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神の火が消えるとき  作者: アガシオン
12/12

東北2日目_相談

 予定調和の、二日目の仕事を終えた俺は夜、真希と会うことになった。少しばかり早絵に対する罪悪感もあったが、それよりもおよそ8年ぶりくらいに真希に会えることが、純粋に楽しみだった。



 夜19:10。待ち合わせの時間よりも20分も早く店の前に着いてしまった。場所柄も仙台ということもあって、名物の牛肉を食べながら酒でも飲み交わそうと考えていた。早く着きすぎたなと思っていると、向こうの駅の方から、背は165cmほどの細身の女性が手を振りながら向かってきた。ずっと会ってなかったが、すぐに真希だとわかった。



真希「東堂クン!久しぶりです!」

東堂「よっ、久しぶりだな。」

真希「お店入りましょっか。今日は遅くまで大丈夫なんですか?」

東堂「いや、明日も仕事なんだ。それが終わったら横浜に帰るよ。」



 二人で店に入り、奥の個室に入って牛肉とビールを注文した。昔話から俺たちの会話は始まった。



真希「じゃあ、東堂クンとの再会を祝って、かんぱーい!」

東堂「はいはい。ていうかさ、お前年下だろ?『東堂クン』っていうのやめろよ。」

真希「うーん?別にいいじゃないですか。だいたい、そっちが初めに「クン」付けで呼べって言ったんですよ。それより、東堂クンは今どんな仕事してるんですか?」



 真希は、大学で一度留年していたこともあり、年齢では俺の一つ下。つまり29歳ということになる。就職活動で初めて真希と会った時、俺はてっきり自分と同じ、大学院の学生だと思い込んでいた。その時に「敬語をやめて、タメ口で話してくれ」と言ってしまったのだ。結局その後俺の一つ下ということがわかり、話し方は敬語になったのだが「東堂クン」という呼び名だけはなぜかそのまま残ってしまった。



東堂「俺か...。一応、あの会社にそのまま入ったよ。」

真希「え!すごいですね!超大企業じゃないですか!そういえばあの時から入りたいって言ってましたもんね!」



 今はうちの会社は虫の息なんだけどな。という言葉が出そうになったが、暗い話もしたくなかったのでその言葉はビールで胃の中に流し込んだ。



東堂「お前、どこに入ったんだ?結局言ってくれなかったよな。」

真希「いろいろ迷ったんですけど、奥羽電力の総合職で就職しました。地元も仙台ですし、実家から通ってるんです。」

東堂「そうか...。言ってくれても良かったのに。」

真希「ふふ、言う前になんか私たち、気まずくなっちゃいましたもんね。懐かしいなあ...。」




 真希は牛タンを食べながら、昔俺と会った時のことを思い出しているようだった。俺は聞きたかったことを口にした。




東堂「なあ、お前、俺のことどこで見かけたんだ?」

真希「うちの会社に来てたじゃないですか。他の人もいたので声かけられなかったんですけど。もしかしたら東堂クンかな〜って。」

東堂「ああ、そういうことか。まあ、うちの会社も奥羽電力に話があってな。」

真希「あれ?なんの仕事できたんですか?東堂クンの会社はうちとは取引してないですよね?」



 俺は、気の進まない廃炉プロジェクトの話をすることにした。



東堂「福島の廃炉だよ。まあ、あのプラントは関東電力の持ち物なんだけどな。土地が近いこともあって、いろいろ、お宅の会社ともやりとりしないといけないんだよ。」

真希「廃炉の仕事ですか!そうですか、良かったですね。」

東堂「え、どういうことだよ。」



 俺たちの仕事は原子力発電所を動かすことがメインで、それで売り上げを立ててきたことがあって、職場の廃炉プロジェクトへのモチベーションは極めて低い。俺自身も廃炉なんて壮大な撤退戦をするためにこの会社に入った訳ではないのだ。それは、俺たちメーカーだけでなく電力会社の人間もそう思っていると信じていたので、俺は真希の言葉にびっくりしてしまったのだ。



真希「私ね、原発なんてないほうがいいと思ってたんです。」

東堂「え?」

真希「地元が仙台だったんで、あの地震、すごく怖かった。その後、福島で原発が爆発して、死ぬんじゃないかって、本当に思ったんです。」

東堂「そう...なのか。」

真希「東堂クンは『原発を動かすがわ』のヒトだったんで、言えなかったんですけど。」



 俺は、学生時代から原子力を専門としている学生・教授たちに囲まれて育った上、そのまま原発を動かすことを生業なりわいにしているメーカーに入ったこともあったこともあって、原子力推進の人間しか周りにいなかった。そういう意味では、久々に生の、実感のこもった「反原発」の意見を聞いた気がした。



