67話 馬車の中で
「そろそろこっちを向いてくれよ、ヴィクトリア」
「……」
このやり取りは何度目になるだろうか。俺を見て気を失ったヴィクトリアは、数分程で目を覚ました。目を覚ましたのだが、俺について来てと一言言ったら馬車に戻ってしまったのだ。
仕方がないので、一旦服を着替えてくると、侍女のマリーさんに伝えて、家に戻った。どういう理由で呼ばれたかはわからないが、さすがに汗まみれ、砂まみれのまま馬車に乗るわけにはいかないからな。
ロナには村に残ってもらい俺だけが馬車に乗る。中は6人が座れるようになっており、扉から一番奥の席にヴィクトリアが、その向かいにマリーさんが座り、俺はヴィクトリアとは反対側の入り口側に座る。
ヴィクトリアは顔を赤くして、ずっと窓の方を見ているだけだ。たまに、マリーさんとは話をするが、俺の方には全然顔を向けてくれずにじっと外の風景を見ているだけ。
それからは何度話しかけても、外を見ているだけ。なんでだろうかと思っていると、マリーさんが教えてくれたのだが、俺の裸を見たのが原因らしい。
どうやら、男の裸を見たのは家族以外は初めてらしい。家族でも最近は見る事が無く、子供の時以来なので驚いてしまったのだろうとマリーさんは話す。
その話は馬車の中でしているためもちろんヴィクトリアにも聞こえていて、顔を真っ赤にしている。そろそろ湯気が出るんじゃ無いかというぐらいだ。そして
「も、もう! やめてください! マリーもなんでそんな嬉しそうに話すのですか!」
ヴィクトリアが怒ってしまった。いや、怒ったというよりかは恥ずかしいのでやめてほしいって感じか。ぷるぷると震えて涙目だし。可愛い。なんだか、小動物感があるよな。ウサ耳したら物凄く可愛いんじゃ無いのか? そんなことを思っていたら
「……一体何を考えているのですか?」
「……ベツニナニモカンガエテイマセンガ?」
と、ヴィクトリアはジト目で俺を睨んでくる。なんでわかったんだ? 今度は俺が外を見ながら誤魔化すと、はぁ〜、と溜息を吐きながらもういいですよと諦めた。
「でも、男の裸ぐらいでそこまで恥ずかしがらなくてもいいんじゃ無いのか?」
と俺が言うと、ヴィクトリアは
「ははは、恥ずかしいに決まっているじゃ無いですか!? 普通は家族と夫となる方以外は見ないはずですよ!」
と、反論して来た。貞操観念が固すぎるだろそれ。学園とか行っていたら見る事もあるだろうに。そう思っていたが、どうやらヴィクトリアが特別らしい。
昔から王妃として育ててられて来たからか、そういう教育も厳しかったらしい。まあ、それは仕方がないか。王妃が王以外の他の男に目を向けるわけにはいかないからな。
そのため、今までは王宮と学園以外での男との接触は家族と家臣以外は殆ど無かったらしい。王宮と学園でも、最小限にしていて、ほとんどは侍女の2人が応対していたとか。だから、男の裸を見る事は今までなかったと言う。
そこまで聞いたらなんだか悪い事をした気になってしまう。今は言うのは悪いが王太子とは婚約を解消しているから、この程度で済んでいるが、もし、解消前だと、色々と問題になっていかもしれない。
「それは悪い事をしたな。ごめん」
「あっ、い、いえ、謝るような事ではありません! ……それに成人近くの殿方のを家族以外で初めて見ましたがとても逞しかったですし、何よりあの大きな傷も……」
「ヴィクトリア?」
「ふぇっ!? ななな、なんでもありません! 大丈夫です!」
ヴィクトリアが1人でぶつぶつと言い始めたので、顔を覗くと、ヴィクトリアは慌てたように手をぶんぶんと振る。本当に小動物感が半端ない。
「ふふふ」
