原子力発電がなくなる__俺たちの仕事もなくなる!?
「...近江電力・関東電力の2社は、現在稼働している原子力発電所は全て廃止措置に移行...」
「...これにより、日本国内にあった全ての原子力発電所は停止する運びに...」
「嘘だろ...」
ニュースから聞こえてきた発表に、部長は頭を抱え、課長は涙を流している。大人が人目を憚らず泣く姿は珍しく、少し滑稽だ。若手の社員たちは皆こっそりと、いやむしろ堂々と転職サイトを開いている。そういえば平日というのに、何人か欠席している。おそらく他の会社の面接を受けているのだろう。
俺のいる会社はまあ、超有名企業とでも言っておこう。世界に名だたるメーカーであり、その歴史は第二次世界大戦以前にも遡る。日本國の依頼を受け戦闘機や武器を作り旧日本軍に貢献、敗戦後は日本国土のインフラ整備からプラントとあらゆる重機械を製造し、まさに高度経済成長を支えた立役者である。
しかしそれも昔の話。今は戦争なんてめったに起こらないし、軍需品、戦車などは作るだけ無駄と言っていいほど儲からない。それでもこの会社がなんとかやってこれたのは原子力発電所の設備製造に他ならない。例に漏れず、俺のいる部署もその業務を行っていた。
旗色が変わったのはオリンピックが終わった年だ。今まで国が借金をして日経平均をつりあげていためちゃくちゃな政策がついに限界を迎え株価が大暴落。その責任をとった自戒党は次の選挙で大敗。野党第一党の民衆党が政権を取り、「自戒党が進めていた原発再稼働を全て取り消す、最終的には原発は完全撤廃する」という方針に決めたのだ。
俺たちは、この宣言を鼻で笑っていた。なぜなら昔、民衆党が一度政権をとったことがあるが、その時はお粗末な経済政策や総理大臣の失言が相次ぎ、また野党となった自戒党の、いままでのうっぷんを晴らすような総攻撃に耐えきれず、すぐにまた自戒党に政権を取られてしまったからだ。
だから、「民衆党なんて何もわかっていない。資源のない日本には原子力エネルギーが必要で、それはすなわち俺たち原子力に携わるエンジニアは必要ということになる」という考えを皆共有していた。原子力の先行きを心配する学生のリクルートの際にも遠回しにこんな感じのことを言って、この会社に優秀な学生を引き込んでいた。
本当にわかっていなかったのは俺たちだった。
「_________世界を変える電池、KUバッテリー、京城大学が開発!」
「_________エネルギー問題の解決に大きく貢献、ノーベル賞は確実か」
京城大学の寺沢教授が開発したKUバッテリーは、太陽光発電の抱えていた問題を全て解決してしまった。
今までは電気エネルギーは基本的に貯めることができず、雨の日や雪の日にあまりにも弱く、また原発一基分のエネルギーを賄おうとすればパネル面積で埼玉県全体が必要な太陽光発電は、なかなか国として導入が進まなかったが、KUバッテリーは圧倒的なそのエネルギー保持性により、晴れている日に電気を貯め続け、雨の日にそのエネルギーを使用するという手法で太陽光発電のデメリットを解消した。これに太陽光発電の技術開発が重なり、太陽光発電は原子力発電より、はるかに安く、クリーンに電気を作ることができる魔法のメソッドとして世界に受け入れられた。
この技術は民衆党の政策を大きく後押しした。国民のほぼ全てが原子力撤廃を支持。その後の風向きは俺たち原子力エンジニアにとって非常に冷たいものだった。専門を極めるということは諸刃の剣で、つぶしが利かないということになる。俺は例に漏れず、転職先も見つからないまま、この会社で働き続けた。年々減り続けるボーナス。それでもいつか原子力がこの国でまた復活することを夢見ていたのだが...
時は現在に戻る。全ての原子力発電所の撤廃が決まったあのニュースから、どうやら1時間ほど経ったようだ。もうそういえば定時だ。昔は仕事が忙しく定時で帰りたくてしょうがないのに残業まみれで皆ブツブツ文句を言いながら、それでいてその中には楽しさがあったような、そんな光景も遠い昔のように思える。
「東堂、今日空いとるか?」
俺の名前を呼ぶ声がした。清水だ。
東堂「何だよ、清水...」
清水「今日、暇やろ? 飲もうや。」
東堂「まあ、暇だよ。仕事もなくなったわけだし...」
清水「会社クビになったわけやないし、明日からも来なあかんねんな〜」
東堂「当たり前だろ...」
清水「ま、それは今どうでもええこっちゃ。飲めるんやろ?今日。」
東堂「ああ。いいよ。駅前の【オフホワイト】でいいか?」
清水「あっこ(あそこの意)のハイボール不味いんやけどな〜、ドブみてえな味が癖になりよる」
東堂「OKってことだな?」
清水「ええで。ほな、会社の前で待っとくわ。先出とくから、ゆっくりこいや。」
東堂「ああ、じゃあ又すぐに。」
俺はタイムカードを切って、フロアのドアを開けた。