いとこのお姉さんの家で癒してもらう話
「まじかよ……」
今日も学校が終わって、帰ろうとしたらこれか。
外はかなりの雨が降ってきていた。
6限の始まりくらいに曇ってきたなー、とは思ったけども。
にしてもどうするか……さすがに傘立てからパクるのは俺のポリシーに反するし……。
「なんだ佑幸、傘持ってきてないのか」
困っているところに、友人の友樹が傘を持ってやってきた。
「むしろ傘を持ってるお前がすげえよ、昼間晴れてただろ」
「バーカ、デキる男ってのは何があってもいいようにバッグの中に傘の一つや二つ忍ばせておくもんなんだよ」
「で、その傘に俺を入れてくれると」
俺がそういうと、友樹はあろうことか何言ってんだこいつみたいな顔をし始めた。
「男と相合傘とかしねえよ気持ち悪い。それに俺と家が逆だろ」
「さっき傘の一つや二つって言ったよな?てことは片方貸してくれるのか?」
「残念ながらもう一本は彼女に貸しちまったんだ、すまんな」
「あっ!こいつ友情より彼女を取りやがったな!」
「野郎と彼女なら彼女取るだろ」
当たり前なことを言われてしまった。
というかちゃっかりこいつに彼女がいるのが腹立つ。
俺はいないのに。
「そんじゃ頑張れよ」
「あっ!」
雨の中、折り畳み傘を構えた友樹は走って行ってしまった。
こういう急な大雨なら普通はすぐにでも止みそうだけど、今回は雲が厚く見える。
しばらく止まなそうだ。
そして傘立てにもう傘は一本も残っていない。
傘をパクられたと思われる女子が辺りをきょろきょろしながら困惑している。
ほら、ああいうことがあるから傘をパクるのは良くないんだよ。
もし俺が傘を持っていたら貸してあげてたね。
でもごめんね、今は俺も傘持ってないんだ。
というか戸惑っているってことは今日傘を持ってきてたんだね、用意良いね。
「でも俺には関係ないんだよなあ……」
俺自身が傘を持ってないからね。
貸してあげてワンチャン、なんてこともない。
まあ学生服だから替えはあるし……背は腹に代えられないっていうし。
うまくもないし。
「仕方ないか……」
大雨の中、カバンを傘代わりにして走り出した。
うおおお!目に雨が入ってきて視界不良!
てか冷てえ!!
隣を見ると、さっき困惑していた女子が一緒に走っていた。
俺より足早くね?
てか陸上部の中村じゃん。
そりゃ勝てんわ。
「中村早いな!」
「そりゃ鍛えてるからね!そっちも頑張ってね!」
中村が颯爽と走り去っていく。
てかすでにめっちゃ濡れてるんだけど。
Yシャツどころじゃなくてちょっとパンツの中まで濡れてるんだけど。
濡れてないところといったら……口の中と耳の中くらいだ。
このまま家に帰れるのかよ。
というか家まで体力が持つかどうか……。
「はあっ……はあっ……はぁっ……ひゅっ……!」
残念ながら俺は喘息持ちなので一般的な高校生より体力があまりない。
どこか休める場所がないと……そろそろ走るのもきつくなってきた。
近くに休めるような場所……そうだ!
「はーい……って、ひろくん!?どうしたのそんなに濡れて!」
高校から徒歩15分ほどの場所の、アパートの3階。
呼び鈴を鳴らし、出てきたのは俺よりもちょっと年上の若い女の人だ。
「ぜぇ……ちょっと……雨にやられてね……かはっ、げほっげほっ」
「それで走って……もう、無理しちゃだめだよ。私の家で休んでいっていいから上がって」
「話が早くて、助かります……」
休憩場所の確保に成功。
俺を家に上げてくれたこの女の人は波音さんといって、俺のいとこのお姉さんだ。
昔からの付き合いもあり、俺はなみ姉と呼んでいる。
なみ姉の実家は俺の家のすぐ近くで、昔から一緒に遊んでもらっていた。
いわば幼なじみってやつだ。
大学生になってから一人暮らしを始め、今はこのアパートに住んでいる。
「ほら、まず服脱いで身体拭いて!」
なみ姉が濡れた制服を脱がしにかかる。
「ちょっ、じ、自分で脱げるから!」
「ダメだよ、ひろくん苦しいんでしょ?ほら、お姉ちゃんに任せてって」
びちゃびちゃになった服を脱がされ、タオルをかけられる。
「あれ、頭は他より濡れてないね」
「カバンを傘代わりに……」
「そっかそっか、じゃあ身体拭くね。ほら、下も脱いで」
「し、下は自分でやるって!」
ズボンを脱がしにかかるなみ姉を止め、ベルトを死守する。
「もー、身体くらい私が拭いてあげるのに」
「自分で拭けるっての!こ、子ども扱いはいいって!」
「えー、子どもー?そんなことしてないよ?」
嘘つけ、完全に子ども扱いだぞ。
「まあほら、ひろくんの裸なんて昔から見てるからねえ」
「い、今は違うだろ」
