腹黒プラトニックラブ(上)
続きは明日投稿します
この世に生を受けてはや十六年、今日に至るまでにできたおよそ友人と呼ぶにふさわしい間柄の人物は、皆無といって差し支えないだろう。
端的に言って、その原因は私の美貌にある。
私の容姿は極めて端麗である。その美しさは過去現在、そして未来において名を馳せるいかなる文豪によっても正しく文章に書き表せず、名立たる画家たちも私の秘めたるえも言われぬ神秘性を描写できず、己が力量に失望し、たちまちキャンバスを切り刻むと言われている。
以上の記述はあくまで比喩表現である。しかし誇張では断じてない。
そんな類稀なる容姿を持つ私に、同級生の彼女たちは嫉妬こそすれど好意は持たず、ただ遠巻きにした。故に、友達などできるはずもない。
これらのことを踏まえると、要するに、私はめちゃ可愛いということだ。
ショートホームルーム(SHR)が終わると、クラスメイトたちが三々五々に教室を出ていく。これから部活動に勤しむ者、どこかへ遊びに繰り出す者、真っ直ぐ家へ帰る者、様々である。私も身支度を済ませて廊下へ出た。
廊下を埋め尽くす人の流れに逆らい、人混みを脱すると、そのまま三号館校舎裏へと向かった。
一号館から二号館、二号館から三号館へと伸びる渡り廊下を進むとさっきまでの喧騒は嘘のように引いていき、静謐な空気が辺りを包み込んでいて、十月の秋口ということもあってか、私の肌には少し冷たく感じられた。
私の通うこの高校は、四階建ての校舎三つからなり、それらは平行かつ等間隔に並んでいて、繋ぎ止めるようにして渡り廊下が伸びている。上から見れば、少々歪ではあるが、ちょうど漢字の『王』の形をしているはずである。
校舎はそれぞれ、校門からみて右から順に一、二、三号館と割り振られていて、中でも三号館は校門から一番遠いということもあり、その裏側の空間はもっぱら愛の告白の場として知られている。現に、私も入学をしてから今に至るまで、数え切れない程度にはここへ呼び出されていた。
そんな思い出深い場所こそが今回の目的地であり、そこへ近づくにつれ、私の胸を叩く鼓動は徐々に高まっていく。
SHRの後すぐここへ向かったので、てっきり私が先着かと思いきや、彼女は既にそこで待ち受けていた。
「雪道さん。早いね、待たせちゃった?」
思いがけない先行に若干の動揺をするも、それは数瞬の間のことで、私はすぐさま彼女に、雪道さんに声をかけた。
「三輪さんをお待たせしては、悪い、と思いまして」
雪道さんは小さな声で返した。しゃべり方が妙にぎこちないのは、やはり、彼女も緊張しているからだろうか。心なしか、鞄を持つ手が震えているように見える。
「雪道さん」
意を決して、私は彼女に呼びかけた。雪道さんは表情を変えず、ただ私を見つめている。私は雪道さんにそっと近づくと、おもむろに鞄を持つ彼女の手を包むようにして握った。
瞬間、驚きを隠せない彼女の体がビクッと跳ねた。
息がかかりあう距離、小動物的振る舞いに似つかわしくなく、雪道さんは伸長が私より拳一個分ほど高く、自然私が彼女を少し見上げるかたちとなった。
そしてそのまま。
「雪道さん、私と恋人として付き合ってほしいの」
人生初の、愛の告白へと移ったのである。
いつの時代も、恋愛というものはある種の熱を帯びて男女を大なり小なり狂わせるもので、私も一人、いたずらな微熱に狂わされていた。
いや本当に、狂ってしまったとしか言いようがない。
高校生になって半年、私が暗雲に包まれるかのような息苦しさ、焦燥感を覚え始めたのは、ちょうどサッカー部のマネージャーを辞めた頃である。
辞めた理由としてはやはり恋愛絡みで、サッカー部部長に告白され恋仲になり、然る後彼を袖にしたからに他ならない。同性の同級生ひいては先輩が剣呑な目つきで私を見ていたことは記憶に新しく、思い出すたび少し身震いしてしまう。
ともあれ恋愛である。
私は女の子で高校生であり、それ相応の恋愛に対する憧れはある。だが不思議なことに、青天井に美麗な容姿を持つ私ともあろう者が、こと恋愛に関してはひどく不自由をしていた。
相手は現れる。黙っててもとめどなく現れては、渾身のアプローチをぶつけてくる。
しかしどうしてか、心がときめくことは微塵もなかった。長続きすることはなかった。
とどめとばかりに、先日の部長である。
彼は確かにハンサム心優しく、聞くところによると学校中で隙間なくモテるようだ。それでもときめかないとなると、これは最早私自身に問題があることは明白で、しかしその問題を見つけられないでいた。ゆえに焦燥感を覚えていた。
このままでは碌に恋愛もできず人生を終えてしまう。人類史上類を見ない宝の持ち腐れを予感し、私は戦慄した。
脳裏に浮かぶのはかつての同級生たち。頬をほのかに赤く染め、やれ彼氏がどうだの、やれあの男子が気になるだのと語り合う彼女たち。その表情はどれも楽し気で、私はただただそれを遠くから羨望を含んだまなざしで眺めていた。
宇宙的暗闇の思考の中、不意に、ある妙案が閃光めいて舞い降りた。
押してダメなら引いてみろ。
つまり。
男でダメなら女にいけ。
突如として指し示された道に、私は勇んで躍り出た。
繰り返すようだが、本当に狂っていたのだ。
白羽の矢は雪道さんに向けられた。
雪道さんは私と同学年の一年生で、定期テストの度に張り出される順位表の一番上に、彼女はいつもその名を飾っていた。おまけに美人顔でもある。
