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彼女たち  作者: 城ヶ崎
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ヴァンパイア・シスターコンプレックス

少し長くなってしまいました、すみません。


 屋敷の中はしんと静まり返っていた。

 昼と夜の境目の、空が橙色に染まった夕方のことだった。

 中庭に植えてある花たちに水をやり、玄関扉から屋敷の中に入ると、その静けさに耳鳴りがするようだった。中の薄暗さも相まって、とても寂しげだった。

 かつては、この屋敷には多くの吸血鬼たちがいた、らしい。

 身体能力を含めたありとあらゆる点において、人間たちよりも遥かに優れていた吸血鬼たちも、その優位がもたらした傲慢によって、人間たちの技術の進歩と共に、手痛い反撃に遭い、めっきりと数を減らし、その後のとある()()()を経て、今ではこの屋敷に住む吸血鬼は、私と姉様だけになってしまった。

 姉様は私にとって唯一の家族であり、そして私たちはきっと、最後の吸血鬼だろう。

 いや、と私はかぶりを振る。

 真に吸血鬼と言えるのは、姉様だけだ。

 日が徐々に沈んでいき、寂し気な橙色の空が、気づかれないようにゆっくりと塗り替えられていき、そして気が付いた時には、真っ青な夜の色になっている。

 落ちて行く太陽に名残惜しさを覚え、暗くなっていく屋敷内に心細さを感じ、それらの感情を抱いてしまった自らに苛立つ。

 四角い、ガラス張りのランタンに火を灯し、すっかり暗くなってしまった廊下を照らす。赤い絨毯の上を影が伸びていた。

 長い廊下を歩き、一つの扉の前で止まる。年季が入り、いい塩梅に黒くなってきた木製の、両開きの扉。右の手のひらでそうっと押すと、いかなる抵抗も無く、右側の扉が開いた。ぎぃ、と軋んだ音が鳴る。

 扉に引っ掛けてランタンを落としてしまわないように、慎重に中に入る。

 部屋の中は豪壮であり、簡素だ。

 足元に敷かれた絨毯は廊下の物と同じく赤いものの、金糸によって植物的な紋様があしらわれている。突き当りの壁には大きな窓が二つ付いていて、分厚いカーテンによって覆われている。

 部屋の中央にはベッドが置いてあって、天井から垂れている厚地の布が幾重にも重なり合い、全貌を覆い隠している。その様はまゆのような印象を受ける。

 傍らにある机にランタンを置き、赤、青、黒、と色とりどりの布をくぐりぬけて中心部に向かい、そしてベッドへと出る。

 白いベッドの上で、姉様は安らかな寝顔を浮かべて横たわっている。私よりも随分と長く生きているはずなのに、その顔は私よりも幼く見えて、あどけない。


 「姉様、姉様」


 姉様の小さな肩に手を置き、控えめに揺さぶる。すると彼女は「うぅん」と呻き声を上げて、私の手から逃れるように寝返りを打った。

 まだ眠りの中にいたい、という無意識の抵抗。私は心を鬼にして、いっそう強く彼女を揺さぶる。

 

 「姉様、起きてください、夜になりました。陽が沈み、姉様の時間がやって来ました」

 「うん、そうね、そうね・・・・・・今きっぱりと起きてみせるから、少し待って」


 自らを鼓舞するように、あるいは何かに言い訳をするように呟き、彼女はもういちど寝返りを打って仰向けになると、目を瞑ったまま眉間にしわを寄せ、ぐっと力を籠めて背中を弓なりに逸らすと、その勢いのまま上半身を持ち上げた。

 項垂れた状態のまま数秒が経ち、そして、姉様は寝ぼけ眼を私に向けた。


 「ありがとうリュラ、お前のおかげで、有意義な一日を始められそうだわ・・・・・・」


 瞼が開き切らず、その紅玉もかくやというほど鮮やかな赤色をした瞳の上半分ほどが瞼に隠れた状態だった。声には覇気が無く、何をどう贔屓目に見たって、姉様がさらなる睡眠を求めていることは明らかだったけれども、私はあえてそれに気づかないフリをした。


 「顔を洗わないと、このベッドとお別れできないわ・・・・・・おい、コウモリ」


 廊下の方から、小さな羽が空気を裂く音が聞こえてくる。それは徐々に近づいて来て、その羽音の主であるコウモリが部屋の中に入ってきた。

 影がそのまま動いているかのように真っ黒なコウモリ、三匹は水を張ったぼんを、一匹は手拭いを運んできていた。私はそれらを受け取り、姉様の前に膝を着き、盆を差し出した。

