0-2 日常の終わり
説教から始まる学園生活も気が付けばお昼を迎えていた。朝夕の飯をしっかりと作ってくれる葉を休ませるという理由で、東雲荘の住人たちの昼は学食と決まっている。
この日もいつものテーブルに俺、海斗、奈乃と葉の四人が腰かける。
「学食を食べると毎回思うんだが、やっぱ葉の作る飯が一番だな」
豚骨ラーメンを勢いよくすすった奈乃はそうさりげなく呟く。それには俺も海斗も異論はないのでただただ頭を縦に振る。
だけど唯一、葉だけはいい反応を示さなかった。
「奈乃、そんなこと言ったら作ってくれた人に失礼ですよ。手間暇かけて作ってるんですから」
我らが母、そしてここ学園にも数多くのファンを抱えるワンレンショートの美少女――本多葉、本日は二時限目からの登校。
にしても、葉が遅刻しても誰一人として怒らないとかなにこの格差社会。やっぱおっぱいってすごいのか?
「いや、別に不味いとは言ってないぞ。お前の方がもっとうまく作れるよなーと思っただけだ」
「そんなことないですよ。第一、私ラーメン作ったことありませんし」
「それでも葉さんなら、いとも簡単に作れそうなものですけどね」
ここで海斗も加勢に入る。同じくラーメンを食べながら。
「ちゃちゃっと里美ヶ丘で一番のラーメン屋とか作れそうだよな」
「そ、空まで大げさなこと言わないでください」
いや、俺は至って真面目なのだが。
「過去に葉が初めて作ったチャーハン食べて、商店街で中華料理営んでるおっちゃんが本気でスカウトしに来たこともあったよな」
奈乃が懐かしい話題をあげる。あれは確か中学一年の時だったかな。
「あ、あれはチャーハンの素がたまたま美味しかっただけで」
「葉、私が同じの使って試したけど全然美味しくなかったぞ」
「むしろおじさん、不味くて怒り出すレベルでしたもんね」
実際にその奈乃が過去に作ったチャーハン(という名の劇薬)は俺も口にしたが、まあ酷かった。むしろ奈乃の新たな才能を見出したね。無意識に人を殺めきれるという才能を。
「どんだけ謙遜しても無駄だと思うぞ。葉の飯はピカ一なんだ。自信持てよ」
「じゃ、じゃあ、空は」
葉は少し顔を赤らめ、少し前のめりの態勢を取る。
「こ、これからも……その、わ、私のご飯……食べたいですか?」
…………ん?突如何を聞き出そうとするかと思えば。たかがそんな確認のために恥ずかしがるなんて、葉にもまだ子供じみたところはあるらしい。同時になんだか安心した気にもなれた。
「ああもちろん、死ぬまでそうするつもりだが、ダメか?」
「――――っ‼かぁぁ、良いですけどぉ」
たちまち彼女の顔が茹でられたタコよろしく、赤くなる。
「あなたも罪な男ですね、空」
なにやら意味深な面持ちで海斗が口を開く。その顔にその言動、ほんと殴りたくなるな☆
「せんせー、空君が白昼堂々、公の場で『葉を死ぬまで食べ続けたい』とセクハラ発言してまーす!」
「おい奈乃、ちゃんと人の話を聞け!」
「失敬な、ちゃんと聞いてるぞ。『食卓では葉の作ったご飯を食べ、ベッドでは葉本人を食べる』って言ったんだろ?」
「マスゴミ並みの脚色力だな!?」
お前将来有名クソライターなれんぞ!良かったな就職先安泰で!
にゃっはは!と奈乃はいつもの変わった笑い声をあげる。
こいつ、本気でいつかシメ――。
「あ、珍しく空の携帯鳴ってますよ」
突如葉が俺のポケットを指さす。ちゅーか悪かったな、全然携帯鳴らなくて。
スマホの画面には『家』と表示されている。
……自宅の固定電話から掛けてくるのはあいつ、雫しかいない。
「どうした、雫」
「………………なんか雫の呼び方色々変わってない!?てかまず学生なんだからニートじゃないもん!」
おお、適応能力半端ないな。なにお前生まれ吉〇劇場なの?
