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彼女たち  作者: 城ヶ崎
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他称カップル


 昼休みの間は、学校中が喧騒に包まれる。生徒の各々が、昼食の合間に雑談をするのだから当然だ。最早、雑談の合間に昼食を摂っていると言っても差し支えないだろう。例に漏れず、私たちもその喧騒の一部と化していた。


 「・・・・・・やっぱさー、ザリガニと蟹、たまにどっちがどっちかわかんなくなるんだよね。なんだっけ、ペリオイコイ崩壊?」

 「ゲシュタルト崩壊、でしょ」

 「あー、それそれ。いやあ、ゆうちゃんは物知りだなあ」

 

 結衣がしみじみと言った。深く感心した、そういった思いが滲み出ているような調子だった。

 恐らく、ザリガニと蟹の区別がわからなくなってしまうのは、ゲシュタルト崩壊ではなく、単純に、彼女が阿呆だからだろう。おぼろげながら、彼女の行く末を案じてしまう。具体的には、無事に進級できるのか、などだ。


 「あ、そうだそうだ。ゆうちゃん、今日も家来て遊ばない?」

 「今日も? 何して遊ぶのよ。昨日も、何もすることなかったじゃない」


 言っている途中、昨日のことが思い出された。無計画に結衣の家に行き、特にすることもなく、ただただ不毛な時間を過ごした。それにも拘わらず、私が帰ろうとすれば、彼女はすかさず絡みついてそれを阻止してくるのだった。タコもかくやと思われる絡み方だった。彼女は自分のわがままを通そうとするとき、一旦タコになる。

 一度彼女の部屋に立ち入ったが最後、そう簡単には帰ることができない。昔からそうだった。

 そんなこともあって、何の考えも無しに彼女の家に寄るのは控えよう、昨日そう誓ったのだった。

 

 「どうせ、何するか決めてないんでしょう?」

 「えー、うーん、じゃあ何か、お話しして遊ぼう。ねえ、いいでしょ?」

 「・・・・・・まあ、いいわ、それで」

 「やった、ゆうちゃん好きっ」


 表情を綻ばせ、意気揚々と彼女は言う。

 かくして、誓いはいとも容易く破られてしまった。





 


 「優子と結衣は本当に仲良いね」


 五限目の授業が終了してから、歩佳に声をかけられた。ちらりと、結衣を見る。机に突っ伏している姿が目に入った。肩が微かに上下している。眠っていることは明らかである。食後の満腹感と、彼女にとって何ら意味を持たない、呪文のような授業との組み合わせがもたらす眠気に、抗うことができなかったようだ。

 もしかしたら、彼女は幼稚園児なのかもしれない。それは、私が折に触れては思うことだった。


 「そうかしら。別に、普通だと思うけど」

 「いやあ、あれを普通って言うかあ。流石、カップル」

 「カップル言うな」


 歩佳の言葉に、思わず口調が乱れる。彼女の表情が不愉快な形に崩れた。にやにやと、余裕に満ち溢れた表情だった。

 カップル。この教室において、度々、私たちを揶揄する目的で用いられる単語だった。そしてそれは、私の悩みの一つでもあった。

 

 「・・・・・・カップルって、言わないで」

 「そう言われてもねえ、二人とも、あんなにベタベタと仲良しで、その上容姿も良しの美女美女だからねえ」


 美女美女。美男美女のつもりで言っているのかもしれないが、未曾有の語呂の悪さだった。


 「結衣が美女っていうのはわかるけれど、私はそうでもないでしょう」

 「優子も可愛いよ、そりゃあ、結衣に比べたら霞むけどね」


 一言余計だった。美女と言われて、密かに喜びを感じていた分、殊更苦しいものがあった。

 

 「見てる側としては、目の保養になるもんよ」

 

 締めくくるように、歩佳が言った。全く、身も蓋もない言いようだった。

 






 高校生活に、どこか物足りなさを感じたのは、二年生になってからすぐのことだった。

 勉強で躓くこともなく、友達もでき、順風満帆な日々を送っているにも拘わらず、満足と言うには憚られる、どこか引っ掛かりがあるのを感じていた。

 三日三晩の思慮の末、それは、高校生活が中学校生活の延長に過ぎないことが原因であることに気がついた。要するに、私の過ごす日々は、中学生の頃のそれと全くもって同じだったのだ。こうなるはずではなかった。

 私が思い描いていた理想の高校生活の要素の一つとして、恋愛がある。歩佳の言葉を借りるわけではないが、我ながら、顔は良いように思う。それ故に、入学前、彼氏など容易にできると考えていた。しかしそれは夢想に過ぎなかった。

 男子に声をかけようにも、まずどのように話しかければいいのか、皆目見当もつかない。それもそのはずで、中学時代まともに異性と話したことがない人間が、高校生になったからといって、急に話せるようになるわけがない。

