第一章3 すれ違いの攻防
スポーツカーに乗って、信楽市の国道を突き進む英二。助手席にスマートフォン――中にはアマテラスが入っている――が放られており、目的地への案内をしている。
「次の鉱物姫はどこに居る?」
「あー、もう簡単に言っているようだがな! 鉱物姫の発する微弱な電波を全て受け止められる訳では無いことぐらいは承知してもらいたいものだがね!」
「そんなことはどうだっていい。だから、今はどこを目指せば良い?」
「面白いぐらいに、この減災都市、信楽市に全ての鉱物姫が集まっておるよ! 馬掛コンツェルンもここに居るということを踏んでいるのか、或いは馬掛コンツェルンが鉱物姫を集めているのかは定かでは無いがね!」
「だとすれば、チャンスは舞い降りている、ということだ」
少年は、語る。
「何を?」
「根こそぎ掻っ攫ってしまえば、あとは儀式を実行するのみだということさ!」
そう言って、アクセルをべた踏みしていく英二。
「あーーーーーーー! もう! ご主人様はほんとうに運転が乱暴この上ない!」
「嫌なら下りても良いんだぜ、スマートフォンから脱出することが出来るならな!」
「出来るかこのど阿呆が! ……それにしても、どうしてこんな乱暴なご主人様につくことになってしまったのだろうか。まったくもって理解で来やしない」
「そりゃあ、俺がお前を購入したからだろう。それ以上でもそれ以下でも無い。紛れもない事実だ。それを一体どうして覆そうと思っている訳だ? 話を聞いてみたいものだね」
「むうううううううううううううっ! まったくもって、ご主人様とは、信じられない人間だよ! 時折、変なことを言い出すかと思いきや、思いきや……」
「思いきや、何かね? 別に良いんだよ。僕は君がいなくたって、仕事に支障が出ない訳では無い。……いや、それは言い過ぎだ。支障が出ることは間違いないな。じゃあ、素直に謝罪でもしておけば良いのかな?」
そーいう問題じゃあ無くて! と言っているアマテラスの話をこれ以上聞いていたところで、何も解決しない――そう悟った彼は前を見る。
すると赤信号になっていたので、ブレーキをかけて停止した。
そして、彼の車を取り囲むように黒い車が周囲を囲んだ。
「……何だ?」
降り立った男は、彼に向かって一言だけ言い放つ。
「……鉱物姫はどこだ?」
「わざわざ持ち歩く訳が無いでしょうが。あなたたちはそれすらも理解できていない?」
「貴様……!」
「まあ、待て」
黒い車の後部座席に座っていた、老齢の男性が制する。
男はしっかりとした目つきで、英二の顔を眺めていた。
「ほう。良い顔をしている。……鉱物姫を求めている人間は誰も薄汚れた価値観の上に成り立っていると思っていたが、おぬしはそうではないようだな」
「何を目的としている?」
「それはこちらの台詞だよ。普通は、グループになって束になって行動するのが楽だというもの。私たちのようにね。しかしながら、今回、かの目伊崎グループから鉱物姫を掠め取ったのが一人の少年と聞いたものだから、少し気になったものでね」
「それはどうも。褒めているつもりと受け取って構わないんだね?」
「ああ、それは賞賛に値するよ。……しかしながら、君は少しやり過ぎた。目伊崎グループは、有名な『企業』ということを知っているにもかかわらず、君は攻撃を行った。それは立派な『戦争』の開始、その合図と言っても過言では無いだろう」
「へえ。つまりどうするつもりで?」
日差しよけにつけていたサングラスを外し、少年は言った。
「ここまでボスが言っても……分からねえのか? お前に『選択』を与えると言っているんだ。ボスは」
「選択を?」
ニヒルな笑みを浮かべて、少年は呟く。
老齢の男性は話を続ける。
「今すぐ鉱物姫を我々に渡したまえ。さすれば、傷をつけることは無い。平和的解決と行こうじゃあないか、若者よ。いったい何が欲しい? 金か? 名誉か? そのいずれもか。どちらでも構わないなら、どちらでも授けようでは無いか」
「それほどに鉱物姫の価値は高い。それぐらい俺だって理解しているさ」
「ほう? ならば、」
「だが、だからといって諦めるつもりは無い」
アクセルをべた踏みしていく少年。
急発進するスポーツカーは黒塗りの車の合間を強引に縫うように、青信号を突っ走っていく。
「あ、あのやろう! お、追いかけますぜ、ボス!」
「追いかけたところで何処へ向かうか、分かっている話では無いかね?」
「そ、それは……」
「馬掛コンツェルン。この減災都市、信楽市にも幾つもの資産を持っていると言われている巨大コンツェルンだ。そのコンツェルンにたった一人で挑もうとしているのだ。面白いことじゃあないか。儂としては、鉱物姫を手に入れたかったところだがね。ああ逃げられてしまっては、面白さも増すというもの」
くつくつと笑みを浮かべながら、老齢の男性は車を動かすように指示した。
そして、それに従うように黒塗りの車は、ゆっくりと動き始めていくのだった。