223話 別れと誓い
「おおお、おち、落ち着け俺! ま、まずは深呼吸だ。ふー、ふー、ふー……よし。まずはどうしてこの状況になったか確認しよう。大丈夫……大丈夫だ俺。落ち着けば大丈夫。これもただ、間違えて同じ布団の中で寝てしまっただけだ。服を着ていないのも暑くて脱いでしまったのだろう。ははっ、なんて間抜けなんだ俺は」
自分の中で勝手に解釈して納得していると、隣でがさがさと身動ぐ音がする。恐る恐る音のする方へと顔を下げると、俺と同じ黒色の瞳の色と視線が合う。
視線の主人であるミレイヤは俺と視線が合うと、にへらぁと緩い笑みを浮かべ俺の腰へと抱きついて来た。そして、頭をぐりぐりと押し付けてくる。
な、なぜこんなに甘えてくるんだ? ま、まるで、一緒に夜過ごした次の日の朝のヘレネーやヴィクトリアと同じではないか。
ただ、このまま黙ってはいられないと思った俺は、ぐりぐりと頭を押し付けて甘えてくるミレイヤの肩を掴み体を起き上がらせる……っと、布団がめくれて見えるじゃないか! 慌てて布団を着せて何とか見えるのを防ぐ。
「お、おはよう、ミレイヤ」
「おはよう、レディウス。ううんっ! 気持ちの良い朝ね。昨日の夜も楽しかったし」
「そ、そうだな。そ、それで何だが……」
「ふふっ、言わなくても良いわよ。何もなかったから」
「え?」
あっけらかんと言うミレイヤに俺は戸惑いの声を出してしまった。ミレイヤはそんな俺の姿を見て、肩をバシバシと叩く。
「もしかして、この格好を見てヤっちゃったとでも思った? あはは、残念でしたぁ〜!
この格好なのは昨日酔って寝ちゃったレディウスが暑そうだったから脱がしたのよ。私も暑かったし、酔っていて自分の部屋に戻るのが面倒だったから一緒の布団に寝たってわけ。
今まで、森の中でも一緒に寝ていていたから今更気にし無いでしょ?」
……むっ、話を聞く限り、何もなかったようだが、まるで男と見られてい無いその言い方は少しイラッとしたぞ。
俺がジッとミレイヤを見ていると、ミレイヤはベッドから飛び上がる。綺麗な背中のラインとお尻が見えるが、空中で器用に一緒に取ったシーツを巻く。
「それじゃあ、昼にはおばば様が送ってくれるって言っていたからそれまでには起きて準備しなさいよ? おばば様、ああ見えて時間にはうるさいから遅れたりしたら送ってもらえないわよ」
ミレイヤはそう言いながら手をふりふりと振って部屋から出て行った。なんか遊ばれた気分だ、これ。しかも、何もなくて良かったと思う自分と、残念だと思う自分がいて、少しの間自己嫌悪に陥っていた。
しばらく自己嫌悪に陥っていたが、このままいても仕方ないと無理矢理納得して、準備をする。ベッドの側の机の上に綺麗に服が畳まれているのはミレイヤが畳んでくれたのだろう。
俺は服を着て装備を整えてから外に出る。既に日は登っているが、村の中は死屍累々といった風な感じだった。昨日余程楽しかったのだろう。村の大半が酔い潰れて外で眠っていた。
「自分たちと違う種族に初めて会えて、しかも、仲が良くなったのが嬉しかったのだろうね」
俺が眠っている村のみんなを見ていると、後ろからシルファさんがやって来た。シルファさんは特に酔った様子もなくいつもと変わらない。
「そんな大げさな」
「本当にそう思うかい? 人間は未知の存在に恐怖する。この子たちの前の世代の更に前、まあ、私の年代のアールヴ族はね、一度外を目指した事があるんだよ。未知の世界を知りたくてね。みんなが命を懸けて外に出た結果、どうなったと思う?」
今のシルファさんの話の流れからして……
「争いになったよ。人族は初めて見るアールヴ族に警戒して攻撃を仕掛けて来た。新たな魔獣として。とある冒険者パーティーが間に入ってくれなかったら、私たちは死んでいただろうねぇ」
「……それは」
確かにありえない事じゃない。現に俺は目の当たりしているじゃないか。新しい領地での獣人に対する偏見を。その結果ここにいるのだから。
「この村に来た人間はそのパーティー以来だからねぇ。私の年ぐらい以外は話にしか聞いた事がない中央の人間に初めて出会えた事と、しかも、自分たちをおかしな目で見ないレディウス、あんたの事を好きになったのさ。簡単過ぎるとは思うけどね」
そう苦笑いをするシルファさんだけど、嫌そうな顔ではなかった。そこまで好かれていたなんてな。でも、そうでないと俺のために間引きなんてしてくれないか。何か恩返しをしたいところだけど……。
「別に何かを返して欲しいわけじゃないさ。ただ、この村の事を覚えておいてくれたら良い」
「……わかりました。俺、戻ったら家族を連れてもう一回来ますよ。必ず」
「ははっ、期待せずに待っているよ……さて、少し早いが送ろう。森の出口まで送れば、1時間ほど歩けば森を抜けられるだろう」
シルファさんがそう言い魔力を放つと、周りの結界が歪む。外から見えないようにする効果も無くなり、結界の効果が弱まっている。同時に目の前に現れる光の門。
「レディウス」
目の前に現れる門を見ていると、服を着替えたミレイヤがやって来た。その後ろにはいつの間に目を覚ましたかわからないが、村のみんなもいた。
「……ミレイヤ」
「あなたに会えて良かったわ。私の知らない事を知っていて教えてもらえて。まあ、初めの出会いは最悪だったけどね」
「全くだ。俺もミレイヤに会えて良かった。ミレイヤに会えなかったら、今も森の中を彷徨っていただろう。ありがとうな、ミレイヤ」
俺は礼を言いながら手を伸ばすと、ミレイヤも手を伸ばし、握手をしてくれた。周りの村のみんなも、色々と言葉をかけてくれる。本当にみんなのおかげで俺は帰る事が出来る。本当にありがとう、みんな。
「さあ、これで出来たよ。あまり長い時間は開けていられないからね」
「はい。それじゃな、みんな! また会おう!」
俺はみんなに手を振りながら門を潜る。大平原の中で強く生きる種族、アルーヴ族。必ずまた彼らと会う。俺は心に誓い門を超えるのだった。
◇◇◇
「付いて行かなくて良かったのかい? あんな事までしておいて」
「……なんで知っているのよ、おばば様。もしかして見ていた?」
「まさか。男と女の情事を見る趣味なんて無いさ。でも、どうして嘘をついたんだい?」
「……そこまで聞いていたの? ……ただ、彼を困らせたくなかっただけよ。彼には彼の家族がある。それを割ろうなんて事はしたくはなかったもの」
「だけど、レディウスの血は欲しかったのかい?」
「し、仕方ないじゃない!? あんな強い人見たら疼いて仕方なかったんだから! おばば様もそうなんでしょ!? 昔出会った人間の冒険者パーティー1人と逢瀬したって聞いたわよ!」
「懐かしいねぇ。あの人は本当に逞しかったよ。あれ程異性に心を惹かれたのは初めてだったねぇ。それに、レディウスはパーティーの1人の『魔剣王』似ている。纏を扱うのに上手く、様々な剣の流派を極めたあの女のに」
「案外知り合いだったりしてね」
「かも知れないねぇ……ミレイヤ、あんたもそろそろ結界について覚えな。あんたが結界を張っている間は、私が外を見てきて、レディウスの事を聞いてきてあげるよ」
「……か、考えとく」




