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和登 乙芽 はじまり

 今日も今日とて大忙し。朝から分厚い本を片手に走り回っている。

 本日の目的を達成しつつ虚空に浮かぶパラメータを見つめ、思わぬ数値にショックを受けた。


「はっ!? 運動ばかりしてたから学業が下がってる!! ……でも明日は園芸部の部活だから勉強できないよ」


 近いうちにテストが控えているのに……。

 このパラメータに加算減算される式はどういった連動をしているのか分かりやすく説明されてないかな。いや、もし計算式が載っていてもパソコンや携帯アプリがないんじゃ管理は出来ない。だってその都度計算して考えなきゃいけないなんてキツイ。私の性格上、適当になりそう。結果、どんぶり勘定で済ましちゃうだろうな。


「……あーあ、今日も微妙なスケジュールが満載だ」


 本来、私はここにいるべき人間じゃない。ここは異常だ、変でおかしく、私も正気を保っているのが不思議なくらい。

 まず、私はここの住人じゃない。そして学校に通う年でもない。

 私は社会人なのだ。

 会社勤めの普通のOL、オフィスレディ! 特別な何かではない。毎日満員電車に揺られて嫌々通勤していた。お金がいるもの、仕方ないでしょ。

 嘘じゃない、履歴書を書けと言われたら数十分で書き終えて見せれる。職務経歴書だって提出できるし、それは架空の嘘じゃない。説明を求められれば華麗に淀みなく答えられる。

 面接どんと来い!

 ……そんな社会人であるはずの私はなぜか今、高校生をしていた。しかもただの高校生じゃない……『恋愛乙女ゲームの主人公』という肩書きを持つ高校生に。

 世の中にはたくさんの恋愛シミュレーションがあり、年齢制限無しから有りまで多種多様にある。なのに社会人である私がなぜによりにもよって未成年である高校生に? 高校卒業した私にまた制服を着せるなんて誰得!? 羞恥以外何も無いわ!

 ふと歩みを止め、現状を考えてしまうとこうして我に返ってしまう。……正直、泣きたい。なぜこうなってしまったの? 私が何かした?


「ううん。それどころじゃない、こうしている間にも時間は過ぎて行くのよ!」


 現実じゃない世界で現実について考えるのは無意味だ。それよりもやらなければならない事をやらないと。


「えーっと、次にデートに誘うのは阿以川あいかわくんと花器村かきむらくんと左氏岡さしおかくんと田地江たちえくんと奈丹輪なにわくんと葉日岐はひきくんのうち誰だっけ……」


 思い起こせば数ヶ月前、私はいきなり高校生になった日。もういきなり、突然に、宣告も何もなしになってしまった日!

 事前に何かの交通事故に遭った訳でも、病気で命を散らした訳でもない。

 普通に就職してたし、普通に慣れた彼氏もいたし、普通に一人暮らしを満喫していた、所謂リア充だった。

 いつもの定番であるどうでもいい事で彼氏と喧嘩して、出て行った彼氏に文句を言い不貞寝して……目が覚めると知らない部屋。突然軽快な音楽が流れてて、ゲームで必ずあるチュートリアルが始まったのだ。



************


『おはようございます! 一日目の朝です!』

「え? あ? 何? 遅刻!? 今何時?」


 大きな声に驚き、跳ね起きると知らない場所で更に驚く。そして顔を俯かせて服の確認をするも、黄色のトレーナーとスウェットと見たことのない部屋着に愕然とする。

 誰が私を着替えさせた!?

 現状確認をしなければと部屋を見回して、女の子の部屋っぽいと頭を抱えた。


『あなたの名前は『和登わと 乙芽おとめ』。今日から始まる高校生活で、素敵な日々を過ごします!』


 そして布団の上に落ちてきた辞書並みの本。

 膝を抱えていたから良かったけど、かなりの重さにベッドが揺れた。それをぼんやりと見つめていたら、目の前に浮かび上がる数字の羅列、いきなり部屋に飛び込んでくる男の子。色々ツッコミ盛りだくさんなのにそれどころじゃなくて、驚きが止まらず固まる。


「ねぇちゃん! 早くしないと入学式に遅刻するぞ!」

「え、ええっ」


 戸惑う私に彼が悪戯っぽく笑う。


「頭ぼさぼさの恥ずかしい格好で行かないでよ? 評判に係わるんだからさ」

「評判?」

「ほらほら、急いで急いで、食事を取らないと肌が酷くなる」

「肌が?」

「早く制服を着て身嗜みを整えてよね! もうお時間が無いよ?」


 喋るだけ喋って急ぎ部屋から去っていく彼。

 今、なんて言った? 制服?

