283話 平穏の後に
「ふっ、ふっ、ふっ……なあ、にいちゃん、もっと凄え技を教えてよぉ〜。素振りばっかりで飽きた」
さっきまで振っていた木剣の切っ先を下げて、バットが俺にそんな事を言ってきた。俺は笑みを浮かべたままバットに近づいて
ゴンッ!
「痛っ!!!」
拳骨を落とした。全く。俺が教える前に言ったことを完全に忘れているな。
「剣術を教える前に言っただろ? バットに教えるのは剣の持ち方や振り方の基礎だけ。それ以外は時間がないから教えるのは難しいと」
「うぅぅ〜」
それに、バットはしっかりと剣が振れるほど体が出来ていない。剣を振るための筋肉がない。それなのに技なんか教えたら、剣に振り回されるだけだろう。
俺は家を追い出される前までずっと素振りを続けていたお陰で、直ぐにでも教えてもらえたが、俺も3年近くは素振りだけだったしな。まあ、技を学ぶ機会が無かったのもあるが。
「今のバットに技を教えたところで扱えないし、下手をすれば怪我をする。そんな事になったら、お前は剣を振れなくなるかもしれないし、親父さんもシルも悲しむぞ。それでもいいのか?」
俺がそう尋ねると、流石に剣が振れなくなったり、家族を悲しませるのは嫌なのか、俯いて言わなくなった。ただ、バットの気持ちもわからなくはない。近くでこんなものを見たらな。
「はぁぁっ!!」
「くぅっ!! やぁぁっ!!」
バットに剣を教えている横で、ティリシアとアレスが剣を打ち合っていたのだ。それも結構本気で。ティリシアは騎士団入ってから覚えたと思われる自分の周りに氷の剣を浮遊させ、それを自由自在に放ちながら、自分も攻めるという戦法を取っている。
アレスは俺が教えた纏をちゃんと練習していたのだろう。剣に上手く魔闘装をし、更にその上に火魔法をエンチャントして炎を纏わせた剣で迫る氷の剣やティリシアの剣を受けていた。
華麗な2人が男顔負けの戦いをするものだから、周りには村の人たちが集まって観戦をしている。華やかながらも激しさのある2人の戦いはかなり見栄えのあるものだろう。
それを近くでバットは見ているため、どうしても技を覚えたくなるのだろうな。その気持ちはわかる。俺も師匠に技を見せてもらって、早く教えて欲しかったし。
しかし、そんな見栄えのある戦いを見せる2人がどうしてこの村にいるのか。理由はまあ俺だ。2人の気持ちを聞いた日の翌日、約束通りバットに剣の基礎を教えてあげようと思い屋敷を出たところに、2人が立っていたのだ。
理由はまあ俺に会いに来たというものと、ティリシアは俺に伝えたい事があって来たそうだ。だから、仕事に行く前にかなり早く出て会いに来てくれたようで。そこに朝早くから同じように会いに来てくれたアレスと鉢合わせしたようだ。
アレスにはティリシアにも思いを告げられた事は伝えていたため驚きは少なかっただろうけど、ティリシアは今日初めて聞かされたためかなり驚いていた。しかし「まあ、レディウスだからな」と何故か納得された。解せぬ。
そんな2人が来てくれたので、教えに行く時間を変えようと思ったのだが、2人も付いて行くから問題ないと言ってくれたので、2人と一緒に村に来たのだ。ちなみにロナは来ていない。用事があるようで。王都にいる間は休暇なのは伝えてあるため問題はない。
そして、2人を連れて村に来てバットに基礎を教えていたのだが、どうやら教えている俺たちを見て2人も体を動かしたくなったらしい。まあ、体を動かす範疇を既に超えているのだが。
そんな戦いもアレスを地面に縫い付けるように氷の剣が地面へと刺さり、アレスの首元にティリシアの剣が突きつけられて終わりを告げた。
「はぁ……はぁ……やっぱりまだ敵わないかぁ」
「ふふっ、だけどかなり腕を上げたな。所々ヒヤヒヤするところがあった」
ティリシアは氷の剣を霧散させて、アレスに手を伸ばす。アレスはその手を取り立ち上がる。その光景がまた良かったのか、観戦していた村人たちが皆拍手をした。バットも拍手をしている。勿論俺も。
それからガラナに誘われて、皆で朝食を食べて、2人を連れて王都に帰る。ティリシアは仕事だからな。あまり長居はさせられない。バットには基礎を教えたため、また何日かした後に見に来れば良いだろう。
2人をそれぞれの家に送り届けた後、俺はこちらで出来る仕事を片付ける。まあ、そんな大した仕事は無いのだが。
それから、帰りにティリシアから聞いた話であるティリシアの両親への挨拶も考えないと。日にちは準備などがあるようで明後日になったのだが、やはり挨拶になると緊張するな。一度は会っているとはいえ。
アレスの方はオスティーン伯爵で話し合ってくれるそうだし。何かあれば俺も伺えば良いだろう。そんな事を考えながら1日を終えたが、1つ問題があった。
それは……ロナが帰ってこなかったのだった。
明後日3月10日に黒髪の王2巻が発売されます!!
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