いたい。早くあいつのいる家に帰ろう。