 ベッドから降りると壁に掛けてある高校生っぽい制服を見つめた。


「制服って、私がこれに着替えるの?」


 社会人である私が? これを? これってコスプレ……になるんじゃ。

 困惑しつつも目の前に掛けてある高校の制服を手に取った。



『時間が迫っています。時間が迫っています』

「え? え? 何? 何?」


 辺りが赤いランプに照らされたように点滅しだす、警告が表示された。


『急いで制服を着て身嗜みを整えてください。 残り時間 02:51』


 何、あのカウントダウン。気になりつつも急いで部屋着を脱いで制服に着替える。

 うわっ、スカートが短い、この年でこんなものを着る事になるなんて……。鏡の前に立てば、素朴な女の子が不安そうにこちらを見ている。

 私じゃない、でも私だ。手を動かせば鏡の中の女の子の手も動く。顔の向きを変えても付いてくる。……まぁ鏡だから当たり前だよね。

 カウントダウンが1分を切った瞬間、焦らせる様に音楽がより軽快に、点滅している赤いランプも早くなる。

 瞬きをしていると視界が一瞬、一瞬赤く染められているようで気分が悪くなりそう。それを必死に無視して、髪を梳き、制服の皺を伸ばし、鏡台に置いてあった口にリップをつけた。


『終了!! 0:00』


 誰もいないのに部屋の中でホイッスルが鳴り響く。


『採点します! 制服 10点 化粧 3点 髪 3点 体力 10点 気力 10点』

「さ、採点?」

『合計36点。結果、普通』

「ふ、普通って」

『明日はもっと素敵になりましょう!』

「あ、明日って……毎日あるの!?」


 ふと鏡を見たら、平凡そのものだった顔が……ほんの少し変わっていた。


*****************


 意味が分からず一週間何もせずに過ごし、夢が覚めないと嘆いてばかりいたら対人関係で酷い目に遭った。


 いきなり現れた攻略対象者との会話で、選択時間内に正しい項目を選べずタイムアウト。無視したと相手から嫌われ、いきなり頭上に表示してあるパラメータの評判が大幅に下がり、冬でもないのに冷たい空気が辺りを包んだ。そして、周りの人が悪意ある顔でけなしてきた。


 場面の雰囲気の変わりように驚き、怖くなり家に逃げ帰ったっけ。(ただその時も学校をサボったと学業(文系・理系)がゼロ近くになった。体力は大幅回復したけど)

 部屋で落ち込んでいた私は、ふと初日にいずこからか降ってきた本を気分転換に手に取った。

 思えば、なぜすぐに目を通さなかったのか……。その本は私にとって、地獄に仏、旱天の慈雨! だったのに。


 この夢だと思われる世界の全てが、本に記載されていたのだ。

 目覚めた部屋の画像やチュートリアルの操作方法、プレイに関する疑問が私へ詳細を教えてくれた。ここが恋愛乙女ゲームの世界、現実じゃなく作られた世界と教えてくれた。


 この世界に来て遭ってしまう攻略対象者たちの質問にどう答えなくてはならないのか、何を選択すべきなのか全て書いてあったのだ。

 実際一日、本の通りに過ごして人並みの対応をしてもらった日、感涙したっけ……。相手から好かれるって、心の安寧に繋がるんだって思い知った。


 たとえ相手が心無い、AIだとしても。


 一日過ごして落ち着くと余裕が出てきた。

 今は覚めない夢かもしれないけど、無事エンディングを迎えられたら目が覚めるかもしれない。なぜなら、このゲームには時間制限がある。攻略本に高校一年生入学式から三年生の卒業式までの三年間と明記してあったからだ。

 ならばその指定の三年間を何とか無事に過ごせば、夢が終わって目が覚めるかも?


 攻略本は詳細な情報がぎっしりと詰まった完全攻略本。攻略対象者の素性から素行、趣味、好み、受け答えについて全て明記されている。出会う場所からルート詳細までと来たもんだ。しかもこの分厚い本を持っていて眺めていてもみんな気にしない。

 でもこれが頭上に落ちなくて良かったよ……頭が潰れたり怪我して、そこでゲームオーバーになりそうだ。重さは広辞○並みにある。


 あと、重要な問題があった。


 実際に体を動かさないといけない。

 コントローラーやタブレットの様に画面の前で簡易に作業するモノではなく、実際体を動かさなければならないのでキツイ。

 先程のように突発的なミニゲームが幾つもあって、自身のパラメータが左右されるから大変なのだ。

 朝の支度を手抜きでお座成りにすると美容が低くなり、評判も一緒に下がる。

 運動ばかりすると勉強パラメータとおしゃれが下がる。

 女友達とばかり一緒にいると、相手の得意パラメータが上がり、不得意パラメータが下がる。


 真剣に頑張らないと、何をやっても下がっていくという嫌な判定が付いているのだ。こういうゲームに必死さはいらないはずなのにね。


 とにかく、このゲームでは全てパラメータで決まっていく。攻略する相手もは勿論の事、それ以外の人たちにも係わってくるから、泣きたくなる。

 パラメータが足りなければ誰も相手をしてくれない。だからといってお一人様が続くと評判が落ちていく。

 誰が下げているんだ、私の評判を! 勝手な憶測で私を判断して決め付けないで欲しい。

 気が抜けなくて心が折れそうになるけど、そんな時はあいつを思い出す。まだ私はあの付き合いの長い彼氏に文句があるんだ。

 あいつは、自分本位で、付き合い悪くて、仕事優先で……私が、私がどれだけ尽くしてきたか……私のこと、絶対にていのいい何かの道具にしか考えてない。

 あの日だって、あの日だって私は絶対に悪くない。あいつが悪い。あいつを振るにしてもギャフンと言わせてから、捨ててやるのよ。

 彼氏への不満で気力を振り絞り、力強く今日も頑張る。


「絶対に負けないんだから」


 ゲーム自体は嫌いじゃない。

 しかも万能の本まで手元にあるんだから、頑張れば私は『無敵』になれるはず。



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