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彼女たち  作者: 城ヶ崎
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隠れ鬼


 息を殺して、静かにじっと座っていた。雑草が生え放題の、緑一面の地面に腰を落ち着けて、いっそ石像になった気持ちで固まっていた。

 辺りを見回して、植物が群生ぐんじょうすることで形成されている、植物の壁とでも言うべきものに囲まれていることを再確認して、ほっと安心する。

 これなら、外からは見えないはず。

 遠くも近くもない場所から聞こえてくる、鬼役である真子(まこ)の足音に耳を澄ませる。公園の地面のほぼ全域に砂が敷き詰められていて、靴底とそれが擦れ合う音がよく聞こえてきた。

 空を見上げると、橙色が視界の端まで一杯に広がっている。一人でその空を眺めるのは、何となく、淋しいなあ、と思わされた。

 不意に、近くから足音が聞こえた。ひっそりとした、抜き足差し足、という足音だった。真子が来た、と一瞬ひやっとしたけれども、方向的に違う。たぶん、他の子がやって来たんだ。この隠れスポットを知っている子が、鬼の目を盗んで、ここに隠れようとやって来たんだ。

 私以外にここを知っている人がいるんだなあ、と思いながら、足音の主が姿を現すのを待った。

 程無くして、その人はきた。ブロックのように集まっている植物たちの間を縫うようにして、ガサガサという音を立てながら、私がいる、僅かな空間に入ってきた。

 

 「あれ、美桜(みお)?」

 

 入ってきた女の子、恵美えみが私の名前を呼んだので、私は慌てて人差し指を口にあてがい、「静かに」というポーズをとった。鬼役の真子にもし聞かれたら、逃げ場はない。

 恵美はハッと口を噤んでから、いそいそと私の隣にやって来て座った。私と恵美の肩が触れ合うほどの近さだった。途端に窮屈になる。


 「狭いね」

 「でも、ちょうどいい狭さだよ、なんか安心する」


 恵美の言うことに共感できるけれども、私はあえて何も言わなかった。鬼に見つかったらいけないし、それになんだか照れくさかったから。 


 放課後、私たちはいつものように「隠れ鬼」をして遊んでいた。

 「隠れ鬼」は、隠れんぼと鬼ごっこを足したような遊びで、学校が終わった後、私たちは公園に集まってそれをしていた。

 ちょっと前までは、単なる「隠れんぼ」か「鬼ごっこ」で遊んでいたけれども、最近はもっぱら「隠れ鬼」だった。ちょっとルールを複雑にするだけでこんなにも面白くなるんだなあ、と驚かせされたのを覚えている。






 私たちのいる場所から離れた所から、「捕まえたー」という声が聞こえてきた。私と恵美はそろってびくついた。明日は我が身。

 「なんかさあ」見つからないように二人して押し黙っていると、不意に恵美が口を開いた。「あんまり、男子と遊ばなくなったよね」

 「あ、確かに」言われてみて、初めて気が付く。そういえば、ここ最近、男女一緒で遊んだ記憶がない。

 「いつ頃からだろう」私が言うと、恵美はうんうんと頭をひねってから、「多分、今年から、かな」と言った。今年から、といえば、私たちが五年生になってからということになる。

 そっか、四年生のころは一緒に遊んでたな、男子たちとも。

 

 「なんでだろうね」

 「なんでだろう」


 私が言うと、恵美はオウム返しでもするように言った。それがなんだか可笑しくて、二人一緒にくすくすと笑った。運の良いことに、鬼にばれなかった。


 「ていうかさ、美桜、最近男子と喋った?」

 「ううん、喋ってない。恵美は?」

 「私も、全然」


 考えれば考えるほど、不思議なことだった。四年生までは、毎日のように、とまでは言わないけれども、男子とはそれなりに喋っていた。それが五年生になった途端ぱったりと止めてしまうなんて。

 「多分だけど」抑えた声量で、恵美が言った。「みんな、意識してるんだと思う」


 「意識?」

 「そう、この前お姉ちゃんが言ってた。『最近の子はませてるから、もうそろそろ異性を意識しだすだろう』って」

 「異性、意識・・・・・・」


 そんなこと言われても、いまいちピンとこない。「どういうこと?」


 「恋愛だよ、恋愛。少女漫画であるやつ」

 「私、漫画読んだことないから分かんないよ」

 「あ、そっか」


 またどこかで楽し気な声があがった。誰かが捕まったんだ。

 「恋愛ってどんなの?」気になって、私は訊ねた。少女漫画なるものを読んでいるらしい恵美なら、詳しいに違いない。

 「したことないから分かんない」素っ気なく、彼女は言った。

 「ええ、そんなあ。じゃあさ、その少女漫画ではどんなことしてたの?」私が訊くと、恵美は思案気な表情を浮かべて空を見上げた。


 「ええっと、手をつないだり」


 早速、恵美の手を握った。突然のことに驚いたらしく、恵美は弾かれたように自分の手を見た。


 「美桜、なにしてんの」

 「いや、恋愛をしてみようと思って。でも、特に何ともないね」


 私が言うと、恵美は呆れてような表情で私を見た。


 「そりゃあ、私たち女の子同士だし」

 「え、でも私、恵美のこと好きだよ」

 「私だって美桜のこと好きだよ。でも、そういうことじゃないんだよ」


 一足す一は二だ、とでも言う風な、この世の心理を口にするかのようだった。でもやっぱり、要領を得ない。


 「好きだったら恋愛じゃないの」

 「違うよ」

 「どう違うの」

 

