閑話 とある侍女たちの妄想
本日2話目の投稿となります。前話がまだの方はそちらを先にご覧ください。
「ふわぁ〜、朝から眠いですね〜」
「ほら、さっさと行くわよリリィ」
「はぁ〜い〜」
私は先輩侍女であるマクリン先輩の後に続きます。私の名前はリリィ。まだ侍女となって1年目の新人です。
今朝も早くから仕事が始まって瞼が重たいです。マクリン先輩の後ろでうつらうつらとしながらも付いて行っていると、突然何かにぶつかります。いたぁ〜い! 一体何が? と思ったらどうやら立ち止まったマクリン先輩にぶつかったようです。
マクリン先輩は、廊下の窓から見える庭の方を見て立ち止まっていました。
「マクリン先輩、一体どうしたのですか?」
「しっ! リリィ、こっちに来なさい!」
マクリン先輩はそのまま窓際まで寄って隠れながら窓から見える景色を見ます。私はその隣でマクリン先輩と同じように窓を覗きます。マクリン先輩が指差す方を見ると
「あれは……黒髪ですか!?」
ふわぁ〜、黒髪の人なんて初めて見ました。私はこれでも男爵家の次女です。今まで黒髪なんて噂程度でしか聞きませんでしたが、本当に存在していたんですね!
「あの人、多分フローゼ王太子妃お付きの先輩侍女たちの間で噂になっている人よ」
「噂……ですか?」
「ええ。なんでも、今回の親善戦の4年生の代表の1人らしくて、アルバスト王国の男爵らしいわ」
「へっ? 子息とかでなくてですか?」
私がマクリン先輩に尋ねると、マクリン先輩は頷きます。ふへぇ〜、話を聞けば、私より年下なのに既に家を継いでいるのですね。凄いですね。因みに私は16歳です。
「それから、もう1つ聞いたのだけど」
「何をですか?」
「なんでも、ベアトリーチェ様に気に入られているそうなのよ」
「ええっ!?」
私は驚きのあまり声を出してしまいました。そしてマクリン先輩に叩かれます。でも、仕方ないじゃないですか!
ベアトリーチェ様は気に入った人にしか近寄ってくれないと私は聞いた事があります。王太子妃様お付きの侍女の人たちでも、気に入らなければ手すら繋いでくれないと聞きます。それが、昨日初めて来られた人が気に入られるなんて。
私はそんな黒髪の男の人を見ます。ふわぁ〜、凄いです〜。私あまり武術なんてわかりませんが、あの人の動きが凄いのはわかります。マクリン先輩も魅入っていますし。
そして、少しすると終わってしまいました。私もマクリン先輩も黙って見てしまいました。噂では黒髪の人は汚くて下賤だと聞いた事がありますが、あの人からはそのような事は全く思いませんね。逆にそれを言っている貴族の人たちの方が汚く見えます。口に出しては言えませんが。
「あっ!」
そんな事を考えていたらマクリン先輩が声を出します。いったい何が? と思って見てみれば、とても綺麗な人が黒髪の男の人と話をしていました。
あの人は私も知っています。確かお名前はヴィクトリア様。アルバスト王国の公爵の令嬢でフローゼ王太子妃様とも懇意にされている方と聞きます。
そんな人とあんな親しげに話すなんて、どういう関係なのでしょうか?
「もしかしてあれは……禁断の恋なのかしら?」
「ふえぇっ! 一体どういうことですか、マクリン先輩!?」
私は驚いてマクリン先輩の方を見ます。マクリン先輩は自信満々に
「だって考えても見なさい。黒髪の男の人は貴族と言っても男爵位。それが公爵家の令嬢と釣り合うわけが無いじゃない。それに黒髪だしね。だから、表立ってはただのチームとして過ごしているけど、朝早くから、もしくは夜遅くに出会って数少ない時間を逢瀬に使っているのよ!」
そんな事を言って来ました。おおっ! なるほどですね! そう言われてみれば、ただのチームメイトや学園の生徒とは思えないほど仲が良さそうです。そう考えた方が確かにしっくり来ますね!
それから、2人は仲良くお庭を散歩し始めました。ああ、まるで物語のようですね。2人は決して結ばれないとわかっていても会ってしまう。いずれこの時間が辛い時間になるとわかっていても、会いたくなってしまう。私とマクリン先輩は目が離せませんでした。
そして、2人は近くにあったベンチに座ります。それから2人は真剣な表情をしたり、物凄く暗い顔をしたりしています。一体、なんのお話をしているのでしょうか? 気になります。
「多分、これからの話をしているのね。この親善戦から戻れば、あの2人はもう4年生だから学園は卒業。そうなれば、2人の接点は無くなってしまう。女性の方も婚約者がいるでしょう。だから、これからどうするか話していると思うの」
なるほど。だから女性の方はかなり辛そうな顔をしているんですね。うぅ〜、そう考えたら涙が出そうです。一緒になりたいけど、離れ離れになる運命。うぅ、可哀想です。
私がハンカチで涙を拭いていると、再び
「えっ!? 嘘!」
と、マクリン先輩の驚く声が聞こえて来ました。私は涙を急いで拭いて、窓から覗きます。すると
「うわぁっ〜、物凄い笑顔です!」
先ほどまで悲しそうな顔をしていた女性の方は、私たち女が見ても綺麗だと思うほどの笑顔を黒髪の男の人に向けていました。
「まさか、なんて人なの!」
「一体どうしたのです、マクリン先輩!?」
「あ、あの黒髪の男の人は、多分、告白したのよ。お前は絶対に俺が貰うって」
「きゃぁあああ!」
私は興奮のあまり叫んでしまいました。でも、それって
「もしかして、それって逃避行って事ですか?」
それは、これから辛い人生が待っているのではないでしょうか? そう考えたら……
「いえ、あの人の顔を見ればそれはあり得ないわ。多分周りを認めるほどのするつもりなのよ、あの人は」
「い、一体何をするのでしょうか?」
「わからないわ。だけど、前は戦争もあったし、アルバスト王国にはまだ未開の土地もある。勲章を得ようと思ったら出来ない事も無いわ」
あわわわ! す、凄いです! 1人の好きな女性のためにそこまで……。そんな事言われたら確かにあんな嬉しそうな顔をしても不思議ではありませんね。
それから、2人はベンチから立って再び歩き始めます。あわわ、あの指が触れそうで触れない距離。そんな距離を保ちながら2人が離宮に戻るまでマクリン先輩と私は目が離せませんでした。
「ふぅ、凄かったわね」
「は、はい、朝からとんでもないものを見てしまいました」
あまりにも驚きの連発だったので、眠たかった私も目が覚めてしまいました。
私もマクリン先輩も物凄いものを見てしまったので、そのまま、興奮して動けませんでした。しかし、それがいけませんでした。なぜなら
「あなたたち。こんな場所で何をサボっているのです!」
と、侍女長に見つかってしまったからです。当然覗き見していたなんて言える訳もなく、その日の仕事は倍になってしまいました。でも、物凄いものを見てしまったので、良しとしましょう!
今回の話はあくまでも侍女たちの視点から見たレディウスとヴィクトリアの姿です。侍女たちには2人の話し声は聞こえておらず、雰囲気から想像しているだけなので、本編とは関係ありません(笑)




