279話 お詫びと報告
「「乾杯!!」」
カンッとグラスがぶつかる音が響く。中には物を冷やす事の出来る魔道具である魔蔵庫に冷やされたエールが入っており、俺と目の前に座るティリシアが同時に飲む。
「……うーん! やはり、仕事終わりのエールは美味しい! しかも、この店は良く冷えているからより美味しく感じる!」
「確かに冷えているのは美味いな。ティリシアは良く来るのか?」
「はは、私の給料でも何ヶ月かに1回しか来られないさ。ここは商人や貴族が話しながらも楽しめるように作られている場所だからな。そこそこ高い」
なるほど。個室があるのも外部に漏れないような話をするためか。それに、魔蔵庫のあるような店だ。そこそこな金額はするのだろう。普通の店は食材を保管する用の小さいのしか無くて、飲み物を入れる物は普通は置かないからな。
「そんなところに連れてきてもらって悪いな、ティリシア。あっ、金額はもちろん払うぞ」
「ふふっ、そんな事は気にしなくて良い。滅多に来ないと言っても、支払えないからではなく、部下たちと行く事が多いから、こういうところを使わないんだ。それに、今日は久しぶりの再会とお詫びも兼ねている。私に払わせてほしい」
そう言って微笑みながらエールを飲むティリシア。そこまで言うのなら今日は甘えようかな。
「……そういえば、お前と2人っきりで話したり飲んだりするのは初めてだな、レディウス」
「んんっ……言われてみればそうだな。学園の時は基本5人でいたからな。卒業してからはバラバラになったし」
「そうだな。私は銀翼騎士団に、ガウェインは近衛に行ってから男爵領に、クララも家業を継いでいるし、そして、ヴィクトリア様はお前と……」
昔を懐かしみながら食事を進めるティリシア。そして、俺をじっと見てくる。どうしたんだ?
「最近、自分の周辺に異変はないか?」
じっと見てくるティリシアを見ていたら、突然そんな事を言われた。余りにも突然すぎる事で直ぐには答えられなかった。
「……どう言う事だ?」
「レディウスには話しても良いと言われているから話すが、実は元王子の行方がわかっていない」
「……それは、追放したから当たり前じゃないのか?」
ティリシアの言葉に思わず返してしまった。戦争の終わった後だから1年近く前、俺やヴィクトリアとの問題で廃嫡され、王都を追放されたウィリアム元王子。その行方が分からなくなっていると言うが、追放しているのだから分からなくなっても当たり前ではないのだろうか?
「実は陛下は元王子に監視をつけていたんだ。勘違いしないでほしいのだが、何かあった時に助けるためでなく、問題を起こさせないようにと、他の貴族が元王子を助けないように」
「監視か。それらが行方が分からないって事は」
「ああ、その監視からの連絡が途絶えたらしい。その後の元王子の行方はわからず、捜索しているが今に発見に至っていない。しかも、かなり早い段階にだ。軍部は貴族が匿っている線で捜索を続けている。それから、もしかしたらお前たちの元へ向かっているかもしれないとも考えている」
「……復讐を考えていると?」
俺の言葉にティリシアは頷く。俺はティリシアの冗談を言っていない表情に思わずため息を吐いてしまう。
「元王子が恨んでいるとすれば、間違いなくその原因となったレディウス、そしてヴィクトリア様だろう。何もないのが1番なのだが、注意してほしい」
ティリシアの言葉に今度は俺が頷く。嫌な話ではあるが、もしそんな事をするようなら容赦はしない。大切な家族を守るためならな。
「ふふっ、もう、すっかりと家族を思う男の顔だな、レディウス」
俺の顔を見てティリシアはそんな事を言ってきたので、思わず自分の顔を触ってしまう。今まで余り言われた事がなかったので、少しびっくりしてしまった。
「そういえば、ティリシアはそう言う話はないのか? その縁談とか婚約とか。ティリシアは綺麗だからひっきりなしだろ?」
この発言が良くなかったのだろう。ちょっと照れ隠しも含めて尋ねると、ティリシアはビクッと固まってどんよりした雰囲気が漂い始めた。ど、どうしたんだ?
「ふ、ふふっ、私なんかと結婚する男なんていないさ。どの男も初めは私の容姿にギドっとした視線を向けてくる癖に、少し話が進めば顔が引きつり、少し剣を見せれば、何が君とは一緒にいられないだ! お前が過去に討伐した魔獣を知りたいからと言うから教えたのに! お前が手合わせをしたいと言うからしたのに!
それなのに、何なんだ! 君は僕の理想じゃない、や、男より強い女は無理だ、とか! ふざけるな!」
そう叫んだティリシアはエールを一気に飲む。そして、空になったグラスをドンッと机に叩くように置いた。……かなり溜まっているんだな。
ティリシアは机にあるベルを鳴らして店員を呼ぶ。個室に入ってきた店員はティリシアの様子に気にした様子もなく注文を受ける。慣れているなぁ。
「うぅっ……私だってわかっているんだ。姉上たちやヴィクトリア様のように優しくてふわふわした方が男には人気があるって。だけど、仕方ないじゃないか! そういう性格なのだから!」
ぐびぐび飲んでは頼んで、ぐびぐび飲んでは頼んでを続けるティリシア。かなり飲み続けたティリシアは、最終的に潰れてしまった。仕方ない。連れて帰るか。