 彼女はその小さな手で水を掬い、顔を洗った。二回、三回とそれを繰り返すと満足した様子だったので、盆をコウモリに渡し、水滴が洋服に垂れてしまう前に手拭いを差し出す。


 「ふぅ、これで何とか、ベッドから抜け出せるわ」


 顔に付いた水の玉を完全に拭い去ると、姉様はすっくと立ちあがった。


 「あら、リュラ、廊下の燭台に火が点いていないわよ」


 扉を開き廊下に出た姉様が、肩越しに振り返って言った。

 私は何だかイタズラを見咎められたような、そんな気持ちになってしまって、つい「すみません」と口を開いた。


 「暗闇の中にいれば夜目が利くようになるかもしれない、と思って」

 「・・・・・・生物はみんな得意な事と不得意な事の両方を持って生まれる、それは私たち吸血も例外じゃない。ほとんどの吸血鬼が真っ暗闇を見渡せるからといって、それができなければならない、という事にはならない。偶然、みんなの得意がお前にとっての不得意だっただけのこと、だからリュラ、何も気にすること無いわよ、気にせずろうそくに火を灯しなさい」


 コウモリ、と姉様が一言いうと、また羽ばたきの音が聞こえて、廊下の端から端にまで備え付けられている燭台、それに乗るろうそくの一本一本に火が灯された。途端に、屋敷内が明るくなる、私の視界が広くなる。

 姉様は満足げに頷き、そして再び廊下を歩こうとして、いまだ部屋の中に留まり続ける私に気づき、困ったような笑みを浮かべた。


 「リュラ、夕食を食べるわよ、早く来ないとお前の分まで食べてしまうわよ」

 「・・・・・・はい、いま行きます」


 私は頷き、姉様の後を歩いた。








 

 食堂に置かれた机は一つ一つが横に長く、一つにつき十人ほどが着席できるほどだけれども、私と姉様の二人だけでそこに座ると、その大きさがかえって寂しさを強調した。

 どこからともなくコウモリが現れて、私の前に平たい皿を二枚置いた。そこには香ばしい匂いを漂わせるステーキと、種々様々な野菜のサラダが載っている。

 左隣に座る姉様の前には、よく磨かれた一つのワイングラスと、真っ赤な血液の入ったボトルが置かれた。

 彼女はさっそくボトルの栓を抜くと、中身をグラスに注ぎ、血を呷った。

 その血は、キツネやクマやイノシシなどの、野生動物のものだ。

 完全なる吸血鬼である姉様は、食物の類を一切必要とせず、何かしらの生物の血液によって、生きていく上で必要な栄養を補給することができる。


 「姉様、血は美味しいですか?」


 湯気を立ち昇らせるステーキを眺めながら、私は訊いた。

 少しの間を空けて、姉様は二杯目を注ぎながら、答える。


 「ええ、美味しいわ。まぁ本音を言ってしまえば人間の血が一番おいしいのだけれども、慣れてしまえば中々どうして、獣の血も悪くない」

 「私も飲んでみていいですか?」

 「それはダメ。リュラ、お前の体は他の血を受け付けない、遠い昔に散々思い知ったでしょう?」

 

 まるで小さな子どもに言い聞かせるような、そんな甘い口調で姉様は言い、二杯目を飲み干した。

 どうして人間を狩りに行かないのか。

 以前、私は姉様にそう訊いたことがある。

 獣の血で代替が可能とはいえ、やはり人間の血に比べれば味も栄養も乏しい。現に、姉様の顔色はここ数十年、雪のように白い。体調が優れていない証拠だ。

 私の質問に、姉様は答えた。


 『ここ最近の人間の技術の進歩は著しくて危ないからよ。実際に、私達の同胞が何人も逆襲に遭い、命を落としている』

 

 それでも稀代の吸血鬼である姉様なら、問題なく人間を狩ることができるのでは。

 弱気な発言が無性に悔しくて私がそう食い下がると、姉様は全てを受け止めるように柔らかな笑みを浮かべた。


 『リュラ、お前の姉を慕う気持ちはとても嬉しいけれども、それは買いかぶりというものよ。こんな童顔吸血鬼、きっとすぐに殺されてしまうわ。そうしたら最後、愛しい妹のことを、姉として守ることができなくなってしまうわ』