 ならば、押して駄目なら引いてみろ、まだ押してすらいなかったが。恋愛の基本戦術に乗っ取り、男子の方からやって来るのを待つことにしてみた。

 そうして一年が過ぎた。門戸を叩いた男子は一人もいなかった。

 ここで障害として立ちはだかったのは、意外なことに、結衣という存在だった。

 容姿端麗な結衣は、中学生時代に引き続き、高校でも高嶺の花として早々に認識され、男子は彼女に寄り付かなかった。そんな彼女と常に一緒にいるものだから、「カップル」と揶揄される程度に一緒にいるものだから、強制的に、私まで高嶺に引き上げられてしまった。

 可愛すぎるというのも、それはそれで不便なのかもしれない。最も、結衣自身はそのことを歯牙にもかけていない様子ではあるが。

 このままいけば、私の高校生活は何事もなく終わってしまうだろう。それが必ずしも悪いというわけではないが、どうにも味気無い。やはり、デートの一回でもしてみたいものである。


 少し、結衣と距離を開けてみるというのはどうだろうか。


 そんな考えが浮かんだのは、六限目の授業でのことだった。







 「放課後、放課後だあ。ゆうちゃん、早く私の家行こう」


 授業が終了するなり、結衣が傍に寄って来た。鼻歌混じりのその様子からは、彼女が機嫌の程が窺えた。これからのことを思うと、罪悪感を覚えずにはいられなかった。


 「結衣、やっぱり私、今日は行かないわ」

 

 意を決して、言ってみる。何となくではあるが、彼女の反応が想像できた。恐らく、面倒なことになる。


 「え、なんで?」

 「私たち、少し距離を置くべきだと思うの。いつも一緒というのは、改めて考えてみると、どうかと思うわ」


 彼氏を作るための布石であるということは、言わないでおいた。


 「知ってる? 私たち、陰でカップルなんて言われているのよ」

 「いいよ別に。むしろ見せびらかしていこうよ。いえーい、アベックでーすって」

 「嫌よ、そんなの」


 蟹を思わせる俊敏な動きで、結衣が背後に回った。極めて不気味な動きだった。


 「ねえ、そんなこと言わないでよ。どうしたの急に」

 「髪の毛を勝手に弄らないで」

 「遊ぼうよう、ねえねえ」

 「ほっへはをひっはらないれ」


 ここぞとばかりに、結衣が絡みついてくる。彼女の内なるわがままタコが、目覚めてしまった。


 「離れなさい」

 「嫌だ」

 

 私の頭頂部に、彼女の額が、頭突きでもするようにあてがわれた。柔らかい髪の毛が、私の顔にかかる。良い匂いがした。


 「ちょっと、離れなさいって。あなたの髪、妙に暑苦しいのよ」

 「離さない、絶対に離さないぞう」


 結衣の細い腕が首に回された。案の定、彼女の粘り強さは相当なものだった。これを振りほどこうにも、如何せん妙案が思い浮かばない。この状態が続けば、なし崩し的に私が折れる運びとなってしまいかねない。


 「ゆうちゃんは、私のこと嫌いになってしまったのか?」


 弱々しい声が、頭に響いた。彼女の顔が近いせいで、ほとんど耳元で囁かれているようなものだった。

 

 「いえ、好きよ」

 「えっ」


 当然、結衣のことは嫌いではない。もし嫌っていれば、とっくの昔に縁は切れていたに決まっている。


 「ゆ、ゆうちゃん、今なんて?」

 「だから、嫌いじゃないわ。好きよ、あなたのこと」


 不意に、頭に感じていた重みが消えた。同時に、結衣の腕からも解放された。おや、と思い、振り返る。呆気に取られたような顔をした、彼女の姿が目に入った。

 思いの外、タコの呪縛は簡単に解かれたようだ。


 「も、もう、いきなりそんなこと言っちゃってえ。ビックリしちゃったよう、もう」


 徐々に頬をだらしなく緩ませ、結衣はひたすら「もう、もう」と繰り返した。彼女はタコであると同時に牛でもあるらしい。未だかつてない頭足類と哺乳類の融合に、私は密かに戦慄した。


 「別に、あなたのことが嫌いになって距離を置こうとしたわけじゃいわ。安心して」

 「ようし、両思いなことがわかったし、早速私の家行こう」

 「あの、聞いてる?」

 「私も好きだ、ゆうちゃんっ」


 彼女はそう言うと、勢いよく後ろから抱き着いてきた。

 

 「ちょっと、ちゃんと聞きなさい」


 努めて厳しい口調で言う。しかし内心では、最終的には私の方が折れてしまうのだろうと、そんなことを思った。

 


 

 

 「やっぱりカップルじゃん」

 

 誰かが言った。しかしそれは、教室内の喧騒に溶けて消えて、誰の耳にも届かなかった。

 次回もこの二人のお話です。

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