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彼女たち  作者: 城ヶ崎
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幼馴染みの重要性


 とてもイライラする。

 クラスメイトの女の子と話す美咲を見ながら、私は心が危うく尖っていくのを感じた。

 私以外の女の子と楽し気に話す美咲を、私は不愉快に思っていた。

 誤魔化しようもなく、これは嫉妬である。醜い独占欲である。

 私と美咲は幼稚園児の頃からの付き合いで、その繋がりが途絶えたことなんて、現在に至るまで一回たりともなかった。言うなれば、幼馴染みだ。

 つまり、美咲との仲が一番良いのは当然私だ。だから、美咲と私はいつも一緒にいなければならないはずだ。

 でも、美咲は普通の女の子だ。普通に女の子だ。だから、私以外の人と仲良くすることは普通のことだ。だから、それについて私がとやかく言及する権利など、ありはしないのだ。

 でも、出来ることなら言ってみたい。美咲の肩を掴んで、彼女の目を見つめながら、言ってみたい。

 私以外と仲良くしないで。私がいれば良いじゃない。

 そう言ってみたい。






 放課後になって、やっと美咲と二人になることができた。

 家が近いということもあり、登下校は基本的に一緒だ。そしてその登下校が唯一、美咲と二人きりになれる時間で、私としては、肩の力が一番入る時間でもある。

 隣を歩く美咲を盗み見る。身長は私の肩ほどの高さで、少し低めだ。私としてはそこが良いのだが、果たして本人はそれについての自覚はあるのだろうか。

 髪は最近伸ばしているようで、ついに腰あたりまで来ている。運動部に所属していた中学生の頃とは違い、現在の美咲は帰宅部なので、遠慮なく伸ばすことができるのだろう。

 楽し気な表情を浮かべている。美咲は無感情であることがなく、いつも何かしらの感情が表情に出ている。それはつまり、今この状況が美咲にとって喜ばしいものであるということを意味している。

 そう考えると、私はどうしようもない幸福感を覚える。この幸福感は他の何者によってももたらされることはない、そう確信させるほどのものだった。 

 やはり、美咲は私といる時が一番楽しいんだ。学校の友達と話してる時よりも、わずかではあるが、口角が上がっている。間違いない。私は美咲のことなら何でも知っている。間違うはずがない。


 「どうしたの玲ちゃん、私の顔じろじろ見て」


 幸せの証である美咲の顔を眺めていると、彼女が不意に言った。

 しまった、長く見すぎた。 


 「なんでもないよ」

 「そう?」

 

 納得がいかないようではあったが、美咲はあっさりと引き下がった。

 危ないところだった。

 美咲は平常時が元気そのものな女の子ではあるが、案外鋭いところがある。一回程度であれば大したことはないが、何回もじっくり眺められていることがばれれば、少々面倒なことになるかもしれない。

 普段であればこんなミスを犯さないのだが、今日は苛立ちが積もっていたこともあり、ついつい美咲を長時間眺めてしまった。


 「・・・・・・あー、いやー、それにしても、最近寒いね」


 話題の転換を図って、そう切り出す。動揺が残っているせいか、若干ぎこちない。


 「あー、確かにそうだね。私この前手袋無くしちゃってさー、手がすっごい冷たいよ」


 そう言って、美咲はポケットに仕舞いこんでいた小さな手を見せびらかすように出した。

 その言葉を耳にした瞬間、私の視線は半ば自動的に美咲の手に殺到した。

 確かに、その手には手袋がはめられていなかった。この前までは、薄いピンク色の可愛らしい手袋をしていた。白く華奢な美咲の手が、十一月の冷気に晒されていた。

 

 「手、繋ごうか?」

 

