白色オブラート
「さやかー、明日チョコあげるねー」
幸奈がそう言ったのは、放課後の、帰り道でだった。
今日が二月十三日で、明日が十四日であることを考えれば、それがバレンタインデーの、友チョコをあげるという意味であることが察せられた。
ありがたいことだが、友チョコって、事前にあげることを告知するものなのだろうか? まあ、そうしておいた方が、準備も出来るというものか。
「うん、ありがとう。私も幸奈にあげるね」
「あーあーあー、私にはいらないよー」
大げさな身振りと共に、幸奈はそう言った。大きく動く体に合わせて、彼女の背中のランドセルが音を立てて揺れた。
「いらないの?」
「うん、その代わりー、ホワイトデーにお返しちょうだい」
「? わかった」
承諾したものの、幸奈のその提案を少し不思議に思った。
普通友チョコといえば、バレンタインデーに友達同士でチョコを交換するのではないだろうか。事実、私と幸奈はこれまでに何回か友チョコを交換してきたが、全て例外なく二月十四日でのことだった。
「あ、それとねー、お返しは飴がいいなー」
「飴? チョコじゃないの?」
「うん、あめー、飴以外は不可。絶対に飴ねー」
「そんなに? まあ、わかったよ」
「やった! ねねね、絶対だよ?」
幸奈はそう言うと、無邪気に飛び跳ねた。
元気だなぁ。
彼女のそんな様子を見て、私は素朴にそう思った。今日は体育があったし、お昼休みにもたくさん遊んだ。今の私には、幸奈ほどの元気は無い。
しかし、バレンタインか。
小学生と言えど、もう六年生だ。もうそれくらいの年齢になると、バレンタインが単に友達とチョコを食べる楽しい日という認識は、少しだけ薄れる。代わりに、好きな人(この場合当然恋愛的な意味で好きということだが)にチョコをあげるという、特別な日であるという認識が強まる。
去年のバレンタインでは、何人かの女の子が男の子にチョコを渡して、女の子たちの間でちょっとした騒ぎになった。
ふと、隣ではしゃぐ幸奈を思った。
恋愛なんて微塵も感じさせない幸奈ではあるが、彼女もいつかは好きな人にチョコを、特別な想いと共にあげるのだろうか。バレンタインデーをチョコをたくさん食べられる幸せな日と信じて疑わない彼女にも、そういう時期が訪れるのだろうか。
好きな人にチョコを渡す時、果たして彼女はどんな顔をするのだろうか。
いつもニコニコしているし、やっぱり笑顔だろうか。いやいや、普通にはみかみながらだろうか。もしかしたら、意外にも無表情でいくかもしれない。いや、それとも・・・・・・。
「ん? どうしたのーさやか? すっごいニヤニヤしてるけどー」
「いや、なんでもないよ?」
「うそー、絶対なんかあるってー」
「あはは、本当になんでもないって」
「ほんとー?」
疑わし気に見てくる幸奈に、私はより一層笑い出しそうになった。
もし幸奈が誰か好きな人にチョコを渡す時が来たら。
見てみたいな、どんな表情をしているのか。
夕飯の後、私は幸奈がホワイトデーのお返しに飴を執拗に要求してきたことが少し気になって、インターネットで調べてみることにした。
「ホワイトデー」と入力すると、すぐさま「お返し 意味」とサジェストキーワードが出てきたので、それをクリックした。
ずらりと並んだサイトの中から無造作に一つ取り出した。内容を読んでいくうちに、どうやらお返しのお菓子の一つ一つに意味があることが分かり、少し驚いた。まるで花言葉のようだ。
その中に、飴の項目があった。
「えっ」
目を通して、私は思わず声をあげた。
ホワイトデーにおいて、飴は「あなたが好きです」の意味を担っているらしい。
この「あなたが好きです」というのは、あれだろうか、そういうことだろうか。
・・・・・・幸奈は、このことを知っていたのだろうか。知っていて、私に飴を、ホワイトデーにその愛を要求したのだろうか。
いやいや、まさか。私も幸奈も女の子ではないか。
「偶然だよ、偶然・・・・・・」
自分に言い聞かせるように、呟いた。
考えすぎだ、こんなの、深く考える必要ないではないか。幸奈はあの時、偶然飴が食べたくなって、あんなことを言っただけに決まってる。
わざわざホワイトデーと指定したのも、気まぐれに違いない・・・・・・。
顔が、熱い。
「・・・・・・」
壁に掛かった時計を見ると、時刻は二十時を回っていた。
バレンタインデーまで、あと四時間。
もしかしたら、彼女がどんな表情をするのか、明日分かるかもしれない。
絶えず動く短針を眺めながら、私はそう思った。