 それだけはどうしても嫌なのよ。

 姉様は私の頬を撫でながら、そう付け足した。

 その時の私は渋々、姉様の言葉に納得した。そしてその後に、それらの発言を踏まえた上で、私は、彼女がどうして人間を狩りに行こうとしないのか、その理由を悟った。

 もし万が一、反撃に遭って命を落としてしまったら、私のことを守ることができなくなるから。

 人間から、あるいは()()()から。

 



 足を引っ張っている。

 毎日毎日、来る日も来る日も、私はその自覚に苛まれている。

 夜に生きる吸血鬼なのに、暗闇にいとも簡単に視界を奪われる。背中から羽を生やすことができない、生きていく上で食物を摂る必要がある、血を飲むことができない、体の治癒速度が遅い。

 挙句の果てには、太陽の下で活動することができてしまう。

 私という不完全な吸血鬼が、完全なる吸血鬼である姉様のお荷物となって、彼女の行動を大きく制限してしまっている。

 しかし真に悲しいのは、私の本当の不幸は、そういったことでは決してなく、姉様が慈悲深く、そんな私ですら愛してくれている、ということだ。

 彼女が私に愛を注ぐごとに、劣等感や罪悪感、他にも言葉として存在していないような暗い感情が膨らんで、今にも胸が破れそうになる。


 「私は何のために」

 

 無意識のうちに、そんな言葉が口を衝いて出ていた。声なき心の叫び声が喉をせりあがって、言葉に変わっていた。


 「私も吸血鬼なのに、どうして、姉様とこんなにも違うのでしょう」

 「リュラ、お前はたくさんの本を読み聡明であるのに、思いのほか頭が固い。夜に目が慣れない、血を飲むことができない、そんなもの取るに足らない、些細な事よ」

 「それだけじゃありません、私は吸血鬼なのに、姉様の妹なのに、吸血鬼が持っていて然るべきモノをいくつも持っていません・・・・・・!」

 「リュラ」

 「姉様の重荷になることしかできない、私はいったい、何のために生まれてきたのでしょう・・・・・・!」


 暖かい何かが頬を濡らした。

 いつの間にか、私は目から大粒の涙を流していた。

 鼻の奥がツンと痛んで、胸が震えて、肩がひとりでに跳ねる。

 姉様の白い手がそうっと伸びてきて、私の頬に触れ、涙を拭った。彼女の手はぞっとするほど冷たかった。


 「愛しいリュラ、どうか泣かないで。私はたったの一度だってお前を重荷に感じたことはないわ、お前を妹に持って、私はいつだって誇らしく思っているのよ」

 「いいえ、いいえ姉様、私はどうしようもない妹なんです、姉様のお役に立つことができない、それどころか足を引っ張ってばかりの妹なんです」

 「役に立つだとか、そんなことを考える必要なんてないのよ、私たちは姉妹なのだから。それに、私はお前が傍にいてくれるだけで満足で、毎夜お前が起こしに来てくれるだけで幸せを感じられるのよ。だからそんなに卑下をしないで」


 涙があふれて滲んだ視界、そこに映る姉様の表情は悲しみに暮れていた。私の悲しみに寄り添ってくれているようで、そして、そんな彼女の優しさが、私の胸の内をちくちくと刺すのだった。

 






 食事を済ませ、それから私たちは雑談に興じた。

 姉様は私に、私が生まれるよりも前のことを話し、私は姉様に、中庭に咲いた花が朝陽に照らされた時に見せる美しい瑞々しさや、木漏れ日差し込む森の中の動物たちの様子などを話した。

 太陽の下で活動することができない姉様にとって、私の話はどれも新鮮なようで、机にひじをついて、楽し気に耳を傾けてくれる。

 会話をほどほどに終えると、私は寝床に就いた。

 朝を寝て過ごす姉様と、夜を寝て過ごす私では、共有できる時間があまりにも短い。

 私はベッドに横たわると、姉様が傍らで膝をつき、ベッドの上に身を乗り出して、私の顔を覗いた。

 