「それで、俺が学校だって分かってるのに電話かけてくる理由は?話によっちゃあお前が書いたラノベ学校でバラまくぞ」
「雫が本格的に学校に行けなくなるような脅しやめて!?――ってそんなのは今いいから‼い、家‼家が大変なことになってるの‼」
ああ?家?お前……キッチンを爆破させんたのかぁ!?
家の現状を見て、俺らは卒倒した。
「………………この光景を見たら、まだキッチン爆破の方がマシだったな」
みんな、エブリバディ、目の前のこの状況を説明しよう。
家が、我らが東雲荘が――。
半壊していた。
「し、雫が原稿サボってエロゲをしてたらいきなり大きな音がして家が揺れて……びっくりしてリビングに出たら、なぜかそこには青空が広がってて……」
普通なら原稿をサボタージュして自慰行為に勤しんでいた雫に制裁を加えるべきなのだろうが、ほんと今はそれどころじゃない。冗談抜きで雫なんてどうでもいい。
「あーあ、今日の夜雨予報だぞ。リビングがビショビショになるな」
腰に手を当て奈乃が呟く。やはりバカは心配するところがおかしい。
「でも、風通しがよくて真夏とか気持ちよさそうですね」
お前もか海斗。誰が夏まで放置するって言った。
「………………リフォーム、いくらくらいかかるんでしょう」
どうやら現実を受け止めきれていない葉。だからなのか、一番現実的な発言をしている。マジレスすると……あ、いかん。保険入ってたっけ。
五人並んで半壊した家を見つめる。どんなに瞬きしようが頬をつねろうが状況は変わらない。
だがそこで、俺は瓦礫の一部が動いたのを目にする。しかもそれは……。
「あれ、人の腕だよな」
「ああ、人の腕だな。足も見えるしお腹も見える」
「あと髪の毛も見えます。間違いなく人間ですね」
嘘だろ人間ってマジで隕石みたいに落ちてくるの?それサ〇ヤ人限定の話じゃないの?
とその時、その瓦礫の山から一人の少女が姿を現す。
俺らが話していた埋もれていた少女だ。
「うぅ……いったーい……どうして転生魔法ってこうも落とし方雑なの!?この前は海に落とされたし今回は隕石みたいに落とされるし……」
どうやら少女は無傷らしい。立ち上がった時に初めてきづいたが、その容姿は金髪ロングの美少女で、スタイルは奈乃同様に長身で、かつ葉に負けず劣らずな豊満な胸――おいおいいきなりこんな美少女現れるとか、ここは桃源郷か?
「………………あ、あなた!」
少女は俺の姿を見るや否や駆け寄ってくる。そして、一切の迷いもなく俺の手を掴んだ。
「……ふぇ?」
あまりもに脈略のない展開に、俺はアホみたいな声を出してしまう。
「あなた、空?東雲空よね!?」
「な、なんで名前知ってるんだ?」
「そんなことどうでもいいじゃない‼」
いや、目をキラキラさせながら言われても対応に困る。後なんで名前知ってるのかってすごく大事なことだと思うんですけど。
「私はアエル――アエル・ザ・プラネット。この世界とは別世界で皇女をしています‼」
あ、俺分かった。この子人の話聞かないタイプの子だ。
そして彼女――アエルは、眩しく、そしてよどみのない純粋な笑顔のまま口を開いた。
「東雲空、単刀直入にお願いします――私の、否、私たちの国を……救ってください‼」
――――――――
皆聞く用意はできたかしら。特に東雲空、あなたはよく聞いてください。
改めまして、アエル・ザ・プラネットです。
まず、簡単に私のいた世界の話をします。
え、飲み物?ガブリオットティーを……え、そんなのない?じゃあ甘いものであれば何でも。
私がもといた世界は約二十年前から東西南北で争いが起きています。
どこが一番強いか決めるしょうもない争い。戦。
まあ、しょうもないと分かっていても、止められないのが現状ですごく困ってるのだけれど。
