表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

和登 乙芽 モード

 恋愛シミュレーションゲームのエンディングは、攻略対象者達と関係性がある。そして良いエンディングとは一途な事。

 八方美人過ぎると好感度が稼げず、友達エンドへまっしぐらだ。それでもいいかと思ったけど、結果が書いていないのでこれは却下。


 攻略対象者と恋愛成就出来なかった イコール バッドエンド……即ち、デッド……。

 この可能性は否定できない。

 ごくりと喉が鳴る。冷や汗も流れそう……。

 

 とにかく、無事にエンディングを通過する為に誰かを選ばなければならない。

 そして真のエンディングと言うものは、ゲームメインの男子とのエンディングだ。そして大抵そういう男子は完璧な王子様タイプが多い。

 学校の人気者で文武両道、性格も隙が無く、紳士で優しく……あれ?

 分厚い攻略本を何度も眺めるもそういう男子はいなかった。


「ま、そういうゲームだってあるよね。完璧超人なんて現実的じゃない」


 って、ゲームに現実もとめてどうするのだか。

 本の表紙も文字だけで、画像データが無い。あれ? 誰か表紙にいなかったっけ? 気のせいだっけ?

 とりあえず面倒なので、一番最初に紹介してある王子様を選ぶ事にした。

 私の王子様は……。


「となると、阿以川あいかわくんか」


 攻略対象者たちはアカサタナと微妙な苗字を持っている。

 とりあえずは誰がメイン攻略対象者かどうかじゃなくて、最悪エンドへ辿り着かなければいい。


「彼と無事にハッピーエンドを狙って頑張ろう」


 ベッドに横になろうとしたら、警告音が出た。


『夕飯を取らず、風呂や歯磨きをせずに寝ますか?(体力大幅アップ)』


 我に返って夕飯を食べにいく。

 体力アップしても、美容と作法と行儀ポイントが下がるから、ご飯はちゃんと食べて身嗜みを整えなければ。

 すべて済ませてベッドに横になるも、睡眠は存在しない。外が明るくなってまた一日が始まる。

 だから寝る前にもう一度本を手に取り、阿以川のページを読む。


「阿以川くん、○月○日、血液型はA型か」


 はて、名前は? まさか阿が苗字で以川? もしくは阿以が苗字で川が名前? 誰が作ったんだろう、このゲーム。苗字オンリーなんて面倒くさかったのかな……。

 えーっと、阿以川くんの趣味は模型作り、好きな城は熊本城……誰にも笑顔で基本優しい人。

 特徴少な! ゲームってもっと何か派手な癖や特徴を持っているんじゃないの? ツンとか荒れてるとか天然とか。


「でも優しいは、いいよね」


 もう一度会いたいと願った彼氏を思い出しては、苦々しい思い出がよみがえってくる。

 一生懸命料理を作れば美味しくないと正直に話す、普段食べない野菜が入ってるからこれはいらないと皿を除ける、明日仕事なのに突然遠出を言い出す。


「優しくない……優しくなかった」


 私の彼氏は、優しくない。さっきの涙を返せ、水分と血液の無駄だわ。

 今度こそ目を閉じて眠った。

 そしてすぐに朝日がカーテンの隙間から入り込む。

 アナウンスとカウントに従い、着替えと身嗜みをして髪形を変えた。攻略本によれば阿以川くんは可愛い系が好きなのだそうだ。


「り、リボン……」


 ピンクのリボンを見つめて、気力を振り絞って結んだポニーテールのゴムの上に括る。鏡に写る私は高校生の姿なのだが、精神的にきつい。


『本日のコーデ:プリティ』


 まるでつっこみを入れるようにピンク色の表示が浮かぶ。

 いつもはシックかエレガントかナチュラルだっただけに、躊躇しかける。いいや、ここは私以外知り合いはいないし、いたとしても私だと気付かれるなんて皆無に近い。

 覚悟を決めてカウント終了まで持ち物を可愛らしいものに選び、可愛い度アップに繋がればいいと願う。

 運よく今週末のデートの約束相手は阿以川くん。これからは作戦通りに彼中心に恋愛を展開していこう。


「いってきます」


 支度を済ませて玄関を出れば、即学校の校門前。今日は誰と出会うだろうか。


『はぁい!』


 声を掛けられ振り返れば、紫の巻き毛の女の子が立っていた。

 誰!? 新キャラに驚き仰け反ってしまう。


『ねぇねぇ、最近仲が良い人いるんじゃない?』


 人懐っこい笑顔で話しかけてくる。

 見たことも無い髪の色だけど、ウィッグ? 同じクラスにはいなかったようだけど、一体誰なのか……目の前で攻略本を開いて友達のページを開く。


『ねぇ、誰かしら?』

「え!?」


 こちらが話を進めない限り台詞は進まないはずなのに!

