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彼女たち  作者: 城ヶ崎
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エアコン

激甘ストーリー。こういうの好きです。


 「みなとちゃん、どう? そっちあったぁ?」

 

 カズナがそう声をかけてくる、その声は寒さのせいか少し震えていた。

 「無い、全然無い」多少の苛立ちを含ませながら、私は答える。周囲に散らばっているプリント用紙を摘まみ上げる指先が冷たくなっていく。

 「あぁ~・・・・・・なんだか眠たくなってきた」欠伸交じりにカズナが言う。「ねぇ、もう寝ない? 暖房無くたっていいでしょ」

 彼女のその言葉に、ほんの一瞬だけ、私の中の何か獰猛な部分が暴れ出しそうになったけれども、作業の手を止めて小さく深呼吸をし、冷たい空気を取り込むと、突発的に上昇した心の温度を下げることができた。

 ベッドの上の目覚まし時計を見てみると、エアコンのリモコンを探し始めて十分が経とうとしていた。

 「何で無くなるのリモコン」そうぼやきながら、私は再び手を動かす。「普段から使ってるでしょうに」

 

 「そう言われてもなぁ、わからないものはわからないし、無くなったなら無くなったで仕方ないじゃん」

 「諦めよくなるな潔くなるな、意地でも探し出しなさい」


 そう叱咤激励すると、カズナはいかにも渋々といった様子で、本棚代わりにしているカラーボックスを動かしてその裏を覗きだしたりした。そんな所にある訳がないし、もし仮にそんな所からリモコンが出てきたのならば、私はきっと彼女の正気を疑ってしまうだろう。

 こっそり溜息を吐くと、それが白い息となって天井へと昇っていった、驚異的な室温だった。

 カズナ曰く、彼女の下宿先であるこの部屋の家賃は空前絶後の、価格破壊の権化足り得る安さであり、ともすれば事故物件などの不穏な事情があるのではないか、と疑ってしまうほどの価格らしい。

 実際には、この部屋にそういった暗い側面は無い。大学生になって十か月ほどの時間が経ったけれども、カズナはいかなる怪奇現象に遭遇していない。

 しかしその十か月という月日は、この部屋に潜む、ある問題点を浮き彫りにするのに十分な時間だった。

 カズナの部屋は、夏は暑く冬は寒い。それは恐らくどんな部屋でも同じだけれども、彼女の部屋の場合、それが不自然なまでに顕著で、もはや外にいる方がマシなのではないか、と感じてしまうほどである。怪奇現象に片足を突っ込んでいるような物件である。

 特にこの二月の夜、ただでさえ冷えるこの時期に、カズナの部屋は一種の極限環境と化す。暖房も無しに一夜を過ごそうものなら、日の出の頃にはきっとくたばっているだろう。

 だからこそ私はリモコンを探し続ける。

 こんなところで命を失うわけにはいかない、少なくとも、このささやかで突発的なお泊りを最期とするわけにはいかない。

 そんな想いで、私は探し続ける。







 「・・・・・・カズナぁ、見つかりそう?」


 リモコン探しを続行して五分ほど経過したあたりで、さっきまであったはずの、くたばってたまるか、という強い意志がすっかり萎えてしまった。我ながら情けない声音でカズナに投げかけた言葉は、ほとんどギブアップ宣言だった。

 「無いなぁ全く無いよ」カズナの返答は冷たく無慈悲だった。もしかしたら、住民は部屋に似るのかもしれない。

 

 「もういいじゃ~ん湊ちゃん、寝ようよ寝ようよ寝たいよ」

 「諦めるなカズナ、このままじゃ私たち二人とも死ぬよ確実に」

 「大丈夫だって、私パーカーをパジャマにしてるし、フード被ったらあったかいんだよぉ」


 そう言って、カズナはフードを摘まんで被ってみせた。目元が隠れるほどのオーバーサイズパーカーだった。生地が分厚く、見るからに暖かそうだった。


 「いや、いやいやいやカズナさんよ、私のパジャマこれ見てよ」


 パジャマの裾を摘まんで引っ張り強調してみせると、カズナの手が伸びてきて、人差し指と親指で同じように摘まんでこすると、彼女は言葉にならない声で唸った。

 

