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彼女たち  作者: 城ヶ崎
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流れ星が繋ぐ


 七月の終わり頃に、みずがめ座δ流星群というものが観測できるらしい。

 流星群は毎年観測できる現象のようで、天文について疎い私としては驚くべき事実だった。数年に一回程度の、いわば天文好きにとってのオリンピックのようなものだとばかり思っていた。

 終業式の当日、浮かれた雰囲気が満遍なく漂う教室で、ナナはその流星群について私に語った。彼女が星に興味を持ったのはつい最近のことだった。

 普段から訳もなく楽し気なナナではあるが、新しい趣味を口にする彼女は輪をかけて楽しそうだった。どこからか入手してきた知識を、専門的な単語に絡ませて滔々と話す彼女の姿は魅力的ではあるものの、星に注目したこともない私としては、それらの話の内容は一切頭に入ってこなかった。相槌を打つので精一杯だった。

 

 「今月末にみずがめ座δ流星群が見られるらしいからさ、ユカちゃんも見に行こうよ」


 一通り語り終えたらしい彼女は、最後にそう言った。私はほとんど反射的に、原始的な本能に従うように承諾した。

 正直、星にも流星群にもまるで興味が無かったが、ナナと一緒に居られるというなら、断るべくもない。







 観測当日、私は自室で虫よけスプレーを吹きかけながら、ナナの訪問を待っていた。

 夕刻が終わり、空が夜の色にすっかりと染まり始めた頃、インターホンが鳴った。最後に手鏡で自分の姿を確認し、どこにも問題がないことが分かると、私は外へと出た。

 果たして、ナナはそこにいた。肩甲骨辺りまで伸ばした髪をポニーテールにして、上は生地の薄いパーカーを羽織っていて、下は七分丈のズボンを穿いている。身軽な格好だった。

 そんな彼女の姿に、私は「可愛い」としきりに言ってみたくなったが、がっぷり四つの形でその願望を食い止め、意識的に何食わぬ表情をしてみせた。


 「おお、ユカちゃん。こんばんは」

 「ああ、こんばんは、ナナ」


 挨拶もそこそこに、ナナは早速目的地へ向かって歩き始めた。それに倣って、彼女の隣を歩く。

 流星群の観測には、人工的な光の無い場所が好ましいという。月の光すら邪魔らしい。郊外に住んでいるとはいえ、現代において光が無い場所となると限られてくる。

 そういう訳で、私たちは歩いて二十分程の所にある、丘とも山とも言い難い、小山へと向かっていた。

 道すがら、ナナはおさらいとばかりに、今夜現れるみずがめ座δ流星群について語った。やはりその内容は頭に入ってはこなかった。言い訳として、ナナに見惚れていたということが挙げられる。

 今日のナナは上機嫌だ。彼女の足取りの軽さから、そのことが容易に察せられる。感情の機微がよく表に出る子だ。

 「楽しみだねえ」ナナが独り言でも言うように呟いた。

 

 「私も楽しみ」


 ナナと一緒に見られることが、とは言わないでおいた。言えるはずもないが。






 

 そうこうしているうちに、目的地に着いた。意外なことに、私たち以外に人はいなかった。皆流星群に興味がないのか、それともここはナナが見つけた穴場なのだろうか。

 虫の鳴き声が微かに聞こえてくる。昼の蝉の鳴き声とは違って耳に心地良かった。

 高い位置にあるからか、風が良く吹いている。真夏にしては比較的過ごしやすい涼しさだった。

 空を見上げると、星々が夜空を彩っていた。宝石箱をひっくり返したかのようだ。観測には打ってつけのロケーションであることは疑いようもない。

 少しの間を空けて、ナナはやや傾斜になっている草原に仰向けに寝転んだ。

 「ユカちゃん、こっちこっち」ナナがそう急かした。それに従って、彼女の隣に寝転がる。辺り一面に生い茂った草に包まれると、青臭い匂いが鼻腔を刺してくる。

 こうして並んで横になると、ナナの存在がより近くに感じられた。胸の鼓動が高鳴る。彼女にバレないように必死に無表情を取り繕う。


 「もう少ししたら降ると思うよ。・・・・・・ねえユカちゃん、お願い事考えてきた?」

 「まあ、一応は」

 「へえ、どんなの?」

 「恥ずかしいから教えない」

 「えー、けちい」


 その後も、ナナは「ねえねえ」と言って私を指でつついたり、肩を揺すったり、耳に息を吹きかけたりして尋問を続けた。その度に私はいたずらにドキドキしたりした。しかし止めはしない。この状況を目一杯楽しむんだ。









 流れ星が降っている間に願い事を唱えると、願いが叶うと言う。

 流れ星が夢を叶えてくれるなんて、そんなことはあり得ない。都市伝説にも満たない、下らない迷信だ。小さな子どもくらいしか信じないだろう。

 けれども、都合よく手のひらを反して、失笑に値する迷信を小さな子どものように信じて、今宵私は叶ってほしい願い事を持参していた。最も、それは流星群に向けて考えてきたものではなく、私が普段から願っていることだった。


 ナナと両想いになりたい。


 それは叶うはずのない願いで、実るはずのない恋だ。

 ナナとは幼馴染みで、もう何年もの付き合いになる。長い時間を共有していくにつれて、いつの間にか彼女の存在は私の中でとてつもなく大きくなっていた。性別なんて関係なく、ナナという人間自体が愛おしくなっていた。