 彼女との間に攻略対象者たちの名前が表示されてカウントダウンが始まる。


『あれぇ、もしかして、まだいないのかしら?』

「あ、阿以川くん!」


 急ぎ答えると、彼女の口の端が綺麗に弧を描く。


『素敵ね!』

「……え」


 途端、周りの景色が変わり始める。

 歩きかけの生徒の姿が、じわりじわりと動く。静止画だったのに、動画と変化したのだ。

 イベント以外静かだったのに、車の走る音、人の話し声、学校のチャイム。


「……何、これ」


 辺りの変化に動揺する。これじゃ、まるで現実だ。

 生活音に囲まれ、ふと気付く。紫の髪の女の子が姿を消していた。綺麗にフェードアウトしたのはゲーム上の設定?


「おはよう、和登。どうしたの?」

「え」


 クラスメイトである女の子が声を掛けてきた。


「やだ、朝寝坊でもしたの? 勉強のしすぎじゃないの?」

「そ、そうかも」


 パラメータの表示はある。でも、会話の選択がなくなり直に話して通じている事に衝撃を覚えた。いったい何が起きたの?


「その本なぁに?」

「え」

「すごく分厚いわね……辞典? もしかして持ち歩いて読んでるの?」

「い、いやぁ」


 手の中にある攻略本を指差し、苦笑された。

 この本まで認識されてる!? 今まで目の前で開いても気にすらされなかったのに?

 もし中身を見られたら一大事なので、バッグに入れて誤魔化す。


「ちょっと気になって調べてただけなの」

「勉強家ね、でも歩きながらの読書は通行の迷惑だからね」


 ああっ! 作法のポイントが減った!!


「ごめんなさい、気をつけるね」

「うん、そうしなよ」


 ショックを受けながら謝れば、今度は礼儀のポイントがひとつ上がる。

 ひぃいい、リアルタイムでカウントされるなんて、怖いんですけど!?


「今日は体育祭の練習をするって言っているけど、和登は何だったっけ?」

「……つ、綱引きだよ」

「へぇ、頑張るね! 綱引きは爪が痛むからみんな嫌がるのに」


 え? もしかして美容が下がる? 練習で何かして女子力アップしなきゃ駄目?


「これから暑くなるけど、頑張ろうね」

「うん」


 普段ならばここで教室へ画面が移行するのに、校門から靴箱へ、そして上履きに履き替える所まで来てしまった。


「和登、おはよう!」

「お、おはよう」


 今度は攻略対象者と出会ってしまった。彼は阿以川くんでは無い。奈丹輪なにわくんだ。


「今日はどうしたの? いつもと髪型が違うね」

「ちょっとした気分転換なの」


 近い、距離が近い。確かに好感度を上げて仲良くなったけど、こんなに近くで話しかけられるとは。ついつい一歩引いて笑顔で答える。


「ん?」

「え?」


 私の行動に何か思ったのか、更に近づかれた。が、笑顔でまた一歩下がれば口を突き出してつまらなそうに見下される。

 あれ? 君はそんなキャラだったっけ?


「そ、それじゃ」


 何か不穏な空気に耐えられず、そそくさとその場を逃げ去った。

 ゲーム静止画の時は、会話が終了するまで動けなかったけど……今は違うようで動ける。


「は、はぁっ」


 小走りで廊下を移動すれば、大声で名前を呼ばれた。


「和登 乙芽! 廊下を走るな!」

「ご、ごめんなさい!!」


 体を竦めて謝れば、そっと頭を撫でられる。

 誰?


「でも、今日は強化週間じゃないから見逃すけど、次は無いからね?」

「……は、葉日岐くん」

「風紀委員と友達なら、少しは協力するんだぞ?」

「は、はい。それでは失礼します」

「和登」


 必死に頷き、早めに離脱を試みたが、名前を呼ばれたの笑顔を作って聞き返す。


「な、なんでしょう」

「週末だけど、時間ある?」


 無理です、阿以川くんと約束がありますから!

 ……こういう時って正直に話すべき? それともそんな事まで話さなくて良い? なんだかよく分からなくなってきた。

 とりあえず重複の約束は出来ないので、お断りしなければ。


「すみません、約束があります」

「そう。残念」

「それでは」

「ならその次の週は?」

「え!?」


 まさかの再度の約束? 今までそんなの無かったよ?

 いつもならば、残念で終わる会話が続くなんて……何があった。


「す、すみません……予定がまだ分からないのでまだなんともいえなくて」

「……やるね」

「え?」

「じゃ、またね! 和登」


 トンと肩を軽く叩いて葉日岐くんが歩いていく。

 世界がいきなり変わってしまった。

 まるでゲーム難易度がイージーモードからハードになった気分。

 チャイムが鳴るまでぼんやりと考えてしまって、遅刻の烙印とパラメータ各種がマイナスされるのはもう少し後。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