 「水玉模様は可愛いけどねぇ」

 「でしょう? 暖房ないと眠れないよ」


 カズナは俯き気味になって顎に指をあてがい、いかにも何事かを考えている、という格好になった。推理小説に出てくるような探偵に似合いそうなそのポーズは、単なる阿保大学生であるカズナには不相応だった、わざとらしく作り物らしいポーズだった。

 不意にカズナが顔を上げた。その表情は明るかった、科学者が世紀の大発明を思いついた時もきっとこんな顔をしているんだろうな、そう思わされる表情だった。


 「一緒に寝よ」

 「へぁ?」

 「二人で寝たら寒くないでしょ、平熱高いし私」


 カズナは笑い、私の手を取ると、自らのおでこにあてがった。彼女のおでこは少し暑かった。そして残った方の手でベッドを指さした。

 寒さのせいか、彼女の頬が少し赤みがかって見えた。






 「はいはい、湊ちゃんいらっしゃいよ」


 ベッドに寝転がり、傍らを叩いて招くカズナを一蹴するだけの元気は、今の私には残っていなかった。

 カズナに背を向けるようにしてベッドの上に横たわる。少し硬めのマットレスで、好みの寝心地だった。二枚の掛布団を覆いかぶせると、就寝に最低限必要な温もりが感じられた。

 一人暮らしの大学生に大きなベッドが必要あるはずもなく、当然、カズナの部屋に置かれているベッドも普遍的なシングルベッドの大きさで、二人用なんかでは決してない、けれども、背に腹は代えられないのだった。

 「湊ちゃんこっち向いてよ」背後からカズナの声が聞こえてくる。

 

 「なんで」

 「せっかく一緒に寝てるのに、寂しいじゃん」

 「いや、流石にちょっと恥ずい」

 「うぇ~・・・・・・」


 カズナの声に不満が含まれる。これは面倒なことになるな、と予感したときには既に遅く、彼女は早々に私の腰辺りを指で突いては「こっち向いてよぉ、なぁよぉ」と呪文でも唱えるみたいに繰り返し呟き始めた。大学生に相応しくない振る舞いだった。

 こういう時のカズナのしつこさには目を見張るものがある。彼女の望む通りに、私が向かい合わなければ、きっと彼女はいつまでも私にちょっかいをかけ続けるだろう。

 「わかったよ」諦めて寝返りをうち、カズナと向き合う。「これでいい?」

 「お、いいねぇ」カズナの表情が明るくなる。

 寝ころんだままじっと見つめ合うのは、いくら友達といえども、いくらカズナといえども、多少なりとも照れくささがある。ニコニコと妙な笑みを浮かべているカズナから視線を切って、彼女のお腹あたりに彷徨さまよわせる。


 「湊ちゃん寒くなぁい?」

 「うぁ? あ~ちょっと寒いけど、まぁ大丈夫」

 「私は寒い、湊ちゃんひっついて」

 「えぇ~・・・・・・なんで寒いの、そんなデカいパーカー着といて」

 「平熱低いから私」

 「どんくらい?」

 「三十二くらいしかない」

 「あら冷たい」

 「温めてよ、ねぇ」

 「う~ん・・・・・・しょうがないなぁ」


 眠気による気だるさが抵抗する元気を上回った。いそいそと体をよじりカズナのすぐそばにまで近づくと、彼女は満足げな笑みを浮かべて、柔らかく抱き締めてきた。同じシャンプーとボディーソープと使ったにもかかわらず、彼女から香ってくる匂いは少し違うように感じられた。

 私の存在を確かめるみたいに、カズナの手が私の背中をさすってきてくすぐったい。


 「お~、ぬくいなぁ湊ちゃんは、こうやって誰かと寝るのは久しぶりだなぁ」

 「それはよかった、じゃあ寝よう」

 「え~早いよぉ早いなぁ湊ちゃんさぁん、トークしましょうよ。女の子二人の夜は恋バナですよ」

 「大学生が恋バナとか言うな」

 「・・・・・・どうですか湊ちゃん、好きな人はいる?」


 夜にぴったりな声量でカズナは言う。続行するのか、とうんざりとした心持こころもちになりつつも、彼女の質問に答えるべく、私は口を開く。

 

