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和登 乙芽 消える攻略相手

 現実味を帯びてきた世界で一番困る事、それは勉強だった。

 教科書を理解し憶える事だけでいいとは言え、何年も離れていた知識に苦悩する。今までのテスト物は暗記物ばかりだったので、その弊害がかなり痛い。

 本格的な授業があるゲームなんて、誰もしたがらないと思う。


「正直泣きたい……」


 学校の休み時間も前の授業で分からなかった箇所を復習している。誰かへ声をかけるなんてそんな暇も勿体無い。

 しかし二十歳を超えて社会人になり、三十路近くになると毎日肌の衰えに悩んでいたよ? 年はこれ以上取りたくない、若返りたいと……。

 願いが叶って若くなった代償にまた勉強ならお断りだ! と今ならはっきりと言える、言えるぞ。若い時にお手入れしておけばよかった、肌に気を遣っておけばよかったなーなんて余裕が無ければ出来ない。

 現に自分磨きどころか『プリティ』を継続させる事さえ難しくなってきているのだ。

 そして不意に心が飛ぶ。ここは何? と。

 本音を言うと、現実逃避だけど。実際、少し前ならば現実じゃないとはっきりと分かった。でも今はそれすら疑わしい。頭上にあるパラメータと重い攻略本、それだけが現実ではないと教えてくれる。

 それすらも消えてしまったら、現実と相違なくならないだろうか? そうなったら私は、私はこのままこの女の子として『和登 乙芽』として生きなければならないのでは? 元の自分に戻れないかもしれない不安に目を閉じる。

 時間も体感でき、飲食の味も、場所もリアル過ぎて……怖い。


「ねぇ、和登!」

「あ、何?」


 体を大きく揺らされ、閉じていた目を開く。すると男子の顔が目の前にあったので、驚き仰け反った。どうやら私の体を揺らした相手は田地江くん。

 可愛らしい容姿の男子なのだが勉強が大嫌いで美意識が高く、いつもナチュラルな化粧をしているそうだ。一番気を遣っているのは眉毛の手入れだっけ。あまり眉ばかり見つめると不機嫌になるので、知らない振りをしておきましょう! と本に注釈があった。


「もぉー! 和登ってば寝てた? ここガッコだよ?」

「う、うん。ごめんね」

「ここで寝るって、最近寝不足なんじゃないの? 顔が不細工だよ」

「……そ、そう?」


 つい頬を撫でてしまう。パラメータの維持に時間を費やしているから、勉強よりも美容は二の次にしてしまっている。それがあまりよくない状況だと分かっているけど、分かっているからと言って善処できるか? いや出来ない。

 結局、自身が学生の時と同じ道を辿っている。


「でさ、今度どっか一緒に行こうよぉ~」

「どこかって」

「カラオケ? ついでに新作のクレープも食べたいなぁ」


 う、うーん。どちらも好きなら付き合えるけど、あまりカラオケは……。ゲーム色が強かった時は一選択で終わる会話なのに。


「あー……でも、試験前だよ? 少しは勉強した方が」

「そんな事ばっか言って! 和登、最近付き合い悪い~」


 アヒル口になりながら甘えていたが、田地江くんが嫌がる『勉強』ワードを出すと更に不満そうにこちらを見つめる。


「でも勉強しないと私、頭が悪いから」

「ならしょうがないなぁ、一緒に勉強でもいいよぉ」


 これは本気で嫌そうだ。

 勉強でも良いと言いながらも不満タラタラ。ちらりと彼の頭上を見れば、どんどん好感度が下がっていっている。とりあえず早く返事をしなければいけないけど、好感度を高くしても駄目だから難しい。


「そうだ、クラスのみんなを誘って勉強会はどうかな?」

「えー、僕は和登を誘ったのに、みんなも誘うの~?」


 好感度だけでなく親密度も下がり始めた。

 嫌われてしまう! 焦ると妥協して相手に合わせたくなるが私も命も惜しい。なので何も言わずに曖昧な笑みを浮かべれば、ムッとされる。


「分かった。別の子誘うからね!」


 とうとう好感度が大幅に下がり、親密度も半分を切った。

 ゲームだとボタン連打で素早く終えるであろうこのやりとりも、現実に近ければ苦痛でしかない。


「はぁーあ……僕、もういいや。つまんない」

「田地江くん?」

「和登なんか、いーらない」


 突然立ち上がると彼はそう言い放ち、席から離れていった。

 何が? と聞けば良かったのかもしれない。けれど田地江くんの横顔は無表情で寒気がした。可愛らしく笑っていたのが嘘みたい……怒らせちゃった?

