和登 乙芽 慣れた後のカウントダウン
攻略対象者達は、正直に言えば全員見目麗しい。
ここでの生活に慣れてきた昨今、彼らを快く見つめて会話を楽しんでいたりする。……何度も遭うと同じ台詞しか返してこないけれど、軽く微笑まれただけで有頂天に。チョロイな、私。
『和登!』
ゲーム上の名前を呼ばれて振り返ると、攻略対象者が立っていた。
『ちょっといいかな? 今度の休みなんだけど空いてる?』
長かった、ほんとーに長かった。こうして向こうからデートに誘ってくれるなんて、一年前なら有り得ない。休みの日に此方からバンバン電話してデートを申し込まないと、無理。しかもすごく悩まれて仕方なくというスタンスだし、向こうの好きな場所しか頷いてくれない。
彼らのお気に入りの行き先が一ヶ所しかない場合、また同じ場所行きたいの!? と減滅されてパラメータが下がるから涙がでちゃう。
「っと、いけないいけない。返事しなきゃ……『お誘い嬉しいです』と」
『ほんと? じゃ、家まで迎えに行くから』
「えーっと、『嬉しいわ、ありがとう』っと」
ピンポンパンポン(好感度アップしました)
『今から楽しみだな』
笑顔を残して突然のフェードアウト。
彼は一体どこへ消えたんだろう? 今は慣れたけどすぐに消えるのはちょっこ怖い。まるでテレポーテーションでもしたようだ。
いやいや相手はただのゲームAI。私が攻略本を読みながら選択文を選んでいても、反応は何も変わらない。
私を見ていない。そう、思い知らされる。
前に何度かやってみたんだけど選択文以外の事を話そうとしても、反応せずカウントだけ過ぎていった。もちろんカウントが『0(ゼロ)』になったら、無視したと判断される。
いや、無視する行動もキャラによっては必要らしいと書いてあるけど誰か調べるのも面倒だから、気にしていない。
「……しっかし、授業もあるようで無い。会話もあるようで無いんだよね」
うん、孤独だ。
友達イベントが起こってもそれは攻略に関係する友達で、会話はほぼ無い。仲が良いといわんばかりの台詞回しも、それだけだから感情移入なんて出来ないし、雑談も出来ない。
「おまけに、食感や満腹の感覚がないから……めちゃくちゃ辛い」
食事も美容に係わるから、下手なものは選べない。自棄食いなんて持っての外、お菓子だけもNG。でもそれは平気。だって、食欲沸きそうな揚げたてコロッケも、美味しい匂いの焼肉も選択で食べるかどうかだけ。食べるを選んだら消えて頭上の表示しているカロリーに加算される。
運動だけは現実的なのに、食事はそうじゃないだなんて……何を楽しみに生きていけばいいのよ。甘味をちゃんと味あわせて。
早く日が過ぎないかな、卒業してエンディングを迎える事ができれば終わりなのに。終わり? それってちゃんと目が覚めるのかな?
「一周で……終わり、だよね?」
まさかの二周目開始! とか、隠しキャラが出てくるとか、全スチルと全キャラの全てのエンディングを見ないとダメとかないよね?
廊下に座り込むと抱えていた攻略本のページを捲る。
学校に来ても、校門と運動場、中庭と教室と教室前の廊下、屋上、体育館、プールの背景しか出ないし、この場に座り込んでもすれ違う生徒が出る事も無い。生徒や先生がいるのに動かないからね!
次のイベントや作業画面に移行するにはカーソルの『次へ』を押さないといけないので、確認作業に時間をとる事が出来るのはありがたい。
「よし。一応、隠しキャラは居なさそう」
ホッとして『次へ』ボタンを押す。すると場面が変わって教室になった。
『本日は体育祭の出場項目を選びたいと思いまーす』
ガヤが聞こえ、教室内がざわつく。
今年もやってきました、体育祭。運動パラメータが低いと一位が取れない。選択は強制なので、何かを選ばなければならないから悩む。
今年は何に出ようかな……。
借り物競争だと、今一番仲がいい攻略対象者の持ち物を借りるんだよね。でも運動パラメータが低いと『貸さなきゃ良かった』と辛辣なお言葉を頂くと同時に好感度が下がると本に書いてある。
パン食い競争だと……なになに? 運動以外に行儀とセンスが低いと下品な食べ方だと好感度が下がる? パン食い競争に作法とかあるの?