東堂「ありがとな。」

真希「え?」

東堂「なんでびっくりしてるんだよ。」

真希「東堂クンは原発推進だと思ってましたから、ひょっとしたら怒るかなと。」



 昔の俺だったらそうだったかもしれない。でも、もう多分、二度と日本では原発は動かない。そんな状況では俺のエンジニアとしてのちっぽけなプライドなんてとうに失われていた。むしろ、俺が廃炉プロジェクトに携わることを喜んでくれる人に初めて会えたことに対する喜びが強かった。



東堂「俺、廃炉の仕事なんてやる気でなかったんだ。廃炉って、ホントに儲かんないんだよ。だいたい、廃炉のノウハウや技術なんて持ってないし。俺が今まで大学で勉強して、会社で積んできた技術とかキャリアとか、何だったんだよって感じで。原発が止まった後、会社の中でも他の原子力以外の部署からは白い目で見られてさ。『お前らのせいでこっちまで給料が下がってるんだよ』ってトイレですれ違いざまに言われたこともあるんだ。」



真希「...」



東堂「だからさ、嬉しいんだ。お前に褒めてもらって、喜んでくれる人もいるんだなって。」

真希「そうだったんですね...。」



 なんだか辛気しんきくさくなってしまった。俺は少し申し訳なくなって、話を変えることにした。



東堂「そ、そうだ。お前結婚とかしてないのか?」

真希「あ、それセクハラですよ。」

東堂「え」

真希「冗談ですよ。本気にしないでください!まあ、ホントは3年前にする予定だったんです。でも...」

東堂「あ、わ、悪いな。なんか。」

真希「ふふ、何か、私に気を使ってません?東堂クンらしくないですね。」



 こいつといるといつも真希のペースで進んでしまう。8年前もそうだった。向こうから連絡を急に受けて、仲良くなってきたと思ったら、向こうから連絡が途切れて、それで終わってしまった。



真希「それより、東堂クンは、まだあの子と付き合ってるんですか?」

東堂「ん?まあそうだな。今は一緒に住んでるよ。」

真希「え!じゃあもう結婚してるんですか?それじゃあこんなとこで私とご飯食べちゃダメじゃないですか!」

東堂「いや、結婚はまだ...」

真希「えー!いつまで待たせてるんですか!早くしてあげないと、逃げられちゃいますよ!」

東堂「逃げるったって...逃げる先があるのかな、アイツ。友達も少なそうだし。」

真希「そういう子に限って、何考えてるかわかんないもんですよ。急に田舎に帰って、地元の人と結婚して...なんてこともありますよ。」

東堂「や、ヤなこと言うなよなあ...」



 その後は、ひたすら真希に説教された。「女は男と違って人生設計が立てにくい」「男はいつまでも稼げるけど女は一度社会から外に出てしまうと結婚するしかない」「28付近の女が態度のはっきりしない男に対してどれだけ不安か」など、ぐうの音もでないようなことを何度も言われた。



真希「とにかく、早く結婚、いや婚約はせめてしてあげてください。それから、早く彼女のご両親に挨拶に行かないと!」

東堂「いや、俺も早絵の親父さんに挨拶に行こうと思ってるんだけどさ。なんか早絵が嫌がってるんだよ。」

真希「え...?それって、おかしくないですか?普通、向こうから挨拶に来いって言われてもおかしくない状況だと思うんですけど。」

東堂「やっぱり、そうだよな。なんでなんだろ...。やっぱ俺の会社が傾いてきてるからかな...?」

真希「うーん。でも東堂クンの会社なんて、大きすぎて国が絶対潰させないと思いますし...とにかく、早くご両親に話を聞きに行くべきです!」

東堂「そうだよなあ...」



 原発が止まる前までは、俺にはある程度の「奢り」があった。この超一流企業の俺が、結婚「してあげる」という態度が、おそらく心の中にあった。だからこそ、他の女を求めてフラフラしたことも昔はあった。それが会社が傾いて、彼女に逃げられたらもう嫁さんを捕まえることができないという焦りもあった。俺の立場が180度変わってしまったことに対して、早絵の親父さんがどう思っているのかは聞きに行かなくてはわからない。ただそこで気になるのは、早絵の「実家には行かせない」という態度だ。やはり、早絵の実家と早絵の間で何かがあるのだろうか...



真希「あ、もうこんな時間ですね。お開きにしましょう。」

東堂「そうだな、ここは俺が持つよ。」

真希「いえいえ、私だって電力会社の幹部候補ですよ?稼いでるんですからね。」

東堂「確かに。なんなら俺より持ってそうだな。じゃあ頼むよ。」

真希「全額ですか!?男としてどうなんですか、東堂クン...」

東堂「ハハハ、冗談だって。半分出すよ。」



 店を出て、俺はホテルに、真希は実家に戻ることにした。



真希「とにかく!彼女さんの実家に行ってあげてくださいね!」

東堂「わかった。わかったって。」

真希「今度また仙台に来たら、連絡くださいね。次は私の相談も乗ってもらいますよ。」

東堂「ああ、またな。」



 俺たちは手を振って別れた。結構飲んだこともあって、ホテルに着くと風呂も入らずにベットに飛び込み、深い眠りについた。



 


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