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彼女たち  作者: 城ヶ崎
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五円と五百円


 私と吉野よしのが初詣に行ったのは、一月十二日の朝だった。

 一月一日に初詣に行くのは人が多くて面倒くさい、続く二日や三日も同じ理由で気が向かない、とだらけ続けていると、いつの間にか冬休みが終わっていて、学校で話してみると、同級生で私と同じように初詣に行っていないのは吉野だけだった。

 「じゃあ、私たちで行く?」

 ある日、吉野がそう提案した。

 さすがにこの時期なら人も少ないだろう、ということで、用事もなく暇な日曜日なら、と私はその提案に頷いた。




 


 初詣先は近所の神社だった。一年に一回、初詣のためだけに訪れる場所で、どんな神様を奉っているのかとか、どんなご利益があるのか、なんて全く知らないような神社だった。

 石造りの鳥居の前に立ち、私は吉野を待っていた。時折吹き付ける風が寒さに拍車をかけている。吐く息は白く色づけされて、上へと昇っていく。

 三分ほどしてから、吉野がやってきた。

 「おおう、鳴果なりかちゃん、お待たせしましたぁ」

 気だるげな眠たげな声で吉野が言った。寝起きなのではなく、単純に彼女の声が普段からそうなだけだ。

 吉野はいつもゆったりとしている。垂れ目なのも、あまり感情が表情に出ないのも、ふわふわとした髪の毛も、彼女のそういった性質を強調している。

 「待ってないよ。じゃ、行こか」

 「ううっす」

 二人して境内に入る。私の目論見通り、人の姿はほとんど無いに等しかった。いかなる妨げもなく、私たちは賽銭箱にたどり着くことができた。元旦でならこうはいかない。

 「吉野、今日は暇? もしそうならこの後どこか行く?」

 「そうだね、うん、そうしよ」

 財布から五円玉を取り出す。それを投げ入れようとして、そういえば何をお願いするか決めていなかったな、ということに気づく。

 思い返せば、毎年私はここで悩んでいた。いざお願いをしようとしても、現状で十分に満たされているから、正直なところ、特にお願いすることがない。

 「おおう? どうしたの、鳴果ちゃん」

 五円玉を摘まんだまま動こうとしない私に気づいた吉野が声をかけてくる。

 「いやあ、お願いすることが思い浮かばなくて」と正直に答えると、ははあ、と彼女はよくわからない反応を示してから「優しい鳴果ちゃんらしいね、欲張らないのは」と言った。

 「別に優しいのとは関係ないし、そもそも私は優しくは、って吉野、それ」

 私は思わずそれを、吉野の細い指に摘ままれたそれを指さす。それは五百円玉だった。彼女は財布から五百円玉を取り出していた。

 「ええー、吉野、五百円入れるの?」

 吉野は何も言わず、ただ頷いてみせた。

 「すっごいね、超本気じゃん」

 「まあね、私は欲張りだから」

 そう言って、彼女は躊躇うことなく五百円硬貨を賽銭箱に投げ入れた。それは梯子状に組まれた木材と木材の間に吸い込まれるようにして入っていき、底の方へと落ちていった。

 吉野は荒縄を揺らして鈴を鳴らし、二回手を叩いて、祈るように目を瞑った。考えてみれば、神社での作法を私はよく知らない。毎年、うろ覚えな作法の上に曖昧な記憶で塗りつぶすようにしていたからだろう。

 吉野は何をお願いするんだろう、という考えが私を捉えた。五百円という大金を使ってまでするお願いとは、一体なんだろう。

 受験はまだまだ先の事だし、彼女は部活動に所属していないから、それに関することでももちろんない。無病息災や平和を願うにしても、少しやりすぎな気がする。

 彼女に訊いてみたいけれども、確か、こういうのは人に言ってはいけなかったような覚えがある。

 五円玉を手のひらに乗せて眺めてみる。吉野の五百円玉を見た後だと、少し気後れしてしまう。百分の一だ。神様をがっかりさせてしまわないだろうか。

 まあいいか、と半ば諦めの心で五円玉を投入する。賽銭箱にぶつかった際に鳴る音が、心なしか五百円玉の時よりも弱々しく思えた。

 鈴を鳴らし、手を二回叩く。隣の吉野はまだ手を合わせて目を瞑っていた。祈る長さも五百円分らしかった。

 このままの日々が続きますように。

 心の中でそう唱える。

 満たされていると感じるのなら、お願い事がないのなら、こう願うのが一番理にかなっているように思う。吉野がいて、皆がいて、楽しい事や不安や悩みもそれなりにある日々。それが続くのが一番だ。