他にも玉入れや綱引き、二人三脚と100メートル走とあるけど、全部パラメーターの何かに絡んでいる。
一番無難な綱引きにしようかな。去年は玉入れでパラメータが低いのに選んじゃったから、最下位で知り合った攻略対象者達に呆れられた。綱引きはビギナー向けって書いてあるし、責任の所在も小さそうだからいいかも。
『綱引きを選びました』
私の選択で話し合いは終了。画面が変わって放課後になる。
さーて、今日は誰かと帰り一緒になるかな? 居合わせた攻略対象者を誘わないとこちらをみて消えるから怖いんだよね。一緒に帰ろうと誘わないと選んだ瞬間、視線がこちらに向けられる。気付いてたんならそっちからも声を掛けてよ、と言いたい。
ひっそり帰れるのならそれに越したこと無いけど、好感度が係わってくるからなぁ。せめて三人登場とかありませんように。
「……って、言ってるそばから三人来た!」
校門前で立ちふさがっている攻略対象者三人。不自然な目線であちこちと向いている。これって通行の邪魔じゃないかな……避けて通りたいけど、表示がそれを許してくれない。
『一緒に帰ろうと声を掛けますか? (Yes/No)』
ここはまだカウントを開始しないからまだ大丈夫。問題は次だ次。ここで断ると全員の好感度が少し下がる。どのくらいかはわからないけど、少しだ。問題は三人の中で誰を選ぶか。三人の中で一人選ぶとその人の好感度が大幅アップ、残った二人の好感度が大幅ダウン……危険な選択が控えている。
ここは一番好感度が低い人を選んで……いやいや、全員無視して帰るべき。でもなぁ……この三人選択は、選んだ人の笑顔が可愛いんだよね。
どうしよう、一時の笑顔の為にほかの好感度を引き下げていいものだろうか。
最近順調に好感度上げてきたから、多少の冒険をしたくなってきた。あまりに同じ台詞を言われ続けるのもねぇ……。
「無視でいっか。声を掛けませんっと」
選択した途端、三人がこちらを向く。同時だから怖気が、これってホラーに近い。しかも今回は何か言いたげな表情をして消えたりしなかった。
「ひぃいいいいい」
なんかずっと見てる。微動だにせずこちらを見続けてる。表情が無いから、人形がこちらを見ているような気分になるよ!
校門を走り抜けて脱出したいのにゆっくり進む自分の足は、何か呪いにでも掛かってしまっているんじゃ?
誰も選ばなかった事を責められているようで、居心地も悪かった。
でも誰かを選ぶ? 私が?
地獄の校門を通り過ぎたところで、息をつく。途端、画面が変わって部屋の中に移行した。
「ただいま、私」
制服を脱いで部屋着に着替える。いつも部屋着はベッドの上に畳んであるけど『お母さん』がしてくれているのかな?
ハンガーに制服を掛けて攻略本を読む。
「恋愛シミュレーションゲームだから、誰かと恋愛をしないと本末転倒で駄目とかないよね……」
恋愛できなかったな、でエンディングを迎えて終了でもクリアとみなされるのか、もう一回! と再チャレンジになるのか。
エンディングはどんなものかとページを捲るも一ページだけで、True End、Happy End、Normal End、Bad End、Death Endの5つがあるという。
「完全攻略本なのに、エンディングの事は書いてない……」
今の状況は八方美人になるんだろうな。これも評判良くない? でも誰にでもいい顔をするのだから表面上はOK? いや、現実と一緒にしちゃ駄目だ。
「って、ちょっとまった! Death Endって何?」
ゾッと背筋が寒くなる。
あなたの選ぶ未来は、どれ? と可愛い文字がじわりと鬩ぎよってくるようだ。
デスエンドって、死亡エンドの事? それになってしまったら、私は死んでしまうの?
「やだ……」
それはゲーム上の事? それとも現実が? 今の私は、どのルートにいるの? どのエンディングを選んでも安全? シナリオ上のエンディングなだけ?
攻略本のページを捲り、何度も読むもルートについては何も書いていない。
「怖い……寛之」
脳裏に浮かぶ大事な彼氏の名を呼びながら、自分の体を抱きしめた。