 私はそう言って、そっと手を差し出した。

 美咲は私の顔と手を交互に見ると、きょとんと固まってしまった。

 私の手が空に揺蕩う。


 「い、いや、冷たいんでしょ? じゃあ、手繋いだ方が暖かいよ」


 拒絶されてしまった。美咲の反応からそう思い、思わずまくし立てるようにして言った。

 寒い中、手汗がにじむ。


 「へへへー、それもそうだね。じゃあ、はい」


 美咲は不意に破顔すると、私の手を取った。美咲の手は冷たかった。


 「あははっ、玲ちゃん手汗すごーい」


 無邪気に、美咲は言った。

 季節にそぐわない手汗を恥じる反面、例えようもない充足感があった。

 この手が伝えてくれる。美咲が一番好きなのは、私であるということを、この手の冷たい温もりが、はっきりと伝えてくれる。





 明くる日、授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、放課後になった。


 「美咲、帰ろ」


 一直線に美咲の席へ向かい、言った。

 美咲も私もお互い部活動に所属していない身なので、授業が終わればすぐに下校するのが常だ。


 「あ、ごめん。今日ちょっと用事あるから、玲ちゃん先に帰ってて」

 「えっ・・・・・・あ、うん」


 思わぬ返答に、数瞬の間呆けた。

 美咲がこうして私に先に帰るよう促すのは珍しい、というより、初めてだ。

 今までに小、中、そして高校と続いてきた学生生活において、私は欠かすことなく美咲と一緒に登下校をしてきた。それゆえに、私の動揺も著しいものだった。


 「じゃ、ばいばーい」

 「あ、うん・・・・・・ばいばい」


 手を振る美咲に合わせて私も振り、そのまま教室を出た。

 





 「用事」ってなんだろう? 

 掃除当番は先週だったし、先生からの呼び出しとかなら、そんなに時間はかからないはずだから、先に帰れと言わず待たせるだろう。美咲だって私と一緒に帰りたいはずだ。

 たまには一人で帰ってみたくなったとか? いや、それは考えにくいか。美咲の性格的に、そういうことははっきりと言ってくるだろうし。

 どこかへ寄り道したかったから? でもそれなら、私を誘うだろう。少なくとも、一言くらいは声をかけるだろう。 

 今になって、部活動に参加したくなったとか? でも、それもやっぱり、私に隠すことなく言ってくるだろう。

 ・・・・・・そもそも、美咲はなんで「用事」なんて言い方をしたんだろう。

 幼馴染みである私にくらい、ちゃんと内容を言ってくれてもいいような気がする。一番仲が良いんだから、話してくれてもいいような気がする。

 わざわざ「用事」なんてぼかした言い方をされると、まるで何かを隠しているように感じてしまう。

 ・・・・・・もしかして、本当に何かを隠しているのだろうか。私に知られてはいけないことが、知られては不味いことが、そこに秘められているのではないだろうか。

 でも、知られたら不味いことって、そんなものあるはずがない。

 だって、美咲と私は一番の親友なんだから、隠し事なんてする必要がない。実際、今までだって、そんなものはなかった。

 しかし現に、美咲は「用事」という言葉で濁した。意図はわからないが、美咲は確かに誤魔化した。

 私は、美咲の「用事」について、何も知らない。

 ああ、駄目だ。何だか、美咲がどこかへ行ってしまう気がする。私が「用事」について何も知らないせいで、美咲が私の側からいなくなってしまう気がする。私だけの美咲じゃなくなってしまう。

 嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。

 私は美咲のこと何でも知っているんだ。知らないことなんて、あってはいけないんだ。

 それに、美咲だってきっと私に「用事」について知っていてほしいはずだ。自分の事について、もっと私に知っていてほしいと思っているはずだ。もしかしたら、訊きもせずあっさりと帰ってしまった私に、心を痛めているかもしれない。

 ああ、ごめんね美咲。私、美咲の気持ちちゃんとわかってなかったよ。

 やっぱり、戻らなくては。帰ってる場合じゃない、今すぐ美咲のところに戻って、「用事」を確認しなくては。

 待っててね、美咲。





 学校に戻ると、時刻は四時を回っていて、色々な部活動が本格的に始まっていた。

 すっかり、放課後の雰囲気になっていた。

 階段を猛然と駆け上がり、教室へと駆け足で向かう。校内はどこかから流れてくる吹奏楽部の演奏が響くばかりで、生徒の姿は見当たらなかった。

 教室の手前、演奏に混じって中から声が聞こえてきた。一つは間違いなく美咲の声だったので、私は胸を撫で下ろした。

 教室の後ろ扉から顔を覗かせて、中の様子を窺う。美咲ともう一人、女の子がいた。知らない女の子だ。

 二人は教室の中央付近で、何かを話していた。私に気づく様子は微塵もない。

 「用事」とは、これのことなのだろうか。あの女の子と話すことが、「用事」なのだろうか。だとすれば、これで私は、美咲の「用事」について知ることができた。美咲も喜んでくれるはずだ。

