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110話 王太子

「いや〜、まさかこんなところでお会い出来るとは、光栄ですなぁ〜」


 でっぷりと太った男がニタニタと笑みを浮かべながらフロイスト王子たちに近寄って来る。後ろにはこの男の護衛と思われる槍を背負った金髪の女と、男たちを止めようと侍女が走って来る。


「お、お待ち下さい、マンネリー様! この庭は立ち入りは禁止となっております!」


「なに、少し王子たちに挨拶をするだけだ。直ぐに終わる」


「マンネリー?」


 でっぷりと太った男は侍女にそれだけ返して、再びフロイスト王子たちの方を向く。シルフィオーネ様が2人を庇うように立ち、フロイスト王子もベアトリーチェ様を隠すように立つ。


「あっ、どこかで聞いたことあると思ったら、マンネリー商会ですか」


 俺がその光景を見ていたら、ヴィクトリアがそんな事を言い出した。どうやらヴィクトリアでも知っているようだ。


「マンネリー様、どうかここから立ち去り……きゃあっ!」


 侍女が何とかマンネリーとかいう男を庭から出そうと声をかけるが、その言葉は続かなかった。なぜならマンネリーがその侍女を叩いたからだ。それにあの侍女ってさっき俺を呼びに来た侍女じゃ無いか。首に奴隷の首輪を付けている。


「ふん、王太子妃のおかげで王宮にいられる犯罪者の娘が、私に命令するのか?」


「っ……そ、そういう訳ではございません」


 侍女はマンネリーの言葉に悔しそうに歯をくいしばる。俺の時は無表情だったけど、良い顔じゃないけどあんな顔も出来るんだな。


「なら、黙っているんだな」


 マンネリーはそのまま振り返り、フロイスト王子たちに近づく。あの人がどういう人かは知らんが、あんなに怖がっているフロイスト王子たちをこのままにしておく事は出来ないな。俺はみんなの前に立ち、マンネリーとフロイスト王子たちの間に割り込むように立つ。


「何だ貴様は……黒髪だと? 気持ちの悪い奴が! なぜ貴様のような奴が王宮にいる!」


「私はフローゼ様からフロイスト王子たちを任されておりましてね。見ず知らずの方を近付けるわけにはいかないのですよ」


「き、貴様! 私の事を知らないと言うのか! この国でも1.2を争うマンネリー商会の会長をしている私を!」


 何だ、この国の商人だったのか。国でもトップに立つ商会か。だからヴィクトリアは知っていたんだな。だけど残念ながら


「ええ、知りません」


 俺は笑顔で答える。自国の商会ですら知らないのに、他国のを知っているわけないだろうが。俺の言葉に怒り、顔をタコみたいに赤くするマンネリー。


「貴様、私を侮辱して無事でいられると思っているのか? 私には懇意にしている貴族がいるのだぞ? その方たちに頼めばお前など……」


 話が通じないとなったら今度は脅しかよ。もう、下手に出るのはやめだ。


「あんたこそ、わかってその事を言っているのか? 俺はこの国の人間じゃない。その上、今回は親善戦の参加者としてこの国に来ている貴族だ。その俺に脅すと言う事は、アルバスト王国を脅すと言う事になるが?」


 まあ、少し言い過ぎている部分はあるが、少なくとも他国の貴族を脅しているのは変わりない。曲がりなりにも俺は男爵だからな。


「ふん、お前が貴族だと? 黒髪が貴族になれるわけがなかろう。嘘をつくならせめてマシな嘘をつくんだな」


 しかし、マンネリーは俺の事を貴族だと信じなかった。ここで黒髪が足を引っ張るとは。これは自分の国でも起きる事だからな。頭に入れておかないと。そこに


「彼は、間違いなくアルバスト王国の貴族だよ、マンネリー」


 金髪のイケメンの男性が王宮から歩いて来た。20代の甘いフェイスで誰が見てもイケメンだと思う顔をしている。この人は昨日トルネス陛下の隣にいた男性だ。確か


「レ、レグナント殿下!」


 マンネリーは慌てて膝をつく。俺も様子を伺っていたヴィクトリアも。立っているのは息子であるフロイスト王子とベアトリーチェ様だけだ。


 昨日は遠目で見ただけだが、この人がトルネス王国の未来の王、レグナント・トルネス王太子か。後ろには屈強そうな護衛が付いている。本人は優しそうな表情をしているが、雰囲気は少し怒っているように見えるな。


「この庭は、現在、親善戦でアルバスト王国の参加者たちが来ていてこの庭も使うから、王宮で働く者や住む者以外は、立ち入り禁止になっているはずだけど、どうして此処に居るんだい、マンネリー?」


「そ、それは……」


「それに、他国の貴族であるアルノード男爵への暴言。彼はアルバスト陛下からも目を付けてもらっている男爵だ。そんな彼がアルバスト陛下にこの事を話したらどうなるかな?」


 いや、目を付けてもらっている事は無いと思うけど。物珍しいとは思っているかもしれないが。


 ただ、マンネリーもさすがに不味いと思い始めたのか、顔を青くさせている。


「その上、私の愛する妻、フローゼの大切な家族であるヴィクトリアに対しても、君はそんな態度を取っている。もし、君がこれ以上、彼たちに何かをするというなら、妻は黙っていないだろう。もちろん、妻がやるつもりなら私も手を貸す。これがどういう事かわかるかい?」


 遠回しにだけど、次期国王を敵に回すつもりか? と脅している。この人見かけによらず怖いな……。


「も、申し訳ございません」


 俺が恐ろしげにレグナント王太子をちらりと見上げていたら、マンネリーが謝罪の言葉を呟く。絞り出すように出したその言葉は、屈辱に震えていた。


「まあ、君はこの国に色々と貢献してくれている。それに、他国で知らなかった。アルノード男爵」


「はっ!」


 俺はここで初めて頭を上げる。


「申し訳ないけど、ここは私の顔に免じて彼を許してやってくれないかい? 彼も知らなかったんだ」


「レグナント殿下がそうおっしゃるなら私は何もございません。私もマンネリー殿に失礼な事を言ってしまいましたし」


「うん、それならこれで解決としよう。マンネリーも良いね?」


「はっ、問題ございません」


 マンネリーはそれだけ言うと、レグナント王太子に頭を下げて、去って行ってしまった。ただ顔を赤くしていたのは、怒りからだろう。


「父上!」


「おとうしゃま!」


 ようやく、空気が軽くなったのを感じ取ったのかフロイスト王子とベアトリーチェ様がレグナント王太子に抱きつく。レグナント王太子も優しく2人を抱き締める。


「2人とも大丈夫だったかい?」


「はい、レディウスが守ってくれましたから!」


「ん! くろ、かっこ、よかった!」


「そうかそうか。アルノード男爵、2人をかばってくれてありがとう」


「いえ、私は当然の事をしたまでです」


「ふふ、面白そうな男だ。申し訳ないが、私もすぐに戻らなければならない。フローゼがお茶会が終わるまで、もう少し見ててくれるかい?」


「はい、お任せ下さい」


「頼んだよ。それからヘレナ。君は私について来て」


「し、しかし……」


「大丈夫だから、ね?」


「……はい」


 そう言って、レグナント王太子は王宮に戻って行ってしまった。フロイスト王子やベアトリーチェ様。シルフィオーネ様やスザンヌちゃんが、俺の事をかっこいいと言いながら俺の周りを回り始めた。


 それを見て、俺もヴィクトリアも和むのだった。

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