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彼女たち  作者: 城ヶ崎
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友チョコ

 季節感なんて関係ありません(白痴)


 「ちひろ、これ、あげる」


 そう言って、香織は暗い赤色の包装紙で包まれた何かを差し出した。見たところ、それは平らな箱のような形をしている。

 彼女の喋り方が妙にぎこちなく、声も少し震えていたので、私は何かいたずらでも仕掛けられているのかと思い、差し出されたそれを受け取らず、しばらくそれを眺めた。

 行き場を失った箱は、空中を少しの間うろうろと漂うと、今度は顔のすぐ近くまできっぱりと差し出された。今にも鼻にぶつかりそうな、有無を言わさぬ距離である。


 「何で受け取らない」

 「いや・・・・・・何となく」


 恐る恐るそれを手に取ると、包装紙のツルツルとした感触が伝わった。思いの外軽く、それが何なのかますます分からなくなった。

 プレゼントであることは確かだろうけれども、私の誕生日は随分と先だ。


 「香織、なにこれ?」


 訊くと、香織はひどく苦い顔をした。高校生女子としてどうなんだろう、そう心配するに値する苦さだった。

 

 「わからない?」

 「わからない」


 本当に分からなかった。香織が何か物をくれること自体が稀だし、渡すタイミングも甚だ謎だった。

 今は気だるい一時間目の授業を終えた、授業の合間に挟まれる十分休憩の時間で、何かをするには、特にプレゼントを渡すには中途半端に感じる。

 そもそも、香織と私は登下校を共にしているので、今朝の登校時に渡せばよかったのではないだろうか。


 「本当にわからない、ねえ、教えてよ」


 そう言うと、香織は黙ってしまった。正面に私を見据えたまま、立ち尽くしている。

 クラスメイトの話し声、微小ながら聞こえてくる空調の音とが混ざり合って、私たちの間に流れた。


 「・・・・・・? どうしたの?」


 いつまでも身じろぎ一つしない香織が少し心配になって、私はそう声をかけた。

 普段から不愛想な香織ではあるが、今の彼女の態度はそういった感じとも違う、どこか違和感のあるものだった。


 「・・・・・・チョコ」

 「え?」

 

 不意に、香織が口を開いた。しかしひどく小さい声だったので、それは教室の喧騒に飲まれてしまったらしく、私の耳には届かなかった。


 「チェ、チェコ?」

 「チョコ!」

 

 ほとんど怒鳴りつける勢いで、香織が猛烈に訂正した。まさかこんな反応が返ってくるとは思ってもみなかったので、私は驚いて、手に持った箱を落としそうになった。

 

 「え、チョコ?」


 そう訊き返すと、香織は小さく頷いた。突然怒ったり大人しくなったり、忙しい奴だ。

 この手にある物がチョコであるとわかって、続けざまに今日が二月十四日、即ちバレンタインデーであることを思い出した。

 現役女子高生でありながら、バレンタインデーを失念していたことを恥じると同時に、私はある疑問を抱いた。


 「チョコって、香織が、私に?」

 「だから、そうだって言ってる。・・・・・・何か変?」

 「いや・・・・・・」


 否定の言葉を述べておいてなんだが、かなり変だ。

 香織とはもう八年の付き合いになるが、彼女が誰かにチョコを渡しているところなんて見たことがない。彼女が誰かから貰うことはあったが、あげたことはないはずである。それを今になって、どうして?

 ・・・・・・いや、これで良いのか。思えば、私は香織とのこれまでの付き合いの中で、彼女の女の子らしい部分なんて片手で数えられるほどしか見たことがない。もしかしたら、皆無かもしれない。乙女力が著しく欠如している女なのだ。彼女の女の子らしい要素を強いてあげるとすれば、性別が女であることと、見た目が女の子であることくらいだろうか。

 そんな香織がバレンタインという女の子らしいイベントに興じるというのなら、それは嬉しい変化に違いない。

 しかし、友チョコなんて貰うの、中学以来だな。今年は貰うこともあげることもないと思って、用意なんて当然していない。


 「ごめん香織、私チョコ持ってないや。今日の帰りにでも買って渡すよ」

 「いや、いいよ別に。・・・・・・そ、それ、友チョコじゃ、ないし」

 「え?」

 

 香織は俯いて、顔を隠してしまった。 


 「それってどういう・・・・・・」

 

 休憩時間の終了を知らせるチャイムが高らかに鳴った。私の言葉は呆気なくそれに飲まれてしまった。

 香織が足早に自分の席へと戻っていった。

 最後まで表情は見えなかったが、代わりに、耳が真っ赤になっているのが見えた。


 「え?」


 ぼうっと、頬が熱くなるのを感じた。それが空調によるものなのか、何か他のことによるものなのか、私にはわからなかった。



 

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