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彼女たち  作者: 城ヶ崎
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包容力シスター

 

 「美奈ちゃ~ん。お姉ちゃんまたふられちゃったよう」

 「ええっ、またふられちゃったの?」


 私は美奈ちゃんに抱き着いた。同情を含んだ声音で美奈ちゃんはそう言うと、私を柔らかく抱きとめた。

 このやりとりも、もう何回目だろうか。彼女の胸に抱かれながら、冷静にそう思う。高校生になってからもう半年経つが、一か月に一回くらいの頻度でしているような気がするし、美奈ちゃんも美奈ちゃんで毎度のように私を心配している。

 ふられたとは、彼氏に、つまり恋人に袖にされたということを指すわけだが、しかし私は人生において一回たりとも彼氏ができた試しがないのだ。つまり真っ赤な嘘である。私は美奈ちゃんに、愛すべき妹に少なくとも六回は嘘をついていることになる。

 心が痛まないわけではない。いやむしろ、とても痛んでいる。愛する妹に嘘をつき続けることは、私の心を大いに傷つけている。

 しかしそれは仕方のないことなのだ。美奈ちゃんのこの偉大なる包容力を甘受するためには、仕方がないではないか。

 く~んと、子犬の様な、というよりは子犬の真似をしていることがバレバレな声で私は呻いた。

 美奈ちゃんの手が、そっと私の頭を撫でた。


 「ふふふ、お姉ちゃんは甘えん坊だね」





 美奈ちゃんがおっとりとした性格なのは昔からのことで、小さい頃、小学校低学年の頃なんかは、彼女の同級生の、ちょっと甘えん坊な子たちによく甘えられていた。母性が強いと言うのだろうか。

 私は美奈ちゃんより三歳上の姉ではあるが、恥も外聞もかなぐり捨てて正直に告白してしまうと、私はかねてから美奈に甘えてみたかった。彼女の同級生に混ざって、私も自分よりも随分と幼い妹に甘えてみたかった。

 我ながら、妙な欲求だと思った。しかし、ぐずる同級生をあやす彼女の姿に、私は明らかにときめいていた。一時はこの燃え盛る想いに戸惑い、度々蓋をしては鎮火を試みたものだが、三日もすればまたふつふつと燃え上がるのだった。

 そうした心の不毛な、文字通りのマッチポンプを繰り返しているうちに、私は高校生になっていた。

 いよいよ美奈ちゃんに対する感情を抑えきれなくなっていた頃、不意に奇策を思いついた。

 華の女子高生と恋愛とは密接な関係にあり、つまり、恋愛に必ずついて回る失恋もまた女子高生と密接な関係にある。私はそこに目をつけた。

 作戦はこうである。

 現実架空問わず、とにかく失恋をして、美奈ちゃんに慰めてもらう。

 完璧な作戦だった。




 その日はすぐに訪れた。

 高校生になって三日目のことだった。本当にすぐである。

 私は失恋した。無論空想上の出来事であるが、そんなことは些細なことで、大事なことは私が失恋したことに他ならない。

 高校生活三日目にして失恋というのは如何せん無茶のある設定にも思えたが、思いの外、美奈ちゃんはいとも容易く真に受けた。真に受けた後、おもむろに私をよしよしと慰めた。

 それは正しく、夢の実現だった。

 私は彼女の胸でしくしくと涙を流した。勿論、悲しみの涙でも悔し涙でもなく、単に歓喜の涙だった。美奈ちゃんから見て失恋に涙を流す可哀想な姉は、その実ニヤニヤと勝利の笑みを浮かべていたのだった。全く、なんという姉だろうか。

 しかしそれにしても、この時の幸福感たるや尋常のものではなかった。

 美奈ちゃんの暖かく柔らかな、春の陽ざしを思わせる包容力もさることながら、年下の、中学二年生で、しかも妹である相手に思いきり甘えるという行為の非日常感と、それに付随する背徳感とが複雑に混ざり合い、蠱惑的な魅力へとその形を変容させるのだった。

 大事な妹に嘘をつくことにより付いた傷を、その嘘によって引き出される美奈の優しさで癒す。この奇妙な関係性を持つサイクルの最中に、私は途方もない満足感を見出したのだった。

 かくして、私は美奈ちゃんの包容力がなくては生きていけない体になってしまった。





 それから半年間、私は毎月欠かすことなく失恋した。全て妄想の上でのことだったが、美奈ちゃんを騙すのには何の支障もなかった。

 ここまで騙しやすいと、姉として妹のことが心配にならざるを得ない。この様子だと、将来何らかの形で騙されるだろう。騙している私が言うのだから間違いない。

 決して馬鹿な子ではないのだが・・・・・・。

 普通に考えて、一か月に一回の頻度で失恋するというのは、少々、いや、かなり無理がある。どんだけ顔が良いんだよ。いくら可愛い美奈ちゃんと同じ血が流れているとはいえ、流石にそこまでではないと自負している。しかし美奈がなんの抵抗もなくそれを信じているということは、少なくとも彼女にとって私はそういう、頻繁に彼氏を作ることができる程度には整った顔立ちらしい。

 興奮する反面変な感じがした。

 でも、美奈ちゃんは中学二年生で、恋愛というものをよく知らないから、一か月に一回という狂気的なペースもすんなりと受け入れられるのかもしれない。

 いやでも、中学生なら恋愛くらいするだろうか。小学生の時、同級生の子が彼氏がいると自慢気に言っていた憶えがあるし、美奈ちゃんも好きな子の一人や二人、もしかしたら彼氏すらいるかもしれない。

 姉として前々から気にはなっていたし、訊いてみようかしらん。

 

