206話 自覚
「ここなら周りを気にせずに戦えるだろう」
そう言いながら師匠に連れてこられたのは、懐かしの師匠の家がある山だった。俺がここを出てから結構経つがあまり変わってないな。
「ここがヘレネー様とレディウス様が修行した場所ですか」
「むむっ、この大自然の中、走り回りたくてうずうずしますね。これは私の中にある魔獣のせいでしょうか?」
俺たちと一緒に来たのはロナ、パトリシア、ガウェインだ。ヘレネーたちは師匠と軽く話しをしただけで、領地にいる。妊婦に転移をさせるのはあまり良く無い気がしたから残って貰った。
ヴィクトリアは普通に了承してくれたが、ヘレネーが渋ったので説得するのに時間がかかったけど。ただ、1つ問題があるとすれば
「……何故ここに帝国の獣人がいるんだ」
ローブの男がパトリシアを警戒していた事だ。ローブの男は腰にあるポーチから魔力を纏った槍を取り出して、パトリシアへと穂先を向けてきたのだ。まあ、その後直ぐに、師匠の仲間だというグレイドさんに殴られていたけど。
帝国って事は大国のベルギルス帝国の事か? その国にも獣人がいるのか……いや、多分だけどそこが元凶なのだろう。あの魔武器を作った。詳しく話を聞きたいけど、それよりも先に目の前の事だ。
「ここならローブを脱いでも構わないだろう」
男はそういってローブを脱ぐ。そのローブの下から現れた姿に俺たちは固まってしまった。まさか、伝説上の白銀の髪の毛を見る事が出来るとは。
「師匠。それで私の相手はこの黒髪の男か? ふん、この黒髪が私の相手になるのか?」
見下したように俺を見てくる白銀の髪の毛をした男。俺は困ったように師匠へと視線を向けると、その隣に立つグレイドさんが
「甘く見るなよ、フェラス。下手すればお前じゃあ本気を出させる前に負けるぜ?」
溜息を吐きながら白銀の少年、フェラスへとそう言う。その言葉が気に食わなかったのか、ムッ、とした表情で俺を睨んできた。まあ、この対応には慣れた。
「ったく。それじゃあ審判は俺がやるぜ。どちらも本気で構わねえ。殺す気でやれ。いざとなれば俺かレアが止めてやるからよ」
グレイドさんはそれだけ言うと、俺たちから均等に距離を取る。もう構えろって事なのだろう。本気でって言われたが、どうするべきか。
「どうした? 怖気付いたのか?」
ふん、と鼻で笑いながら俺を見てくるフェラス。ちょっとイラっとしたぞ。よし、お前がその気なら俺も本気でやろうじゃ無いか。まあ、本気と言っても、抜くのはシュバルツだけだが。
「それじゃあ、始めるぞ……フェラス、油断すると死ぬぞ。始め!」
ぼそりと呟いたグレイドさんの声は俺以外には聞こえなかったようだ。まあ、殺さないけど。俺はグレイドさんの合図と共に魔闘脚を発動し、一気にフェラスへと迫る。
フェラスは突然目の前に現れた俺に驚きながらも、何とか槍で突きを放ってくるが、そんな慌てて体勢を崩した突きなんか何の脅威でも無い。
向かってくる槍の穂先を左手で弾き、そのまま首元にシュバルツを突きつける。勝負は一瞬でついてしまった。シュバルツが喉元に突きつけられ固まったフェラス。俺はチラッとグレイドさんの方を見ると、グレイドさんは頭を抱えていた。
「ったく、情けねえぜ。全く本気を出させないまま1発で負けるなんて。いや、これは俺の育て方が間違えたな。王子だからと少し引いて教えていたツケが来たんだろう」
「くっ、し、師匠! もう一度やらせてくれ! 今度は油断しない!」
「戦場だと今ので死んでるんだよ! 甘い事言ってんじゃねえよ! と言いてえところだが、構わないかレア」
「私に聞くんじゃないよ。相手をしているのはレディウスだ」
師匠がそう言ったためグレイドさんが俺を見てくる。まあ、やる分には構わない。王子とか色々聞き捨てならない言葉が出て来たが、やる事は変わらない。俺は元の位置に戻ってシュバルツを構える。
「すまねえな。フェラス、これはお前の慢心を払う最後の機会だろう。レディウスから学べるものは全て学べ。始め!」
グレイドさんの合図と共に俺は先ほどと同じように魔闘脚をして向かおうとしたが、やはりといったところか、フェラスも俺と同じように纏を発動していた。
更には全属性の属性付与を纏に付与していた。これは昔対抗戦の時のランバルトと同じか、それ以上だ。さっきまで慢心していたのは確かなようだ。
更に各属性の初級魔法も放って来た。くそ、羨ましい。フェラスはランバルトみたいに制限がないらしい。
初級魔法は威力が低い代わりに発動の速度が速いからな。これだけ数を撃って来られれば厄介だ。
「明水流、魔流」
俺は体全体に魔力を流して、迫る魔法を逸らして行く。その間にフェラスは槍に魔闘装して突きを放って来た。さっきの苦し紛れの突きではなく、洗練された突きだった。
シュバルツで弾くが、フェラスは直ぐに槍を引き寄せて再度突きを放ってくる。本当にさっきまでとは動きが違うな。
数度突きを放って来た後に、石突きを横に振ってくる。シュバルツで受けると、今度はその反動で戻すように穂先の方を振って来た。
迫る槍を頭を下げて避けると、その場所に魔法が降ってくる。風切で撃ち落とすが全てを撃ち落とすのは無理か。
後ろに下がって魔法を避けるけど、俺の後を追いかけるようにフェラスが迫る。連続で突きを放ってくるのをシュバルツで逸らすが、このままだとジリ貧だ。一気に決めさせてもらおう。
俺は迫る槍を何度か避けた後に掴んだ。そして突いた勢いを利用して引っ張る。当然バランスを崩したフェラスは何とか踏ん張ろうとするけど、そのまま槍を振り回してフェラスを放り投げる。
まさか投げられると思っていなかったフェラスは、耐え切れずに宙に舞い地面へと叩きつけられた。その喉元に俺はシュバルツを向ける。
「勝者レディウス」
今回も俺が勝った。フェラスは悔しそうにするが、再び勝負を挑んで来た。再度グレイドさんを見るけど、グレイドさんも頷く。やれるだけやってくれって感じだな。
それから俺だけでなくロナやパトリシア、ガウェインも参加してフェラスと訓練をしていった。フェラスは全戦全敗とロナにも負けてしまって悔しそうだったが、最後は俺の事をライバルとか言って帰ってしまった。
その日からちょくちょく手紙が送られるようになって来たのだが、まさかフェラスがあの大国であるメルトファリア王国の王子だとは知らなかった。
物凄くボコボコにしてしまったけど、良かったのかと師匠に確認したけど、あの王子の師匠であるグレイドさんが認めているから大丈夫だろうとの事。
手紙にも俺の事はライバルであり親友だから何かあったら助けてやると、書いてあったし大丈夫なのだろう。いつの間か大国の王子と親友になっていたけど。
だけど、この縁が将来関わってくるとはこの時は思いもしなかった。