幸い今は四国中二国の長が行方不明ということもあり、停戦協定が結ばれて落ち着いている状態。けれど、それがそう長くは続かないかもしれない。
停戦協定の廃止、つまり再戦がそう遠くない未来に訪れようとしてる。
現在西と南の王は行方をくらましているからそちらは特に問題はない、しかし厄介なのは北の国。
北は先日、先代の王が病気を患い若くして死んだ。そしてその息子――すなわち次の王になるのが血の気が多いことで有名なの。歳は私と同じだっていうのに、既に四国全土で恐れられている存在よ。
そう、彼が今協定の排除に向けて全力で動いてるみたい。
それで私は悩んだ。今私たちの国が戦っても勝ち目はない。でも国の平和は守りたい。私は魔法やら戦いやらはまだまだで何もできないから、知恵を使ってどうにか乗り切ることを考えた。
そこで私は先代皇女である母に尋ねた。どうすれば国を守れるのかと。
すると母は「地球に行って東雲空を連れてきなさい。彼ならこの世界を変えることができるから」と言ったの。
それで私は意を決してこの地球を訪れたの。
まさか国だけではなく世界の未来までも変えてしまう存在にこうも早く出会えるとは思わなかったけど、早いに越したことはないわ。
さあ、東雲空。状況は把握できましたよね?
手遅れになる前に、早く私たちの世界に行きましょう。
――――――――
「……いや、行かねぇよ?」
「ど、どうして!」
俺の言葉にアエルはとっさに反応した。机を勢い良くたたいた衝撃でグラスからココアが少しこぼれるのが見える。
「どうしてっていわれても、いきなり世界の平和ために~とか、国のために~とか言われていく変人いないだろ」
「どうして!」
頭をかき、もう一度説明する。
「だから、状況の整理とお前の言ってる言葉を理解することに頭がうまく回ってないんだよ。日常を舞台にしている小説でいきなり前触れもなく勇者や魔王が現れたら頭が混乱するだろ?つまりは今そういう状態なんだよ」
「どうし――」
「お前はNPCか!何回同じ事聞くんだよ」
「しょうがないじゃない、あなたが行くと言ってくれないから。あとNPCってなによ」
アエルは少し拗ねた顔で答える。可愛いが騙されてはいけない、こいつは俺が首を縦に振るまで離れないすっぽんみたいな女だ。この手のタイプはグレードアップするとヤンデレになる確率大。(俺調べ)
「とにかく、異世界がどうとか今の俺には荷が重いんだよ。なんの取り柄もない十七年間を生きてきたんだ。突如英雄になってくれなんて無理難題にも程があるんだよ」
「国が、世界が大変なことになりそうなのよ?……それなのに、それを見捨てるっていうの?私たちの国なんて知らないっていうの?」
アエルは唇を噛み、目には少し涙を浮かべていた。
これはあざとい涙ではなく、本物の涙とは馬鹿な俺でも即座に見抜いた……が、だからといって対応に困っていることには変わりない。むしろ泣かれるとより分が悪くなる。
「せっかく地球まで来たのに……国を守れるとワクワクしていたのに」
そういわれても、だ。俺は無意味に言葉を放つことを避けた。
「…………なあ皇女、お前いい加減にしろ。空が困ってるのが分らんのか」
俺の代わりにそう口を開いたのは奈乃だった。多少怒気が込められた口調で嫌でもこいつの気持ちがわかってしまう。一瞬にして空気が重くなった。
「あなたは……たしか朝倉奈乃だったかしら」
「覚えてもらってるのはうれしいが、私は今怒ってるんだ。さっきから聞いてたら家をぶっ壊した挙句謝罪もないままお願いばかり。お前らの世界には礼儀というのはないのか?」
「うっ……」
スポーツをずっとやってきた奈乃らしい怒り方だった。正義感が強いところを含め体育会系らしい。
「皇女がこんなんじゃ、そりゃ国も弱くなるだろ。トップがこんな不良品だったら――」
「奈乃、それは言い過ぎです。限度というものを覚えてください」
「…………っ、すまん頭に血が上った」