そんな風に俺とヴィクトリアが話していると、横から笑い声が聞こえる。俺とヴィクトリアが笑い声のする方を見ると、当然そこにはマリーさんが座っているわけで、口元を手で押さえて笑っていた。
そして、俺とヴィクトリアの視線に気がつくと、慌てて取り繕うのだが、すでに遅いよ。
「すみません、お嬢様。お嬢様があまりにも楽しそうなのでつい……」
「楽しそう? 私がですか?」
「ええ。侍女風情の私がこんな事を言うのはいけないのですが、婚約を破棄される前はこんな風に楽しそうに話す事はありませんでした。いつも、王妃になるための勉強や、重荷に耐えて辛そうにしていましたから」
マリーさんがそう言うと、ヴィクトリアも心当たりがあるのか、うっ、と顔を俯かせる。
「……そうですね。その時に比べたら、肩の荷が下りた今は楽しいのかもしれません。今思えば、私には合っていない立場だったのでしょう」
ヴィクトリアはそう言って再び窓の外を見る……なんか物凄く気まずい雰囲気になったぞ。婚約破棄されて良かったね、とは、口が裂けても言えないし。ど、どうすれば……。
「まあ、その事は今はいいでしょう。もう既に終わった事です。それよりも、かなり時間がかかってしまいましたが、本題に入ります。なぜ、レディウスを呼んだかです」
心の整理がついたのか、ヴィクトリアは窓の外から俺に視線を向ける。ようやく俺が呼ばれた理由がわかるのか。
「お父様に私が対抗戦に出る事を話したら、そのチームのメンバーに合わせろって言って来たのですよ。信用出来るかどうか見極めてやるって」
ヴィクトリアがどこか疲れた風に呟く。
「でも、今までもチーム組む事はあっただろ? 今までは呼ばれた事は無いのか?」
「今までは貴族の子息や令嬢でチームを組んでいたから会わなくても素性は知っているからです。ですが、今回は初めて貴族以外の人が入っているので、お父様が見てやるって言い始めて。私は信用出来るから大丈夫と言ったのですが、お父様は実際に見ないと認めないって……」
……俺のせいじゃ無いか。それはヴィクトリアには悪い事をしてしまった。折角の休日に。
でもまあ、自分の娘のチームに何処の馬の骨かもわからない奴が入るのは嫌なのだろう。何となくわかる気がする。
「まあ、会うぐらいなら別に」
「それから、多分実力が見たいと言ってくるはずです」
会うぐらいなら別に大丈夫、と言おうとしたら隣からマリーさんがそんな事を言ってくる。それじゃあ、誰かと戦わないといけないのか?
「ええ。お父様はそう言うでしょう。実際に見ると言うのは実力も見ると言う事なので。相手は先ほど話したと思いますが、私の護衛をしてくださっているグリムドになると思います」
ああ、さっきのイケメン金髪護衛か。終始俺の事を睨んでいた人だな。
「彼は私の3つ上の21歳で、3年前に学園の騎士学科を首席で卒業した人です。ベイク家の次男で、代々セプテンバーム家の護衛を担っている家系なのです。家督のゲルムドが父に、長男のガラムドが兄の護衛をしています」
へぇ〜、代々護衛をする家系ね。それなら騎士としても強いのだろう。やばい。少し楽しみになってきた。
それから、今日の予定について色々と話を聞いていると、王都の屋敷についたらしい。王都の門での確認がなかったのであれ? と、思ったが、貴族専用の門で、セプテンバーム家の家紋入りの馬車を使ったら確認せずに素通り出来るらしい。この馬車かなり便利だな。
まあ、その馬車を作るには王家の承認が必要らしいのだが。かなり面倒な手続きになるらしい。
「それじゃあ、降りましょうか」
さて、セプテンバーム公爵ってどんな人なのだろうか。粗相の無いようにしなければ。