 「食料の備蓄も十分でやることもないし、こうやってお前の寝顔を一晩中ずっと眺め続けようかしら」

 「恥ずかしくて上手に寝付けません・・・・・・」

 「冗談よ。それじゃあおやすみなさいリュラ」

 「おやすみなさい姉様」


 姉様は立ち上がり、部屋を後にした。

 瞼を閉じると、目の前が真っ暗になった。散々泣いて疲れたせいか、ものの数分で眠りに落ちた。

 そしてその夜、私は夢を見た。

 それは遠い昔のとある一日を再現した夢だった。


 

 まだ屋敷に多くの吸血鬼が住んでいた、それでいて、人間たちの反撃が目立つようになってきた頃、吸血鬼たちは慎重になり、狩りを控えるようになっていた。

 これまで単なる食料としか見ていなかった、劣等種として見下していた人間に対して臆病になり、そのうえ血を飲むことができない日々が続いたことで、ほとんどの吸血鬼が苛立ちを募らせ、屋敷の中には剣呑な雰囲気が漂っていた。

 リュラの血を飲ませろ。

 そんなある日、一人の吸血鬼が言った。

 人間のように弱々しいリュラの血は、きっと人間の血のように美味いだろう。

 その言葉を皮切りに、屋敷内に狂気的な熱気が籠った。みんな、血液が不足していた。

 私は恐ろしくなり、姉様の後ろに隠れていた。

 リュラを差し出せ、と一人の吸血鬼が姉様に詰め寄った。表情は鬼気迫っていて、目は赤く血走っていて、恐ろしい怪物のようだった。

 その時、姉様がどのような表情を浮かべていたのかは、彼女の背中側に立っていた私には見えなかった。

 全ては一瞬の事だった。

 目の前にいた吸血鬼の首が落ちて、残った体が硬直し、そのすぐ後、床に転がる首を追うように崩れ落ちた。

 私の目は何も捉えていなかった、しかし、姉様が何かをした、ということは直感的にわかった。

 

 「リュラ」


 倒れ伏す遺体に一瞥もくれることなく、姉様は私の方へ振り向いた。


 「ほんの少しの間だけ、ここで目を瞑っていなさい」


 彼女はそう言い終えるやいなや、瞬き一回分の間に、私の目の前から消えた。

 姉様が戻ってきたのは、たったの一分ほどが経ったころだった。

 何か恐ろしい事が起きてしまったということは、彼女の服に付着した返り血が教えてくれた。

 呆気に取られている私を、姉様は強く、優しく抱き寄せた。


 「リュラ、私の可愛い妹、ずっと二人で生きていきましょう、ずっと一緒にいましょう」


 






 目を覚まし、カーテンを開けると、空は夜の暗い青を洗い流したかのような、清々しい水色をしていた。

 廊下に出ると、燭台の火は消えていた。空気はひんやりとしていて、それを吸い込むたびに、眠たげな温もりが心地よく冷めていくのがわかった。

 長い廊下を歩いた後、姉様の部屋へと入る。彼女は既に中にいて、眠りに入る準備を整えていた。


 「姉様、おはようございます」

 「ああリュラ、おはよう。ごめんね、お前とお喋りがしたいのだけれども、私はもう眠たくて眠たくて」

 「謝らないでください、私なら大丈夫ですから、どうぞお休みになってください」

 「お前は優しいわね・・・・・・それじゃあ、おやすみなさいリュラ」

 「おやすみなさい姉様」


 大きな鳥の羽のようなカーテンをかきわけて、寝台の方へと姉様は姿を消した。それを見届けた後、私はまた廊下に出て、中庭へと向かった。

 快晴の空で、太陽はなにものにも阻まれることなく、ギラギラとした光を放っていて、花たちはその光を実に美味しそうに浴びていた。

 陽の光に当たっても、私の体調が崩れるということはない。

 私はいったい何者なのだろう。

 コウモリが持ってきたじょうろで花たちに水を与えながら、そんなことを思う。

 血を飲まず、太陽の光をものともせず、夜に生きることができず。

 私は何のために生きているんだろう。

 