確かに小さい時はなみ姉にいろいろ面倒見てもらってたし、一緒に風呂に入ったこともよくあった。
でも、今と混同してもらっちゃ困るってもんだ。
「脱いだ服は乾かしておくね」
「替えの服はどうすれば……」
「んー、私のジャージでよければ着る?」
「えっ……」
「うん、サイズ大丈夫そうだね」
「……」
なみ姉は周りの女性に比べて身長が高い。
そして俺は、残念ながら身長があまり高くない。
そのせいで、なみ姉のジャージが入ってしまった。
「乾燥機かけたから、しばらくすれば乾くと思うよ」
「ありがとう……」
「今温かいものを用意するね。ひろくん、ココア好きだったよね?」
「うん」
なみ姉が台所に立ってココアを用意してくれる。
茶髪にしたんだな、なみ姉。
髪も肩の下くらいまで伸びてるし。
くそう……ジャージから女性の匂いがする……。
「そういえばなみ姉って今大学何年生だっけ」
「4年生だよ。ひろくんの4つ上でしょー?」
ああ、そういえば前に就活がーとか言ってたような気がする。
「ひろくんも高校3年生だよね?進路どうするの?」
「一般受験でございます。なみ姉は?」
「あ、言ってなかったっけ。実はお姉ちゃんはもう採用されているのですー」
マジか。
いつの間に決まったんだ。
まあもう9月後半だから決まっててもおかしくないか。
「はい、ココア。隣座るね」
ソファに座っている俺の隣になみ姉が座る。
「それにしても、実家で会うことはよくあるけど、私の家に来るのは初めてだね」
「確かに……」
なみ姉の家はきれいに片付いている。
なんというか、なみ姉らしい部屋だ。
……というか、今なみ姉と2人きりなんだよな。
一人暮らしの女性の家で2人きり……なんだ、なんかドキドキしてきた。
「呼吸も安定したみたいだね。身体は温まった?」
「うん、ありがとう」
「へへ、よかった」
いやあ、なみ姉の家に飛び込んでよかった。
「これから雨止まないみたいだけど、どうするの?」
「え、止まないの?」
「ひろくん天気予報見てないの?」
「え?」
今日の昼は雨降らないってことしか知らないけど……。
「ひろくん、これよく見てね」
なみ姉がケータイの画面を見せてくる。
その画面に書いてあったことは、「台風直撃」
「……え?」
「この時間に雨が降ってきたのは予想外だったけど、今日の夜から台風だよ?」
「……」
幸いにして今日は金曜日。
明日が学校とかそういうのはないけど……。
「知らなかったんだね。まあ、今日は私の家でゆっくりしてっていいよ」
なみ姉がコップを下げてくれる。
そしてまた隣に座るなみ姉。
これは……。
近くで見ると、なみ姉の顔って結構……。
「ん、ひろくん?」
「いっ!?な、何でもないよ!?」
「あ、ひろくん、横向いて?」
「え?」
なみ姉に言われた通り、横を向く。
すると、なみ姉の顔が近づいてきた。
え、なんですか、キスでもされるんですか。
「んー、ひろくん、お耳が汚れてるよ?」
「え」
どうやらなみ姉は俺の耳を覗き込んでいたらしい。
「もー、人に見えるところくらいきれいにしておかないとダメだよ?」
「あー……」
そういえば最近受験勉強だったりでやってなかった気がする。
「綿棒とかあるかな」
「耳かきがあるよ?」
「じゃあ……」
「ほら、おいで」
「え?」
なみ姉が膝をぽんぽんと叩いた。
「それはどういう……?」
「見ての通りだよ?私がやったげる」
なみ姉から、膝枕での耳かきの提案が飛んできた。
どうしよう、男子高校生としてはこっ恥ずかしいんだけども。
「ほらほら、おいでー」
なみ姉に誘われるまま、なみ姉の太ももに寝転がる。
……やわらかい。
「ほーらほら緊張してるよ、力抜いて」
「……っ」
幼なじみのお姉さんとはいえ、ここまで女性に密着することがなかった。
だからだね、緊張しちゃった。
「じゃあ耳かきするからね、動いちゃだめだよ?」
「う、うん」
細い棒が、耳の中まで入ってくる。
比較的浅いところで、ガサっという音が聞こえた。
どうやら本当に溜まっていたようだ。
「うーん、いっぱい出てきそうだからティッシュ用意しとこう」
テーブルの上にティッシュが一枚置かれる。
そして耳の中で棒が動くたびに、ガサガサという音が鳴る。
「……結構あるよね?」
「あるね」
汚いところを見られていると思うとなんか恥ずかしくなってきた。
「いっぱいあるしなんかかゆそうだね。最近かゆくなかった?」
「あー、どうだったかな」
なんかあまり覚えていないな。
……それに、なみ姉の太ももが気になって集中できない。
「もうちょっと深くまで……」
さっきよりも深いところに棒が入ってくる。
音が低くなり、ガッ、という音が聞こえる。