 「ねえ、美奈ちゃん」

 「何、お姉ちゃん」

 「美奈ちゃんって、好きな人とか、いる?」

 「お姉ちゃんだよ」


 即答だった。私の頭を撫でる手を止めることなく、美奈ちゃんはそう言い切った。

 私の言う好きな人とは全く方向性が違うが、交わりさえしないが、かすりさえしないが、嬉しいからどうでもいいか。

 ああ、妹に甘やかされながら好きと言ってもらえるなんて、私はなんて幸せなんだろう。そのうち、就寝時に隣に横たわって寝かしつけたりしてくれないかなぁ。でも、そんなこと言ったら流石にドン引きされるだろうなぁ。

 そうしてそのまま、美奈ちゃんのなすがままに、なされるがままに時間を過ごした。






 二週間後のことだった。私はいつものように捏造的失恋した。地味にクールタイムが短くなっていた。

 いつものように美奈ちゃんの部屋に入って、おぎゃあと彼女に泣きついて、美奈もまたいつものようにそれを受け入れて、膝枕の姿勢へと移行した。

 異変は突如として現れた。


 「お姉ちゃんって、よくふられるよね」

 「あー、うん、そうだね。なんでだろうね」


 おもむろに美奈ちゃんがそう言った。意識してのことではないだろうが、いきなり核心を突かれたので、返事がかなり曖昧なものになってしまった。

 

 「お姉ちゃん、悲しい?」

 「まあ、そりゃあねえ。悲しいよ」

 「私ならっ」


 ぐいと、美奈ちゃんの顔が迫った。

 普段の彼女の表情は、その性格通り穏やかなものだが、今の彼女の表情はそれとは大きく違って、何というか、鬼気迫るものがあった。


 「・・・・・・私なら、お姉ちゃんを悲しませない」

 「う、うん、そうだね?」


 私なら、お姉ちゃんを悲しませない。

 その言葉にどんな意図が含まれているのか、私は計りかねた。

 一体、美奈は何を言っているのだろうか。

 突然、美奈ちゃんが私の両の頬に手を添えると、私の視線に自分の視線を合わせた。私から見て彼女の顔が、彼女から見て私の顔が反対に見える。逆さまの美奈ちゃんも可愛いのお。

 彼女の瞳が濡れて、揺らいだ。


 「お姉ちゃん、好き。好きなの」

 「・・・・・・え」

 「好き、本当に好き。大好き」 


 まるで止めようがないと言わんばかりに、彼女は止めどなく呟いた。

 美奈ちゃんの言う好きとは、彼女の言う好きな人とは。

 この状況でもなお気づけないほど、私は鈍感ではなかった。

 何も言えない。何かを口に出してしまうと、それがそのまま返事になってしまうような気がして、軽々と声を出せなかった。


 「ごめんね」


 しばらくしてから、静かに美奈はそう言って、部屋を出た。

 私はただ横たわっているだけで、彼女の後を追う気力すら残されていなかった。

 後には、ただただ静寂ばかりが残った。






 その夜、私は思い悩み、なかなか寝付けないでいた。

 悩みの根源は、無論美奈ちゃんの告白だった。

 この際、女同士であることはいいとしても、問題は私たちが何よりも先に姉妹であるということだった。

 妹である美奈ちゃんが姉である私を好きになるということは、恋愛上の意味で好きになるということは大変な事である。

 美奈ちゃんはいつから私のことが好きだったんだろう。彼女はその感情を押し殺して、密かにしたまま、私の一人芝居に付き合っていたのだろうか。

 そう考えると、心配そうに私を受け入れ、ニコニコと励ます彼女のことが、ひどく悲しく感じられた。

 私の虚構の恋愛話を聞かされる度に、彼女は何を思ったのだろうか。

 私は知らず知らずのうちに、彼女のことを傷つけていたのだろうか。

 罪悪感でいっぱいだった。償いに、彼女の想いに報いてあげたかった。

 しかし、それはこの罪悪感の重みに耐え切れない人のすることだ。無責任のすることだ。真に美奈ちゃんを大事に思うなら、ちゃんとした態度で応じなければならない。

 これでもう、美奈ちゃんに甘えられなくなるなぁ。

 そんなことを考えながら、美奈ちゃんの部屋へと向かった。





 

 美奈ちゃんの部屋に入ると、当然と言うべきか、彼女もまた寝付けないでいたようで、ベッドの上に座っていた。

 彼女は私を認めると、ふっと微笑んだ。

 

 「美奈ちゃん、あのね」


 言わなければ。美奈ちゃんの気持ちには応えられないと、ちゃんと言わなければ。

 そう強く思っているのに、どういう訳か声に出せない。というか、美奈ちゃんのベッドの、詰めれば二人で寝ることができるであろうベッドと彼女の隣の空間から意識を離せないでいた。

 いやいやいや、この期に及んで何を考えているんだ。いやでも、今頼めば、多分美奈ちゃんは一緒に寝てくれるだろうなぁ。

 ・・・・・・いや駄目だ。姉として、ちゃんとしなければ。


 「お姉ちゃん、一緒に寝る?」

 「あ、うん」


 彼女の問いかけに、そんな返事が口を突いた。

 待て。何を言っているんだ、私は。

 必死に引き留める思いとは裏腹に、私は半ば無意識に、美奈ちゃんに導かれるままに彼女の隣へと腰かけた。


 「返事はまた今度でいいよ、お姉ちゃん。だから今は、甘えてもいいんだよ」


 優しい声で、彼女はそう囁いた。

 そんなことを言われたら、私はもう。

 

 私は美奈ちゃんの包容力なしに生きていけないのだ。


 「ふふふ、お姉ちゃんは甘えん坊だね」


 ああ、恐ろしい妹だ。






 

 

 

 お姉ちゃんはもう逃れられない

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