 追求していくと、恵美の表情はみるみる難しくなっていった。算数と理科の授業中、彼女はそういった表情を浮かべる。

 「確かに、どう違うんだろうね。私には分かんないや」恵美が白旗を挙げた。

 そこで、鬼の足音が近くで聞こえてきたので、私たちはピタッと静かになった。耳を澄ませて、動向を探る。「美桜と恵美どこお?」という声が聞こえてきて、ひとまず安心した。

 ぴったりとひっついた肩から、恵美の存在を感じる。

 私は恵美のことが好きだけれども、恵美は、この好きは恋愛の好きとは違うと言っていた。

 好きに種類があるのは、この上なく不思議だった。


 「ねえ、その少女漫画、他にはどんなことしてたの?」

 「ううん、なんだろ、抱き着いたりとかかな」


 私は物音を立てないようおもむろに膝立ちになり、隣の恵美に抱き着いた。狭い分、簡単に抱き着くことができた。彼女のぬくもりがより伝わってくる。


 「ちょっと、美桜、ばれるって」

 「これも、何ともないなあ」

 「・・・・・・私たちって普段から手つないだり、抱き着きあったりしてるからね、それのせいかもね」

 「そうかもね」


 いそいそと恵美から離れると、彼女と目が合った。そんなの、いつものことのはずなのに、何となく、私はふいっと逸らした。

 「他には、何かある?」何かを誤魔化すように、私は言う。


 「ほか、は・・・・・・ううん、どうだろう」


 恵美は言い渋った。あるなら教えてよ、と言うと、ますます厳しい顔つきになった。

 教えて、と三回ほど言ったあたりで、彼女は視線を上へ下へと巡らせてから、意を決したかのように口を開いた。


 「キスしてた、漫画では」

 

 キス、という言葉が脳内で木霊する。そんなこと、さすがに恵美ともしたことがない。

 それが境界線なんだろうな、と私は直感した。つまり、手をつないだり抱き着いたりすることは恋愛ではなくて、キスすることからが恋愛なんだ。

 私は自分の唇を指で触ってから、すぐ隣に座る恵美の唇を見た。

 心なしか、恵美が若干離れたような気がした。だから、私も若干彼女に近づく。

 「美桜、キスはやばいって」焦った様子で、恵美は言う。「駄目だよ、キスは」

 「大丈夫だって、一回くらい」無根拠に、私は言う。「私も恋愛してみたいよ」


 「私もしてみたいけどさ、たぶん、私と美桜がするのは違うと思う」

 「じゃあ、お試しってことで、ね? いいでしょ?」


 恵美の肩に手を置き、彼女と真正面から向き合う。

 これから恵美と恋愛をする。そう考えると、妙な感じがした。汗が背筋を伝い、少し息苦しくなり、顔が熱くなった。

 恵美もまた私の肩に手を置き、ぐいと引き剥がす方向に力を込めた。「いやいや、お試しじゃないって、冷静になってよ、美桜」

 恵美を引き寄せようとする私の力と、私を引き剥がそうとする恵美の力は拮抗していて、押したり引いたりを激しく繰り返した。ちょっとした相撲のようだった。

 私はキスをすることで、恵美はそれを阻止することで頭が一杯になり、今が隠れ鬼の最中であることをすっかり忘れてしまっていた。

 

 「あっ、そっちいる!」


 鬼役である真子の声が聞こえた。それに驚いた恵美の力が緩んだ。

 拮抗していた力が急に無くなったことで、私は勢い余って前に飛び出た。そこには恵美がいた。


 「あっ」






 「あんな所に隠れるスペースがあったなんて知らなかったなあ」


 私と恵美を見つけた真子は、上機嫌に言った。

 「・・・・・・まあね」いまだ唇に残っている感触を意識しながら、私は生返事した。

 唇と唇が重なったのは、ほとんど事故のようなものだった。

 柔らかかったなあ、という感想が浮かび、次いで、頬が熱くなる。

 これがキス、これが恋愛。

 一瞬のことだからよく分からなかった。けれども、嫌な感じはしなかった。


 「ねえ」他の人に聞こえないように、私の耳元で恵美が囁いた。密着に近い距離にドキッとする。「美桜は、恋愛がどんなものか分かった?」

 「よく分かんなかった」私も囁き返した。「恵美は?」

 

 「私も、分かんない」


 だからさ、と彼女は続ける。


 「また今度、もう一回してみようよ」

 「え、もう一回?」

 「いいじゃん、私もしてあげたでしょ」


 立場が逆転してしまったようだった。

 今度は抵抗しないよ、と言って、恵美はイタズラっぽい笑みを浮かべた。私は黙って頷いた。

 「なになに、何の話?」真子が言った。

 「秘密っ」二人の声が重なった。




 

 

 

 

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