「ん、これ硬いな……ちょっと力入れるから、痛かったら言ってね」
「うん」
なみ姉の手に力が入るのが分かる。
しかしなみ姉の手つきは優しく、全然痛くない。
「どうかな?」
「うん、気持ちいい」
未だガサガサ音がする耳を、なみ姉がきれいに掃除していく。
深いところに入ったところで、ゴッという音が聞こえた。
「おっ」
「あっ、痛かった?」
「いや……なんかそれかゆいかも」
「大きいからね……じゃあ、これもとっちゃうね」
ぺり、ぺりという音がしている。
「これは端っこからはがして……」
なみ姉の手によって大きなものがどんどんはがされていく。
「じゃあいくよ、えいっ!」
ギっ!という音がして大きな耳垢が取れた。
「おお~……こんなのが……」
「き、汚いだろ」
「大丈夫だよ、お姉ちゃんがきれいにしたからね。すっきりしたかな?」
「そうだね、ありがとう」
「じゃあほら、反対向いて」
なみ姉に言われた通り、反対を向く。
……おおう。
なみ姉のお腹が……。
「あ、あんまり見られると恥ずかしいよ」
「ご、ごめん」
「もう……つついたりしたらダメだよ?」
そう言われるとやりたくなるが、耳かきが奥深くに刺さっても困るからな……。
「じゃあ、また浅いところからね」
耳の中に棒が侵入してくる。
こっちでも同じく、ガサっという音がする。
「痛くないよね?」
「うん、全部とっちゃって」
「はいはい、お姉ちゃんに任せてね」
ティッシュを見ると、結構俺から出たものが乗っているのわかる。
これは相当だな……。
「そういえば小さいころにも一度やったよね。ひろくんが小学生ぐらいの時に」
「あー……そういえばやってもらったかな」
自信満々に「私がやってあげる!」と言ってくれたなみ姉だったけど、あの時は確か痛かった気がする。
「あの時より上手にできてるでしょ?」
「うん」
「じゃあ、次もひろくんの耳掃除やってあげる」
「何回もされるのは恥ずかしいよ」
「大丈夫、慣れれば恥ずかしくないんだから」
やってもらうことに慣れるのか……。
「それとも、彼女とかにやってもらいたい、かな?」
「……いや、彼女はいないよ」
「じゃあ私がやっても大丈夫だね!」
今まで彼女なんていたことないんですよ。
俺は悲しい男子高校生なんです。
「うーん、こっちも大きいのが……ひろくん、動かないでね」
耳の中で棒がきれいにせんと動く。
なみ姉の手際の良さもあり、耳の中はどんどんきれいになっていく。
「うん、あとちょっとだね。じゃあ大物にとりかかるよ」
先ほどと同じく、端っこからはがしていく作戦のようだ。
ぺり、ぺり、と小さい音が聞こえる。
「こういうの、ことわざであったよね。最初から本命はいかない、みたいな」
「あー……将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、だっけ?」
「そうそうそれ!ひろくん頭いいねえ」
「そういうのじゃ……」
「あ、もうすぐとれそう……」
今度はさっきのような低い音ではなく、一気にはがれるバリという音がした。
「お、おおう……」
「い、痛かった?」
「いや、気持ちよかった……」
「あ、それならよかった!」
なみ姉の耳掃除のおかげで、なんだか気分まですっきりした気がする。
「また耳掃除してほしくなったら、いつでも頼ってくれていいからね」
「ありがとう」
「あ……この家にも、いつ来てくれてもいいよ?」
「お、おう……」
なみ姉の言葉に、なんだかドキッとしてしまう。
いつ来てもいい……まじですか。
「まあ今は……」
なみ姉が外を見る。
外は相変わらずの大雨で、窓に雨が叩きつけられていた。
どうやら、風も強くなってきたらしい。
「これじゃ帰れないね」
「さすがに……」
親に迎えに来てもらうという方法もあるけど……正直、もうちょっとだけなみ姉との時間を楽しみたい。
恥ずかしいから、本人には言わないけど。
「明日は休日だし……うん、今日はうちに泊まっていって」
「い、いいの?」
「うん、ひろくんなら全然いいよ。久しぶりに一緒に寝よっか?」
「そ、それは恥ずかしいかな」
「ふふふ、私はどっちでもいいよ。じゃあ夕飯の支度するから、ひろくんも手伝って」
「分かった!」
なみ姉とお泊りだなんて、小学校以来じゃないかな。
とりあえず夕飯の準備を……。
カラカラカラ……ドカーン!!
「きゃっ!?」
雷が鳴り始めた。
今のは大きいな……。
「なみ姉?」
「び、びっくりしたね……あ、あはは」
苦笑いするなみ姉だが、その体は少し震えている。
「だ、大丈夫……?」
「雷ってどうも慣れなくて……ひろくん、今夜は一緒に寝てくれる?」
……俺、寝れるかな。