二 亮介悶太
少年は、空を見ないで、亮介のほうを向いた。
二 亮介悶太
あれから二ヶ月、まだ少年は、一度も口を開こうともしない。その代わりに、亮介お坊ちゃまは、毎日熱心にあの少年の元へと、声をかけに行っている。
執事の黒坂は、毎晩、激しく暴れる、あの少年を抱きかかえ、入浴させている。お坊ちゃまに何かあったら大変だから。清潔に洗わねばならないのだ。
「ねえ、黒坂、お父様、お母様、帰ってきたらどうしよう。」
最近、私にそういって、おびえている事がある。
お坊ちゃまの御父母は、二人そろって別会社の社長であり、子供の事は、数年に何十回もない。けれど、御父母はそろって不潔な小動物を嫌う。彼らから見れば、あの少年は負け組みで、不衛生な動物だろう。お坊ちゃまは、過去の経験から、それをわかっているのかもしれない。
「大丈夫ですよ。まだ、連絡はありませんから。」
お坊ちゃまはにっこり、笑って少年のいる部屋へと駆け込んでいった。
「ねぇねぇー今日はあったかいよ、お外で遊ぼうよ。」
ボールを持ったお坊ちゃまが部屋に入室なされた。
それでも少年は、言葉を一度も発せなかった。
それは、私は、とっさの判断をした。
もしかすると・・・・・。中片家医療班を収集した。
「あの少年はもしかすると、虐待されていた可能性があります。直ちに見てください。」
そういった私の隣でうつむいていたじいやが、うなずいた。
「だから、話せなかったのか。」
亮介お坊ちゃまは、すぐに私たちの足元に来て、ズボンを引っ張った。
「ねぇねぇ・・・あのこ、どうしたの。」
心配そうに、目を潤ませて、聞いてくる。頬も、うっすらと赤みがさしている。
「大丈夫です。何でもありませんから。」
お坊ちゃまの目線で、そう答えると、
「何か、出来る事、ある?」
「・・・・それじゃ、私たちと一緒に、クッキーを焼いて、あげましょう。」
亮介お坊ちゃまは、コクンと大げさにうなずくと、自室に、エプロンを取りに走り去っていった。
「やはりあのこは、虐待を受けていました。」
班長が、お坊ちゃまがいなくなったのを確認して、言った。
「治るか?」
班長は、うなずいた。
「ただ、カウンセラーが・・・・。」
「亮介お坊ちゃまがいらっしゃる。大丈夫だ。」
「ねえ黒崎。まーだー。」
キッチンから、顔を出して亮介お坊ちゃまは、聞いてきた。
「えっと・・・じいやさん。」
「わたしは、あの少年といるから、お坊ちゃまを頼みましたよ。」
クッキーが、出来た。
「入ってもいいですか?」
音感のある声で、入室許可を取った。
「お坊ちゃま、どうぞ。」
あの少年の変わりに、じいやが答えてくれた。
「入ります。」
お坊ちゃまが入ると、少年はお坊ちゃまの持っている袋を見ていた。
「なあに、それ?」
それは、虐待を受けた少年が、きちんと答えた、はじめの一声だった。
これまでの少年の語りかけで、やっと、心を開いてくれたのかもしれない。
これからが、お坊ちゃまと、少年の一歩である。