序章
「ゴルゴダの様子はどうだ?」
「はっきり言って沈黙を保っておる。不可能とまでは行かないが奪い去ることは困難じゃないかのう」
「他に警備は?」
「警備が数名。ゴルゴダを管理するにしてはあまりにも少なすぎる。鉱物生命体として火星から掘り起こされたゴルゴダは既に十五体を超えると言われておるけれど、実際の所はそれが本当に必要なものなのかどうか判断に困るところはあるものよな」
「御託はどうだっていい。どうだ? 『奪取』出来そうか?」
「不可能ではない。強いて言えば、可能性は百パーセント」
「なら問題無い」
男はスポーツカーのアクセルを踏む。がくん、と動き始めるスポーツカーに、シートベルトを着用していなかった猫耳メイドは慌ててシートベルトを着用していく。
「ちょ、ちょっと!! シートベルトを着用するまでには時間を要するから、発車時にはちゃんと話をするようにと伝えたはずだけれど!!」
「そんなことを言っている暇が無かったから、とでも言っておこうか? いずれにせよ、別に問題無いだろ。お前の身体は機械で出来ている。後部座席に置いてある『頭脳』さえ無事ならお前がどうであろうと問題は無い。そうだろ?」
「そういう問題じゃあないだろうが!! 問題は問題として、棚に上げてはならないということぐらい承知しておきたまえ!!」
「あーあー、聞こえない聞こえない。俺はゴルゴダを手に入れるために躍起になっているだけだよ。ゴルゴダを狙う人間は人間だけじゃあなくて組織としても多い。そしてゴルゴダが何故そのような存在になっているか知っている人間も少ない。巨大な組織でも、上位の存在しか知らないぐらいだ」
鉱物生命体、ゴルゴダ。
人間が火星を発掘した際に見つけられた十五体のそれは、人間にも似た形をしており、普段は人間と同じような活動をしていると言われている。
しかしながら、ゴルゴダにはそんな簡単な一言で片付けることが出来ないぐらい、重要な秘密が隠されていると言うことを、あまり知る人間は少ない。
「それにしても、人間がゴルゴダの秘密を知っているとは到底思えないのだが。本当にゴルゴダを集めれば、願いが叶うとそう言ったのかね?」
「言ったよ、確かに。ゴルゴダがどういう意味を持っているモノなのか俺は知らない。だが、どんな願いをも叶うことが出来るというのであれば、俺はそれに従うだけだ」
信楽市、第一ポートターミナル。
厳重に保管された『それ』は船に乗せられるために、クレーンによって動かされていく。
「不味いぞ、ご主人様!! 奴ら、ゴルゴダを乗せたコンテナをクレーンで運びおった! こうなると時間の問題だ!」
「分かっている、それぐらい!」
しかしこのスポーツカーは幾らアクセルをべた踏みしたところで加速度には限界がある。それぐらいは百も承知なのだが、今は出来ることなら無茶をさせてでも間に合わせておきたい。
「間に合うか……!?」
「そんなもの、実際にやってみなければなんとも言えない!!」
そして。
クレーンによって動かされたコンテナの真上に着地したスポーツカー。
それを見た警備はすぐさまスポーツカーに銃弾を当てようとしたが――直ぐに制された。
「よせ! あの中に入っているモノが何であるか、お前達も知っているはずだ!!」
「しかし、このままではそのまま逃げられてしまいますぞ!!」
少年はスポーツカーを降りて、コンテナの扉を開ける。
そして、コンテナの中にいる『それ』を救出すると、スポーツカーに乗せた。
「決断を、オーナー!! このままでは逃げられてしまいます!!」
「……これ以上、何も出来やしない。今は我々の完敗だ。ともかく、あのスポーツカーが何者であるかを追いかけろ。お前らのやることはそれからでも遅くはない」
「…………はっ。かしこまりました」
そして、黒服を着た警備はそのままどこかへ消えていった。
老人は呟く。
「ゴルゴダの夢に、目が眩んだ若者、か……」
◇◇◇
街の奥にある小さなビル。そこにスポーツカーは停止する。
コンテナに入っていた『それ』は、すやすやと寝息を立てている。
その意味が分かるだろうか? 答えは単純明快。コンテナに入っていた『ゴルゴダ』は人間そのものの形を取っていた。
鉱物生命体ゴルゴダ。
世界に散らばった十五体を全て揃えると、どんな願いも叶えることが出来るという。
しかしながら、それは十五体全てを揃えることで何が生み出されるのかはっきりとしているものではないということも明らかだ。つまり、ゴルゴダによって何が生まれるのか、それは誰にも分からない。誰にだって、それを求めることが出来ないのだ。ゴルゴダを十五体集めた人間が今までに誰一人としていなかったから、と言えばそれまでの話なのだが。
そもそも。
ゴルゴダを十五体集めれば云々と言い出したのは誰であるか、という話から始めなくてはならない。
ゴルゴダを集めれば願いを叶える――そう言ったのは、紛れもない、神であった。
いや、正確には自らを神と名乗った存在だった。
神はゴルゴダを集めることにより、夢を叶えようということを全世界に宣言。あまりに突拍子もなくあまりに信じられないその発言に全世界の殆どの人間がそれを無視していったと言われているが、信じた人間も一握りいた。
その殆どが裏業界――表には口も出すことが出来なかったり、裏から表の業界を操ったりすることが出来る存在のこと――が目をつけた。
鉱物生命体ゴルゴダは、人間の女性の姿に擬人化――正確には擬人化ではないのだろうが――している。そして自らが動くことは出来ても、力で制してしまえばそれまでだということになっている。
とどのつまり、彼女たちを『守る』ことを名目として、狙いをつける存在も居るということだ。
そうして、それは組織ではなく個人であったとしても。
「……どうするかのう、ご主人様? 『これ』は」
「これ、と言うのは良くないだろ、アマテラス。一応彼女は生命体として存在しているのだから。……そうだね、きちんと寝かせてあげようか。ずっと彼女は冷たい床の上で眠っていたのだろうから、かなり状態も悪かっただろうし」
「そりゃあ、鉱物姫と言われる所以じゃからのう。人間ではないものを人間ではないように扱って何が悪いか。そう思うのも悪くないことじゃからの」
座敷童型AI、アマテラス。正確にはアマテラス079A48という製造番号が割り振られているが、製造番号を無視して彼は単にアマテラスと呼んでいる。
鉱物姫はゴシックロリータのファッション――黒を基調としたドレス――をしていた。それは捕まえていたあのマフィアの趣味ではなく、彼女が人間の文明をそう認識したからこそなる技であると言えるだろう。
「……まったく。神はこの世界をどう考えているのだろうね」
そんなことは関係ない事じゃろう? というアマテラスに、
「五月蠅い。君はタイマーを六時に設定しておいてくれ。後はスマートフォンに出現すること。良いね?」
「相変わらずAI使いの荒いご主人様じゃ」
「返事は?」
「はいはい。分かりましたよーっと」
そうして、鉱物姫と少年はビルの階段を上っていく。
べー、と舌を出したポーズを取ったアマテラスを見ることもなく。