 「いないなぁ」

 「・・・・・・ほぉ~」


 少しの沈黙の後、カズナが聞き慣れない声を出した。思いもよらない掘り出し物を目にした鑑定士のような、そんな声だった。


 「悲しい女の子だな湊ちゃん、愛を知らない女だな湊ちゃん」

 「なんでそこまで言われなきゃ・・・・・・今はいないってだけだから」

 「ちなみにカズナちゃんにはいまーす、好きな人いまーす、恋してまーす」

 「へぇ」

 「気になった? 知りたい?」

 「全然」

 「イニシャルだけでも?」

 「全く・・・・・・もう寝よう、というか寝ます。おやすみ」

 「いえぇ・・・・・・つれないなぁ」


 カズナの声を無視して、目を閉じる。

 せめてものお返しとばかりに、カズナが一際強く抱きしめてくる。ほとんど反射的に、私も彼女を抱き締め返す。

 何か固い物が腕に当たったのは、そんな時だった。それはどうやら、カズナのパーカーのポケットにあるらしかった。


 「あっ」


 気になってポケットに手を入れてみると、カズナが短い悲鳴のようなものを上げた。構わずポケットの奥へと手を伸ばしていく。ぶかぶかのパーカーのポケットは洞窟みたいに深い。

 指先が何かに触れる。手に取ってそれを引き抜いてみると、暗い中でもはっきりとわかる程度に、それは何かのリモコンだった。

 カズナの表情が苦し気に歪んだ。悪い予感がした。


 「カズナ、これ、まさか」

 「あ、あー、それぇはぁ」

 

 あからさまに取り乱していた。目線は泳ぎに泳いでいるし、私を抱き締める腕にはみるみうるちに力が込められていって、さながら万力のようになっている。

 あの十五分は何だったのか、という思いは大いにあるけれども、このままいけば私の体が腰からへし折られてしまう危険があったので、「別に怒ってないよ」と努めて穏やかな声音で呼びかける。


 「わざとじゃないんだし、しょうがないよ。それよりほら、暖房つけよ」

 「・・・・・・わ、わざと、じゃ、なくもない」

 「えぇ?」


 予想だにしない言葉がカズナの口から出てくる。私はキツネにつままれた気分になった。

 そんな私に構うことなく、カズナは言う。


 「先に謝っとくごめんなさい、わざとリモコン隠してました、ごめんなさい」

 「あ、ええ?」

 「怒らないで湊ちゃんっ」

 

 カズナはそう懇願し、しかしなおも腕の力を緩めようとしないのだった。

 彼女の意図を一つも理解できない私は彼女に問いかける。

 

 「どういうこと、何言ってるのカズナ」

 「ぐぅぅ、私の乙女の部分がわからないのか湊ちゃん」


 あまり期待はしていなかったけれども、果たして、カズナの口から大した説明は出てこなかった。


 「いい、もういい、とりあえず暖房つけよ。そんでカズナはいったん離れよ。私は自分の布団で寝るから」

 「いやだぁ、私は決して離しはしません。今宵はこのまま眠りに落ちたいと存じますっ」

 

 カズナはそう言って、とうとう足まで絡ませてきた。固結びを乱暴に解こうとした先の末路のように、複雑かつ強固な形になってしまった。

 カズナの顔を見てみると、眉間に皺が寄るほど力強く目を瞑っていた。何をどう見ても、とても話が通じそうにないのだった。


 「・・・・・・わかったから、ちょい力緩めてよ、苦しいからさ」

 「やった・・・・・・!」


 全てを諦めて、私が力なく言うと、徐々に抱き締める力が弱まって、さっきまであった暑苦しいまでの圧迫感が薄まった。

 手に持っていたリモコンを手放し、カズナの胸元に頭を預けて、目を瞑ってみるけれども、心臓の音が不自然なまでに大きくて、しばらく眠れそうにないのだった。 

 

 

 



 

 

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