奈乃は葉に促され軽く頭を下げると同時に謝罪を口にした。
それでも図星を衝かれたアエルはなにも反応せず、ただ唇を噛みながら下を見たまま動かなかった。
「アエルさん、でいいでしょうか」
「…………なに、本多葉さん」
葉の顔を見ることなく、アエルは口を開く。
「単刀直入に言わせてもらうと、奈乃ほどではありませんが、私も怒っています」
口調からこそ分かりづらいものの、確かにいつも以上にいくらか表情に柔らかさがない葉だった。
「あなたが国のことを心配する気持ちは痛いほどわかります。しかし奈乃も言ってましたが、先に謝罪するのが常識ではないでしょうか」
「……ごめんなさい」
か細い声でアエルは言う。
しかし葉は――。
「何に対しての謝罪ですか?ちゃんと言ってください」
「…………家を壊して、ごめんなさい」
「――はい、よろしいです。きつく言ってごめんなさい」
ここでなぜか葉もアエルに対し頭を下げた。切り替えの速さをみて本当にこいつには敵わないなと実感してしまった。
青空が広がるリビングには他にも雫と海斗が同席していたが、二人は特に何もないとただ座っていた。
「それで、まだ諦めないつもりか」
「当たり前じゃない。でも……来てくれないん、でしょ」
「…………っ」
無駄に可愛いもんだからついつい黙ってしまう。
すると突如、アエルは立ち上がった。
「分かってる。あなたにも私同様守るものがあるのよね――東雲荘という大切な場所が」
そういうと、彼女はスッと右手を壁に伸ばす。すると壁に青白いきれいな色の魔法陣が浮かび上がる。
「おい、何する気だよ」
「何って、修理よ。さんざん怒られたのだから直さなきゃ後味が悪いじゃない」
「魔法で家が直せるのか⁉」
家だけに早く言えよって感じだった。
「私、戦闘魔法はあまり使えないけど、魔法自体はかなり得意なのよ。それだけが取り柄だと言ってもいい」
「悲しすぎるだろ……ほかに特技とかないのか?」
「強いてあげるなら木登りね」
地味すぎる。あと皇女っぽくない。そして強いて言ってそれかよ……。
なんか、同情だけで異世界に同行しそうになってしまった。行かねぇけど。
「今は亡き名前、今は亡き世界、語り継がれることなき御伽噺――」
アエルは目を閉じ呪文の詠唱を始める。同時に魔法陣の光は一層強い光を放つ。
「…………こいつ、ただの中二病じゃなかったんだな」
一連の行動を見た奈乃は小さくそう呟いた。ちゅーかあれだけ怒り心頭だったくせに信じてなかったのかよ。
「忌み子、鬼子と罵られし幼きその体、居場所がなきその魂に一筋の光、導きはあの燃え盛る夕焼けなり――――」
刹那、詠唱が終わったのか、辺り一面が光に包まれる。
しばらくし、恐る恐る目を開く。
「「「「「………………。」」」」」
家が、元通りになっていた。
「東雲空」
呆然と立ち尽くす俺の名を、アエルが呼ぶ。
「私はまだ、諦めていません。絶対にあなたを私たちの国に連れていきます」
彼女は何かすっきりしていたのか、表情に曇りがなかった。
「……やれるもんならやってみろ。言っておくが俺の攻略はそう簡単にいかないからな」
「あ、らっちゃんそれ、一番最初に主人公に惚れる女フラグだよ」
久々にしゃべったと思ったら訳のわからないことを呟く雫。うっさいお前異世界飛ばすぞ。
「フラグとかなんだかは知らないけど、覚悟しておいてね。また来るわ」
そういうとアエルは俺に背中を向け、今一度壁に向かって手を伸ばす。
「……………………あ、あれ?え、えぇ?」
「どうした――って」
おかしい、アエルが壁に手を伸ばしても魔法陣が形成されていない。
「う、うぅ……空~」
はい、何でしょうか、お嬢様。
「魔力が切れて、帰れない…………」
「――――ほんとにお前、ポンコツだな」
こうして、また一人東雲荘の住人が増えました。