 阿以川くん攻略の合間を縫って約束をした方が良かったのかな。そうなると勉強の時間もだけど阿以川くんに掛ける時間も減ってしまう。他の人とデートをする時間を作るよりも折角こうして選択以外の会話も出来るのだ、違う方法で友情を育めばいい。 

 ただ、頭上のパラメータの評判が少し減った。これだけですぐに落ちるのは、周りで見ている人がいるからなのだろうか。

 つい教室の中を確認すると、全員がこちらを見ていた。


「!?」


 笑っている人、侮蔑の目を向ける人、無表情の人。

 なんだか彼らが精巧な仮面を被った人形のようで怖い。でもここで嫌悪を出しても印象が悪くなる。必死に笑顔をかえすも反応は変わらなかった。

 急に心許無くなり、クラスメイトである攻略対象者に声を書ける。


「あ、阿以川くん!」


 狙っている相手なのだから近寄っても大丈夫なはずと席に駆け寄った。

 彼も私へ顔を向けた一人なのだが、静かに笑っている。彼は私が田地江くんと会話している所を見てどう思ったのだろう? 気を悪くした? いいや、相手はAIなのだ、数値で幾つ減るか心配すべきだ。

 彼の頭上にあるパラメータを見れば、好感度・親密度はMaxでは無いけれど下がってはいない。

 普通に会話するだけなら、セーフ? それとも誘いを断ったから減らなかった?


「慌ててどうしたの? 和登」

「ちょっと話したくなって」


 彼は笑顔のまま接してくれた。いつもの対応にホッとするけど……落ち着いたら田地江くんの言葉が気になってきた。

 なぜ田地江くんは『いらない』とはっきり言ったんだろう? 今まで『カワイくない』『ムカつく』『センス無い』『ダサ』と言われた事はあっても、あんなに冷たい捨て台詞聞いたことがなかったのに。

 嫌いな言葉を言い過ぎたのだから、怒らせてしまったのかも。今度会ったらちゃんと謝ろう。


 けれど田地江くんは私の所へ全く来なくなった。本格的に嫌われてしまったかも。彼とすれ違う事も見かける事もなく、完全に避けられた。

 さすがに数日も見ないと気になって彼のクラスへ行くも姿がない。病欠かどうか彼のクラスメイトに訊ねても首を傾げられるだけで誰も何も言わなかった。

 まるで田地江くんの存在そのものが消えてしまったように噂話に名前すら出なくなった。私が名前を出しても、友達は不思議そうな顔をするだけ。


 何がいけなかったんだろうか? 嫌がられる『勉強』を言い過ぎた? 一年間必死に声を掛けて仲良くなってきただけに、突然消えられると寂しい。


 だが、お誘いやデートを断っていると皆離れていった。


「仲良くなった途端、お誘いを何度も断り続ける人をどう思います? 僕は好きになれませんね」(花器村)

「もう10回も誘って断られたんだ、義理人情以前の問題だろ」(左氏岡)

「わざわざ誘ってやってんのにムカつくなぁ。俺一抜けた」(奈丹輪)

「断り文句で何度も勉強を出されると興醒めする。己を馬鹿だとアピールする馬鹿は救えない」(葉日岐)


 多少は仲良くなってきていた攻略相手達が次々と私に見切りをつけて去っていく。三年になる頃には、阿以川くん一人だけになった。


「和登、デートしよう」


 毎週のように土日は一緒に出かけて街中へ遊びに行く。季節に関係なく、海にも山にも公園にも。


「好きな食べ物はね……」


 毎回同じ言葉を言われ、私も同じ言葉を返す。毎週デートを繰り返すごとに阿以川くんはAIのように人間味が無くなっていった。

 

 飲食無しの遊び散策するデート、私はお腹が空くが相手が食べないので注文できない。なので出かける前にたくさんカロリーを摂取する。(カロリーが摂取よりも過剰消費された場合、俺とのデート面白くないんだね、と好感度と親密度が下がるのだ)

 一日、一日は長く感じるのに一週間があっという間に終わる。楽しみなはずの週末は全てデートのスケジュールで埋まり、阿以川くんと笑顔で過ごす。服と行き先をローテーションで回し、似たような会話を何度も繰り返す。

 しかもデートの体感時間は長く、精神的に苦痛だ。毎回毎回疲労が溜まるがパラメータの手を抜くわけにはいかない。そうなると……もう。


 ……どんどん神経が疲弊していく。 


 気がつけば分厚かった攻略本は薄くなり、阿以川くんのデータとエンディングのページしか残っていなかった。

 私のやっている事、これは正解なのだろうか? それとも失敗?

 電話して連絡を取りたい相手は、目の前の携帯に入っていない。本当に会いたい相手に会えず、話したい人と話せず日々を過ごす。

 本当は大好きだったのだ、あの人が。

 夜、一人になれる部屋で自分の正直な感情を曝け出す。声を出しては心配して『家族』が来るので、声を殺して泣く。

 泣いて泣いて、大好きな彼氏の事だけを考えて恋しいと泣いた。



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