 人間のように弱々しいリュラの血は、きっと人間の血のように美味いだろう。


 夢の中で、あるいは、あの日の吸血鬼の言葉を思い出す。

 確かに私は、吸血鬼というよりも人間といった方がよっぽど適しているように思える。あの吸血鬼の言ったことは、きっと正しかったのだろう。

 じょうろの水を全部やってしまうと、私は屋敷の中へと戻った。







 両開きの扉をそうっと開けて、できるかぎり音が立たないよう中に入り、部屋の中央にある、カーテンに包まれたベッドへと向かう。

 姉様はすっかり眠りに落ちていて、規則正しい寝息をたてている。瞼によってあの真っ赤な瞳が隠れていると、より幼い印象を覚える。

 膝を着き、姉様の小さな唇に私の唇を寄せて、そしてキスをした。

 柔らかな感触、暖かな寝息がかかる。

 数秒の後、姉様の目が大きく開いた。瞳の奥が驚愕に揺れていた。

 姉様は私の肩に手を置くと、ぐいと押しのけた。

 唇が離れる。


 「な、リュラ、何を」


 彼女は叫び、そして、喉を鳴らして何かを飲み下した。一瞬の沈黙を挟んだあと、喉元を手で抑えた。


 「どうですか姉様、美味しいですか、私の血は」


 口を開けて、血の滲んだ舌を出す。

 姉様は眉間にシワが寄るほど力強く目を瞑り、頭痛に悩むように頭を抱えた。


 「リュラっ、どうして」

 「姉様、私はやっと生きる意味を見つけたんです、姉様の役に立つ方法を思いついたんです」


 ベッドの上に座り、姉様のすぐ目の前にまで近づく。


 「不完全な吸血鬼である私の血は、きっと人間のように美味しいはずです。その血を姉様に飲んでもらって初めて、私は姉様の役に立ったと思えるんです」

 「離れなさいリュラ、このままでは、おかしくなってしまう・・・・・・!」

 

 彼女の手が震え、口の端から涎が垂れていた。

 久しく口にしていない人間の、それに近しい性質の血。その味がどれほど甘美なのか、その香りがどれほど誘惑的なのか、その反応から窺い知れた。

 姉様の手を包むように掴み、私は言う。


 「姉様、私は姉様を愛しています。だから私の血を飲んでください。私は、姉様からの愛を受けるに値する存在になりたいんです」

 「世迷言を、そんなことをして私が喜ぶと思ったの? 妹に血を流させて、あまつさえその血を啜るなどと」


 誘惑を振り切るようにかぶりを振った。その表情は苦悶に満ちている。

 彼女の心の中には一つの天秤があって、片方には妹への愛が載せてあり、もう片方には理性を超越した欲望が載っている。その両者は緻密なまでに拮抗していて、外部からほんの少しでも力が加えられれば、例えば、指先でそっと触れるように押しただけでも、傾きが決してしまうだろう。

 必要なのは、ほんの些細な力だけだ。


 「お願いです姉様、私のワガママを聞いてください、姉様、どうか私を受け入れてください、どうか私を求めてください、私に生きる意味をください」


 気づけば、私の声は震えていた。

 姉様の口から獣のような呻き声が上がった。

 私は姉様の頬に手を添えて、唇を寄せた。彼女は抵抗することなく、私の唇を受け入れた。

 花に水をやるように、血に飢えて乾いた彼女の体に、血を注ぎ入れる。

 喉を鳴らし、姉様が私の血を飲み込んでいく。少しずつしか出ない私の血を、せっつくように。

 私の背中に腕が回されて、私も同じようにする。彼女の背中は小さく、弱々しく思えた。

 血が姉様の体に流れていくたびに、得も言われぬ幸せを覚える。それはどんどん膨らんでいって、これまで胸の内を満たしていた暗い感情を、明るい色に塗り替えていった。

 そうやって抱き合っている時間は数十秒ほどにも、数時間にも思えた。いずれにせよ、姉様の方から唇を離して、私達は向かい合った。

 彼女の紅玉さながらの瞳は涙で濡れていた。私もまた涙を流していた。二人の涙に籠められた感情は、きっと全く別のものだろう。

 

 「姉様、ありがとう。これで、私は心置きなく、姉様とずっと一緒にいられます」


 頭を下げて立ち上がり、カーテンを潜り抜けるその間際、視界の端に姉様の姿が映った。彼女は俯いて、ベッドの白いシーツの上に涙の粒を落としていた。

 今までに感じていた痛みとは全く別種のものが、私の胸を貫いた。本当にこれで良かったのかのだろうか、という怯えにも似た思いが脳裏を過り、しかしそれも一瞬の事で、一枚目のカーテンをめくるときには、そんな思いもすっかり無くなっていた。


 「姉様、また今夜、起こしに来ますから」


 私はそう言って、カーテンをくぐった。

理想的な姉妹愛ですね

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