 私は美咲を早く喜ばせてあげようと思い、教室へ足を踏み入れようとした。

 すると。


 「美咲さん、好きです。付き合ってください!」


 突如として耳に入ったその言葉に、私は出していた足ごと体を後退させた。

 それは紛れもない愛の告白だった。放課後の教室という、これ以上無いほどにベタな状況での告白だった。定石的な告白だった。美咲もあの子も女の子であるということが、些か定石外れではあるが。


 「うぇっ、好きって、え、ええええっ」


 案の定、美咲は驚愕していた。相も変わらず、感情に溢れた反応だった。


 「え、でも、え、私女だし」

 「そんなの関係ないっ、私、美咲さんが、美咲さんという人が好きなのっ」


 思いの丈をぶつけて興奮しているせいか、少し語調が強くなっている。


 「でもそんな、好きとかって、よくわかんないし。私優子ちゃんのこと、あまり知らないし」

 「構わないよ、その分、私は美咲さんのことよく知ってるから」


 女の子は優子さんというらしい。

 優子さんが一歩美咲との距離を詰めた。それに合わせて、美咲が一歩後ろへと引いた。

 二歩三歩四歩と、それは続いた。そしてとうとう、美咲は壁際まで追い込まれた。

 

 「今は私のこと好きでいてくれなくてもいい。好きになってもらえるよう努力するから。だから」

 

 優子さんが美咲の手をぎゅっと握った。

 「きゃっ」という声が、美咲から発せられた。


 「だから、私と付き合って」


 優子さんの言葉は、私の耳には入っていなかった。代わりに、彼女が握っている美咲の手に、意識が集中した。

 その手は、昨日私が握った手だ。美咲と私が一番の仲良しであることの証だ。

 他の人が、触れていいはずがない。


 「美咲!」


 叫ぶように美咲を呼びながら、私は教室へと入った。優子さんが弾かれたように振り返った。美咲は目を見開いていた。


 「れ、玲ちゃん、どうして」

 「桜井さん・・・・・・」


 足早に二人のもとへ近づくと、優子さんの手を、美咲の手を握っている手を掴んだ。


 「美咲から離れろ!」

 「れ、玲ちゃん、落ち着いて」

 「美咲も、早くこの人から離れて!」


 美咲の肩がビクッと跳ねた。

 美咲に怒鳴るのは初めてのことだった。激情の最中、心がちくりと痛んだ。


 「美咲さんに怒鳴らないでよっ、怖がってるじゃない!」

 「うるさいっ、一番怖がらせてたのはあんたの方だろう!」

 「二人とも、やめてー!」

 

 噛みつき合わんばかりの言い合いの中、美咲の小さな体が割って入った。


 「優子ちゃん、ごめん、今日はもう帰るねっ。お返事は絶対するからね、本当にごめん。ほら、玲ちゃん、帰ろ?」


 早口にそう言うと、美咲は私の制服の袖を掴んで、急かした。引きつった、困った様子を隠しきれない、不器用な作り笑いを浮かべている。

 そんな表情も出来るんだな。

 私はそう思った。





 いつもより少し遅い帰り道は、何となく奇妙に感じた。

 学校を出てから、美咲は口数が少ない。何かを話そうとしては、途中で取り消してしまう。

 結果的に美咲と一緒に帰路につけているので、嬉しいことには嬉しいのだが、美咲が元気でないと、心苦しくもある。それが私によるものなのだから、尚更だ。

 空は青く澄んでいる。ここ数日の天気は晴れだった。それでも気温は日に日に下がっていき、冬の本格的な到来を予感させる。

 美咲の手をちらりと見た。ポケットに仕舞いこまれているが、恐らく手袋ははめられていないだろう。

 私の手が美咲のを求めて、疼くのを感じた。

 美咲が口を開いたのは、そこからしばらく歩いてからだった。


 「・・・・・・玲ちゃん、優子ちゃんはね、別に私を怖がらせようとしたわけじゃないんだよ」

 「・・・・・・そんなの、わかってるよ」

 「じゃあ、なんであんなに怒ってたの? あんなに怒ってる玲ちゃん、初めて見たよ」

 「なんでって、それは・・・・・・」

 