 でも、そんなことを思ったって、どうしようもない。

 私の想いがどれだけ強かろうが、ナナへの矢印が大きかろうが、ナナからの矢印が大きくなることは決してない。同性である私のことなど、そういった目で見てはくれないだろう。

 だからと言って、玉砕覚悟で告白する勇気もない。彼女と両想いになりたいという願望と同程度に、今の関係がずっと続いてほしいという願望もある。

 そんな中途半端な私には、自分を偽って流れ星に頼るという、空しい抵抗しかできないのだった。







 「あっ、きたよ」


 一段階高い声で言って、ナナが空を指差した。その指先を視線で辿ると、彼女が観測した星はとっく通り過ぎていた。すると間髪入れずに、もう一つの星が夜空を駆けた。思いの外ゆっくりとしていた。

 二つの星が姿を現すと、それからしばらくの間、空の様子は落ち着きを見せた。

 流星群というからには、もっとたくさん、途切れることなく降ると思っていたが、案外そうでもないらしい。

 ふと、ここにいる間ずっと『ナナと両想いになりたい』と願い続ければ、いつ星が降っても対応できるのではないかと考えたが、ナナとの距離が近すぎるためにこの想いが伝わってしまうのではないか、そう危惧して止めた。

 星空を眺めるのにも飽きて、細心の注意を払って、隣のナナをちらりと盗み見る。彼女の横顔が見えた。仰向けになって夜空に視線を注いでいる。その瞳には星ばかりが映っていて、私の姿は見切れてすらいないのだろう。

 仕方ないさ。そう自分に言い聞かせる。確かに、星は綺麗だ。ナナが夢中になるのも無理はない。だから、彼女の視線の先にそれがあったとしても、仕方がない。

 そう言い聞かせるのは簡単だが、しかし、それに納得できるかどうかとなると、それはまた別の話だ。


 ちくしょう、星のヤロー。ナナの注目を独り占めしやがって。私にも少しくらい分けてくれよ。


 星に嫉妬するなんて、どこまで惨めなんだ、私は。

 不意に、目尻に涙が溜まるのがわかった。慌てて空を見上げる。その涙の出所は明らかだったが、それを認めるのがあまりにも悲しくて、星の眩しさに目を刺激されたせいにしたかった。

 憎たらしいほどに美しい夜空には、依然として星が降りそうにない。

 さっさと降れよ、勿体ぶらないで。せめて願わせてくれよ。ちょっとくらいチャンスをくれよ。

 頼むからさあ。

 




 

 

 みずがめ座δ流星群は比較的おだやかな流星群で、一時間につき十個ほどしか見ることができないらしい。裏を返せば、それは長期的に安定して降るということを意味していて、ユカちゃんとできるだけ一緒に居たいと思う私としては、とても都合が良い。

 夜空に散りばめられた星々の観測もほどほどに、ユカちゃんに気付かれないように、息を殺して彼女の方を見る。

 ユカちゃんはいつものように無表情のまま、空を見上げていた。目が少し光って見えるのは星たちのせいかな。

 ユカちゃんも私のことを見ててくれれば良かったのに。私は思う。

 偶然目が合った幼馴染みの女の子二人は、普段は何とも思わないのに、満天の星空の下というロマンチックな状況のせいか、目が合ってしまったことが妙に気恥ずかしくなって、慌てて目を逸らすんだ。いつもは平気なのに、今日に限ってお互いを意識しちゃって。

 でも、そんなことはあり得ないんだろうなあ。

 もう何年もユカちゃんのことが好きでいるけれども、ユカちゃんが私のことを好きでいてくれるなんて、到底考えられない。そんな素振りを見せてくれたこともない。そもそも、ユカちゃんはいつもポーカーフェイスで、幼馴染みである私ですら、ユカちゃんの考えていることがよくわからない。

 分かることなんて、この恋が実りそうにないということくらいだ。

 心の中でため息を吐く。

 告白をしようにも、そんな勇気はどこにもない。だから、今夜ユカちゃんを天体観測に誘った。星空の下でなら、告白できる気がしたから。綺麗な星々が背中を押してくれるような気がしたから。そのために、流星群について色々調べた。

 でも、告白できないと思う。今日ユカちゃんの家のインターホンを押した時点で、そんな予感があった。

 このまま流星群をただただ眺めて、そしてそのまま解散しちゃうんだろうな。

 要するに、私は今のユカちゃんとの関係も捨てがたく思っているんだ。この関係が壊れてしまうのが途方もなく怖いんだ。現に、こうしてユカちゃんの隣にいるだけで、とても嬉しくなる。けれども、それと同時に悲しくもなる。

 ユカちゃんは底抜けに優しいから、この次もその次も、私が天体観測に誘えば、ユカちゃんは付き合ってくれると思う。そしてその度に私は、告白できない自分に失望して、ユカちゃんの隣にいられることに心躍らせるんだろうな。

 弱くて臆病で、そのくせ卑怯な私は、ユカちゃんの優しさにつけ込んで、そんな小さな幸せを噛みしめるくらいのことしかできない。

 再び空を見上げる。綺麗だ。沈んだ心に寄り添ってくれるような美しさだ。

 出し抜けに、ユカちゃんのお願い事のことが頭に浮かんだ。結局内容は教えてくれなかったお願い事。

 ユカちゃんは何を願うんだろう。そう思ったところで、ある考えが浮かんだ。星空の下だからこその考え。

 

 ユカちゃんのお願い事が、私のことでありますように。


 次に星が流れたら、そうお願いしよう。






 三個目の星が流れたのは、それから五分ほど経ってからのことだった。

 

 

 

 

 季節逆行

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