 「鳴果ちゃんが私のことを好きになってくれますように」

 隣から、そんな声が聞こえてきた。

 目を開けて、隣を、吉野を見る。

 彼女はまだ目を瞑っている、けれども、心なしか、彼女の頬が少し赤みがかっているように見えた。

 お願い事かな、今の。

 声に出ちゃってたな。

 でも、五百円でお願いすることがそんな内容でいいのだろうか。そもそも、私は既に吉野のことが好きだけど。

 不意に、吉野が目を開けた。そしてそのまま余韻に浸ることなく、私の方を見た。目が合う。

 「聞こえた?」

 探り入れるように、吉野が言った。寒さのせいか、彼女の声は少し震えていた。

 「ああ、まあ、うん、聞こえちゃった、ごめん。でも、そんなお願いしなくたって、私は吉野のこと好きだよ」

 言い終えると、吉野は下唇を噛んで、何かに耐えるように目を伏せた。それから上目遣いに私を見て「実は私、元旦に初詣行ったんだ」と言った。

 「え、そうなの? じゃあ悪いことしたかな、ごめんね付き合わせて」

 「聞いて、私の話を」

 手を合わせて謝罪のポーズをすると、その手を吉野は彼女の手で包み込んで、訴えかけるような目を私に向けた。普段の彼女からは想像もできない表情に、私は思わずドキリとした。

 「そこでね、おみくじを引いたら、大吉だったの」

 「おおー、いいねえ、ハッピーガールだねえ」

 「それで、ね、恋愛のところ、成就しますよー、みたいなこと書いてあったんだ」

 「最強じゃん」

 吉野が頷く。

 友人の幸運に心を弾ませていると、ふと、一つの疑問が湧き出てきて、私はそれを口にした。

 「吉野、もしかして、好きな人がいるの?」

 再び、吉野が頷いた。さっきよりもゆっくりと、小さく。

 吉野、好きな人いたんだ。

 これまでの彼女を見ていても、そんな様子は全く見受けられなかったのに、いつの間に。

 改めて吉野を眺める。気恥ずかしそうに目を伏せて、頬を赤らめているその様は、言われてみれば確かに、恋する乙女のそれだった。仮に大吉の効能が無くたって、こんな可愛らしい女の子の恋愛は成就するに決まっている、とすら思えた。

 「へえー、吉野からそういう話聞くの初めてだね」

 「そう、かもね」

 「うわーすごいなぁ、まさか吉野と恋バナができる日がくるなんて。あのさあのさ、その好きな人が誰なのか、教えてくれちゃったりしない?」

 突然、吉野が手を私の肩に置いた。彼女の手は意外と大きかった。

 「鳴果ちゃん」

 火の勢いが徐々に増していくみたいに、吉野の顔が赤くなっていく。恋する乙女は恥ずかしがり方まで可愛らしい。

 「そんな恥ずかしがらなくてもいいのにぃ、ほらほら、おっしゃってくださいよ」

 「だから、鳴果ちゃん」

 「へ?」

 「私の好きな人、鳴果ちゃん」

 私の名を口にするたびに、吉野は毛糸のマフラーに顔をより深く埋めていった。しかしそれでも、彼女は私を見つめ続けている。

 言葉を失うとはまさにこのことだった。様々な感情や考えが脳内を埋め尽くしているのに、そこから口へと繋がる道が封鎖されているみたいに、それらは頭の中に留まり続けている。

 吉野が私のことを好き? 友達としてとか、そういうのではなく?

 「今日、ここに来たのも、こぉ、これを言うためなのと、そのぉ、初詣デート、みたいな感じ」

 鳴果ちゃんにそういうつもりはなかっただろうけど、と彼女は付け加えた。

 私の肩に乗っていた吉野の手から力が無くなり、すうっと離れていった。私は自分の頬がかあっと熱くなるのを感じた。寒さのせいで、余計にそう感じた。

 「それでね、鳴果ちゃん」

 もごもごと、マフラー越しに吉野が言った。

 「大吉の効果って、たぶん一年だし、それにさっき、五百円玉入れたし、あの、その、私がんばるね」

 吉野の目には力強い意志が見て取れた。

 「ああう、そうねぇ、がん、頑張ってねぇ。・・・・・・って、私が言っていいのかな」

 適切な言葉が見つからず頭を悩ましていると、不意に私の手が暖かくて柔らかい何かに包まれた。それは吉野の手だった。

 「と、とりあえず、この後どこか行こうよ、約束したよね? ね?」

 吉野が振り切ったような笑みを浮かべた。




 

 

 かくして、五円玉分の私のささやかな願いは、吉野の五百円玉分のお願いに敗北した形となった。

 しかし私に神様のその采配を責める気は無い。

 五円と五百円なら、誰だって後者の方を応援する。

せめて一月中に書いておきたかったですね。

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