 美咲の言葉に、私は何も答えることができなかった。


 「・・・・・・美咲、あの優子っていう子の告白、どうするの?」


 苦し紛れに、話題を変えた。

 そんなこと訊かなくても、答えは分かりきっているというのに。


 「あー、えっとねー、あのねー」


 途端に、美咲の歯切れが悪くなった。

 不審に思って美咲の顔を見ると、頬が薄く赤みがかっていた。

 ざわりと、不穏な気配を感じた。


 「私、今まで誰かと付き合ったことも、誰かを恋愛的に好きになったことなかったから、その、なんて言うか」 

 「・・・・・・まさか、付き合うの?」


 どこまでも言い濁る美咲に、恐る恐る、訊いた。

 美咲は慌ただしく視線を彷徨わせると、小さく頷いた。

 かつてない衝撃が、私を襲った。


 「お、女の子同士だけど、やっぱり、あんなに好きだって言ってもらえると、ちょっとドキッとするっていうか、試しに付き合ってみようかなーっていうか、えへへへ・・・・・・」

 

 みるみるうちに、美咲の顔が赤く染まっていく。

 美咲のこんな表情、初めて見る。

 

 「やめときなよ」

 「へ?」

 

 気がつくと、そんな言葉が口に出ていた。

 強張った、冷たい声音になってしまい、美咲が呆けた声を出した。

 

 「だってさ、あの優子さんって人、絶対おかしいよ。美咲に迫ってた時の様子とか、絶対変だったよ。付き合ったら、何されるかわかんないよ」

 「そ、そんな・・・・・・私だって優子ちゃんのことあまり知らないけど、少なくともそんな人じゃないよ」

 「そんなことない、美咲は騙されてるんだよ。やめときなって、傷つくだけだよ」

 「で、でも」

 「でもじゃない」


 美咲の言葉を遮って、上から押しつけるように、そう断言する。

 美咲は尚も何かを言おうとして、しかし口をつぐんでしまった。

 二人の間に、重い沈黙が満ちた。十一月の風が、一層冷たく感じられた。


 「・・・・・・なんで、玲ちゃんがそんなに怒るの?」

 「え?」


 沈黙を破ったのは、美咲のそんな疑問だった。


 「優子ちゃんのこと、玲ちゃんには何にも関係ないじゃん」

 

 美咲は目をそらしながら、言った。

 自分の言葉の冷たさに心苦しさを覚えたのか、美咲は申し訳なさそうな顔をしている。それは丁度、悪さをした後にする表情と同じものだった。


 「関係ないって、なんで、なんでそんなこと言うの、美咲? そこまで優子さんと付き合いたいの? ねえ、どうして?」


 美咲の口から初めて聞く拒絶的な言葉に、私の心中はいよいよ平常を保てなくなっていった。

 ダメ、ダメだよ美咲。私たち一番の仲良しなんだから、そんなこと言ったらダメだよ。

 私の傍から、離れちゃダメだよ。

 気がつけば、私は美咲の肩を掴んでいた。

 そらしていた美咲の目が、私の目に合った。美咲は驚いたような、怖がっているような表情をしている。

 美咲が怖がってる? なんで? 

 そうか、美咲は優子さんに脅されているんだ。だから、こうして私に引き止められると、後で何をされるかわからないから、怯えているんだ。そう考えると、これまでの美咲の頑なな態度にも納得がいく。

 

 「れ、玲ちゃん?」

 「美咲、もう怯えなくていいんだよ。私が守ってあげるよ」

 「え? 玲ちゃん、何を・・・・・・」

 「もう隠さなくてもいいんだよ。ごめんね、私に隠し事するの、辛かったよね」

 「玲ちゃん、どうし・・・・・ひゃっ」


 美咲の肩を抱き寄せて、その小さな体を抱きしめた。可愛らしい声があがる。

 腕の中で震えて縮まる美咲を感じて、私は途方もない愛らしさと庇護欲を覚えた。

 

 「玲ちゃん、苦しいよ。離して、ね?」

 「大丈夫、美咲は私が守るよ。だから、ずっと私の傍にいなくちゃだめだよ」

 「わかった、わかったよ。だから、とりあえず一旦、離れよう」


 言われて、美咲を離す。

 美咲は二歩、三歩とよろよろ後退して、私を見た。そこには困惑の様子が見て取れた。


 「あ、手繋ごう。今日も寒いでしょ?」

 

 返事も待たず、美咲の手を取る。昨日と同じ、特別な温もりが伝わってくる。

 嬉しいな。やっぱり、美咲の一番は私なんだ。

 

 

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