彼女についてそれ以外の情報は何も持ち合わせてはいなかったが、私としてはそれらの肩書きだけで十分だった。
目標は高ければ良い。それは恋人に対しても同じことだろう。
懸念材料としては、私が同性愛者でないということだけである。
致命的だった。
雪道さんの細面に驚愕の表情が浮かんだ。手を握っていなければ、彼女はそのまま逃げて行ったかもしれない。そう思わせるほど、彼女の反応は著しいものだった。
「つ、付き合うって・・・・・・三輪さん。わわわ、私、女ですよ?ああ、その、今のは三輪さんの性的趣向を否定したわけでは、け、決してなくて・・・・・・」
大方の予想通り、雪道さんは同性愛者ではないようだ。偶然にも、私もそうである。
一々喉につっかえさせながらも、彼女はまくしたてるように言った。
雪道さんの目が私を捉えては離し、離しては捉えた。彼女のそんな様子を見ている私はかえって冷静になるもので、告白の緊張は確かに和らいでいた。
「だめ、かな・・・・・・?」
焦る彼女に追撃を仕掛けるべく、私は持てる全ての乙女力を開放し、上目遣いで、甘えるような、それでいて切なさを漂わせて言った。
私の可憐な容姿とそれら乙女技巧の合わせ技。いくら同性とはいえ、これには揺れるだろう。
「う、うーん。しかしですね・・・・・・」
一足先に勝利を確信し心中ほくそ笑む私を前に、雪道さんはなおも難色を示した。
なんて軸の強い女の子なんだ。私は一人感心した。
「じゃあ、まずは友達からでもいいから、ね?お願い」
お試し期間ってことで。
私は意識して、軽く明るく提案した。
「・・・・・・友達からなら」
静かに、彼女はそっと頷いた。
交渉において、あらかじめハードルを高く設定しておいて後からそれを格段に低くしてやると、相手はその高低差に一種の錯覚を覚え、思わず了承してしまうという。今の彼女がまさにそれだった。雪道さんには、将来詐欺とか悪徳商法に気を付けてほしい。私はそう願わずにはいられなかった。
かくして、私と雪道さんは晴れて恋仲予定の友達となった。
しばらくしてから、私と雪道さんは揃って帰途に就いた。私の隣を、彼女は口を開くことなくうやうやしく歩いた。
仮にも恋人同士、いや、友人同士としても致命的な沈黙が続いていた。
静寂の最中、私は今までの経験とは勝手が違うことを、今更ながら痛いほどに感じていた。
今までなら、男の子たちが向こうから勝手にやってきて、私を楽しませようと創意工夫を凝らして間をつないでいた。今の私がまさにそっち側の立場の人間であり、私が何かしらの行動を起こさなければなにも起きやしない。
隣を行く雪道さんをちらりと見やった。この静寂を心苦しく思っているのか、視線をあちこちにくれている。
手でも繋いでみようか。
一瞬の逡巡の後、私はかぶりをふった。
こんなイレギュラーな状況で慣れないことをしても良い結果に繋がるとは到底思えない。
私は他人との物理的接触に慣れていない。これまで付き合ってきた男の数はとても数える気にならないが、彼らと手を繋いだ経験となると話は別で、私の記憶が正しいならば皆無だった。キスなんてもってのほかだ。
そこまで考えて、私はふと、現在の状況に遅ればせながら疑問を抱いた。
私は特別雪道さんのことを恋愛対象として好きではない。私は同性愛者ではないし、ましてや雪道さんのことをよく知らない。雪道さんとしても同じ気持ちだろう。
何故私はこんなことを?
焦りから、ちょっとおかしくなっていたからだ。私は機械的にそう答えた。だが、そんなことで私の疑問は晴れることはない。
何故私はこんなことを?
何故雪道さんをおとそうとしているんだろう?
何故雪道さんと恋人になる必要があるのだろうか?
そもそも、雪道さんの事情を一切考慮しないこの行為そのものに、一体どれほどの価値があるのだろうか?
その考えに至るには、少々、いやかなり遅かったと言える。ほとんど手遅れですらある。
若干の自己嫌悪に浸りつつ、私はそれらを頭の中から追い出した。
・・・・・・まあ、でも。
このまま雪道さんと、恋人とはいかないまでも、友達として付き合っていくのは、いいかもしれない。
ぬけぬけと、彼女を視界の端に捉えながら、私はそんなことを思った。
私の持つ彼女の第一印象は決して悪いものではない。むしろ好印象そのものである。
凛とした外見と、小心な振る舞いから生じるギャップは可愛いもので、気がつくと純粋な好意を彼女に抱いていた。
友達。思い返せば、私に友達などという存在はありえなかった。
小学校、中学校、そして現在に至るまで、女の子たちは私の容姿を善く思わず悪意を向け、そうでなかった子たちも、私に対する皆の悪意の奔流に流されて、私から遠ざかっていった。男の子たちは言うまでもない。
「多少複雑ではありますが、友達ができて嬉しく思います」
校舎裏にて、諸々のことが終わった後、雪道さんはそう言っていた。雪道さん曰く、自分は元来人見知りをする性質で、そのせいで友達と呼べる間柄の人は皆無だったという。
確かに喋りは少しぎこちなかったが、特別できていないというほどでもなかったように思う。まあ、それをどう思うかは人それぞれか。
ともあれ、そういう点で私と彼女は似ていて、親近感を覚えた私がそういった考えを持つのも無理からぬ話で。
幾ばくかの躊躇いの後、私は雪道さんの友人として彼女と雑談に興じるために、意を決して話しかけた。
十月の秋口、早くも冬が着実に近づくのを予期させる冷気は私の肌を冷やし、しかし、不思議な温もりを伴う心は依然として暖かかった。